探偵③ ここまでがプレリュード
「ぼくを、幸せにしてください!」
来るだろうなとは思っていましたが、まさか出会い頭にそう言われるとは思いませんでした。
彼――疚田英愛くんは、いったいなにを考えているのでしょうか。目の前にいる平凡な男子高校生のことが、突然の逆プロポーズ(受け?)によりなにも分からなくなってしまいました。
「………………えーと?」
「芹梨さんは、この前の事件で失敗をした」
この前の事件――二月一日に、とある中年男性が男子高校生を襲った事件。
私は、犯人を捕まえることができませんでした。
そして、被害者は――目の前にいる彼です。
「あなたは、埋め合わせをするべきだ」
「…………………………」
それは確かに一理あるのかもしれません。ですが、私はその失敗を一週間前に起きた殺人事件を解決することで埋め合わせる予定だったのです。英愛くんの最愛の人である、沙藤柏を殺害した犯人を捕まえることによって。
だから私は、英愛くんが私の家に来るよう誘導しました。ほんの少しだけ。私の計画には、彼の協力が必須だったからです。
しかし――状況は、芳しくありません。
予想が外に逃げてしまいました。
コントロールできるか分かりません。
どうやら私は、少し間違えてしまったようです。
「もちろん、埋め合わせはします。あなたの恋人である、柏ちゃんの無念を晴らすことによって」
「柏は恋人じゃないですし、それはあなたの自己満足でしょう?」
被害者にそう言われてしまえば、もうおしまいです。
私がこの事件を解決しても、失敗を償うことができなくなりました。
結局のところ、私の『埋め合わせ』はただの自己満でそれ以上でも以下でもないのでした。だから、ただの気持ちなのです。自分が自分を満足させるためだけの『埋め合わせ』――でも、私は被害者に直接言われてしまいました。『それは、あなたの自己満足だ』――私は、自己満足を自己満足であると認識してしまいました。
「……………………幸せ、ですか」
それにしても、僕を幸せにしてください――なんて。
格好悪いですね。
「ここに来る途中で、考えてたんです。ここから先、どうしようかって。柏という理不尽、柏が壊される理不尽、ぼくが壊される理不尽、そして柏を失う理不尽。これらのうち、ふたつはあなたのせいでもあると思うんです」
それを否定できるほどに、図太い神経を持っているわけではありませんでした。
私は弱い人間ですから――
あ、ちなみに。
もうひとつも、私のせいですから。
言わないけど。
「芹梨さんは言いました。『もう少し、理不尽に抵抗したほうがよかった』――と。これって、今からでも遅くないと思うんです」
………………彼の言いたいことは察しました。
でも、それは抵抗じゃありません。ただの、稚拙な無意味にしかなりません。
教えてあげたほうがいいのでしょうか。
…………うーん。
「だからぼくは、あなたの人生をもらいます」
「……………………ふむ」
実を言うと、一考に値する提案ではありました。
確かに、事件解決だけでは都合がよすぎる――自分でも、内心そう思っていた節があります。
私もまだ若いはずなので、これから先の人生をすべて英愛くんのために生きるという『埋め合わせ』を、否定する材料はあまり見当たりませんでした。
理不尽をやり返された――みたいな感じですね。
しかし――私と一緒にいることが、復讐だとして。
英愛くんは、耐えられるのでしょうか?
「私は、英愛くんを歓迎しますよ。ちょうど、償う方法を探していたんです」
でも――
「それって、ただの共倒れじゃないですか」
英愛くんが私の人生を奪ったところで、一緒にいるならそれは同じことです。
要するに、私に負担をかけたいようですけど――残念なことに、それは相手もお互い様なのでした。
人と人が一緒にいるというのは、お互いがお互いに負担をかけ合うことでしかありません。
「それでもあなたは、私を選ぶのですか?」
人生のパートナーとして。
綺麗(自己評価)な笑みを彼に向けて、私は確認します。
「後悔しますよ?」
「いえ」
ぼくが後悔しないよう、あなたがぼくを幸せにしてください――と。
彼はそんなワガママを口にしました。
「……………………お悩み相談屋?」
「はい」
元警官があなたの悩みを解決します! というキャッチフレーズで。
「開こうと思うんです」
「………………なんで?」
英愛くんの純粋な疑問に、私は誠心誠意答えてあげました。
「あなたを幸せにするためですよ、英愛くん」
「………………………………」
先程から異様なまでに三点リーダーの多い英愛くんだった。
まあ、これも彼を幸せにするための過程に過ぎないのだけど。
「依頼はネットで受け付けましょう。相談料は無料で。完全成功報酬です」
「意外と良心的なんです……、なんだね…………」
「あ、今敬語使おうとしたでしょう?」
英愛くんが私相手に敬語を使うのは禁じられています、私の家のルールで。というのも、常に一緒にいる相手が敬語を使ってくると、少し距離を感じてしまうのです。
「ダメですよ。次は追い出しますからね」
「………………………………」
英愛くんが怖い表情で私を見つめていますが、無視して準備を進めます。お金はあるので、あとはホームページを作ってSNSアカウントで宣伝すればいいだけです。
「………………どうして、相談屋を始めるの?」
さっきも同じ質問を受けた気がするんですけど、もしかすると英愛くんはあまり記憶力がよろしくないのかもしれません。それはとても良いことです。不幸を忘れてしまえば、人は幸せになれるんですから。
まあ、先程の質問では満足のいく回答を得られなかったという線が妥当でしょうが。
仕方ありません。私は、正直に答えることにしました。
「英愛くんは、色んなことを経験するべきです」
経験。
普通じゃない経験も。
普通の経験も。
「あなたは、柏ちゃんのために生きていました。行動も交友関係も打算だらけ。友情を育まず、家族愛を無視してきました。嫌な言いかたをすれば――あなたの人生は、柏ちゃんに縛られていたんです」
私が今、英愛くんにしているように。まあ、私は彼よりも器用なので、自分にも十分なリソースを割いているんですけどね。
でも、
「英愛くんは、自分を蔑ろにしています」
そんなだから、理不尽にすら慣れてしまえるんでしょう?
それで幸せになれるわけがありません。
「だから、あなたには色々なことに触れてほしい。この世界には様々な人種がいて、みんなが悩んでいたり、問題を抱えていたりする。私のできる範囲で、もっとも都合のよかった職業がこれなんです」
あと、やってみたかったというのもありますが。探偵みたいなことをしてみたいです。
「………………思ったよりも、真面目なんだ」
英愛くんはそう言って、少しだけ笑った。
「私、ずっと真面目だったでしょう?」
「確かにそうだけれど………………、そんなイメージ、全然なくって」
「失礼ですね」
そんな子に育てた覚えはありませんでした。
「ありがとう、芹梨さん」
「………………澄美ちゃんって呼んでいいですよ?」
「芹梨さん、ありがとう」
さすがに年上の女性をちゃん付けで呼ぶのは厳しかったようです。十歳近い年齢差はさすがに無視できない問題でした。
それにしても、罪悪感で胸が痛みます。
せっかく英愛くんが感謝してくれているというのに――私は、こんなにも苦しい。
だって、須々木元部長が柏ちゃんを殺したのって、私が原因じゃないですか。
須々木元部長――人殺しを元部長と呼ぶのは少し嫌ですね。須々木さんと呼びましょう――須々木さんは、私のことがトラウマになるほど嫌いでした。彼は、私のせいでずっと苦しんでいたのです。
だから、同じ境遇にいる柏ちゃんと英愛くんを、どうしても楽にしてあげたかった。
気にかけていた子どもが、私に壊されたから。
世界一くだらない動機です。
これも、私の責任なのでしょうね。
なら、せめて――英愛くんを幸せにして、いざ罪滅ぼしといきましょう。




