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冷酷社長の極上笑顔は私が独り占めさせていただきます  作者: 北館由麻


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3/7

コトウとゴトウ

「君はミュージカルなんかを上演している劇団が好きだったな」

「はい」

 

 急に劇団の話題をふられたので、頭の中に「?」マークが出た。

 社長は向かい側に座る幼馴染を顎で差した。

 

「コイツの最近の仕事はその専用劇場の設計だ」

 

 私は社長の幼馴染の顔を見つめる。

 いまさらながら彼の好奇心に満ちた視線や理知的な雰囲気に気がつき、思わず大きくうなずいていた。カジュアルすぎる服装にすっかり騙されていたのだ。

 容姿だってとんでもなくハイレベルの社長と見比べられると少しかわいそうだけど、たれ目で甘い顔立ちは女性に人気があるはず。一緒にいると楽しい気分になれそうだから、きっともてるだろうなと思った。

 

「すごい方なんですね」

 

 すると相手は立ち上がってデニムシャツの胸ポケットから名刺入れを取り出し、名刺を一枚、私の前にうやうやしく差し出した。

 

古東(ことう)と申します。以後、お見知りおきを」

「あ、えっと、ありがとうございます。私は後藤と申します。よろしくお願いいたします」

 

 受け取った名刺に目を落とす。

 古東さんはいきなり感激した様子で「え、後藤さん!?」と甲高い声を出した。

 

「俺、コトウでしょ? 彼女がゴトウさん。うわぁ、似てるね!」

「だからどうした」

 

 いたって冷静な声が社長室の空気を一度ほど下げた。

 古東さんは眉をひそめて、それからおとなしく元の場所に腰を下ろす。

 

光輝(こうき)はホントにつまらない男だな。後藤さんもそう思うだろ?」

 

 同意を求められた私は何と返事をしたらよいのかわからず、中途半端に口を開いたまま固まっていた。

 社長を横目で見ると怒ったような顔でコーヒーを飲んでいる。助け船を出してくれるのではないかとほんの少しだけ期待したが、それどころではなさそうだ。

 

 仕方がない。私は勇気を振り絞って言った。

 

「私が思うに……社長は一般の笑いのレベルでは満足しないのではないでしょうか?」

「えっ?」

 

 思惑通り古東さんが戸惑ったような声を出す。

 社長は私の顔をチラッと見た。余計なことを言うな、という表情だ。

 でも私はそんなプレッシャーには負けない。

 

「おそらく非常に高度な笑いを、常に求めているのだと思います」

 

「……ぶーーーっ!」

 

 古東さんがふき出しながら背もたれにそっくり返った。

 

「『非常に高度な笑い』を『常に求めている』のか! これは後藤さんに一本取られたな」

 

 古東さんの反応に満足していると、反対側から「フッ」と笑い声が聞こえた。

 おそるおそる視線を社長へ移動する。社長は口に手を当て、背を丸めて笑っていた。

 

「コイツを笑わせるとは、後藤さん、やるなぁ。光輝、こんないい子はめったにいないぞ。大事にしろよ」

 

 私の頬は急にピキッと引きつった。

 古東さんは、社員としての私を大事にしろと言ってくれたのだ。他意はないはず。

 でも私の心臓はドキドキとうるさくなっていた。

 一瞬、嫌な沈黙が室内を支配する。


 それを破ったのは、きっぱりとした社長の声だった。

 

「お前に言われなくても、彼女の資質は俺が一番理解している」

 

 ドン、と心臓を打ち抜かれたような衝撃を感じ、息が止まる。

 

 古東さんが「はいはい」と茶化すように受け流した。


 そこに電話の音が聞こえてきた。

 私は本来の仕事を思い出し、すぐに礼をして社長室を後にする。電話の応対をしながら、もう少しだけ社長と古東さんの話を聞いていたかったな、と思った。



 

 古東さんの来訪から一週間が経った。

 また特に変化のない日常が繰り返されていて、社長は能面を貼りつけたような顔で私のデスクの前を素通りする。

 それは当然と言えば当然のことだけど、私は何か物足りないような気持ちで社長の背中を見送った。

 

 この日も頭を悩ませるような事件は起こらず、着々と定時が近づいてきていた。

 社長は外出中だったので、仕事をキリのいいところで終わらせ、デスクを片付ける。その最中に一階の受付が来客を伝えてきた。

 

「コトウ様、ですか。漢字は『古い』に『東』でしょうか?」

『そうです』

 

 私の脳裏に社長の陽気な幼馴染の顔が浮かんだ。

 

「社長は外出中ですが、ご用件は?」

『社長に頼まれた品をお持ちいただいたとのことです。お通しいたしますので、ご対応よろしくお願いいたします』

 

 受付の澤田さんは一方的に用件を伝えて電話を切る。


 彼女は私の苦手なタイプだ。ピンと伸びた背筋と、ツンと澄ました表情が印象的な先輩で、私が社長秘書に抜てきされたことを知ると、率先して私の陰口を叩いていたと同僚から聞かされた。

 

 どうやら澤田さんはひそかに社長秘書の座を狙っていたらしい。

 彼女は常に取り巻きの女性社員を数名はべらせている。その取り巻きたちはこぞって「澤田さんが社長秘書になるべきだ」とちやほやしていた。

 だからおそらく澤田さん自身も「自分こそが社長秘書にふさわしい」と思っていたはず。

 

 それゆえ、私が社長秘書に抜てきされたことを快く思っていないようだった。

 

 でも直接聞いたわけではないから、澤田さんのことは意識しないようにしてきた。

 もめごとを起こしたくない私は、一貫して無関心を装っている。

 対立して火花を散らしたところで、得られるものはひとつもない。


 でも嫉妬を隠さずオープンにしている澤田さんは、私よりはるかに自分の気持ちに正直な人なのだろう。

 素直じゃない私は、少し彼女を見習ったほうがいいかもしれない。

 

 それにしても、仕事上でツンツンした態度を取られるのは気分が悪い。

 こちらの都合を聞きもしないところをみると、ご自身の判断に絶対的な自信があるらしい。

 

(というか、その態度はたぶん()()()()していますよね?)

 

 何となくもやもやした気持ちで受話器を置くと、エレベーターの動き出す音がした。

 あの古東さんがわざわざやって来るとはどんな用件だろう。

 そのことを考え始めると澤田さんのことなどどうでもよくなり、古東さんへの好奇心がむくむくと顔を出す。

 

 エレベーターが開くと、先日とは違って黒いスーツに身を包んだ古東さんが現れた。

 スーツ姿だが、なぜか一般の会社員とはかけ離れた雰囲気を(まと)っている。スーツのデザインがそもそもビジネス用ではないし、シャツもグレーの光沢のある生地で、ネクタイは一般的なものより少し細い。

 おそらくどれも高級品のはずなのに、古東さんが着るとどこか浮世離れして見えるから不思議だ。

 

「やぁ、後藤さん! 悪いねぇ、急に来ちゃって」

 

 私は立ち上がり笑顔で挨拶をした。

 

「それでご用件は?」

 

 時計はもう定時をまわっていた。この後、急ぐ用があるわけではないが、できれば早く帰りたい。

 古東さんは私のデスクに手をついて、私の顔に視線の高さを合わせた。

 

「後藤さんに会いに来たんだ。どうしても君に会いたくなって……」

 

 私はギョッとした。後ろに一歩下がる。椅子がガタッと音を立てた。

 

 すると古東さんは急に「あはははは!」と豪快に口を開けて笑い始めた。


「嘘。冗談だよ」

「そ、そうですよね。あはは……」

 

 本当にたちの悪い冗談だ。

 ドキッとしたのを古東さんに悟られないように、私はできる限り平静を装った。

 

 古東さんは上着の内ポケットに手を突っ込み、「古東設計事務所」と社名の入った封筒を私のデスクの上に置く。

 

「これを光輝に渡してほしいんだ」

「はい。お預かりいたします」

 

「それと……ちょっと言いにくいんだけど」

 

 片手を後頭部に当てて、伏し目がちにしていたかと思うと、急に私の目を覗き込んできた。そして今度はズボンのポケットから何かを取り出して私に差し出す。

 古東さんの手に握られていたのはチケットだった。

 

「一緒に行ってくれないかな?」


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