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深い谷底の花 12


 激しい地響きとともに、大木が地面へと倒れる。

 兵士達はすぐに、大木をさらに切り始める。


「そういえばアルト」


「どうしました?」


 大木が倒れる様を見て、ふとウォルターは尋ねた。


「今君があの木に近づいたら、あれは元通り地面にまた生えるのか?」


「どうなんでしょう⋯⋯」


 考えたこともなかった。

 だがしかし、根から離れた時点でその木は生命活動を終えたに等しい。

 アルトの能力で、遺体が動き出すなんてことは今のところ一度も起こっていない。


「多分動かないと思います⋯⋯もしかしたら切り株から生えることはあるかもしれませんが」


「⋯⋯つまり、切られた時点で上部分は死んでるからそのままってことか、でもそれおかしくないか?」


「え?」


「だって、それで言うならこの服だって繊維や皮を取った時点で元の植物や生き物は死んでるはずだ。なのに服は修復される⋯⋯これはどういう事だ?」


「さあ⋯⋯私ではさっぱり」


 今まではなんとなく、近くにいると服が綺麗になるとか、刃こぼれした武器が研がれたように元に戻るとか、そんなことはあったが、どれもこれもなぜそうなって、逆に食べかけのパンが食べる前の姿に戻らなかったりする現象のことなんて微塵も気にしたことがない。


「あのなアルト⋯⋯これはアドバイスというか俺の経験談なんだが、祝福の力には自分のイメージが寄与するんだ」


 ハッとしてアルトは立ち上がった。

 立ち上がり、ウォルターの隣にたって顔を彼に向けた。

 木にもたれたまま、ウォルターは横目でアルトを一瞥してから腕を組んで俯いた。


「例えばだけどな、俺は最初、ただひたすら水を沸騰させたり凍らせたり、渦を巻かせたりとかそんなことしか出来なかったというか、そんなことを無意識のうちに起こしてたんだ。で、それがエスカレートして家族や仲間に迷惑をかけ続けたから村を出た」


 アルトはゆっくりと頷き、耳を傾けた。


「でもそれがいつの間にか、水を使って誰かを攻撃したり、お前らに見せたように龍の姿をかたどったり、ああやって乗り物にして移動したいと、あらゆることができるようになった。水の中で呼吸するのもな」


「呼吸は本当に謎です⋯⋯本来海洋生物でも哺乳類は水で呼吸出来ないはず⋯⋯それがまるで魚のように呼吸できるなんて」


「そう思うだろ? で、実態はわからないが、俺の意識的にあれは水に命令してるんだよ。頭の中でイメージして龍をつくったり、水の球を作ったり、大気と同じだと水に暗示をかけて」


「水そのものに暗示⋯⋯なんかスケールが違いますね」


「ああ。で、そのおかげで無意識に能力が暴走することはなくなったんだ」


「つまり⋯⋯私にも同じことができるはずだと?」


 アルトは目を大きく開けて黒目を丸くしながら、ウォルターを凝視した。

 ウォルターは腕を下ろして脱力すると、顔をほんの僅かにアルトへと向けた。


「俺はそう思ってる。お前の祝福も対象を選ぶことはできるはすだと」


「⋯⋯なるほど」


「まあ、魔界の神と人間界の神の祝福が別物で、当てにならないかもしれないけどな」


「いや、あながち間違ってもないと思います」


 言われてみれば、祈ることで祝福の範囲が広がるのも、イメージの影響と言える。

 誰かを助けたいという願いが祝福に作用してその範囲を大幅に広げる。


 つまり逆に、助けたくないと願えば、範囲を狭めたり、対象への祝福を打ち消せるのではないかということだ。


「祈りで祝福を広げられるのですから、その逆ができてもおかしくはない。対象の選択はともかく、それだけでもできれば随分と便利になりますね」


 顎に手を当てながら、神妙な面持ちで地面の草を見つめる。


「ああ。でだ、話を少し戻すが、直せるものと直せないものがあるのもイメージの問題なんじゃないか? たとえばだが」


 ウォルターは言いかけて、足で地面を掘った。

 つま先で土が盛り上がり、地面へと蹴り出される。


「今こうして俺が土を掘ったのも、言ってしまえば地面への損壊、地面の負傷じゃないか? だが今は何も起きない。なのに服なんかには作用する。これもだ」


 続けてウォルターは草を引き抜く。

 手に握られた引き抜かれた草も、地面に残った根も再生する様子はない。


「ようするに、これはアルトが自然に対しては再生を考えていないからだと思うんだ。人間や魔物、人が使う物なんかには直さなきゃという意識が働いて作用するんじゃないかと」


「なるほど⋯⋯」


 聞けば聞くほど腑に落ちるが、果たしてそんな単純なものなのかとも疑問が残る。


 だが、今こうして考えている間も、草や掘られた地面は元に戻らず、壊れかけた石壁のような人工物は無意識のうちに修復されたことを考えれば、限りなく正解に近いのではないかとも思える。


 


 アルト達が考えている間に、大木は細かく切り分けられ、半円形の木材となり、土で作った壁の上へと複数人によって運ばれていく。


 ある程度の重さを誇る木材なら、真っ暗で戸惑っている中破壊したり外したりするのは困難だ。


 できる限り隙間を開けないように、土壁の前に作った土の坂を渡って木材を渡り、ピッタリと感覚を閉じて乗せていくと、ついにゲートの囲いが完成した。


「よし、これでいいだろう」


 アルトが離れていたからか、壁作りに従事していた者たちはみな疲労している。

 あちこちで息を整える音や、水を飲む音が聞こえ、特になにも起きずに見張り役を終えたアネットやエルメナは、ようやく終わったと安堵したように、身体の力を抜いてそれぞれ近くの木へともたれかかった。


「私達も戻りましょうか」


 終わったのを確認し、アルトが足を進める。


「まあ、最初からやり直しとはならないだろう。さっき作りかけだった壁は何ともなかったのだから」


「あ⋯⋯」


 アルトの足が止まる。

 ウォルターのひと言で、祝福の性質の答えを見つけた気がした。


「どうした?」


「もしかして、完成したもの⋯⋯というのが大事なのでは。作りかけの壁は何事も無かった⋯⋯なのに、私の故郷の壊れかけの石壁は無意識にも修復された⋯⋯これってつまり、完成が重要な要素なんじゃないですか?」


「⋯⋯ありそうだな。ようするに、完成してないってことは自然のままって判定になってるかもしれないと」


「そーです! だから土を掘ったり草を毟っても何も起きないんです! ただ、何かがか完成して自然が人工物に変わった瞬間、祝福の対象になるんです」


「だとしたら、やっぱりアルトのイメージが影響してる気がするな」


「ですよね」


 一旦そういうこととし、アルトとウォルターはまた歩をすすめた。


「終わったようだな」


 集団に近づくと、すぐさまウォルターが口を開いた。

 アルトが来たことで、みなの疲労は取り除かれ、顔色がここに来た時と変わらなくなっている。


 いつのまにか太陽は随分と西へと傾きかけている。


 このままここに留まっていると、暗闇の中魔物と対峙することになる。

 すぐさま谷の入口まで戻らなければならない。


 その事を、リーダーであるグッベルが切り出した。



「ああ。おかげでこれ以上の魔物の発生を抑えられそうだ。感謝する」


 兵士達とタジストを代表し、深々と頭を下げた。

 そして顔を上げながら、次の行動を提示した。


「これであの魔物が増えないのであれば、多少の安全は守られよう。でだ、また我々をあの水の乗り物で運んでくれないだろうか。できればタジスト側の谷の入口まで頼む」


「了解した」


 静かに頷き、快く引き受け、ウォルターは右手を軽く脇腹あたりまで上げた。手のひらを上に向け、水を掬うようにゆっくりと僅かに上へと動かすと、ここに来た時地面に吸い込まれていった水達が、また柔らかな三次元の物体となって現れ、全員を包み込んだ。

 

「地面に染み込んでたはずじゃ?」


 水の物体が出てきた部分を見下ろしながら、アルトは首を捻った。


「染み込んでたけど、力は解いてなかっまたんだ。だからすぐそこの地面で待機してたってわけ」


「便利すぎますよ⋯⋯」


「慣れるまではほんとに大変だったんだ」


「わかりますけど⋯⋯実際これ使えたらなんでもできるじゃないですか。それこそ世界征服でも」


 物体を浮上させながら、ウォルターは瞼を下げて力の強さを憂た。


「たしかに⋯⋯よくこんなものを神は渡してきたな」


「魔界の神はもしかしたらそれが目的だったのかとしれませんね」


 魔界の神、という言葉に皆が騒然とした。

 

「魔界の神? どういうことですアルト様」


 皆がザワつく中、聴き逃してくれていたことをアルトは祈ったが、当然そんなことはなく、口元を結んだグッベルが迫る。


「彼の者の力は魔界の神より授けられたものだと?」


 グッベルは尋ねながら、目を細めて睨むようにウォルターを中止し、ウォルターから斜め後ろへと下がる。


「あ、いや⋯⋯それは⋯⋯」


 咄嗟に言い訳しようと思っても、良い言い訳が浮かんでくるはずもなく、しどろもどろになってしまい、余計怪しさを増し、皆の注目を預けた。


 アネットとエルメナは、ウォルターが魔界出身という疑惑が飛び出ても、落ち着いた様子で、興味なさそうに物体に身を預けている。


 アルトは言葉が出てこず、何度も瞬きをしながら焦りを募らせ、縦ジワを寄せた。

 アルトの混乱する様子がいたたまれなくなり、ウォルターはアルトの肩を叩いて助け舟を出した。


「ああそうだよ。俺は魔界出身だ。魔界からこっちへ逃げてきた」


 言葉には出さなかったが、ウォルターの目は「なにか文句あるか」と言いたげに、この場の兵士達に睨みを聞かせていた。


「あー、いや。その点は今はいいのだ。貴殿には感謝こそあれど恨みはない」


 拍子抜けするような雰囲気でグッベルが目を丸くして言うと、兵士達も同調して頷いた。


「ただあなたが帰れないことを危惧しただけだ。勘違いさせてすまない」


「あ、ああ⋯⋯いいんだ。もし帰りたくなってもゲートはこの世界にはまだまだあるから」



 不穏な空気が流れた帰りも、すぐに穏やかな雰囲気に戻った。

 空が茜色に染まる頃、谷の入口へと戻ってきた一行はウォルターに別れを告げ、報告のため早急に首都に向かって歩き出した。


 昼夜問わない行軍の末、首都へとたどり着いた一行が目にしたのは、谷に潜む化け物を対峙するために組まれた大規模な王直属の討伐隊だった。



 






 

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