深い谷底の花 11
「あーあ。皮剥いで睾丸もぎ取りたかったにゃぁ」
何事も無かったかのように、戦いの余韻も感じさせず、エルメナはアルト達の元へと戻ってくる。
「恐ろしいこと言ってますけど⋯⋯よくあのオークをひとりで撃退できましたね」
「あー。あんなの簡単にゃぁ。オークなんて所詮ただの獣にゃ」
「人間はその獣が怖いんですけどね基本」
「まあそんなことよりぃ。彼が隠れて助けてくれなかったのがちょっとショックだったにゃぁ」
エルメナは木の影に隠れるウォルターに向けて意味深に口角を上げる。
気配を感じ取り、ウォルターは木から身を乗り出し、自分を探るように見つめる少女を凝視した。
ゆっくりと木から身を乗り出し、アルト達の元へ、自然を装って歩み寄る。
逃げていた兵士達は、知らない森を深くまで入り込むことはできなかったのか、ぞろぞろと戻ってきているが、その中のひとりがサミーウルフを引き連れてきたので、全員で処理した。
「あのオークはどうなった」のかと、兵士達の質問にグッベルが答えていくが、追い払ったとだけ言って、エルメナがひとりで戦ったことは隠した。
ただエルメナに奇怪な視線が向かないようにという配慮でしかないが、エルメナは少し不機嫌そうに鼻息を漏らして目を細めた。
兵士達が戻ってきて、ゲートを埋める作業が再開される。
オークに触れられて崩れかけた壁が直され、さらに土が積み上げられる。
モッコの代わりに足で踏んで固めていく。
もし土の上から落ちて怪我をしても、アルトがすぐに治してくれるという安心感があるからか、兵士は安定しない土の上で、勢いよく土を踏みしめた。
「囲うのはいい感じだが、上の蓋をどうにかしないとだな」
土を運びながら、グッベルは積み上げられた土を見上げて呟いた。
「たしかに、これって埋められないんですかね?」
出来上がってきた土壁の一角に登っていたひとりな、ゲートについて知っているウォルターを確認した。
「不可能では無いですが、土もゲートを通るので、まず向こうのゲートを土で埋めるくらい運ばないと無理ですよ」
当然ながら、魔界側には囲いなど作られていないから、送られた土は垂れ流れるだけで、盛土にしようと思えば、どれだけの量がかかるか測れたものじゃない。
「確認に行くっ⋯⋯ていうのはさすがに危険だしな。そもそもこの扉とやら⋯⋯我々が入って問題ないものなのかすら分からん⋯⋯魔界に出た途端近くにオークがいる可能性もあるしな」
下からグッベルは首を捻った。
捻りながら唸る。
唸りながら、キョロキョロと周りを見渡せば、一面を覆う木々が生い茂っている。
「木で蓋をするか⋯⋯しかし斧がないな。剣で切れるか?」
「耐久の面では私が近くにいれば大丈夫のはずです」
ブツブツと考え込むグッベルの元へとより、声をかけるアルト。
「そういえば⋯⋯アルト様の力って物にも発揮されますよね」
「あ⋯⋯じゃあやっぱりダメです。木が修復されてしまうかも⋯⋯じゃあ私は離れてますから⋯⋯何かあったら叫んでください。祈りますので⋯⋯」
思慮が浅かったと、アルトは肩を落としながら返事を聞くまでもなく離れていく。
その背中からははっきりと哀愁が漂い、皆は切なそうに視線を落としながら作業へと戻った。
祝福の範囲外へと離れ、アルトは木にもたれかかりながら座り込んだ。
「どうしたアルト。話してたみたいだが何か言われたか?」
草を踏む音をさせながら、ウォルターが側へやってきてアルトを見下ろした。
「いえ、作業の邪魔にならないようにここで大人しくしてるんです」
「近くにいた方が魔物が来た時や事故が起きた時のためにいいんじゃないか?」
ウォルターの目に木を剣で切りつける兵士達が移り、なぜアルトが離れたのか顎に手を当てて考えた。
「そうか⋯⋯君の祝福は物にも作用するんだったな。だからか」
「ええ⋯⋯近くにいると切ったそばから再生してしまうのでもしかしたら」
「凄まじいなぁ」
「ウォルターの方がすごいと思いますけどね」
「そーでもないさ」
ウォルターは嘆息しながら、アルトと同じ樹木葬へともたれかかる。
ゲートの近くでは、アネットも参加しながら1本の木を二方向から剣でゆっくりと削り始めている。
その間に、他の兵士達は魔物が来ないか見張りながら、土壁を整えて四角くゲートを囲っていく。
魔物が現れるが、すぐさま全員が対処をし、鍛えられてきた集団戦術によってすぐに撃退か討伐した。
アルトはチラホラと遠巻きにその様子を確認しながら、戦闘の輪に入れないことへの虚しさを感じていた。
「ところで」
そんなアルトの寂しげな目を見て、ウォルターは優しく声をかけた。
「祝福はどうやって授けられた?」
アルトは顔を上げ、またすぐに俯いた。
「夢の中に現れた神様に授けられました」
「夢で? すごいな。正夢だったんだ」
「ええ。1度その神とは現実でもお会いしてます」
「いい神もいるもんだな」
そうでしょう。とアルトは鼻を高くして言いたくなったが、自重した。
カーネリアンを信仰しているのは確かだが、良い神⋯⋯などとは、様々な観点から言いずらかった。
「俺の方は⋯⋯無理矢理渡された」
「無理矢理⋯⋯ですか」
またウォルターを見上げると、青年は歯を食いしばりながら、歯ぎしりを鳴らした。
「ああ⋯⋯神の気まぐれの遊びみたいなもんだ。魔界の神はこっちのと違ってクズしかいないからな」
「⋯⋯魔界から来たんですか?」
魔界⋯⋯という単語に戸惑い、アルトは両手を地面につきながら、少し身を引いてウォルターから距離を取ろうとした。
無意識の行動だった。悪意があった訳でも、ウォルターを警戒したわけでもない。
ただ、魔界という魔物を呼ぶ場所を、アルトは常々厄介な世界だと認識していた。
「ん⋯⋯」
ウォルターは寂しげに目を下げながら、ゆっくりと瞼を閉じて深呼吸をした。
「そうですか⋯⋯魔界から⋯⋯もしかしてあの池の奥に隠れていたのもそれが関係してます?」
距離を取ろうとしたアルトだが、その声音は最初から変わらない。
「ああ。最初神に祝福を渡されてから⋯⋯普通に家族と暮らしてたんだが、最初はまともに扱えず、海の水が勝手にせり上がったり、飲水が腹の中で暴れたり、もうとにかくみんなに被害が出て、村を出た」
なぜ語り出したのかと、ウォルターは自らにとうた。
「でまあ、いつの間にかそれなりに操れるようになったんだ。でまあ、魔界のことなんて知らないだろうけど、魔界って基本的に村の外は敵しかいないんだよ」
問いかけても答えが帰ってこないまま、口は意志を持ったように勝手に続けた。
アルトは静かに俯きながら聞いている。
飾らないその様子が、余計に話す意欲を掻き立てる。
「だからひとりで歩いてたりしたらさっきのオークみたいなやつに襲われたり、他にも悪魔族とか鳥人族とか、色んな奴らに襲われてな、戦ううちに祝福の扱いが上手くなっていったんだが、そんな時あるやつに目をつけられた」
「あるやつとは?」
ウォルターの顔が強ばり、降ろされた手が固く握りしめられる。
アルトはその様子を見逃さず、淡々と見上げては、続きを待った。
「魔王だよ」
「魔王!?」
その言葉は朧気ながらアルトも知っていた。
魔王とは、魔界を滑る魔族の王様であり、悪逆非道な存在だと。
「世界の最高権力者に目をつけられるとは⋯⋯私なんてかわいいものですね」
アルトが石壁を修復し怒ったのは、所詮小さな母国の王様だ。
魔王とはレベルが違うと心の中で呟く。
「勘違いしてそうだが、魔王はこの世界で言うところの王様と一緒で何人かいるぞ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。ただその代わり魔界全体でも6人かな。はっきりと分かってるのは」
「全く数が違うじゃないですか⋯⋯」
「まあ、文明社会の体裁を保ってる地域が少ないから、だいたいは無法地帯なんだよ。そこにも魔王的存在はいるが、まあお飾りというか⋯⋯盗賊の首領みたいなもんだ」
「ははぁ⋯⋯なるほど」
中々イメージが湧いてこず、アルトの頭の中はごちゃごちゃと乱れていた。
「でまあ、俺は暮らしてた地域を支配してた魔王に目をつけられて、力が欲しい魔王は俺を部下達に追わせて、そいつら全員殺ってたまたま見つけたあのゲートからここに逃げてきたんだ」
「や、殺って⋯⋯? 全員?」
「まあほとんど」
「すごいですねぇ⋯⋯」
ぼんやりとウォルターの強さに感嘆としながら、作業中のゲートへと目を向ける。
「しかし⋯⋯あそこを塞いでしまえば、もう帰れないのでは?」
どんどん土が盛られていくゲートを眺めつつ、ウォルターが故郷へ帰れなくなることを憂慮した。
「別に構わんさ。そもそも、アルトが来なければあの洞窟から出る気もなかったし」
「え⋯⋯ほんとですか?」
「実はこっちに来てから暫くは追っ手がゲートから来てたんだ。で、逃げてるうちにあの池を見つけて隠れてたってわけ」
つまり、ウォルターはどれだけかいるつもりだったかは分からないが、あの洞窟で暮らすつもりだったという。
魔界からの刺客を恐れたのか、祝福を目の当たりにして自分を追いかけてくる存在が煩わしかったのか、もう故郷には戻れないという喪失感が閉じこもらせたのか。
理由はそれらのどれかかもしれないし、全部かもしれない。
「まあいいさ。あそこのゲートが塞がれば、この世界を見て回ろうかな」
ゲートを塞いでしまえば、身動きが取れない追っ手はそのままもとの魔界へと返されてしまう。
ゲートへの侵入と同時に壁を破壊したりしたら、その限りでは無いが、あのゲートにほとんど隙間なく壁を作ったことによって、壁を破壊するほどの攻撃を行うことも困難になっている。
「いいですね。よかったら一緒に来ますか?」
「悪くはないが⋯⋯しばらくはひとりで物見といくかな」
二人の間から笑い声が漏れ、朗らかな雰囲気が流れる中、作業中の付近から騒ぎ声が聞こえた。
「倒れるぞ!」
どうやら、木が剣で切り倒されたようである。
本当に切れたのかと、アルトは立ち上がりながらその様子を眺めた。
「もうそろそろ終わりそうですね」




