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失われた歴史の代償

 酒場で待っていたアルトの前に現れた双子の顔は暗かった。

 怪我をした訳でも、身ぐるみを剥がされた訳でもない。


 ただこれから仲間に伝えなければならない内容に、ひたすら心を痛めていた。

 ちなみにだが、最初もういちど3人で戦った時は結果は同じだった。

 またオレンジオオカミが現れたが、何度切りつけても回復し、オリオはわざと腕に噛みつかせたが、一瞬血が滴るだけで、すぐに傷口は塞がり、痛みも消えた。


 店に入ってきたふたりの顔を見て、アルトは即座に察した。

 双子はアルトの待つ席に来ると、注文を聞きに来た従業員にビールをと頼み、ゆっくりと椅子を引きながら座った。

 ふたりとも瞳に光がなく、席に座った直後から、不気味に口角を上げて、白い歯を覗かせていた。


 いつ口を開くかと、アルトが心の準備をしていると、オリオが兄として、弟に向かって頷いてから口を開いた。




「悪いアルト⋯⋯すまないがパーティーを抜けてくれ」


 ふたり同時に頭を下げた。

 オリオの頭はテーブルにぶつかり、リオンの額はギリギリのところで止まった。


「すみませんっ!」


 とリオンは声を震わせた。




「えぇっ!? やっぱり⋯⋯」



 予想はついていたので、昨日ほどのショックはなかった。

 店に入ってきたふたりの顔を見た時から、全てを察してはいたのだ。


 ふたりは顔をあげることなく、テーブルに両手をついた。

 従業員がビールを持ってきたが、ふたりは顔を上げず、持ってきた従業員は怖がるようにそそくさと席から離れていった。



「じゃあやっぱり⋯⋯原因は私なんですね⋯⋯」


 ボソリとアルトが呟くと、恐る恐る双子は顔を上げた。


「だと思う⋯⋯アルトがいなくなってから何体かの魔物と戦ったがちゃんと倒せた。あ、これはそいつらの肉を売って得た金だ。餞別として受け取ってくれ」


 オリオはズボンのポケットを探り、掴んだものをテーブルの上に置いた。

 乾いた金属音がいくつも響いた。

 銅貨3枚。3枚あれば食事付きの宿に2日は泊まれるだろう。


「あ、ありがとうございます」


 あまり気乗りはしなかったが、ここで銅貨を受け取らないと余計惨めになる気がして、渋々1枚ずつ手のひらに乗せ、腰に携えた茶色い皮袋へと入れた。



「本当に⋯⋯私のせいで申し訳ありません⋯⋯」


 やるせなさと悔しさから、アルトの双眸に涙が滲んだ。

 仲間を瞬時に治癒できるのはいい。だが魔物を回復しては意味がないと、机の下で拳を爪が食い込むほど握りしめた。


「アルトは悪くない」


「そうだよ。兄さんとも話したんだ。アルトのことについて。でも、僕達は冒険者だ。魔物を倒して生活している。だからアルトと仕事をすることはできないって」


 いつのまにか顔を上げたリオンの目にも涙が浮かんでいるように見えた。

 双子はビールの入ったグラスを掴んで同時にアルトに向かって突き出すと、唇を噛み締めながら力強い双眸でアルトを凝視した。


「いいかアルト。たった一日だけのパーティーだが俺達は間違いなく仲間だ。友達だ」


「そうだよ。ただ一緒に戦えないだけで、アルトがいい人であり、友人であることは変わりないんだ」


 いつ友人になったのだろうと、なぜかこの機に冷めたようなことを考えていた自分の頬を、アルトはピシャリと叩いた。


「え、ええ⋯⋯ありがとうございます。オリオ、リオン」


 それぞれに顔を向け、力強く頷く。


「私達は友人です。怪我をした時はどうぞいらしてくださいね。近づくだけで治癒致しますから」


 3人で顔を見合せ、頬を上げながら頷いた。

 アルトの目から涙が滴るのとほぼ同時に、リオンの目に涙が滲み、オリオは眉間を摘んで涙を堪えた。


 その奇妙な光景を、酒場の客達は眺めていた。

 そして何人かは、身体の不調がなぜか治っている事に気がついた。


「な、なあアルト」


「どうしました?」


 オリオはビールを一気に飲み干すと、一瞬頭をクラっとさせた。

 心配になって立ち上がろうとしたが、オリオはすぐにあっけからんとなって笑った。


「いや、今試したんだけどさ、ビール一気飲みしてもすぐ頭痛いの治った」


「な、なんですかそれ」


「なあ⋯⋯もしかして酒屋にアルトがいたらめちゃくちゃ儲かるんじゃないか」


「⋯⋯あんまり嬉しくないですね⋯⋯ていうか程々にしてくださいよふたりとも」


 アルトが呆れて微笑むと、双子は元気よく「はーい」と声を揃えた。


 夜も耽り、どこも灯りが消え、道を照らす篝火だけが足元を照らす中、随分飲んだのに全く酔った様子のない双子と別れ、いつも泊まっている宿へと戻った。

 


 二日連続でのパーティー解雇宣言。

 2度目は1度目程の衝撃はなかったとはいえ、種類の違う悲しみがひとりベッドに寝転がったアルトに襲いかかる。

 壁には、ルベルクから貰ったローブがハンガーに引っ掛けられている。

 今朝は傷心のあまり気がつかなかったが、少し傷みはじめていたはずのローブは、暗がりでも分かるほど品質が改善され、プレゼントされた時とほぼ同じ姿をしている。


「服にも効果があるのか⋯⋯てことはもしかしてこの部屋も⋯⋯?」


 この宿に泊まるようになってから随分と久しいが、ちゃんと部屋の様子を確認したことがなかったので、綺麗になっているのかどうか判断がつかない。

 ただ今首元の枕を触ると、安い宿にしては随分と品質がよく、昨日までこんなに弾力があったかと不思議に感じた。


「明日からどうしよう」


 仰向けになりながら布団を口元にまで被せ、暗い梁がむき出しになった天井を見上げた。


 カーネリアンから授けられた祝福が魔物にも作用するとわかった以上。パーティーを組んで魔物退治に行くことは愚か、下手に街の外へ行くこともできない。

 なんなら、家畜や魚を捌こうとしている人の近くにいるだけで、その魚達を回復させてしまう可能性があるので、下手に出歩くことすら憚られかねない。


「とりあえず⋯⋯また職安行きますか⋯⋯」



 大望を描く事も大切だが、まずはその日の生活を安定させることから始めなければならない。

 実家に帰れば、神官として働くことはできるのだろうが、それでは大勢を救うことはできないと家を飛び出した手前、なかなか帰る勇気は湧いてこなかった。



「それで⋯⋯2日続けてここに来たわけか」


 翌朝、職安にいたアネットに声をかけられ、事情を説明すると、腕を組みながら呆れて鼻息を漏らした。


「はい⋯⋯まさか自分にそんな力があったなんて⋯⋯」


「昨日気がついたらほつれていたはずの袖が治っていたのはそのせいだったんだな⋯⋯」


 顎に手を添えながらブツブツとアネットは呟いていた。

 今日も朝から職安には人が溢れている。

 だが大体は仕事が無いというわけではなく、共に魔物と戦う仲間を探しに来た、紹介所としての役割に期待している者たちばかりだ。


 人々を眺めてみれば、オリオとリオンの姿もあった。

 ふたりはアルトに気がつくと手を振り、アルトも軽く振り返した。


「昨日のふたりか、仲はいいんだな」


「まあ⋯⋯友人ですよ友人」


「ならよかった」


 アネットは腕をおろし、腰に右手を添えながら小さく微笑んだ。

 自分が双子とアルトを仲介した以上、多少の責任は感じていたらしい。

 一日で解散したパーティーだが、交友関係が狭いアルトに友人ができたならよかったと、胸を撫で下ろした。


「でまあ、本題なんだけど、なにか仕事ありますか」


 アネットがなぜ嬉しそうにしているのか分からず、アルトは首を傾げながら顔を覗き込んだ。

 アルトの視線に気がついたアネットは、頬を桜色に染めながら、咳払いをして口元を結んだ。


「選ばないならそれなりに選びたい放題だぞ。ただアルトに力仕事は無理だろう?」


「ええまあ⋯⋯力仕事ができるなら最初から回復役なんてせずに前線で戦います」


「まあ、アルトの場合力よりも戦闘センスの方が問題な気もするけどな運動神経皆無だし」


「⋯⋯それは言わないでくださいよ」


 はっきりと言われて項垂れる。


「まあそうだな⋯⋯率直に病院でも行けばみんな大助かりだと言いたいところだが、それはやめた方がいい」


「⋯⋯なぜです?」


 再度アネットの顔を覗くと、ゆっくりと目を逸らして背中を向けた。

 病院で働くなど考えたこともなかったが、ひとりでも多くの人間を助けたいアルトにとっては悪くない案だった。

 医術の知識は僅かだが実家で身につけている。

 しかしアネットは憮然とした顔でため息を吐いた。


「たしかに⋯⋯近くにいるだけの人間を治癒できるその力は病気や怪我の人々にとって希望となるだろうが、もしその力が明るみに出たら⋯⋯」


 アネットは1呼吸置いて、また身体をアルトへと向けた。


「その力を欲して狙われるのは必至だぞ。この国や他国、どこかの病院や怪しい団体。下手をすれば噂を聞きつけた魔界の連中に連れ去られるかもしれないぞ」


「ま、魔界⋯⋯」


 魔界と聞くと背筋がゾワゾワとした。

 魔界とは、人間の住む世界とは別の次元にあるもうひとつの世界。

 魔物達の楽園と言えば聞こえはいいが、時折次元を超えて人間を襲いに来る魔物や、人間の世界に迷い込む魔物がいて人々は常にその存在を恐れている。


 勇敢な冒険者達は魔界への侵入を試みることもあるが、今現在、人間界から魔界への行き方を知っているのは、人間界にやってくる魔物しかいない。 


「となると、この力を生かした仕事というのは控えた方がいいのでしょうか」


「そうだな。それにその力が無差別に作用するなら、できる仕事はかなり限られてくる。荷物運びとかそんなのなら大丈夫か」


「それ力仕事じゃないですか⋯⋯」


「仕方ないだろう。あまりにも選択肢が少ないんだ。今のアルトには。というか、その祝福を授けた神には会えないのか」


「会えませんねぇ⋯⋯というか夢に出てきただけなので。どうやって会うかなんて知るはずもないです」


「そうか⋯⋯それでその、」


 言葉に詰まりながら、アネットはチラチラと横目を向けた。


「どんな姿をしていたのだ。その神は」


「姿ですか⋯⋯それはその」


 カーネリアンの用紙を思い出し、アルトはまごつきながら俯いて口をパクパクとさせた。

 

 整った可憐な少女の、太陽そのものを思わせるような黄金色の右目と雲ひとつない夜空を思わせる蒼色の左目、ふわりと和らいだ赤い果実のように艶やかな神、どこか神秘的で、それでいて世俗的な神の姿を思い浮かべると、自然と言葉に詰まった。


 その様子を見ていると、アネットは底知れぬ苛立ちを胸に抱えるような気がして、アルトを見ていられなくなった。


「女神なのだな」


「まあそうです⋯⋯」


「はあ⋯⋯アルト。私達は世間話をするためにいるのでは無いだろう?」


「は⋯⋯え? 聞いたのはそっちだけど⋯⋯」


 アルトの言葉を無視して、アネットは長いカウンターの間のスイングドアを通り、職員達が働く中へと混ざっていった。


 アルトがその様子を遠目で眺めていると、アネットは別の職員に話しかけられ、少し会話をしたあと、1枚の紙を机の上の束から取り出し、それを持って戻ってきた。

 戻ってくるまでの間に、周りを見てみると、オリオとリオンが新しい仲間を見つけたのか、見知らぬ男女ふたりを連れて建物から出ていった。


「今度は上手くやれるといいですね⋯⋯ていうかやれるに決まってるか⋯⋯」


 呟いた声には哀愁と喜色が入り交じっていた。

 戻ってきたアネットを確認すると、1枚の紙を差し出された。


「とりあえずこれ行ってみたらどうだ。短期の仕事らしいが、とりあえずならいいだろ」


 紙を受け取ると、そこには運搬してくれる人を求むという求人が書かれている。

 どうやら、運ぶものは果樹園のリンゴらしい。


「力仕事じゃないですか」


「文句があるならもう紹介しないぞ」


「なんですかその横暴⋯⋯まあいいですけど⋯⋯とりあえず行ってみますよ。ありがとうございます」


「というかアルト、怪我しても治るんだから問題ないだろ」


「それは確かに⋯⋯なんなら体力も戻りますしね」


「⋯⋯ほんとにとんでも能力じゃないか⋯⋯祝福とは恐ろしい⋯⋯」


 アネットが呟くのを聞き終え、職安を出て依頼主のいるゴーラス果樹園という所へ向かうことにした。

 名前は聞いたことがあるどころか、この街では有名なりんご農家で、世話になったことの無い人間の方が少ないだろう。


 アルトは果樹園までの道のりを歩きながら、とりあえず少しの間は安定しそうなことに安堵しつつ、力仕事は面倒だなとため息を吐いた。



 だがまだアルトは気づいていなかった。

 この授けられた力の恐ろしさを。







 

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