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言葉の刃は2度刺す

「アルト。悪いがパーティーを抜けてくれ」


「え⋯⋯?」



 自らの神域でうつ伏せに寝転がりながら、女神カーネリアンは、黒い花柄の装飾が施された神鏡を使って地上の様子を眺めていた。



 カーネリアンの燃えるような鮮烈な赤髪は、肩のあたりでふんわりと切り揃えられ、右側を高い位置で結ったサイドポニーテールが快活な印象を与えている。


 その愛らしい顔立ちの中で特に目を引くのは、左右で色が異なるヘテロクロミアの瞳だ。

 右目は陽光を溶かし込んだような黄金色、左目は澄み渡る夜空を思わせる蒼色を湛えており、少女の神秘性を際立たせている。


 身に纏っているのは、鮮やかな山吹色のドレス。  

 胸元から肩にかけて繊細な刺繍とフリルが施された漆黒のケープで覆われ、中央には大粒の赤い宝石をあしらったリボンが飾られている。


 ドレスの裾には、いくつもの赤い薔薇が金細工と共に等間隔に配置され、歩くたびに重厚な輝きを放つ。





 舞台は街の酒場。

 ビールやウイスキーの匂いがそこら中に染み込んだ木造三角屋根の店の中で、4人組が神妙な面持ちで丸いベニヤのテーブルを囲んでいた。

 周囲の客達も自分達の席で盛り上がり、皆誰かを気にする様子はなく、陰鬱としたこの場では異様な雰囲気を醸し出している一向は意識されることなく、自分達の世界へ入り込んでいた。



「ど、どうして? ルベルク。私がなにかしでかしてしまったとか?」


 酒場に入り、注文した飲料が届くなりそう告げられたアルトは、両手を膝の上に起きながら、膝を閉じて猫背で座るリーダーを見つめた。

 アルトの琥珀色の双眸は揺らぎ、戸惑いと哀愁が滲み出ている。


「いや⋯⋯その⋯⋯まああれなんだ⋯⋯その⋯⋯なんて言うか⋯⋯いや⋯⋯だからぁ⋯⋯」


 リーダーことルベルクは、ツーブロックの茶髪の横部分を指先でクルクルと回しながら、バツが悪そうに言葉を濁らせている。


「悪い冗談とかじゃないよね? ドッキリとか⋯⋯誕生日はこの間祝ってもらったよ?」


 ルベルクだけに。と言いかけた言葉を飲み込み、アルトは、横目でサイドに陣取る仲間ふたりを一瞥した。


「ああ⋯⋯うん⋯⋯今も来てるそのローブ⋯⋯プレゼントしたもんな⋯⋯結構高かったんだぜ⋯⋯」


「ええ⋯⋯嬉しかったので大事に着てます」


 新緑のような色をしたローブを軽く掴んでルベルクへ見せる。

 そひてそのまま、背中を丸めて憂うような目で見上げる。


「で、なんで追放なんですか⋯⋯」


「いや⋯⋯だからそれはその⋯⋯あれなんだよほんとに⋯⋯言いにくいんだけどさ⋯⋯? その⋯⋯」


 一向に話が進まない中、痺れを切らした仲間のひとりが、ビールジョッキをテーブルに叩きつけるように置いた。

 その振動音でアルトとルベルクの肩が同時に跳ね上がる。


「はっきり言えリーダー!! アルトじゃ力不足だから抜けてくれって」


 ジョッキを叩きつけた勢いで、金色の逆立った短髪を震わせながら、4人の中で最も立派な体躯を持つレオンが声を荒らげた。


「いいかアルト! リーダーがこんなんだから俺が言わせてもらう!」


 レオンの指先がアルトの眉間に迫った。

 その勢いで発生した風が、アルトの黒い前髪をサッと揺らした。


「お前は確かに回復役としては悪くない。だが俺達のパーティーは全員重装備で正直そもそも回復役がそんなに必要じゃないんだ。これなら軽装備の武闘派を入れて魔物の側面を突いてもらったり、素早い動きで翻弄してもらえる方がありがたいんだ。で、お前は今じゃあそういう人材を入れて5人で組めばいいじゃないかって思っただろ? 違うんだ。そうすると今以上に稼ぐ必要が出て負担が増える」


 ほとんど息継ぎ無しで言い切ったレオンは、大きく息を吐きながらゆっくりと椅子に腰を下ろし、小さく咳払いをした。

 すると何が言いかけたレオンを遮るように、レオンの向かい側で黙ってやり取りを見ていた紅一点のクイールが、俯いて長い白髪を指で捻りながらポツリと呟いた。


「要するにコストカットよアルト。今までありがとね」


 一切の感傷がない冷めた声色。

 アルトは恐る恐るルベルクに目を向けたが、ルベルクは目を背けて口を開こうとしない。


「そ、そうですか⋯⋯」


 テーブルのベニヤに爪を立てながら、アルトはゆっくりと立ち上がる。

 元々雪のように白かった肌が、青ざめて色素が消えかかっているように見える。



「じゃあ⋯⋯わかりました⋯⋯3人とも今までお世話になりました」


 小さくなった背中を向けて、ゆっくりと騒がしい酒屋の出口へと向かう。

 アルトだけが喧騒から隔離されたように、この場には似合わない哀愁を全身から漂わせている。


「あ、アルト⋯⋯」


 ただひとりアルトに同情的なルベルクが声をかけようとしたが、その口が止まる。


「リーダー。もうあいつのことはいいだろ」


「そうよ。あの神官もどき、正直食事くらいでしか役に立たなかったでしょ」


 ルベルクは答えなかった。代わりに小さく頷いた。








「な、なんなのこれは!!!!」



 その様子を神域で眺めていたカーネリアンは、顔を真っ赤にしながら憤慨した。

 カーネリアンの感情に呼応するように、草原と青空の神域が赤黒く染まり、どこからが火花と共に噴煙が舞い上がり、地面が揺れた。



「あの人可哀想すぎない!? リーダーも何やってるのよ!! 絶対あのふたり主導でしょ! ほんとゆるせない」


 アヒル座りしながら、地面の草を勢いよくむしって放り投げると、緑の細長い植物は、光りながら収縮して、小さな光となってすぐに消滅した。


 神鏡を放り投げると、何度か跳ねてから無造作に地面に転がった。

 神器を粗末にしてはいけないと、習ったはずだが、カーネリアンはその事を一切鑑みない。


 放り投げた神鏡を拾いに行くと、透明な鏡にまだアルトの姿が映っていた。

 どこかの宿だろうか。

 元々小柄な身体をさらに小さくし、丸くなって布団の中ですすり泣いているらしい。


「仕方ないんですよ⋯⋯実際役たたずだった訳ですし⋯⋯うぅ⋯⋯」


 布団の中で身体を震わせるアルトを見ながら、黄金色の右目から透明な雫が小さな粒となって零れ落ちる。

 なぜこの青年が泣く必要があるのか。

 彼らの話を聞いたところによれば、アルトは神官らしく、人を治癒する能力を持ち、治癒能力の面では問題ないという。


 追放された原因は、その仲間に回復がほとんど必要ないということと、新規メンバーを入れるにあたって経費削減のためのコストカットということ。


 そんなこと許されていいのかと、カーネリアンは地面に転がっていた、自身の背丈ほどもある重厚な木の杖を掴んだ。

 杖の頭部には、複雑な黄金の装飾に守られた巨大な魔石が嵌め込まれており、主である彼女の魔力に呼応するかのように、静かに熱を帯びた紅玉の光を放っている。



 気がつくとアルトは小さな寝息を立てていた。

 その頬には涙の跡が残っていた。


「仕方ないですね⋯⋯ほんとは良くないのですが⋯⋯アルトさんには祝福を与えましょう」


 立ち上がりながら、カーネリアンは杖先で地面に3回突いた。

 トン、トン、と鈍い音が発生すると、カーネリアンの全身から淡い白光が起こり、頭の先から小さな粒子となって風に運ばれていった。


 その頃、アルトは布団の中でモゾモゾと動きながら、苦痛に魘《うな》されたように眉間に皺を寄せつつ、荒い呼吸で眠っていた。

 今にも泣き出しそうな雰囲気が、醸し出されている。


 不思議な夢を見ていた。

 湖のほとりでアルトはただひとり座り、水面に映った顔を眺めては、足元の釣竿を湖へ放り投げていた。

 石を放るように釣竿を何度も投げ、その度に波紋が広がり、普通浮くはずの木の釣竿が湖底へと沈んでいく。


 そんな作業を無表情で繰り返しながら、アルトも心の中で「自分はなんて夢を見てるのだろう」と困惑していた。



「随分と荒んでいるようですね」



 釣竿が偶然、垂直に着水した直後、アルトの夢の中に現れたカーネリアンが声をかけた。


 振り返ったアルトは、突然現れた記憶に存在しない可憐な少女にたじろぎながら、じっと様子を伺った。

 記憶の中にその姿は存在しない。

 しかし何故か、その少女が醸し出す眩い雰囲気に、自然と頭を垂れた。


「どちら様ですか⋯⋯?」


「申し遅れました。私はカーネリアン。情愛の神として人々に崇拝されてる者です」


「⋯⋯え」


 アルトはしばらく口を開けたままポカンと目の前の神を名乗る少女を見つめていた。

 ここを現実だと認識していたら、おそらくは子供の戯言だと愛想笑いしながら話を合わせただろう。

 だが夢であるがゆえに、自分が持つ信仰心が崇拝対象を具現化させたのかもしれないと、胸を震わせた。


「か、カーネリアン様っ!?」


 そこからは早かった。

 アルトは、飛び上がるように両足を浮かせ、膝を抱えるように折り曲げると、そのまま体を丸めて地面に勢いよく伏せた。

 完璧な土下座だ。頭が両手から1拍置いて地面と設置したのもポイントが高いと、心の中で自画自賛した。


「あわわ、やめてくださいアルトさん! 私は別にそういう事してもらいたいわけじゃ」


 カーネリアンは慌てて杖を手放し、両手と頭をアルトに振りながら、瞳をキュッと丸くし、困り顔になった。


「いえ、カーネリアン様に対してあのままでは頭が高いので」


「ほんとうにいいんですっ! むしろ顔を上げて立ってください!」


「⋯⋯カーネリアン様がそう仰るなら」


 恐る恐る土を払いながら立ち上がるが、小さな頃から信仰していた神が目の前にいると思うと、緊張と畏怖で直視できずにいた。

 カーネリアンの足元に目を向けたまま、ゆっくりと口を開く。


「しかし⋯⋯カーネリアン様がまさかこのような可憐な少女のようなお姿とは⋯⋯あの話はでまかせだったのですね」


「あの話とは⋯⋯?」


「あ、いえ、なんでもないです⋯⋯お気になさらないでくださ⋯⋯」


「気になります! 話してください」


 神が足を踏み出して近づいてくると、信者は逆らえなくなり、何度かカーネリアンの目を見て、俯きながら後頭部を撫でた。


「いやその、カーネリアン様の容貌として身長220センチ、体が鱗で覆われていて生きた獣や蛇を食べる魔人のような女神だという噂がそこかしこに立っていましたので⋯⋯」


「いやそれ別のお話の人物ですよね⋯⋯?」


「な、なんのことですか」 


 鬼気迫るカーネリアンに迫られ、アルトは目を逸らして尻込みする。

 目を逸らした先の新緑の草が、風に靡いて流れるように揺れる。

 先程まではその辺にも釣竿が転がっていなかったかなと思い出そうとしたが、夢の中で過去を思い出せるほどアルトは器用ではなかった。


「おほんっ」


 カーネリアンは1歩下がって咳払いすると、つま先を軽く浮かせてからストン、と着地し、気持ちを切り替えた。


「まあそんなことは良いのです。ただ起きたら私のその噂は嘘だと皆さんにお伝えください」


 良くはなかった。しっかり気にしている。


「は、はあ⋯⋯善処いたします⋯⋯」


「で、ここからが本題です!」


 カーネリアンの双眸に光が宿り、声色に張りが出る。


「昨夜のやり取りを見ていたんですよ」


「えっ、どこから⋯⋯?」


「それはまあ⋯⋯私のお家みたいな所からです⋯⋯で、ですね! なんて可哀想なんだろうって思ったんですよ。なんですかあの理由! コストカットって! 許せませんよあの3人!」


「いや、でも仕方ないですよ⋯⋯。実際あの3人はあまり傷を負うことがないので⋯⋯私の出番は限られてますし⋯⋯私はまともにひとりでは戦えないので⋯⋯彼らが稼ぐために別の人を入れたいと思うのは当然というか⋯⋯ぶっちゃけ回復するだけなら治癒結晶とか買えばいいですし⋯⋯」


「なんでそんなあっさり受け入れちゃうんですかぁ⋯⋯とまあ、そんなアルトさんの為に私が祝福を授けようと思いまして」


 目頭を袖で擦りながら、さっき落とした杖を拾い上げる。

 杖の頭部の宝玉をアルトの額へと近づけると、宝玉は赤い火花のような細長い光を一閃させた。

 とっさにアルトは目を閉じたが、光から熱さや痛みを感じる訳でもなく、特に何か自分に起きたとは感じなかった。


「今なにかしたんですか?」


「はい。仲間を治癒したいというアルトさんの要望にそった祝福を差し上げました」


 にっこりと笑いながら、カーネリアンは後ずさりし、アルトに手を振った。


「ではアルトさん。目覚めを楽しみにしていてくださいね」


「あ、ちょっと!」


 アルトが呼び止めようとしたが、カーネリアンの身体は透過していき、その場から消えた。



 ────


 アルトの住む街は朝を迎え、アルトは新しい職を探すため、街へ出ることにした。

 髪と服を整え、人々の行き交う都市、『グンネル』の中心にある仕事募集の掲示板へと向かった。


 その様子を、カーネリアンは昨夜と変わらず神鏡を通して見ていた。


「それにしても⋯⋯祝福とは結局なんなのでしょう」


 あの夢はなんだったのか、本当に祝福を授けられたのか、そんな疑問を抱きながら、アルトは自分の右手を閉じたり開いたりして眺めた。


 人々の行き交う大通りは今日も今日とて活気に溢れている。これから畑へ行く者、買い物に行く者、遊びに行く者、その動機は様々だ。


「うげっ」


 ふと、目の前で子供が転んだ。

 皆が足を止めるが、ただ子供が転んだだけでは、気にとめる者はほとんど居ない。


「大丈夫かい?」


 群衆の中でただひとり、アルトは石のタイルに膝を着きながら、子供を起こす。

 転んだ男の子は、顔を顰めながら左膝を抑えた。


「いてて⋯⋯絶対血出てる⋯⋯」


「おや、それは大変です⋯⋯早く手当を⋯⋯てあれ」


 少年の膝に目を向けたところ、血どころかかすり傷ひとつついていない。

 砂利が少し皮膚にくい込み、型がついてるだけだ。


「珍しいこともあるんですね。しっかり転んで無傷なんて」


「ほんとだ⋯⋯ラッキー」


 血が出てないと分かると、痛みもどこかに消えたのか、少年はお礼を言うとまた元気に走り出していった。


「まあなんにせよ良かった⋯⋯」


 気を取り直して歩き出すと、今度はどこかの民家から悲鳴に近い叫び声が上がった。


「きゃぁぁぁぁぁぁっ! おじいちゃんが立ってる!!!」


 周辺の皆の視線が声の方向へと向かう。

 声は窓にサボテンを置いてある石造りの建物の2階 から聞こえている。 


「よく分かりませんが⋯⋯寝たきりから起き上がったとかそんなことでしょうか⋯⋯」


 気を取り直して中央に向かって進む。

 頂上が鋭い三角錐状になった石レンガの建物前の看板に『グンネル職業案内所』と書かれている。

 中に入ると、朝から冒険者希望の武装した若人や、普通の職を探しに来た人々がチラホラといた。

 魔物討伐やお宝探しのパーティー募集の情報を集めた掲示板の前に、多くの人が群がっている。

 人混みに入るのが苦手なアルトは、人が減るのをぼんやりと待つことにした。


「おや、神官見習いがこんなところになんの用かな」


「アネット⋯⋯だよね?」


 透き通った女性の声が聞こえて振り返ってみると、そこに現れたのはここの職業安定所で働いている幼馴染のアネットだった。

 

 アネットは静かに頷くと、深い紺色とスカイブルーのインナーカラーの髪で形成されたポニーテールを揺らした。

 穏やかに細められた瞳は、知性と包容力を漂わせる淡い藤色をし、伏せられたまつ毛の影が、大人の女性らしい落ち着きを感じさせる。

 生成りのチェックドレスと、腰元に巻いた濃褐色のサッシュベルトも、アルトが知っている天真爛漫な少女からは一新された姿を醸し出している。


「久しぶりだな、でも確かパーティー組んでなかったか? 解散した?」


「いや、実はそこを辞めたんだ。諸事情でね」


 幼馴染相手にクビになったとは言いずらく、苦笑いしながら誤魔化す。

 それを聞いたアネットは、腕を組みながら顎を上げた。


「そうなのか。まあ色々あるだろうし、切り替えるんだな」


「まあだから職安に来たんですけどね⋯⋯」


 ハッと目を見開き、アネットは顎に手を当てた。


「それもそうだな⋯⋯まだお前が治癒役をするつもりならいい案件がついさっき入ってきたぞ」


「ほんと?」


「ああ、双子の賞金稼ぎがな⋯⋯ていうか今そこにいるんだ」


 アネットが振り向いた先に、黒髪の短髪が跳ねた瓜二つの青年たちがグレーの壁にもたれかかっていた。


「あの、ライトオークカラーのボタン付きシャツと短パンのふたり?」


「ああ、ふたりとも剣士らしくてな、後方支援を探してるらしい」


「それはなんとも僥倖な⋯⋯」


「じゃあ話つけてくるよ」


「え?」


 展開が早すぎてアネットを制止させようと手を伸ばしたが、空振りしてしまう。

 だが特に止める理由はなく、仲介してくれるならむしろありがたいと言えた。

 とにかく今は仕事が欲しい。それも出来れば今までのような冒険や狩猟で金を稼ぐ。

 それが一番自分に合っていると思っている。


 アネットは双子と話し込むと、ふたりをつれてこちらにやって来た。


「アルト、このふたりがお前と組んでいいとさ。こっちからオリオとリオンだ」


 双子は同じ髪型、同じ栗色の目、同じ顔立ちをしていて判別しずらいが、アネットが手で示したオリオという青年の左耳に、黒いピアスがしてあった。


「どうも⋯⋯よろしくお願いします⋯⋯不束者ですがお力添えできるよう頑張りますので」



 丁寧にアルトがお辞儀すると、双子は顔を見合せながら同時に後頭部を掻いた。


「いやあ、そんなに謙遜しないでくださいよ」


「そーそー。俺達治癒魔法使える人探してただけだし、そっちの職員さんが治癒役として腕が立つって言ってたんで、むしろこっちこそお願いしますよ。俺も兄さんも軽く稼ぎたいだけなので」


 アルトは顔を上げた。

 双子は人の良さそうな笑顔をし、昨日傷ついたばかりの心が修復されるような気がした。


「はい。では共に頑張りましょう」


 職安の屋根の下、3人は清々しい晴れた顔つきで顔を見合せながら頷いた。

 このふたりなら大丈夫、いきなり用済みにされることは無い、また戦う人達の役に立てると、アルトの中で淡い期待が育まれていた。



 ────



「どうなってんだこれぇぇぇ!?」



 街を出て東にある森の中で、双子の兄であるオリオの叫び声が響いた。

 その声はどこまでもこだまし、もしかしたら徒歩20分の街にまで届いたのではないかと思うほどであった。


「兄さんっ!? こいつやばいよ。僕達の剣が効いていない!」


 オリオとリオンはふたり並び立ちながら剣を構え、目の前にいる橙色の坂だった毛皮を持ち、1本が10センチはある長い爪を持った狼族の魔物、『オレンジオオカミ』と対峙していた。

 街の近辺に生息する魔物で、攻撃性が高く、人間を見かけるだけで襲いかかってくるこの魔物は、街の方でも討伐したら賞金が貰える賞金首となっていて、さらにはその肉は絶品で、肉屋に売るとかなりの値段がついた。



「な、何がどうなってるのです⋯⋯」


 双子の後方から戦況を見守り、周りにほかの魔物が来ないか確認していたアルトは、現在の信じられない光景に息を呑んだ。


 先程から双子が切りつけているオレンジオオカミだが、一向に倒れる気配が無い。それどころか、

攻撃した直後から傷口が塞がり、何事も無かったかのように身を引くくし、4本足で地面を踏みしめながら何度もアルトたちに襲いかかってくる。

 普通なら10匹は倒している程の攻撃、それなのに最初に出会った対象は、まだ黒い瞳を光らせながら3人と戦っている。


「やばいよ兄さん。こいつどうなってんだろうね」


「⋯⋯もしかしたら、祝福を受けたってやつかもな」


「祝福?」


「何かの拍子に神に目をつけられたやつは、特殊な力を授けられるって⋯⋯まあ噂話だが。この治癒力はそうかもしれん」



 オリオの考察を聞き、アルトは昨夜の夢のことを思い出し、「もしや⋯⋯」と顎に手を当てて考えた。

 3人の意識が魔物から外れた直後、魔物は大きく飛び出し、オリオとリオンに向かって襲いかかった。

 長い爪がギラリと光り、右前腕を振りかぶりながら、双子に迫った。


 双子は咄嗟に躱そうとうと身を翻したが、魔物の鋭利な爪がオリオの腕を掠めた。

 血飛沫がな影に包まれた空中に飛び散る。


「兄さんっ!?」


 リオンが叫んだ時には、アルトは治癒魔法の詠唱を開始しようとしていた。

 オリオが顔を顰め、腕を抑え始めると、すぐにその顔から苦痛の色が消えた。


「あれ⋯⋯もう痛くない!?」


「はぁ!? え、結構血出てたよ!?」


「いや、でもほんとに。てか傷塞がってる⋯⋯え、は⋯⋯? いやいやいやいや」


 傷口に目を向け、オリオはみるみる顔をひきつらせた。


「傷どころか、破れた服も治ってんだけど⋯⋯」


 攻撃されたところを指さしながら、オリオは弟に肩を近づけた。

 弟は目を丸くしながら口元を抑え、まだ目の前にいる魔物そっちのけで後ずさりした。


「なにっ!? マジで怖いんだけど!?」


「兄さん落ち着いて!? 見間違いかもしれないよ!?」


「いやいやいやいや、思いっきり値地面に着いてるし、アルトも見ただろ?」


 祝福について考えているところに話しかけられ、アルトはハッととして何度も頷いた。


「は、はいっ。見ました。確かに血が飛んでましたっ⋯⋯」


「ほらやっぱり! え!? なに!?  俺も祝福受けた!? ていうかあのオレンジオオカミどっかいったし!」


 切りつけた相手が無傷だったことに野生の本能が警告を告げたのだろうか、ずっと戦っていた魔物は森の中へと消えていった。

 その足跡はしっかりと残っているが、誰も追う気にはなれない。


 3人は円を描くように集まり、それぞれ顔を見合せた。

 それぞれなかなか言葉が出てこない。

 魔物もいる森の中で集まって佇んでいる3人の男の姿は、別の冒険者から見ても奇怪に思えた。

 徐に剣を鞘へ納めながら、オリオが口火を切った。


「リオンとアルトは⋯⋯さっきの現象についてなにか考えはあるか?」


 問いかけられたアルトとリオンは、お互いを見あってから、すぐに俯いた。

 リオンはまだ現状を把握しきれていない。

 何度切りつけても回復する低級の魔物、怪我をおった場所が服ごと回復した兄。ふたつともリオンの常識では考えられない事象だった。


 対してアルトには多少の心当たりがあった。

 それは、オリオが祝福という単語を口にした時から、頭の中にあった。


「実は私⋯⋯」


 アルトはまぶたを上げて、瓜二つなふたりを見ながら、恐る恐る口を開いた。


「祝福というものに心当たりがあるのです⋯⋯実は昨日⋯⋯夢に情愛の神であるカーネリアン様が現れ、祝福を授けると仰られたのですが⋯⋯もしかしたらそれかと⋯⋯」


 アルトの話を聞き、兄弟は顔を見合せ、怪訝そうに目を細めてアルトを見つめ、同時に白い歯を見せた。


「あはは。それは無いだろアルト。第一カーネリアンって誰だ。そんな神聞いたことないぞ」


「ええ⋯⋯兄さん⋯⋯さすがにそれはやばいよ⋯⋯まあそれはそれとしてアルト、さすがにそれはただの夢じゃないのかい?」


 ふたりともまるで信じていない。

 当然と言えば当然だと、アルトもふたりの反応を受け止めた。

 

 こめかみを掻きながら、オリオはさらに疑問をぶつけた。


「まあもしだぞ? アルト。もし仮に本当に祝福を受けたとしたら、その祝福の中身はなんだ? 近くにいるやつ全員を治癒する魔法でもかけられたのか?」


 オリオの問いかけで、アルトは頭の中で答えを見つけて瞠目した。


「そ、それです!」


 アルトとしては珍しいくらいに声を張った。


「実は今朝、目の前で子供が転んで膝を押さえていたのですが、起こしてみると傷ひとつ無かったのです! 派手に転んだのに擦り傷もなく、ただ膝に砂利がくい込んだだけで。石の地面ですよ? ほら、職安に向かう大通りです!」


「たしかに⋯⋯あそこで転んだら擦り傷くらいするわな」


 オリオが顎に手を当てて俯いた。

 するとリオンが突然、自分の左腕を確認しだした。


「そうそう。そういえば俺もこの前転んで思いっきり腕擦りむいたんだけど⋯⋯って!? ない!?」


 今度はリオンが声を張り上げた。噛みつかれた猫が叫ぶような甲高い声を。


「朝起きた時はまだ残ってた傷がない!? まだ治んないのかって思ってたのに!?」


「おいおい⋯⋯うそだろ⋯⋯」


 困惑する弟の様子を、オリオは顔をひきつらせながら伺った。

 

「やっぱり⋯⋯私なんでしょうか⋯⋯」


 アルトの声が震えた。

 アルトは魔物と戦う冒険者達の役に立ち、魔物を減らして人々への被害を抑えるために戦いの場に同行しているのだ。

 そんな自分が魔物さえも瞬時に回復させるようなありがた迷惑な能力を持っているなら、今朝出会ったばかりのふたりとも共にはいられない。


 俯いたアルトが責任を感じているのを汲み取ったオリオが、ひとつ提案をした。


「じゃあこうしよう⋯⋯もう1回また3人で戦って同じことが起きたら、アルトは1度街に戻ってくれ。そうだな⋯⋯グレッグの酒場にでも」


 偶然にも、そこは昨日アルトが解雇通告を受けた酒場だった。


「で、俺とリオンがふたりで戦って確かめてみる。話はそこからだ」


「わ、わかりました」


 オリオの提案を受け入れ、アルトは気を取り直して大きく頷いた。


「まあ、もしかしたらこの地下に回復の大結晶でもあってそれが作用したとかって可能性も捨てきれないしね」


 和かに笑いながら、リオンが言う。


「そうだな。その可能性もありえなくはない」


 だが実際、そんな事案はほぼありえないと言える。

 そのような回復結晶が地下にあるなら、既に明るみに出ているだろうし、地面に大穴を開けてでも国や街主体で採取しているはずなのだ。


 それでも、そのような一抹の可能性を考えるのは、兄弟がアルトの事を気に入り、仲間として共に戦いたいと願い始めていたからだ。 



 ────



「悪いアルト⋯⋯すまないがパーティーを抜けてくれ」


「えぇっ!? やっぱり⋯⋯」



 






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