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第71話 中野

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 一七時過ぎ。

 千尋は中野へ行った。山手線、中野駅北口で降りた。駅前には全長二二四メートルのサンモール商店街入り口がある。

 中野に来たのは三週間ぶりだった。

 あおいに誘われたのである。

 あおいは、「今日は千尋と一緒にいたい」と言った。ホテルに再度誘われたが、そういうわけにもいかない。

「じゃあ、うちに来て」と、あおいに頼まれた。外泊は禁止だが、あおいの家は例外だ。泊まったことはある。

 あおいの真剣な気持ちに押されて、千尋はこうして中野へやってきた。

 

「いつ来ても、人が多いな。中野は」

「池袋ほどじゃないでしょ。ちゃんと手つないでてあげるから大丈夫よ」

「……、うん」

「中野は狭い路地が多いから、迷子にならないようにね」

「子供扱いするな」

「ふふふ、でも、千尋の共感覚を覚醒するきっかけになるかも。ほら、中野って飲み屋も多いし……、商店街を通って行ったら色んな匂いするじゃない」

「いや、そのために中野に誘ったの? どうしてもっていうから来たのに」

「違う。今日はね、千尋と一緒にいたかったから。なんかほら……、恵那ちゃんのことを聞いたからかしらね。なんか……、そういう気分になって」


 あおいが住む家はサンモール商店街を抜けた先にある。小さな酒屋をやっていたが現在は廃業し、あおいの祖母の妹――市川公子は年金で暮らしている。商売は繁盛しており、多額の貯金もあった。


 夕暮れ。風に乗って運ばれてくるのは情緒の匂い。焼き鳥や、鉄板焼きの焦げた匂い。化粧品やドラッグストアの甘い匂い。一日生きた人間の体臭や生命力。

 混ざり合って千尋を刺激する。あの日、奏が誘拐されたことをきっかけにして、千尋は匂いに色を感じるようになった。

 現在はごくたまに、僅かな色を感じる程度で、あの日ほどの強い光は感じない。

 だが、あおいに煽られると、脳が揺れる感じがした。

 千尋は不安になり、思わずあおいの手を強く握った。

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