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失われた歴史の代償 3

「知らないのか? あそこは本国の特定保護史跡だぞ。傷つけたりしたら普通に捕まって裁判にかけられる可能性もあるんだぞ」


 呆れた様子で溜息をつきながら、アネットは両腕を組んだ。

 外の喧騒が落ち着いてきている。皆帰路に着いたのだろう。

 紅の空は藍色に染まりかけ、そこかしこで街灯に灯りが灯っている。


 脅しとも取れる発言を受けて、アルトは石のように固まりながら、こめかみに汗の水滴を張り付かせていた。


 逮捕される⋯⋯その恐怖がまず襲い掛かる、そして次に罪を犯したという罪悪感が重くのしかかった。


「いやでも待って⋯⋯あそこってそんな大層な場所でしたっけ? 聞いたことないんですけど⋯⋯指定史跡になってたなんて。勘違いじゃないんですか?」


「ああ⋯⋯そうか知らないのか⋯⋯」


 アネットは右手をテーブルに乗せ、人差し指でトントン、とテーブルを叩いた。

 爪とぶつかり、軽やかな音が響く。


「ちょうど2年前くらいだな⋯⋯国民からの要望が増えて指定されたんだ」


「2年前⋯⋯ああ、もしかしたらここを離れてた時期かも」


 2年前、アルトは以前のパーティーメンバーであるルベルク達と共に、遥か西方に存在する湖の丘陵という、連なった丘のほとんどがみずうみになっているという、珍しい地域で水中に生息する魔物と戦ったりしていた。

 その旅自体は半年ほどで終わったが、その期間と、指定史跡に登録された期間がちょうど被ったらしく、アルトの周りには全くその情報が入っていなかった。



「まあだが⋯⋯アルトの場合は壊したのではなく直したのだろう⋯⋯結果的に」


 語尾から微笑が漏れ、アネットはうっすらと口角をあげた。

 謎の力に困らされ、無機物までも変えてしまう幼馴染が面白くてたまらないらしい。


「あっ」


 アネットは突然ハッと目を見開き、慌てて立ち上がった。

 椅子とテーブルが揺れるのもお構い無しに立ち上がると、隣室の小さなクローゼットに入り、かけてある服を無造作に物色した。

 顔色には焦りが見え、唇を噛みながら衣服を確認する手が止まった。


 お気に入りだった100年物のビンテージのコート。

 牛の革で作られたコートには、ほとんど艶はなく、代わりに荒い繊維が浮き彫りになり、所々に汚れや傷も着いていた。

 その傷がビンテージ好きに興味があったアネットには新品よりも魅力的に見え、昨年の冬、貯金をはたいて購入したのだ。


 だがそのビンテージの革コートは、見事なまでの光沢を取り戻し、肌触りもザラついたものからサラサラと滑らかなものへと変わっている。

 作られた時代が古いだけあって、今の物より品質はよくないし、古いものには変わりないのだが、積み上げられた100年の歴史の足跡は、無惨にも無垢な幼馴染によって消し炭となった。


「ど、どうかしたんですか?」


 様子が気になったアルトが、座ったまま部屋を覗こうとした。

 コートをギュッと握りしめ、歯ぎしりを鳴らしたアネットは、切り替えるように大きく息を吐いて戻ってきた。


「いや⋯⋯なんでもない⋯⋯ははは」


 言葉ではそう言っているが、肩がガックリと落ち、背中が丸くなっているのを見て何も気づかないほど、アルトは鈍感ではない。


「⋯⋯もしかして、私の能力が何かに作用しましたか?」


 虚ろな目をしながら、アネットは席に戻ってテーブルに肘をつき、顔を手で覆った。

 アネットの全身から、落胆を示すような暗い雰囲気が醸し出されている。


「ああ⋯⋯私の宝物だったビンテージコートが100年前の姿に」


「ひゃ、100年まえ!?」


 身を乗り出しそうになりながら、アネットに顔を近づけた。

 両手で覆われた顔はピクピクと痙攣するように震えていて、頬がじわじわと赤く染っている。


「古物市場で見つけて大金はたいて買ったんだ⋯⋯まだ30回も着てないのに」


 もしかしてアネットが泣いてるのではと、アルトが思うほど、彼女の声は震え、その単語ごとに哀愁を漂わせていた。


「気をしっかり⋯⋯お金でどうにかできるものじゃないけど⋯⋯いつか弁償するので⋯⋯」


「いやいいんだ⋯⋯そもそもアルトを招いた時点で分かっていたことだ。他の服や家具が何故か新品同様になってるからそれでいい⋯⋯」


「え⋯⋯」


 言われてテーブルと椅子を確認すると、確かに真新しい買ったばかりの製品のような見た目に変わっている。


「あ、ほんとだ⋯⋯いつの間にか綺麗に⋯⋯」


「もうその力を活かして修理屋でもしたらどうだ⋯⋯て思ったがそれも同じか。そんな力人に知られたら確実にお前の身柄が危ない」


 だいたいそんな仕事アルトは望んでいない。

 

「まあいい⋯⋯とりあえずしばらくはその運び屋の仕事に勤しむんだな。仕事がなくなったらまた紹介してやる」


 アネットはぬるくなった紅茶を飲み終え、強くテーブルにカップを置いた。

 泣いていたであろうその目は少し充血しているが、そこはかとない力強さを帯び、何かを決意したようにテーブルに置かれた木型の馬を見据えた。


「私は今⋯⋯自分のやるべきことを知った」


「⋯⋯なにか新しい仕事でも?」


「お前にその力を授けたカーネリアンを殺す」


 冷たい殺意が、藤色の双眸を淡く染めた。


「いやいやいやいや、我が家の祭神を殺そうとしないでください」


「そんなふざけた力を与えるやつ⋯⋯神としてはどうなんだ」


「でも悪気は無さそうですし⋯⋯なんなら私に同情した結果ですし⋯⋯」


「同情したからなんだ⋯⋯結果的にパーティーを組むことすら出来なくなってるじゃないか」


「まあそうですけど⋯⋯」


 1呼吸置いて、アルトは瞼をあげた。


「もしかしたら、私に魔物退治はむいてないという神の啓示かもしれませんし」


「そんなポジティブだったか⋯⋯」


「まあ⋯⋯もしかしたらまた神様が夢に現れるかもしれないので⋯⋯その時話してみます」





 しかし、その日の夢の中にカーネリアンは現れなかった。

 代わりに、アルトは民衆に追いかけられる夢を見た。

 武器屋に売っていた金メッキの剣を誤って落としてしまい、その剣が真っ二つに割れた。

 それを見た店主は額に血管を浮かせ、店の中にいた全員が殺気立った眼を向けた。


「あ、いやその⋯⋯」


 アルトが言い訳するより早く、入口のドアを蹴破って、腰にサーベルを携えたダークグリーンの軍服の憲兵が突入してくる。

 黄金色のボタンが店の灯りに反射し、細工された巧緻な鷲のマークが浮かび上がった。

 髭を蓄えた鷲鼻の憲兵は、いきなりサーベルを抜くと、その切っ先をアルトに向けた。


 弁明する暇もなくサーベルを振りかざす憲兵から逃れるため、店のカウンターを飛び越え、裏口から逃げ出すと、どこからともなく現れた民衆が農具や武器を構え、追いかけてきた。

 どこまでも追いかけてくる民衆との距離は縮まることも広がることもなく、何も無い草原をひたすら走りながら、途中で「ああ⋯⋯また変な夢見てるよ」と冷静になって足を止めた瞬間、薄暗い部屋の薄暗い天井が映し出された。



 窓の外に目を向けると、まだ外は薄暗く、少しずつ空が白んでいる。

 眠気まなこを擦りながら、大きく欠伸をして伸び上がる。 

 昨日、史跡の壁とアネットのビンテージコートを治してしまったことを思い出すと、白む空とは対照的に、心はどんよりと夜の帳が落ちるような気がした。


 それでも働く必要がある。正直投げ出してどこかに逃げたい気持ちもあったが、それは自分の良心が許さない。

 だがまだ仕事に行くには早いような気もした。

 そもそも昨日は突然の訪問でいきなり仕事になったから、訪ねるべき時間をよく分かっていない。


 太陽が東から登ってくるのを確認し、人々が待ちの大通りに溢れ出した頃、アルトは果樹園に向かっていた。

 心做しか、街の人達の顔がいつもより明るく見えた。

 自分がくらいから相対的にそう感じるのだろうかと、アルトは晴れた青空とは真反対の心持ちで歩いた。

 どこからか八百屋らしき声が聞こえる。


「今日は売上が伸びねえ」


 ため息混じりのボヤキが、偶然通りかかったアルトの耳に入る。

 ふと八百屋に目を向けると、木箱の上に置かれた野菜や果物はいつも通り陳列されていて、いつもと何が違うのだろうかと不思議に思った。

 だが歩きながらよく観察してみると、いつもより果物の数が多い気はした。


 だがその理由を計り知ることは出来ず、考えても仕方がないと、果樹園に向けて足を早めた。

 樹木に成った果実が、陽光に照らされ鮮やかな紅玉のように煌めいた。

 

 昨日と同じようにまずは自宅を訪ねようと近づくと、倉庫の方から昨日の婦人と、聞いた事のない男性の声が聞こえた。


「⋯⋯どなたが⋯⋯旦那さんかな」


 もうりんごを収穫して積んでいるのかと思って倉庫を覗くと、中には昨日の婦人と、婦人の夫としてはかなり若い、というかアルトより少し年上くらいの、黒い短髪で左耳に黒いピアスをつけた無精髭の青年が、何やら話しながら作業をしていた。


 りんごの入ったカゴを降ろした青年を、「お疲れ」と婦人が朗らかに叩くと、アルトが入口で覗いていることに気がついた。

 

「おや、来てくれたのかい」


 婦人の声は明るかったが、一瞬戸惑うように目が見開かれたのを、アルトは見逃さなかった。

 青年はアルトを見て微笑みながら会釈をした。

 アルトも会釈を返し、向かってくる婦人をその場で待った。

 だらんと下ろした手を腰の前で繋ぎながら、人差し指と人差し指をくるくると遊ばせた。

 婦人の顔色が変わったのは、気のせいでは無かったらしく、近づくにつれ、婦人の歩く速度は遅くなり、申し訳なさそうに口角を上げた。


「ただねぇ⋯⋯申し訳ないね⋯⋯じつは息子が帰ってきたんだよ」


「む、息子さんですか⋯⋯確か入院してたと」


 チラリと奥の青年に目を向ける。確かにどこか婦人の面影がある気がしなくもない。


「それが昨日⋯⋯急に治ったって帰ってきてね⋯⋯両足骨折してたのに見ての通りピンピンしてるんだよ」


「す、すごいですね⋯⋯そんなことが⋯⋯」


 社交辞令的な愛想笑いをしていた顔が固まる。

 骨折が突然治っていきなり元気に力仕事ができるほど回復している。


 そんなこと現実にはありえない。

 優秀な回復魔法の使い手や、ひとたび触れれば全ての怪我を治してくれるような、強力な回復結晶でも無ければ起こりえない事象である。


 しかしながら、今この街にひとり、触れることなく人間や無機物を回復させてしまう人間が存在した。その名はアルト。神官見習いの日雇い労働者だ。


 もしかしたらと、背中に汗が滲んだアルトは、覗き込むように奥の青年に向けて口を開いた。


「あ、あの、もしかして入院していらした病院の患者さん⋯⋯いきなり昨日元気になった人がいましたか?」


 母親とアルトの会話を見ていた青年は、すぐに頷きながら、アルト達へと迫った。


「ええいましたよ。ていうか全員ですね。入院患者全員。院長が驚いてましたよ。神様の祝福でも授かったのではないかって」


 祝福と聞いて顔が引きつった。

 神の祝福であることは間違いない。もたらしたのはアルトだが。

 そして昨日、アネットが言っていた、人を治す仕事も悪くないが、それをしたら目をつけられて大変なことになると言っていた意味が改めてよくわかった。


「まあでも⋯⋯来てもらって申し訳ないしね⋯⋯」


 婦人が息子とアルトを交互に見ながら、頬に手を当てた。


「今日までお願いしていいかしら? お詫びも兼ねて少し色つけるから」


「え、ええ⋯⋯働かせて貰えるならぜひお願いします。お支払いは決められた通りで結構ですが」


「そこは謙遜しないでいいのよ⋯⋯本当ならもう暫く頼むつもりだったからそのお詫びということで」


「は、はぁ⋯⋯」


 あまり何度も断るのも忍びなく、あっさりと頷いた。

 昨日の荷車にりんごの箱を乗せるのを息子に手伝ってもらい、テンダースに向けて荷車を引いた。


 街を出る少し前の道中、「なんかオース砦の壁が復原されてるらしいぞ」と、誰かが噂する声が聞こえた。


(なんで今そんな話してるんですか⋯⋯)


 アルトは俯き、誰とも目を合わせないようにしながら、足早に荷車を引いて、指定史跡であるオース砦の壁がある丘へとせまった。


 丘の麓から、人々が上に集まっているのが見えた。

 10人⋯⋯いや20人はいる。

 一般的な市民から、白いローブを着た司祭らしき人物や黒いコートを来たお役人らしき人物まで、道のそばに集まって復活した石壁を見ているようだった。


(やばいどうしよう⋯⋯)


 丘の麓で、アルトは息を飲みながら、この坂を登って丘を超えるか、道無き道を迂回して、丘の向こう側に出るか頭を悩ませた。



 







  

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