被害者⑤ サードの次
ぼくは、芹梨さんに見張られていたんじゃないか?
もしかしたらそれは下衆の勘繰りか自意識過剰か統合失調症かのいずれかなのかもしれないけれど、そう考えるとしっくりくる部分があることも確かだ。
そもそも、芹梨さんはここら辺の住人じゃない。それなのに、彼女はどうしてあそこのコンビニにいたんだろう?
まさか、いくら恨まれているとはいえ、すでに退官している芹梨さんが自宅を特定されないために帰宅ルートを毎回変えたりしていたわけではないだろうし――いや、彼女の性質ならありうるかもしれないが。
でも、そういうことをする性格ではなかった。
「すみません、休憩させてください」
「…………分かりました、無理はしないようにしてくださいね」
取調室がぼくのトラウマになってしまったあの日。
「………………休憩中ですし、世間話でもしますか」
その提案に、休憩中なら休憩させてくれよと思ったことは置いておくとして、目の前のイカれた女性刑事が『世間』たる概念を認識していることにぼくは驚いた。
「世間話?」
「ええ。暇なので」
そちらの暇に被害者を付き合わせないでほしい。
まあ、ぼくだってそこまで余裕がないわけではない。喋るのに疲れたから、少し休憩したいだけだった。
「相槌を打たなくていいのなら……………………」
「かまいませんよ」
ただ話を聞けばいいだけか。それなら、少しは楽かもしれない。
「一昨日、襲撃に遭ったんです」
「……………………」
相槌を打たないと約束した(してない)のに、思わず反応しそうになってしまった。
自ら禁じていたのは相槌だけなので、驚いて声を出す分にはとくに問題なかったのだけれど。
「恨みを買いやすい職業+性分ですので、そういうことは珍しくないんですけども――一昨日の件は、かなり珍しかったですね。犯人は、中学時代のクラスメイトでした」
中学生のころから襲撃されるような問題を起こしていたのか……?
「いわゆる、逆恨みですよ。中学生のころに告白されて、振ったんです」
芹梨さんに非がなさそうだというのは、どうやら本当に珍しいようだった。というか、犯人が根に持ちすぎている気もする。しかも、襲撃って………………。
「大勢の前で振ったから、けっこう恥をかかせてしまったみたいです。だからといって、人を襲撃していい理由にはなりませんが」
「………………………………」
そうにしたって、かなりの時間が経っていると思うけれど。別の理由があるわけじゃないのか?
「そんな彼も、半グレに加入してからは反省したみたいです。自分はなんて馬鹿なことをしたんだ、って。だから、一昨日の襲撃にはきっと過去の清算という理由があったんでしょう」
「え、ちょっと待ってください」
無言を貫けず、ぼくは口を挟んでしまった。
「どうしましたか?」
「は、半グレ? その犯人って、もしかしてめっちゃワルみたいな………………?」
「中学のころはただの不良でしたよ。高校に入ってから、先輩の付き合いでヤクザと絡むようになったみたいです。高校を中退してからはゲソをつけたりもして………………」
ゲソをつけたって、なんだか芹梨さんに似合わない言葉だな。
普通にヤクザになったでいいのに。
「でも、一年足らずで追い出されたそうですよ。問題ばかり起こしていたらしく」
「マジですか…………」
ヤクザの手にも負えない存在って、危険すぎないか? そんな人間に襲撃されて、ピンピンしている芹梨さんの胆力は見習うべきなのかもしれない――でも、見習えば人外か。
「怪我はしませんでしたけどね。全速力で逃げました」
「どこで襲撃に遭ったんです?」
「家の前です。玄関に見知らぬ人がいたので声をかけたら、バールを投げつけられました」
どうやら、襲撃犯は相当冷静じゃなかったらしい。芹梨さんの前で武器を自ら捨てるだなんて、あまりにも危なさすぎる。
しかし、見た目的に芹梨さんが強いとは到底思えないけれど…………。華奢でドレス姿の小柄な美人である彼女が強いんなら、現在定義されている物理法則は完全に無視してもかまわない。
「私は弱いですよ。運動はからっきしです」
「そうなんですか?」
「ええ。私を泣かせたいのであれば、男性の力でボコボコにするのがいちばん効果的でしょう」
どうしてそれをぼくに教えてくれるのかは謎だが、仮にぼくが芹梨さんを恨んだとしても、襲撃だけは絶対にしない。
だって――
「捕まるじゃないですか」
「これからの人生を棒に振ってでも、私の泣き顔が見たいんだ――という人がいるかもしれませんよ?」
それはもう、芹梨さんが生み出した怪物だろう。地産地消みたいなものだ。
「それにしても、芹梨さんって治安の悪いところで育ったんですね」
「はい。十年経った今でも相変わらずですよ」
「よく帰ってるんですか?」
「中学生のころからずっと同じ家に住んでいるので………………」
だから襲撃犯は芹梨さんの家を知っていたのか。というか、警察なら引っ越しくらいはするべきなんじゃないか?
ただでさえ恨みを買いやすい職業なのに、わざわざ治安の悪い街に住んで、しかも街の人たちに知られてるとか。
「家の中を襲撃されたらどうするんですか」
「潔く死にますよ」
さすが、清々しい答えだった。
………………というか。
「治安が悪い……、暴力団…………、あ! もしかして芹梨さんの中学って――」
思い当たった名前を口にすると、芹梨さんが『しまった』というような顔で目を丸くした。
「な、なんで知ってるんですか」
「いや、中学時代の友達が悪い人たちとつるんでたんで、少し接触してた時期があったんですよ」
もちろん、柏を守るためだ。
その友達はよく、『OBだかなんだか知らねぇけど面倒くせぇんだよなぁ』と言っていた。彼は、少し離れたところにある地域で暴走族に所属していたのだ。
「そのOBが、昔組にいたことをくっそ自慢してくるーって、よく愚痴ってました」
「ダサいですね」
その暴走族が活動する地域は、北海道でもっとも治安が悪いとされている。
暴力団事務所もあるらしいので、芹梨さんの住んでいる場所は十中八九そこだろう。
「あーあ、困りました。まさか、住んでいる地域がバレてしまうとは」
「芹梨さんがバレてしまったフリをしているだけという線もありえますけどね」
「そんなことしませんよ」
ふふ、と本当に面白そうにして柔和な笑みを浮かべる芹梨さんに、一瞬だけ毒気を抜かれそうになった。
彼女は、ただの毒なのに。
「ならもう、開き直りましょう。今から早口で住所を繰り返すので、覚えてください」
「え?」
芹梨さんは本当に住所っぽい言葉を三度繰り返すと、「覚えましたか?」とぼくに笑顔を向けた。
「や、あんまり………………」
「もし覚えてしまったのなら――いつか、遊びに来てくださいね」
もちろん、遊びに行きたいわけがない。
だが――彼女は、警察だ。
住所に関してはただの気まぐれだっただろうし、住んでいる地域についてもぼくが勝手に言い当てただけだ。
だから、芹梨さんにとってこれは、ただの後付けなのだろう。
でも、思うのだ。
芹梨さんは(自分の設定した)仕事を完璧にやり遂げる人間だ――けれど、彼女は失敗をしてしまった。
ぼくをレイプした犯人を、捕まえることができなかったのだ。
彼女にそんな常識が備わっているとは到底考えにくいことだけれど――失敗には、埋め合わせが必要である。
事件に対しては純然たる被害者であるぼくが、芹梨さんに見張られていた理由は?
こういうとき、警察だったらなにをする?
柏が死んだなら、次のターゲットは誰だ?




