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失われた歴史の代償 2

 ゴーラス果樹園は街の北東に位置した。

 人によって植樹され、管理された果樹園の木々には、赤いりんごの実がなっている。

 果樹園の傍に、小さな二階建ての木造の小屋があり、二階の窓から小さな子供がこちらを覗いていた。

 表に人がいないので、敷地へと足を踏み入れ黒檀のドアをノックする。

 少しして中から婦人の声が聞こえ、扉が開かれた。

 

「はいはいどちら様ですか」


 出てきたのは人の良さそうな女性で、深緑の服が手首から足首まで覆っていた。

 アルトは軽く頭を下げると、懐から貰った紙を取り出して婦人に見せた。


「あの、この紙を見てきたのですが」


「ははあ。じゃああなたが運んでくれるのね」


 婦人はいちど、頭のてっぺんからつま先までアルトを確認した。

 果たしてアルトでいいのかと、少し不安になったのかもしれない。

 自分が見定められていることに気づいたアルトは、断られないよう祈りながら背筋を伸ばした。


「まあいいわ。こっちに来てくれる?」


 そう言って婦人は靴を履き、外へと出た。

 婦人とともに玄関を離れ、また二階の窓に目を向けると、子供が手を振っていた。

 アルトは子供に微笑みかけながら手を振り返し、前を歩く婦人に訪ねた。


「あの子は息子さんですか?」


 婦人は瞠目すると、振り返りながら照れくさそうに口元に手を添えた。


「いやですよぉ⋯⋯あの子は孫です」


 満更でも無さそうに頬を緩ませながら、果樹園へと歩いていく。


「実はあの子の父親⋯⋯息子がいつもなら隣町まで運んでいるんですけど、あの子は入院中でして」


「入院中ですか⋯⋯」


「大したことじゃないんですよ? ただ仕事の帰りにどこかで足を踏み外して⋯⋯両足骨折しちゃったんです」


 それは大したことじゃないのだろうかと、首を傾げながら婦人について行くと、丸太で汲み上げられた倉庫のような建物にやってきた。

 中は薄暗く、土の地面と壁から、微かに冷気が滲み出ていると思うほど、外とは違った空気感を漂わせていた。 


 頭上を小鳥が飛び去り、ふとある考えが浮かんだ。

 自分が病院へ行けば、その人や他の患者も治り、自分がここで働く必要はないのじゃないかと。

 たしかに、日銭は必要だが、あの窓の外を眺めていた少年を1日でも早く父親と再会させてあげたいという想いが、アルトの中に芽生えていた。


 しかしながら、出会ったばかりの婦人に息子さんが入院している病院を聞くのも忍びなく、アルトは口を閉ざしたまま倉庫へと入った。

 倉庫の中にはいくつかの木箱があり、りんごの他にも別の果実や、芋などが箱いっぱいに詰められている。



「とりあえず今日はねぇ⋯⋯そこの5箱をテンダースにまで運んで欲しいのよ」


 婦人が指さした箱の集まりを見ていると、相当な重さがありそうで、アルトは息を飲んだ。

 テンダースというのは、ここから北にある街で、普通に歩いても1時間はかかる。

 

「この裏に荷車があるから持ってきてくれる?」


 婦人に言われ、倉庫を出て裏に回ると、新品同様な木の艶やかさを持つ二輪の荷車が、無造作に地面に置かれていた。

 それを引くだけでもかなりの重労働だったが、無事倉庫へと持ってくると、婦人は感心したように手を叩いた。


「じゃあこれらよろしくねぇ⋯⋯無事帰ってきて売上出してくれたら今日の分支払うから」


 言い終えると、婦人はゆっくりと倉庫から出ていき、家の方へと戻って行った。

 家の裏の畑では10最近く歳上の旦那が芋の世話をしていた。

 旦那は元気だが、高齢で離れた街に荷物を運ぶほどの体力はもうなかった。


「よいしょっと⋯⋯腰痛い⋯⋯あ、痛くない」


 箱を荷車に詰めながら、ボソボソとひとり呟いた。

 箱を持ち上げる度、腕や腰が痛くなったが、その痛みはすぐに治まった。

 5箱を荷車に詰め、ハンドルを持って引き始めると、初めは全く動かなかった。


「おんもぉ⋯⋯」


 徐々に土を削り出した車輪が、前へと進み出す。

 1度進み出せば、そこからは早かった。

 畑を超えて小さな丘を登ると、前方にテンダースという街が見えてきた。

 オレンジ色のレンガで建てられた建物が目立つ街は、東の川に沿うように作られ、その川は南へと下り、グンネルの東を流れている。

 

 丘を降りて、言われた通りにりんごを運び入れると、業者が代金を払ってくれたので、その金額を皮袋に入れて来た道を辿った。

 途中のパン屋で昼食のバゲットを購入し、道中の丘の上で一休みした。

 道の隣の石に腰掛けながらパンを食べていると、ふと道外れに、長方形に加工された石壁の一部があるのに気がついた。


「あー、ここは⋯⋯8年戦争の⋯⋯」


 ほんの僅かな面積に南北を切り分けるように立っていたであろう痕跡を残す石壁は、昔、この地域で長い戦いがあったことを示す遺構だった。

 僅かに残った砦の壁は、今ではほとんど崩れ、焼けた跡がぽろぽろと粉塵となって欠けている。


 硬いブレッドを噛みちぎりながら、瞬きを3回ほど、ふともう一度石壁の跡を見てみると、その1部分に古の城壁が蘇っていた。


「ぶほぉっ!?」


 思わずパンを噴き出しながら、ゴホゴホとむせた。

 つい先程までは崩壊していた遺跡が、その1部分だけ昔の姿を取り戻すように、3メートル近い真新しい壁が立っている。

 赤い燃えたあとも、雨風で風化した跡も消え、完成した当時を思わせている。

 パンを加えながら、その壁の元へと駆け寄り、手で触れてみた。


「ふぉ、ふぉれはっ!?」


 過去に南北を隔てるように造られていた砦の一部がそこに蘇っている。

 元来、無造作に置かれた石レンガ達は、その戦争を伝える遺構として人々に見守られ、誰も手をつけようとしなかった。


「まさか⋯⋯こんなものにも能力の影響が?」


 壁は一部しかなく、少し力を込めれば倒れそうな危うさがあるが、それよりも、石壁にさえ能力が影響することに戸惑い、目を見開いたままペタペタと壁に触れた。

 冷んやりと冷たい石が熱を帯びた身体を手のひらから冷ますような気がした。


「あーっ!!」


 その時道の方から男の声がした。

 肩を震わせながら振り返ると、アルトと同じように荷車を引いていた青年が指を指しながら、瞠目してプルプルと震えていた。


「と、砦の壁が⋯⋯建ってる!?」


 男は声を裏返しながら、アルトに目を向けた。

 アルトが勝手に直したと思ったのかもしれないが、風化していた石を組み立てたとしても、綺麗な壁にはならない。


「あ、いや⋯⋯私は⋯⋯」


 男の視線に当てられたアルトは、後ずさりしながら、額から汗を滴らせた。

 疑われていると思い込んでいるアルトは、男と目を合わさないようにしながら、心臓をバクバクさせながら自分の荷車の元へと戻って逃げるように去った。


 下り坂で転げ落ちそうになっても、息が上がってもアルトは走り続けた。

 道中すれ違う人達は何事かと思ってアルトを見ていたが、無尽蔵の体力を得た走りを見て感心する人間がほとんどで、アルトを怪しむような人間はわずかしかいなかった。


 それでもアルトには、皆が自分を疑っているようにしか見えず、大急ぎで果樹園へと帰り、「随分と早かったねぇ」と感心していた婦人と世間話をする訳でもなく、売上を渡して駄賃を貰うと、慌てて逃げるように早足で家を去った。


「明日も頼むよー」


 去り際、婦人がアルトに手を振っていた。


(あ、明日も⋯⋯!?またあそこ通るのか⋯⋯いやでも引き受けたからにはちゃんとこなすしかないのか⋯⋯)


 真面目な性格が仇となった。

 あの場所に近づかないためにサボるという選択肢はアルトにはなかった。

 あの丘を迂回して運搬することも考えたが、道のない草むらを荷車を引いて進む姿を想像すると逆に怪しく、不審に思われるに違いないと結論づけた。



「おや、アルトじゃないか」

 



 夕方、紅の空が広がる中、太陽が西へと沈みゆく。宿に戻らず、グンネルの街を彷徨っていると、仕事帰りなのか、グレーの鞄を肩にかけたアネットと遭遇した。

 肩を落としくらい顔をしたアルトを認め、アネットは首を傾げた。

            


「どうした? 自分には治癒は適応されなかったのか?」


「いえ⋯⋯適応されました⋯⋯お陰でテンダースまで荷物運んできてずっと歩いていても疲れは無いですよ。息は時々あがりますが」


「ふむ⋯⋯ではなぜそんな暗い顔をしているのだ」


 顔を上げ、自分を真っ直ぐ見つめるアネットの双眸を覗き込み、キョロキョロと周りの人々に注意を向けた。


「ここでは話しずらいので⋯⋯聞きたいのなら人のいない場所で話しますよ」


「ふむ⋯⋯」


 周りの喧騒を確認しながら、アネットは首に手を添えた。


「なら家にでも来るか?」


「アネットの⋯⋯? まさか実家じゃないですよね」


「馬鹿か。ここから何キロあると思ってる。というかアルトの実家の隣だぞ?」


「た、たしかに⋯⋯」


「いいからついてこい」


 言われるがままついていくと、白塗りの瀟洒な建造物が現れた。

 集合住宅らしきその建物は、三階建てになっていて、それぞれの部屋の窓には、どこも洒落た植物や動物のぬいぐるみや、木の置物などが置かれていた。


 建物の横の階段を上がり、別の部屋の住民に挨拶をしながら、アネットの部屋へと入った。


「散らかってますね⋯⋯」


 中は入ってすぐ食事用の樫のテーブルと椅子がふたつ並び、その奥の窓際に木のシングルサイズのベッドがあった。

 部屋は質素で、テーブルの真ん中に木型で作られた馬が飾られていたり、窓に白いカーテンがかけられていたりと、生活感は感じるが、どことなく静かな雰囲気があちこちから漂っていた。


「座って待っててくれ」


 そう言うと、アネットは隣へとつづくドアを開け、その中へと消えていった。

 アルトは言われるがまま席に座り、木型で作られた馬の置物を手に取った。

 昔からアネットは馬が好きだったことを思い出しながら、馬に跨ろうとして落っこちた幼馴染の記憶を呼び覚まし、ひとりクスクスと笑った。


隣の部屋はキッチンになっていて、アネットは小さな暖炉に火を起こして水を沸かしていた。

 水は小さなヤカンに注がれ、あっという間に水蒸気が噴き出した。

 沸騰はさせず、湯をティーカップの上に置いた茶葉入りのティーストレーナーを介しつつ注いだ。

 ふわりとしたハーブの芳香がキッチンに広がり、ドアをぬけてアルトのいる部屋まで届いた。


 トレーに白いティーカップを乗せ、アネットが戻ってくる。


「待たせたな。こんなものしかないが許してくれ」


 トレーからしゅんの目の前へとティーカップを移す。


「いやいやお構いなく。いい香りですねこれ」


「最近買ったんだが、結構気に入ってな。よかったら少し持って帰るか?」


「いやいや、今寝泊まりしてる宿は台所がないので、遠慮しておきます」


「そういえばどうして宿屋に泊まってるんだ?」


 俯いてティーカップに唇をつけながら、アネットは瞼を上げてアルトを一瞥した。

 アルトは答える前にひと口紅茶を飲んでから、ゆっくりとカップをテーブルに置いた。


「もともと前のパーティー⋯⋯あ、オリオとリオンと組む前の3人といた時、いつかはこの街を離れて別の場所へ行こうって話してたので、家借りるより宿の方が便利でいいかなって」


「だが結局クビにされたわけか」


「⋯⋯」


 ズーンと落ち込む擬音がアルトから発生したと勘違いするほど、アルトは俯いて顔色を悪くし、切なそうにティーカップの中の液体を見つめていた。


「いや、すまん。冗談のつもりだったんだ」


 思いのほか落ち込まれ、アネットは慌てて話を変えようと考え込んだ。


「ああそうだ。そんなことはどうでもいいんだ」


「どうでもいい⋯⋯仲間からクビにされたことがどうでも⋯⋯」


「あ、いや⋯⋯」


 墓穴を掘った。

 わざとらしく咳払いをし、アネットはその音で今の空気を塗り替えようとした。


「そんなことはいい。落ち込んでるわけを聞かせろ」


 率直な問いだった。

 あまりに直球すぎて、言われたアルトは少し固まり、理解するのに数秒の時を要した。

 大きく息を吐きながら、また紅茶を1口飲んで瞼を上げた。


「グンネルとテンダースの間に丘があって、あそこにほら、8年戦争の残り香みたいな石積みあったじゃない?」


「ああ⋯⋯オース砦の跡か⋯⋯まさか」


 口をあんぐりと開け、アネットは目を細めた。


「はい⋯⋯直しちゃったんです⋯⋯あの石壁」


「おいおいおい⋯⋯死んだぞアルト」


「えぇっ!?」

  

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