第76話 誘拐してもいい?
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十月二十三日。
土曜日。
朝一〇時三〇分。
千尋は西武新宿線狭山市駅にいた。隣には誰もいない。今日はこれから、川越の児童医療センターに行く。
琴音を通して特別に精神科の入院病棟に立ち入る許可を得た。
琴音は休日出勤で既に病院にいる。琴音と一緒に出かけなかったのは、千尋が早起きを苦手にしているからである。
千尋は三食後と眠前に内服が欠かせない。眠る前にはジェイゾロフトとアモバン錠二錠を必ず服用している。眠剤の効果により、夜は眠れるが、強い薬のため、早くに起きるのは難しい。
狭山市駅前で、千尋は電車を待つ。土曜日の午前中。人影は疎らな雨のよう。
「あれ? 千尋さんですか?」
「わぁ~! 千尋くんだぁ~!」
「う……」
「わぁ~、おでかけですか~?」
「千尋くん一人~?」
「う、山吹さんと西園さんだ……」
千尋を見かけて駆け寄ってきたのは女子高生。山吹未来と西園深紅である。
新聞部の記者である未来は、千尋のストーカーをしている。時間がある時は千尋たちの日常を観察し、記事にしたためている。来年の高校生新聞コンテストに応募するためである。
西園深紅は巨乳の女子高生である。元小学生アイドル。男性恐怖症で、見るだけで不安感に襲われるほどの病状だが、小さな男児は別。小学生くらいが一番の好みという変わった性癖を持っている。
「千尋さんどっか行くんですか?」
「い、いや……、あの……うぅ」
「うふふ……、相変わらず純粋で可愛いなぁ、千尋くんは! 私、誘拐してもいい?」
「ちょ、ちょっと深紅~! だめだめ! その件で千尋さん彼女に怒られたって聞いたでしょう?」
「関係ないもんっね~! 千尋くんだっておっぱい大きいお姉さん好きだし、私は誰も傷つけてないもん」
「そういう問題じゃないの! 小さな男の子を連れ去るのは犯罪なのよ~」
「あ……、あわわ、うぅ……」
「千尋さんは、こんな感じで人とまともに会話出来ないような男の子なんだから、誘拐なんてしたらだめ~!」
「じゃあ、誘拐じゃなくて、千尋くんに自発的についてきてもらえばいいね! うん! いい!」
「どんな理由があっても十三歳以下とえっちなことしたら犯罪になるんだよ? 深紅ちゃん」
「関係ないもんっ。口止めすれば誰にもバレないもん! ね! 千尋くん」
「う……、うぅ……ぷるぷる……」
西園深紅と山吹未来は聖愛学園高校の同級生。親友というわけではないが、仲はいい。今日は土曜日。十一月に行われる文化祭の準備のために学校へ来たところだった。
十月の初頭。深紅に言われるがまま自宅に連れ込まれ、一晩を過ごしたことは千尋にとって苦い思い出になっている。あおいにはこっぴどく叱られた。
だが西園深紅が悪い人間ではないことは間違いがない。男性恐怖症になった経緯や、心に病を抱えながら生きる辛さは大変に共感する。二人きりで会うことは出来ないが、あれからもLINE交換は続けている。勿論、あおいには逐一、内容をチェックされているが。
「千尋?」
「あ……、あおいちゃん……」
「ちーちゃん?」
「うぅ……、めぐみ……」
女子高生二人に囲まれて震えている千尋は、安心に満ちた顔をする。
あおいとめぐみ。千尋と共に児童医療センターに行く予定の二人である。トイレに行く、と離れていたが、千尋ピンチに駆けつけた。
「なにしてるの? 千尋。そんな震えて」
「う……、うぅ……、べ、別に」
「だからちーちゃんも一緒にトイレに行こってゆったのに~!」
「そ、そういうわけには……、い、行かないわけで……」
「大丈夫だよ~! ちーちゃん小学生にしか見えないし~、いけるいける!」
「未来さんと……、そちらの方は……、西園さんですね」
「あ……、あなたは」
「深紅、この綺麗な女の子が……、千尋さんの彼女さんですよ」
「初めまして。千尋の彼女で嫁で婚約者の、川澄あおいです」
「あ、どうも……、西園深紅です。千尋くんのこと大好きです」
「ふふふ、ありがとう。でも、千尋は私のものだからまた誘拐とかしたら、殺します」
「わぁ~、こわ~い! 千尋くん助けて~っ」
――ぎゅうう。
「う……うぅ」
「千尋っくんつっかまえた~!」
「千尋から離れなさい」
「やだも~んっ、えへへ~……、ほらほら、おっぱいだよおっぱい~。ぎゅうう……ぎゅう……」
「千尋も早く離れて」
「う……、うぅ……」
「ちーちゃん相変わらずだねぇ」
「めぐみちゃんもぼんやりしてないで、千尋を守って」
「はぁ~い! こら! ちーちゃんからはなれなさ~い!」
「やだやだ! 千尋くんはおっぱいが好きなの~! 離れたくないの~!」
「にしし~、そ~だ~! あたしのおっぱいだって好きだもんね~! ちーちゃん」
「う……、うぅ」
「「ぎゅううう!」」
「なんかみなさん……、カオスですね」
未来は呆れた顔で静観する。
「ハーレムですなぁ、千尋さん」




