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深い谷底の花 14



 翌日、黄褐色の宮殿へと連れてこられたグッベルは、玉座の後方で跪き、前方に座る王の言葉を待っていた。

 グッベルの心臓は跳ね上がるように騒がしく、脳内に鼓動がなんども響き渡った。


 タジストの王は木製の瀟洒な椅子から立ち上がると、そっと音を立てずに歩き出し、グッベルの前へと迫った。

 伏せたまま、王が近づいてくるのを、微かな足音と気配で感じ取ると、もはや破裂するのではないかと思うほど、胸が激しく高鳴る。


「そなた⋯⋯グッベルと申したな」


 国王が口を開く。

 ただの一言に威厳があり、背中にずっしりとのしかかるように聞こえる。


「そなたが谷の怪物を退治したと神アルトが告げたも聞いた」


 国王もアルトのことは知っている。

 いやむしろ、この男はこの国で最もアルトを敬愛していると言っても過言ではない。

 将兵達の証言を元に、アルトを称える銅像を作ろうと現在臣下達と模索中であるし、アルトを捕らえようとしたキルリスの国王について、毎晩のように妻へ批判の言葉を漏らしている。


 そんなアルトと共に谷に行き、あまつさえ谷の化け物を倒したという目の前の臣下が、羨ましくもあり、同時にこの国を救った英雄として、誇らしく思っていた。


「顔を上げ、どのようにして倒したのか教えてはくれぬか」


(えっ⋯⋯)


 グッベルの口から、戸惑いの声がこぼれ落ちそうになったが、何とかこらえ、恐る恐る顔をあげる。

 疑われないよう、平常心を保とうと、心の中でひたすら数字を数えながら、国王を見据える。


 当然、グッベルは龍を倒してなどいない。

 1度交戦はしたものの、一方的に攻撃されて撤退しただけであり、今この場で、どう倒したか架空のシミュレーションをしてみようにも、どうやって龍に攻撃を加えたらいいのか浮かんでこなかった。


「それは⋯⋯その⋯⋯」


 グッベルの真面目さが仇となった。

 彼は、国王の前で嘘は付けぬという思いと、アルトが言ったことを嘘だと皆に知られてはいけないという思いに板挟みになりながら、必死に頭の中で戦闘シーンを想像し、どのように倒したか、作り話を作ろうとしていた。


「まず、我々が谷に行きますと⋯⋯『帰れ』という声がしまして、すると、身体が水でできた龍が川から姿を表したのです」


「ほお、水でできたとな?」


「はい。それで⋯⋯」


 いつまでも黙っている訳にはいかないと思って話し始めたものの、戦い方がどうしても浮かばない。


「えっと⋯⋯水の中にいる龍に対して攻撃手段がなく⋯⋯攻撃を凌ぐばかりだったのですが⋯⋯アルト様の力によって肉体が水である龍にも攻撃が届くようになり、その、偶然私の一撃が最後のトドメになった具合でございます」 


 咄嗟に思いついた物語を粛々と語り追えると、王は後ろへ転けそうになりながら、身体を逸らして前方の天井を見上げた。


「まさか⋯⋯情愛の神アルトにはそのような力もあるのか」


(しまったぁぁ。アルト様にそんな力ないのに⋯⋯どうしよう)


 今更弁明もできず、恍惚とした様子で頬を緩ませながら、息を荒らげ上を向く国王に対して、嘘なんて言えるはずもなかった。


「え、ええ。自分も驚きましたが、アルト様の力によってそれまでは身体をすり抜けていた矢が当たるようになり、刃も通したのです」


 嘘をつくと、取り繕うために更に嘘を重ねるとはこの事だと、言いながらグッベルは初めて学んだ。


「おおお⋯⋯まことか。それにしてもお主、よくやった。神の前で立派に努めを果たしたな」


「滅相もございません。皆が必死に戦い、私も続いたまでのこと。やはりもっとも貢献したのはアルト様です」


「いや、そのアルトがそなたを第1の功にあげたのだ。やはり戦功1位はそなたで間違いない」


(だめだ⋯⋯この人アルト様信者だ⋯⋯)


 もはや、ここから自分はなにもしていないなんて言ったら、どう足掻いても王の不興を買うのは目に見えていた。


「これは働きに対する報酬だ。神アルトからの代理の品だと思って受け取るがよい」


 国王が両手を叩くと、控えていた従者達が、いくつも見事な桐箱を持って現れた。

 グッベルの前に置かれた箱が開かれると、中からは金や絹などの高価な物が現れた。

 中には、兵士にとっては誉れ高い、名のある鍛冶屋が打った剣までも。


「こ、このような品は⋯⋯」


 品々に目を奪われながらも、正直者であるグッベルは息を飲み、辞退しようと首を振った。


「私には受け取れませぬ⋯⋯どうかお許しを」


「何を申すか。これは正当な権利である。そなたらのおかげで道が再度開かれたのだ。剣はそなたが受け取り、他は皆と分けよ」


(その皆も何もしてないんですよね⋯⋯やったのはいつの間にか会いに行ってたらしいアルト様だけです⋯⋯もうこの際、魔界への扉を埋めた褒美に置き換えてしまおう)


 再度国王を見上げ、唇を固く結び、頭を下げる。


「有難く頂戴いたします」


「よし」


 国王は満足そうに頷きながら、しゃがみこんでグッベルの肩を叩いた。


「ところで、何日もそばに居たそなたや他の者から、アルトの容姿について詳しく聞きたい。よいか?」


「は、はい⋯⋯」


 視線を落としながら、グッベルはなぜ国王がそんなことを気にするのかと困惑していた。

 まさか、銅像を作り、その再現度を上げるためとは思ってもいない。



 その後、頂戴した品々を皆に分け与えると、一部の者はやはり、「龍なんて倒してないのに」という感想を抱いた。

 何食わぬ顔で貰っていく者もいるなか、全員がまた国王の元へ呼び寄せられ、アルトについて聞かれることとなった。





「なんだか寒気がします」



「ん? 風邪か? いや、ひくはずないか」


 首都の街をぶらぶらと歩いていたアルトとアネットとエルメナだが、突然アルトが足を止め、腕を抱いて肩を震わせた。


「噂されてるんじゃないかにゃぁ」


「噂なんてそんなはずは⋯⋯とは言いきれませんね」


 自分の立場はわかっている。

 この国でも、平和をもたらした情愛の神として認知されている以上、噂などむしろあって当たり前だった。


「それでアルト。これからどうする?」


 アネットのふとした問いかけに、アルトとエルメナが同時に顔を向ける。


「どうするって?」


「いや、もう別にこの国にいる必要はないだろう? というか早く離れた方が良さそうだし」


「たしかに⋯⋯出ましょうか。で、次はどこに行きましょうか」


 南は険峻な山脈が多い、北は何も無い大地が広がることは既に知っている。西に進めば、先日ゲートを埋めた深い森があることも。


「じゃあせっかくだし北西の谷を超えて隣の国へいくにゃぁ」


 エルメナの快活な声にふたりは目を丸くして振り向いた。

 

「はにゃ?」


 なぜアルトとアネットが目を丸くしながら自分を見ているのかわからず、エルメナは首を傾げた。


「ついてくるつもりですか?」


「なんでお前が行くみたいになってるんだ」


 ふたりの声がほぼ重なった。

 

「にゃぁ!? まさか私を切り捨てる気にゃ!? 一緒に戦争を終わらせて魔物を退治したこの私を化にゃぁ!?」


 まさか自分が今でも拒絶されると思っていなかったのか、エルメナの顔が引きつって、珍しく本当に傷ついているように、目元が垂れた。


 確かに最初嫌われているというか、受け入れられていない自覚はこのデリカシーのない少女にもあった。

 しかし、共に戦争を終わらせ、同じ釜の飯を食い、魔物を倒しゲートを塞いだことによって、確固たる友情が出来上がっていると、少なくともエルメナは信じていた。


「いや、というよりあなたこの国の住民じゃありませんでした? 国境の街に家ありましたし」


 どうやら、アルトはエルメナを嫌っているから尋ねたわけではないようだ。


「あーあれかにゃ? あれは借りてるだけだから問題ないにゃ」


「そ、そうですか」


 しかし、アルトも完全にエルメナを信頼しきっている訳ではなく、問題ないと言われて、「でも来ないでくだい」とも言えず、言葉に困って口を噤んだ。


「まあ勝手にしたらどうだ」


 思いがけないアネットの言葉に、アルトが「えっ?」と声を漏らし、エルメナは顔を晴れさせ、口角をあげた。


「じゃあお供させてもらうにゃぁ。実はまだアルトに頼みたいことあるしにゃぁ」


「そういえばそんなこと言ってましたね。なんなんですそれ」


「にゃふふ。秘密にゃぁ」


 最初にそれを聞いたのは、もう随分前な気もして、まだ隠すのかと首を傾げながら、アルトはとにかく、エルメナが来ることを了承した。

 驚いたのは、アネットがエルメナを受け入れたことだ。

 ずっとアネットはエルメナを嫌っていると思っていたのに、その一言は寝耳に水だった。


「じゃあ改めていくにゃぁぁぁ」


 新たな門出のエルメナをエルメナがとり、さんにんは食料品を整え、先日行ったばかりの谷へ向けて走り出した。


 まだ谷の両翼に広がる森の中には、魔界から迷い込んだモルテルや、元々生息するサミーウルフや他の魔物はいるが、あのモルテルという、小さいが獰猛さ抜群の魔物がいないだけで、かなり通りやすくなることは間違いない。


 それに、危害はくわえないが進行を拒んでいたウォルターも既にいない。


 のんびりとした足取りで谷まで戻ってきた3人は、念の為周りを警戒しながら進んだ。

 だが、現れたのは数匹のサミーウルフだけで、アネットとエルメナのふたりで十分対処できた。


(そういえば⋯⋯エルメナは魔界のオークをひとりで退けるくらい強いんですもんね⋯⋯怒らせないようにしないと)


 戦いになると、後方に下がって祝福が魔物に及ばないように見守りながら、アルトはエルメナの武技に目を奪われつつあった。


 アネットも旅の中で戦い方が洗練され、その辺の冒険者では歯が立たぬくらいの強さを身につけているが、アルトの目で確認したところ、エルメナは何段階もレベルが違うように思えた。


 魔物を倒す度、エルメナは睾丸を回収していき、順調に谷を進みながら、池のところまで戻ってきた。


 もう池にはウォルターはいない。彼は今頃、訳もなくこの世界を見て回っている頃だろう。

 アルトは空を見上げながら、薄明かりの洞窟の中、ウォルターと出会った時のことを思い出した。

 

 同じく祝福を受け、力によって苦労している彼が、どうも他人とは思えなかった。


 前方を歩くエルメナとアネットの足が止まり、顔を下ろすと、池の前にひとりの女性がたっているのが見えた。


 そして、女性は突然、水の中へと勢いよく飛び込んだ。

 

 








 

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