祝福を前にした人々〜神官、神になる 4
ミクレアに引かれるがまま、アルトは馬車に飛び乗り、その後にアネットとエルメナも続いた。
白い天幕に包まれた馬車の中で、アルト達は腰をおろし、一息ついた。
「助かりました⋯⋯」
「ご無事でよかった⋯⋯どうやらもう追ってはいませんね」
ミクレアが外を確認する。
馬車には勝てないと思ったのか、皆諦めている。
「危なかったにゃぁ⋯⋯」
「お前追いかけてたヤツら蹴飛ばしてただろ⋯⋯それにしても、姫様がなぜ私達を助けてくれたのだ」
三人の視線がミクレアに集中する。
ミクレアはそれぞれを確認しながら、神妙な面持ちで口を開いた。
「父がアルトさんを捕まえたら賞金を出すという情報を聞きつけましたので⋯⋯それで急いで皆さんを探して」
「助けてくれたんですか⋯⋯姫様にとんでもないことをした我々を⋯⋯」
「たしかに⋯⋯そこの方には殺されかけましたが⋯⋯」
ミクレアが目を細めてエルメナを凝視すると、エルメナは気にすることもなくニヤニヤと薄ら笑みを浮かべたまま見ていた。
「あれは仕方ないんだにゃぁ。ああでもしなきゃ来てくれなかったにゃぁ?」
「それはそうですが⋯⋯なんかあなたのことは嫌いです。アレもそうですが色々と胡散臭いですので」
「ぅっ⋯⋯なんか普通にグサッときたにゃ⋯⋯」
エルメナは渋い顔をしながら、太ももに置いていた手を膝まで伸ばし、身を屈めて不貞腐れたようにため息を吐いた。
「そりゃそうだろう。お前の評価としては完璧じゃないか」
追撃と言わんばかりにアネットが毒を吐く。
「うっ⋯⋯酷いにゃぁ⋯⋯ねえアルト?」
「いや⋯⋯2人の気持ちは分かりますよ⋯⋯」
アルトとて、神官でありながら神を偽称させられたり、誘拐作戦に加担させられたりしているので、当然いい印象など持っているはずもない。
「うぐっ」と第3の矢がエルメナに突き刺さり、がっくりと項垂れた。
馬車はいつの間にか進路を変え、道をはずれて東へと向かっている。
南は山脈、東はキルリス、北は人のいない自然が広がる大地。
そうなると、今アルト達を護送するためにはタジストに送り届ける他ない。
「そういえば⋯⋯御三方の出身はどちらですか? キルリスの出身では無いですよね」
何気ない質問が飛んだ。
「私とアネットはアイメイルという国のグンネルという街の出身です」
「北方の国ですよね? これまた随分と遠くからいらしてたのですね」
「⋯⋯旅の途中ですので」
まさか国の遺産となっていた壊れかけの建築物を祝福の力で修復したから逃げてきたなんて言えるはずもなく、端的に誤魔化した。
「へぇ⋯⋯おふたりで旅を。ご夫婦ですか?」
アルトとアネットはすぐに否定しようとしたが、言葉が出てこず、顔が赤くなり、お互い顔を見合せながら首を振った。
「ち、ちがいますよ!?」
「こいつが旅に出るって言ってたから保護者代わりに着いてきただけだ! 少々危なっかしいのでな」
横でクスクスとエルメナが肩を震わせている。
馬車はゆっくりと東に向かい、戦いがあった陣地へと迫っている。
馬車の中では、ミクレアが口元を隠しながら上品に微笑んだ。
「仲がよろしいのですねおふたりは」
つい先日、エルメナの隠れ家で荒んでいた時の姫の姿はもうない。
「それで、エルメナさんのお国はどちらですか?」
あまり話しかけたいとは思っていないが、一応最初に御三方と言ってしまったので、エルメナにも尋ねた。
「私はねぇ⋯⋯言ってもわかんないと思うからやめとくにゃぁ」
笑ってはいたものの、いつもの明るさはほんの少しだけ陰りを見せていた。
「ふーん。そうか」
エルメナが答えたくなさそうなのを察し、アネットが話を終わらせた。
「でもいいですねぇ⋯⋯皆さん他の国を見て回ってるんですねぇ」
姫という立場故に、好き勝手に外へ出ることができない自分の境遇に切なさを覚え、ミクレアはしみじみと呟いた。
「姫様が他国を見て回る方法⋯⋯ありますよ」
アルトのひと言に、全員の意識が引き込まれた。
馬車の外で馬を御している御者の耳も、アルトの声へと傾いた。
「それは⋯⋯まさか家出するとかでしょうか?」
「あはは⋯⋯そのような茨の道を説くつもりはありませんよ。簡単な話です。姫様がキルリスの王位を継ぐか、もしくは継いだ他の誰かと共に他国と手を取り合い、良き交流を持てばいいのです」
「良き交流?」
「今回のように争い合うのではなく、手と手を取り合い、常に良き関係を保つことを意識する⋯⋯それはつまり、国の上に立つ者の人格と才覚で決まるものです。だから姫様は将来、国を守るために他国へ積極的に訪ねればよろしいのです。節度を持って豪華な旅は慎んでですが」
「つまり⋯⋯私が外交官のような立場になればいいと?」
「その通りです。エルメナに脅されても気丈に振る舞い、勇気を持って私の元へきた姫様なら容易いことです」
「⋯⋯はい」
アルトの言葉に聴き入り、ミクレアはそっと胸に両手を添えた。
アルトの言葉は、人に優しく教えを説くような、引き込まれる力と安心感があった。
「ありがとうございます⋯⋯」
ミクレアは胸元を握りしめながら、僅かに頬を染めた。
その様子を、同乗している女子二人は見逃さなかった。
「さすが見習い神官だな⋯⋯甘い言葉で女子供を誑かすなど朝飯前か」
「いやぁ、そうやって神官って生き物は人間を食べ物にするんだねきっと」
アネットはアルトを睨み、エルメナは薄気味悪い笑みを浮かべている。
「いや⋯⋯ただ思ったことをそのまま言っただけですけど⋯⋯騙すとか引き込むとかそんなつもりないですから。そもそも我が家の家計を支えてるのは普通に畑でしたからね!?」
あまりにも必死な顔で弁明するアルトがおかしく、三人の女子はそれぞれ笑い声を上げた。
御者が賑やかな声を聞きながら微笑む。
馬車は緩やかに進み、太陽が西へ傾き、空が茜色に染まり出した頃、ヌルの街に到着し、アルト達を下ろした。
「ありがとうございました。おかげで助かりました」
馬車から身を乗り出したミクレアに、アルトが深々と頭を下げる。
「いえ、こちらこそ。アルト様達の旅路の無事をお祈りいたします」
「ありがとうございます⋯⋯姫様こそ、その行く末に祝福を」
「ではこれにて」
ミクレアは礼をすると、馬車の中へと姿を消した。
御者がアルト達に笑いかけながら、馬車は来た道をかけていく。
「さーてと。これからどうするにゃぁ?」
狭い車内が窮屈だったのか、エルメナが身体を伸ばすと、パキポキと音がした。
背中をトントンと叩きながら、エルメナはアルトに聞いた。
「どうするもこうするも⋯⋯私達は旅を続ける。お前とはさよならだ」
「えー、酷いよアネット!! 私達の仲だよにゃぁ!?」
「お前つい数時間前私達に嫌われてること実感しただろ⋯⋯」
「そんな事言わないでさー? 3人で旅しよにゃぁ?」
「断る」
「えー! アネット冷たすぎないかにゃぁ? ねえアルト!?」
アルトは黙って顔を引き攣らせながら、気まづそうに目を逸らした。
夕方の街が騒がしくなる。
戦争が終わり、男達が無事に帰ってきたおかげか、今までよりも街全体に活気がある。
帰ってきた男達が恋人や子供と一緒にいる姿を落ち着いて見るだけで、自分達のやったことは間違ってなかったと、アルトは自分を誇らしく思えた。
この街では、アルトを捕らえるなどという触れは出されていない。
タジストの王はこの街からさらに西の首都に住み、今回の戦争も、本人は決して乗り気ではなく、家臣達の強行に押し切られて開戦に至った。
タジストの王は良くも悪くも影響力もやる気もない王だった。
だから将軍達が自ら和平を持ち出した時点で、直ちに辞めるようにと、その時だけ珍しく存在感を出し、その後はまた影が薄くなっていた。
キルリスの王のように、アルトに会ってみたいとも、その力を使いたいとも思わず、街は完全に戦前の状態を取り戻した。
「まあそもそも⋯⋯私は前にアネットに言われた通りどこかに定住してもいいと思うんですよ」
「ほお?」
アネットの食指が動いた。
その直後に、定住した自分の姿が頭に浮かんだ。
また職安や役所のようなところで働くか、農家に雇われて家畜や畑の世話でもするか。
どちらの想像でも、アルトの姿がそばにあり、想像から現実に戻ったアネットは激しく首を振って残像を消し去った。
「ま、まあいいんじゃないか⋯⋯」
わざとらしく咳払いをしながら、アネットは目を閉じた。
その様子をからかうように見つめていたエルメナが、髪を指に絡めだした。
「ならここより西の街に住むか、この国から離れたらいいと思うにゃよぉ? 一緒に行くかにゃぁ?」
「だからなんでエルメナはそんなについてくる気満々なんですか⋯⋯」
「んー? じつはまだアルトにやってもらいたいことがあるって言うかぁ。今回のはその前の予行練習みたいなものなのにゃぁ」
「戦争止めるのが予行練習って⋯⋯何頼む気ですか」
「それは後で話すからこれからどうするか決めるにゃぁ」
「もう着いてくるのは確定なんですね分かります⋯⋯」
アネットが頼りにならない以上、エルメナの行動を止める手段は無かった。
「にゃはは。まあ楽しくやるにゃぁ」
バシバシと背中を叩かれ、アルトは背中を反らした。
(まあ危ない人だけど頼りにはなるからいいか⋯⋯)
実際のところ、アルトはほとんどエルメナの指示や行動に促されるように動いており、最初から最後までエルメナが主導で戦争終結に導いた。
アルトという祝福を使い、全てをプロデュースしたのはエルメナなのだ。
危ない橋を渡るのと同じようなことをすることになるかもしれないが、アルトは少し、エルメナと居ることによって何が起きるのか気になり始めている。
「まあとりあえず宿を探しますか」
「え? 家に止まらないのかにゃぁ?」
「⋯⋯それは遠慮しときます」
「遠慮しなくていいのににゃぁ」
エルメナ残念そうに両腕を頭に乗せ、キョロキョロと周りを眺め始めた。
さっきからどこかから、自分たちに向かってくる足音が聞こえる気がしていた。
その音は確実に自分達を見つけ、直線的に迫っている。
アルトは全く気づいておらず、アネットの肩を揺すって正気に戻るよう促している。
自分の想像の内容がまだ恥ずかしいのか、目を閉じたままはにかんでいる。
そんな3人のもとに、ひとりの男がやってきた。
短い茶髪が、重力に逆らうように上向き、吹き抜ける風に揺れた。
男はアルトを三度見すると、目の前までやってきて口を開いた。
「情愛の神アルト様⋯⋯どうか我々に力をお貸しください」
また神と呼ばれたことでアルトは罪悪感から白目を向き、エルメナは微かに頬を釣り上げていた。




