第75話 いっぱいキスしてくれるんだよね?
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二十一時。
夜も更けてきた。二階のあおいの部屋。窓の外で夜を照らすのは月と星。
入浴を終えた千尋とあおいは、ベッドに座りテレビを見ている。
事情のある少年と少女が歩む恋愛群像劇の映画である。
あおいの短い髪を、千尋はドライヤーで乾かす。黒い髪はきめが細かく、まるで天使のよう。あおいは美しい声で鼻歌を歌うように、ご機嫌である。
火照った体に、ひんやりと夜風が染みる。あおいは夜が好きだ。
風も好き。歩いてきた道は、確かにそこにあったのだと、実感できるからだ。
絆の会にいたころの記憶は、まるで映画を見るように、画面越しのドラマである。自分のことだとは思えない。
火照る体に、千尋の手触りを感じる。小さな体は、病院にいたころと大きく変わらないが、髪を撫でる手際の良さには成長を感じる。
「ねえ、今度先生に訊いてみよっか」
「訊く?」
「うん。恵那ちゃんのこと。ほら、千尋の共感覚で探せるかもしれない」
「いや……、無理だろ」
「恵那ちゃんの匂いを嗅げる物持ってませんか? って」
「どんな訊き方……」
「じゃあ、どうするの? 千尋が匂いを嗅ぎたいって言ってる、って訊けばいいかしら」
「余計だめだろ」
「じゃあ間をとって先生の匂いを嗅ぎたいってことにしよっか」
「恵那はどこに行った、恵那は」
「んもう、相変わらずわがままなんだからぁ」
「……どこが?」
あおいはふて腐れたように足をばたつかせる。部屋着はピンク花柄のネグリジェ。純粋な生足は病的なほどに白く、細い。
あおいの髪を乾かす千尋は、少女の痩せた体に思いを馳せる。小さな肩。背中。頭。この体にどれだけの傷を背負っているのか、同情的になる。想いは形になり、あおいの髪を撫でる手触りは、優しくなる。
「ん……、なんか千尋の触り方、えっちじゃない?」
「……はぁ? なんでだよ」
「まぁ……、髪くらいいいけど、私が頼んだし」
「う……、うるさいな。そんなこと言うならもうしてあげないぞ」
「え~、して」
「じゃあ、変なこと言うなよ」
「今も共感覚してるの?」
「……、少し。最近、あおいちゃんとか奏とかの匂いを嗅ぐと、いつも……、変なイメージが目の前に溢れだしてくるんだ」
「変なイメージって、えっちな妄想のこと?」
「違うよ! なんか……、色が……、こう、現実と向こうの世界が重なり合うんだ。色のある世界と、こっちの世界が、混ざって、気持ち悪くなる」
「へぇ、なんかフラッシュバックみたいね」
「確かに似てるかもしれない……、現実なのか妄想なのか……、わかんなくなる」
「でも、今は現実。千尋は私の家にいて、私のベッドに座っている。これからすることは一つよね?」
「……、しないから」
「出来ないんでしょ? 千尋は子供だから」
「……、ごめん」
「ふふふ……、でも代わりにいっぱいキスしてくれるんだよね?」
「ん……、うん……」
「なにそれ。その態度」
「いや……、うん。別に」
「千尋、違うこと考えてるでしょ」
「え……、いや、考えてない」
「嘘。考えてる。私にはわかる。千尋は嘘が下手だからなんでも分かる」
「う……」
「恵那ちゃんのこと……、そんなの気になるならちゃんと探そうね。千尋」
「う、うん……」
「千尋がそこまで恵那ちゃんを気にするのは、やっぱり自分のことが不安だから?」
「わかんない……、けど、でもそうかもしれない」
「相変わらず千尋は千尋だねぇ。ま、千尋らしいけれど」




