16.餌付け大作戦(3)
醤油を手に入れた私は、それはもう興奮した様子だったことだろう。絶対ラウ引いてたよ。
料理長はというと、私の反則技的な創意工夫に段々乗ってきてしまっていた。普段ありえない組み合わせを次々と考案しては「ええー、それはちょっと……」という料理長を説き伏せ、改良を重ねるごとに私達の仲は深まった。
「クイさん!」
「サーラ様!」
新たな発見に私達は固く手を握りあった(ラウは引いていた)。
料理長ことクイさんは本名をクィンスさんと言うのだが、例によって例の如く、舌を噛む名前なのでクイさんと呼ばせてもらうことになった。クイさんは口髭の似合う良い男なんですよ。良いね!
「まさかタルパとネールを合わせるなんて発想ありませんでしたよ」
「タルパの食感とネールの味を合わせたら最強ですよねー」
もちっとしてジューシー。
故郷の味を追求する過程で、なんか新発見とかしてたりする。既存の認識に囚われない創作料理すごいね。私に既存の認識がないことが役に立つとは驚きだ。でも、その分失敗が多いことも間違いない。
「不味くはないな」
お上品にスプーンを置いてラウは言う。
最初は横で解説者に徹していたラウだが、私はたまに調合した品を渡していた。別に拒否も出来たんだろうけど、ラウは律儀に口にして「不味い」「微妙」と品評もしてくれた。ほんとノリは悪いが付き合いは良いよなあ、と思う。紫のゲル状の何かとか口に入れるの怖いのに、一緒に恐怖を味わおうよ、という意志での無茶振りを何だかんだで食べてくれるんだから。そんなかんじで一緒にやるのは楽しかった。
にこにこしながらラウの口にお裾分けを無理矢理突っ込みつつ、私はあることに気づく。
「そういやラウ、時間大丈夫?」
散々付き合わせているが、ラウは国王代理っていう重役でこんな所にいつまでもいる時間はない。夢中で調合して時間を忘れていたけれど、いつもの休憩時間はオーバーしているだろう。
「ああ……そろそろ戻らないとまずい。お前も切り上げろ」
「ええー」
一人で残るという選択肢は許されなかった。
いつの間にかラウの側近のウォードさんが厨房に来ていたようで、「午後の授業、シュゼットさんが待ってますよ?」と言われたら切り上げるしかない。そうして二人とも連行されることになったのだった。
「殿下が時間に遅れるなんて珍しいですねえ」
「すまなかったな」
「何か楽しいことでもありました?」
ウォードさんは柔和な笑みを浮かべてラウの少し後ろを歩く。ほわわんとする好青年の笑顔は、ラウの仏頂面に分けてやりたいほど和む。常々、足して二で割ればいいと私は思ってるよ。
「楽しいこと?」
「ええ。いつもより楽しそうだ」
同じくラウの少し後ろを歩いていた私に向かって、ウォードさんは同意を求めるように微笑む。うん、和んだ。
確かに、ラウの眉間はいつもより険しくない気がした。それって楽しかったってこと?
「ラウ、楽しかった?」
期待を込めて背中に呼びかける。
楽しんでくれていればいい。だって私は楽しかったから、一緒にいたラウも出来れば楽しんでいてほしかった。せっせと味見を回していたのは、せっかくなら一緒にやろうよという気持ちも含まれていたのだ。
「……それなりに、な」
ちらりと振り返った青い目が、ちょっとだけ優しかった気がするのは多分、気のせいじゃないよね。
それだけで私は次もラウを誘おうという気になった。
思ったよりも付き合いが良い王子は、ノリは悪いけどそれなりに一緒に楽しんでくれる。私もまあ、一緒にいてそれなりに楽しいと思ってるよ。
それから私の探求心と創作料理はどうなったかというと。
今、私が住んでるのは王族の居住区に間借りしてるんだけど、そこの小さめの台所を借りられることになった。ラウの許可も下りたので、仲良くなったクイさんと時々頭を付き合わせて食材の調合をしたりしてる。
そして私の和食への追求が徐々に満たされつつあった。
「今日のおやつはお汁粉です」
ほかほかと湯気の立つカップの中にはお汁粉。全てにおいて洋風なこの空間でお汁粉。なかなか違和感があるな。
しかしお汁粉である。
あの時、タルパのもちっとした食感で思いついたのだ。これでお餅つくれるよね? と。私はタルパを潰しに潰した。木の実だというそれは、無惨にも原型を留めることはなかったが変わりにさらなる粘りを生んだ。ちょっと酸っぱいこれを水にさらすこと一晩。ほの甘い澱粉質の味が再現された──そこまで辿り着くまで何回もの失敗があったが、終わりよければ全て良しだ。
私はここにお餅の誕生を宣言した。若干、赤みがかってるがお餅である。このお餅(赤い)に醤油(酒)を垂らして、私はひとまずお米への渇望を押さえた。何事も欲望はほどほどに満足させないといけないよね、と言い聞かせつつまだちょっと諦めてないんだけどね。
「おしるこ、というのか」
いつもの如く、おやつ時に現れるラウに私の自信作を提供していた。
代替品になりそうな小豆っぽい味の豆は発見できてたので、お餅(赤い)が完成した瞬間からお汁粉作りの計画は始まっていた。
ここまで辿り着くための険しい道のりを何だかんだで一緒に歩んだので、ラウにも食べて欲しかった。まあ、味覚が違って不味いと思うならそれはそれで。私は美味しかったから問題ない。独り占めだ。
おそるおそる汁の部分を口にして、ラウは頷く。
「食べられる味だ」
「そりゃ良かったわ」
尊大なお言葉を頂戴した。でも、これが褒め言葉だってもう分かってる。散々半ば強制で一緒に品評会やったからね。
「……」
もぐもぐ、まぐまぐ。動いてる口元に注目する。ラウは育ちが良いので、呑み込むまで口を開きません。嫌味なくらい王子様だよ。もう慣れたけど。
「どう?」
「悪くない」
「まだあるけど」
「……貰おう」
返事を聞いてにんまりとする。成功だ。
まぐまぐと動く口を見て思うんだけど、なんか、あれだなあ。小動物みたいで、ちょっと可愛いかもしれない。
私は餌付け気分で、機嫌良くおかわりをよそって差し出した。




