幕間 飴玉の謎
*時期は七話と九話の間です。
神の娘。
これまでにコーラルが連れてきた人間はそれなりにいたが、そう呼ばれて城に留まったのはサクラくらいだ。
魂の在るべき場所が問題だった。よりにもよってサクラにこの場所が定められていたとは、神の娘と呼ばれても仕方あるまい。衆人環視の中、大聖堂から大々的に放り出したのはコーラルの配慮だ。式典の日に大聖堂で現れる。それだけで彼女が人々の記憶に印象付ける力は計り知れない。神と繋がりがあるサクラを表だって傷つける者はいなくなる。
本人にとって良かったかは分からないが、サクラにとって一番安全な場所はこの城に間違いなかった。
ラヴィエスは大切だがサクラの意志も尊重する。
それがコーラルからの指示であり、シュロ自身反対する理由がない。
高い天井を振り仰いだ。空気は穏やかで清浄。大聖堂の管理者としては満足な空間だ。
「シュロ」
ふわりと穏やかな風が吹き、白い神官服の裾を揺らした。
知りすぎた気配に振り向けば見慣れた紅い瞳とかち合い、シュロは破顔した。
「ヒーヨウか」
てくてくと傍まで歩いてきた少女の口元に、シュロは手を伸ばす。
「ほら」
「ん」
ためらいなく開かれたヒーヨウの口に飴玉を放り込む。サクラに見せた飴玉は自分で消費するのではなく、ヒーヨウの為のものだった。彼女は燃費が悪く、定期的に燃料を補給させなければならない質なのだ。
飴玉袋を懐に戻し、シュロは改めてヒーヨウに向き合った。
「調子はどうだ」
「悪くない。今日は様子を見に来た。こちらはどうなっている?」
「今度の子はサクラっていう名前で、なかなか面白いかんじだな」
ふむ、といった様子でヒーヨウは頷く。
「順調なら問題ない」
「何とかなるだろ。後はもう坊ちゃんの頑張り次第ってことで」
「ラヴィエス殿。そちらには何か懸念が?」
「お前も坊ちゃんの性格知ってるだろ。そういう年頃ってのもあるだろうけど、素直になれないというか」
「帰還者殿との相性はどう」
「今は追いかけっこ中。反発してるね、お互いに。それでも付き合い方に折り合いがついてきたかな」
元々淡泊な表情しかしない顔を難しそうにしてヒーヨウは考え込む。
「それは──私の番じゃなくて良かった」
「こら。お前、今まさに担当してる俺に言うのかそれを」
「いや、面倒と言っているんじゃない。そういう繊細な問題を私が担当すると、当事者達が可哀相だから」
訥々と話すのは昔から相変わらずで。繊細な人付き合いは苦手だと言っていたのを思い出し、シュロはヒーヨウのまるっとした頭を撫でた。彼女は気持ちよさそうに目を細める。
生まれたときから知っている自分はともかく、初対面で打ち解けるのは難しいかもしれないが。
「ヒーヨウでも問題なかっただろ。お前は気遣いが出来るんだし、とっつきにくいだけだって」
元気づけるためにもう一つ飴玉を口に入れてやる。もごもごと口を動かしながら「そう」とだけ少女は返事した。
「先生だって分かってるさ」
「うん」
表情からは少しだけ嬉しそうに見える。ということは、とても喜んでいる。長年の付き合いで分かっているが、ヒーヨウの感情は表情の過大解釈が手っ取り早い。気難しそうに見えて、案外素直な気性をしているのだ。
「ヒーヨウはコーラル様に会った?」
「まだ。これから会う」
「そっか。よろしく言っておいて」
「分かった」
「俺がヒーヨウと次に会うのはいつになるやら」
何気なく口にした疑問。お互いに一番親密な仲だが、会わない時にはさっぱり会わないのが普通だ。
ヒーヨウはゆっくりと考えているようだった。
「十年後くらい」
「そうか」
「と思ったけど」
金色の睫毛が眠たげに揺れている。ぱちぱちと音が鳴りそうな瞬きを繰り返し。
「気になるし、もうしばらく起きてることにする」
「やっぱり気になるか」
苦笑すると「当たり前」と返ってくる。それはそうだろう。逆の立場なら自分だって気になるに違いない。
「仮眠だけにしておく。何かあったら呼んで」
「ああ──おやすみ、ヒースヨルド・ヴェルンディエ」
「おやすみ。オルシュレイロ・ヴェルンディエ、また今度」
飴玉の袋を握らせるのは忘れない。
噛み締めるように名を呼び、別れを告げた後は早い。ヒーヨウの姿はそこにもうなく、名残を残すかのように緩く風が吹いた。
かつて同じ師に学んだ「星降り山」の名を持つのは、今はもう二人だけ。
(ダークもマリーも、もういないし)
ヒーヨウに会ったせいか、兄弟弟子を思い返して気分がしんみりしてしまう。
ああ、でも。
「タリスが帰ってくるんだっけ」
時間の感覚が掴めないが恐らくそろそろ。「星降り山」ではないが、「時の狭間」が帰ってくる。──後継者候補を連れて。
(あのひとが悲しむのは、できれば見たくないけどな)
複雑でもコーラルさんはきっと喜ぶだろう。感傷的な気分を振り払うようにシュロは大きく伸びをした。
サクラ。彼女はあのひとの憂いを断ち切ってくれるだろうか。
これから少しだけ忙しい一年になるだろう、そんな予感がした。




