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第9話 大魔導士は、料理人の俺を試したいらしい

 昼食の時間が終わり、厨房の片付けを始める。


「上出来じゃねえか、坊主!」


「痛っ!」


 背中がいきなり叩かれた。


 振り返ると、腕を組んで豪快に笑っているガルドさん。


「この程度で情けねえ声出すな!」


「いきなり叩かれたら驚きますって」


「それより、だ。昨日はあれだけ残ってた飯が今日はほとんど残ってねえ」


 厨房を見渡す。戻ってきた皿のほとんどが空になっていた。


 特に俺が担当した軽食は綺麗になくなっている。


「大成功だな。そして、大功績だ」


「別に俺の功績じゃないですよ。俺が作ったのは軽食だけですし」


「分かってる。だが、選択肢を作る案を出したのは坊主だ」


 ガルドさんが並べられた空の食器を見る。


「食う奴に合わせて飯を変える。わかっていても、実際にやるのは簡単じゃねえ」


「ガルドさんが言うと重みがありますね」


「そりゃそうよ。騎士達は何を出しても食い尽くすが、王族や貴族なりゃ話は違う。しまいには『なんだこの料理は!』って説教されたこともある」


「それを聞くと、今回はうまくいってよかったです」


「ああ。その通りだ」


 改めて空の皿を見る。


 料理人としてやってやった、という気持ちにはなれない。


 ただ。


「よかったです」


「あ?」


「ちゃんと食べてもらえて」


 無意識に安堵のため息が漏れる。


 昨日はたくさんの料理が残されていた。何時間もかけて作った料理が、ほとんど手を付けられないまま戻ってくる。そのことに、ガルドさんたちも悩み、落ち込んでいた。


 俺自身、自分で考えた料理を残されていたら、きっと落ち込んでたと思う。


「そういう顔ができるなら、料理人としては十分だ」


 ガルドさんが鼻を鳴らす。


「坊主、次も頼むぞ」


「軽食、評判よかったぞ! あとで俺にも作り方教えてくれな!」


「午後からも仕込み手伝えよ! いっかいうまくいったからって贔屓はしねえぞ!」


 周りの料理人たちからも次々に声が飛んでくる。


「はい。ありがとうございます」


 昨日までは、異世界から来た料理人ということで珍しそうに見られていた。


 でも今は、同じ厨房で働く一人として扱われている気がした。


 ここにいていいのかもしれない。


 少しだけ、そう思えた。


「あ、そうだ。ガルドさん。食堂で注文があったんですけど」


 昼食の途中、何人かから言われたことを話す。


 朝も軽いものを食べたい。夜も選択制にしてほしい。肉が食べたい日もあるから、今までの料理も残してほしい、と。


「ったく、簡単に言いやがるな、救世主様は」


 ガルドさんが頭を掻く。


「料理を複数作るってことは、単純に仕事も増える。食材の管理も必要だ。毎日続けるなら金もかかる」


「ですよね。じゃあ急には難しいですか」


「だが」


 ガルドさんは空になった皿を見た。


「食われねえ飯を大量に作り続けるよりはマシだ。上には俺から話しておく」


「いいんですか?」


「厨房の責任者は俺だ。食材と人手の話なら、坊主より俺がした方が早い」


 ガルドさんがにやりと笑う。


「その代わり、坊主は料理を考えろ」


「俺がですか?」


「言い出した責任だ」


「言い出したのは俺じゃなくてクラスメイトなんですけど」


「俺に相談したのは坊主だろ? 言い出した奴が一番働く」


「だからクラスメイトが」


「うるせえ。仕事ができる奴は必要とされるとも言ったはずだ」


 なぜか嬉しそうに口角を持ち上げて、ガルドさんに肩を叩かれた。


 言い出しっぺ……。まあ、にガルドさんから見たら、俺になるのか。クラスメイトの要望を伝えただけのつもりだったけど。でも、そう言われたらやるしかない。


 ささっと昼食の片付けを終える。


 料理人たちがそれぞれ休憩を取り、厨房から人の姿がなくなった。


 午後の仕込みまで少し時間があったので、俺は作業台の上に調味料を並べる。


 料理をするなら、まずは食材と調味料を理解しないと話にならない。


 白い粉。乾燥させた香草。赤黒い実。酸味の強い果汁。


 それから、少し癖のある匂いのする乳製品。


「この白い粉が砂糖っぽいやつ……。うん。後味が甘すぎる気がするけど、ほとんど同じだな。こっちは……。うえっ、海水っぽい塩かも。粒がでかいな」


 見た目が似ていても、元の世界と同じとは限らない。


 少し舐めたり、匂いを嗅いだりしながら確認していく。


「こっちは……。酸っぱいな。けど、後味がかなりいい」


 もっと食材や調味料のことが分かれば、作れる料理も増える。


 プリンやアイスはさすがに難しそうだけど、あいつらの楽しそうな顔を見たら、作ってあげたいという気持ちにもなる。


「黒江くん」


 背後から声をかけられた。


「ん? 月白か」


 銀色の髪を肩の辺りで切り揃えた小柄な少女。


 月白が厨房の入口に立っていた。


「午後の訓練は?」


「わたしには必要がないから」


「きっぱり言うな」


「確認したうえで必要ないと判断したの。なんの問題もない」


 この短い期間でなにを確認してどう判断したのか。


 まあ訓練の内容を知らない俺が言うべきことじゃないか。


 月白は厨房へ入って来ると、作業台に並べた調味料へ視線を向ける。


「黒江くんはなにしてるの?」


「調味料の確認してる。見た目は似てるけど、日本のやつとかなり違いがあるからな。ここを把握しとかないと、料理もまともに作れないだろ?」


「うん。その通り」


 月白は一つずつ眺めていく。


 いつもの無表情さは、興味があるのかないのか判断つかないものだ。


 ふと、月白がこちらを見上げた。


「黒江くん。実はわたし、お腹が空いてるの」


「えっ? 昼飯食べてたよな?」


 月白が食堂で軽食を食べている姿は見かけたはずだけど。


「食べた」


「だよな。足りなかったのか?」


「お腹は良い感じに満たされてる」


「どっちだよ。いまお腹空いてるって言っただろ」


「少し空いてる。少し食べたい」


 言っている意味がわからない。


 いや、少し食べたいって言うのはわかるけど、言い回しがよくわからん。


 当の月白はいつもの無表情。冗談を言っているようには見えない。


「それで?」


「なにか作って」


「別にそれはいいけど。何が食べたいんだ?」


「内緒」


 とんでもないことを言い出す月白は、やはり冷静な瞳でこちらを見上げている。


「内緒って……。教えてくれないの?」


「うん。黒江くんが考えて」


「無茶言うなよ。どうしたんだ急に」


 体調でも悪いのか? と顔を覗き込む。


 相変わらずの淡い色の瞳。感情の読めない眼つき。悪いところはなさそうだけど。


「黒江くんが、わたしのことを想って作った料理が食べたいの」


「なんだよ、その言い方」


「変?」


「変じゃないけど」


 かなり意味深に聞こえる。


 でも、月白本人は何も気にしていないらしい。


「そこまで言うなら作るけど。甘いのがいいとか、辛いのがいいとかないのか?」


「内緒」


「本当に何も教えてくれないのかよ」


「黒江くんが考えて。わたしのことをしっかり考えて」


「どういうリクエストだよ」


 意味は全くわからないが、仕方ない。やらないと話が進みそうにないようだ。


 俺は月白の顔をジッと見る。


 何が食べたいのか。少しでも手掛かりを探すしかない。


 ……改めて見ると、やっぱり整った顔をしている。


 白い肌。銀色の髪。長いまつ毛。薄い唇。鋭く感情が読めない眼つき。


 鼻筋も綺麗に通っていて、小柄な身体も相まって、どこか人形のようにも見える。


 ただ、ぼんやりしているわけではない。淡い瞳は真っ直ぐこちらを見返している。


「どうしたの?」


 月白が小さく首を傾げた。銀色の髪がさらりと揺れる。


「……なんでもない」


 可愛いな。そう思ってしまい、慌てて顔を逸らす。


「わかった。なんとなく考えてみる」


「うん。期待してる」


「期待するなら食べたいものを教えてくれると助かるんだけど」


「それは内緒」


「わかったよ」


 ほとんどノーヒント。とはいえ、月白は食が細い。


 昨日もほとんど夕食を食べられず、廊下で動けなくなっていた。


 今日の昼食は食べたばかり。なら量は必要ない。


 いま欲しいもの。月白が食べたいと思っているもの。


「……デザート、だよな」


 口当たりが軽くて、甘いもの。


 今の俺には作るのは難しいが、たぶんデザート、だと思う。


「だとすると……。これ、使えそうだな」


 作業台に並べていた食材の中から、白っぽい乳製品を手に取る。


 さっき味を確かめた時、酸味があった。牛乳というより柔らかいチーズに近い。


 本来ならこっちの料理人に使い方を確認してから触るべきなんだろうけど。


「あと、卵っぽいやつ」


 殻を割る。中身は元の世界の卵とほとんど変わらない。


 そこに目を向けた瞬間、頭の中に、ぼんやりと完成形が浮かんだ。


「やってみるか」


 俺は乳製品を木べらで潰していく。


 少し固い。そのままだと滑らかにならなそうなので、厨房にあった乳白色の液体をほんの少し加える。


「このくらい、だな。たぶんだけど」


 混ぜていくと、固かった乳製品が徐々に柔らかくなった。


 そこへ白い粉を加える。砂糖に近い甘味料。


 最初は匙一杯。味を確認する。


「まだ酸っぱい」


 もう少し。再び混ぜて味見する。


「こんなもんかな」


 甘すぎない。酸味が少しだけ残っている。


 月白なら、たぶんこの方が食べやすい。


 ……たぶん?


 自分で考えて、少し引っかかった。


 月白が甘いものを好きなのかどうかなんて俺は知らない。そもそも、何が食べたいのかすら聞いていない。それなのに、なぜかもっと甘くするべきじゃないと思った。


「変な感じだな」


「どうしたの?」


「内緒だよ」


 月白の真似をしてみると、珍しく不満そうに目を細めた。


 無表情なことは多いけど、しっかり感情はあるようだ。


 俺は卵を別の器に割り、軽く溶いてから少しずつ加えていく。


 少量入れる。混ぜる。馴染んだら、また少量。


「マジでなんなんだ、これ」


 初めて触る食材ばかりなのに、手順に迷わない。


 やればいいことが頭に浮かんでくる。


 さらに、少量の白い粉。砂糖じゃない。触った感触からすると、小麦粉に近い。


 入れすぎれば重くなる。だから本当に少しだけ。


 最後に、昼食にも使った酸味のある果実を切る。


 果汁を一滴。二滴。そこで手が止まった。


「……これ以上はいらないな」


 完成した生地を一口だけ味見して、確信する。


「これでいいだろ」


「できた?」


「まだだ。これから焼く」


 小さな耐熱皿へ流し込む。大きく作る必要はない。


 月白一人が食べる分なら、手の平に乗るくらいで十分だ。


 表面を木べらで整えてから、厨房の端にある石窯へ入れる。


「火は弱めでいこう」


 強い火で一気に焼けば、表面だけが固くなる。


 途中で何度か様子を見る。


 ふくらみ始めた表面。甘い香りに、乳製品特有の少し酸っぱい香りが混ざる。


「いい匂い」


 背後から月白の声がした。


 しばらく待つ。


 表面にほんの少し焼き色がついたところで、窯から取り出した。


 丸く焼き上がった、白っぽい菓子。


 指で軽く皿を揺らすと、中心だけが僅かに揺れた。


 端を小さく切って味見をする。


 濃厚だけど重すぎない。甘さは控えめ。後から少しだけ酸味が残る。


 食後でもこれなら食べられそうだ。


「よし」


 小さな皿へ移す。見た目だけなら、元の世界で何度か食べたものにかなり近い。


「できたぞ」


 月白の前に皿を置く。


「チーズケーキ?」


「もどき、だけどな。まあこんなチーズケーキがあってもいいって感じの味だ。チーズケーキは好きか?」


「内緒」


「そこは内緒じゃなくてもいいだろ」


「さっきのお返し」


 表情は薄い。それでも、どこか柔らかさを感じる。


 冷たい奴かと思っていたが、どうやらおちゃめなところもあるらしい。


「先に言い始めたのは月白だ」


「そうだったかも」


 言って、月白が皿と俺を交互に見る。


「どうしてこれを作ったの?」


「内緒。……ていうのは冗談で、俺にもよくわかんない」


「わからない?」


「ああ」


 俺は自分の手を見る。


「月白を見てたら、なんとなくこれがいいと思った。作ってる途中も、どの材料をどれくらい使えばいいのか、なんとなく分かった」


 今になって考えると、かなりおかしい。


 見たこともない食材。使ったこともない調味料。


 なのに、大きく迷うことなく一品を完成させてしまった。


「うまくできたかどうかは、月白が確かめてみてくれ」


「そうする」


 月白が匙を手に取った。


 一口。


 ……無表情だ。何も言わない。反応もない。


「どうだ?」


 ついでに返事もない。


 月白は俺をじっと見てきた。


「口に合わなかったか?」


 問いかけるが、月白は何も言わない。


 ただ、チーズケーキもどきに視線を戻して。


 また一口。もう一口。そこから月白の手が急に速くなった。


「月白?」


 無言。一口。もう一口。


「そんな急いで食べなくても俺は取らないぞ?」


 聞いていない。


 ほんの少し前まで綺麗に形を残していたチーズケーキもどきが、あっという間になくなった。


 月白が匙を置き、空になった皿を見る。


 それから俺を見る。ほんの少しだけ、口元が緩んだ。


「おもしろい」


「おいしいとかじゃなくて?」


「おいしかった」


「先にそっち言ってくれよ」


「おいしい。でも、それ以上におもしろい」


 月白が自分の胸元へ手を当てた。


「やっぱり効果がある」


「昨日言ってた魔力が落ち着くってやつか?」


「少し違う」


 月白は一度目を閉じる。数秒後、開いた。


「魔力が戻る速度が上がってる。それと、頭の疲れが軽くなった」


「頭の疲れ? 今日は頭を使う訓練だったのか?」


「午前中、ずっと本を読んでたから」


「訓練じゃなかったのかよ」


「最低限は出た。その後は図書館でクラスについて調べてた」


 月白は淡々と答える。


「何か分かったのか?」


「この国の人たちは、クラスについてあまり詳しくない」


「え?」


 意外だった。召喚した側なのだから、当然詳しいものだと思っていた。


「説明はできる。でも、全部を理解してるわけじゃない」


 月白は指を一本立てる。


「クラスの能力は成長する」


 もう一本。


「新しいスキルが発現する場合もある」


 さらに一本。


「同じ名前のクラスでも、使う人によって能力に違いが出ることもあるみたい」


 さらに一本。


「料理人なんてクラスは、見つからなかった」


「え?」


「図書館にあった資料には料理人について詳しく書かれてなかった」


「それって、つまりどういうことだ?」


「珍しいのかもしれない」


「料理人が?」


「ありきたり過ぎて何も書かれてないだけかもだけど」


「ならはじめから期待させるようなこと言うな」


 料理人が珍しいなんて……。少しでも「おっ?」となった自分が恥ずかしくなる。


「昨日の料理は疲労と魔力の乱れを整えた。そして今日のは魔力の回復と頭の疲れ」


「でも、そんな効果をつけようなんて思って作ってないぞ」


「だから、おもしろい」


 月白が少し身を乗り出した。


「昨日、黒江くんはなにを考えて料理を作ったの?」


「どうだったかな」


 いきなり異世界に召喚されて、クラスが俺だけ料理人で。


 絆奈に突き放されて、そのまま慣れない料理を始めて……。


「ゆっくり休まるものが食べたいって思ったな」


「そして今日は、わたしが何を食べたいか考えて作った」


 月白が僅かに頷く。


「黒江くんが食べる人のことを考えて作ると効果が変わる」


「それがスキルってやつか?」


「ただの仮説だから。分からない」


「分からないのかよ」


「料理人に関して記述がないんだからしょうがない。だから調べる。これからも料理を作って」


「そりゃまあ。作りはするけど」


「ならいい」


 月白は立ち上がった。


「もう行くのか?」


「うん。図書館に戻る。調べたいことが増えたから」


「料理人の本はないんだろ?」


「調べたいのはそれだけじゃないから」


「そりゃそうか」


 忙しい奴だ。病弱そうな身体なのに、本人は止まる気がないらしい。


 厨房の入口まで行ったところで、月白が振り返った。


「黒江くん。今日の夜も料理する?」


「ああ。俺の夕食は厨房が収まったあとだからな」


「じゃあ、わたしの分も作って」


「夕食なら食堂で選べると思うぞ?」


 月白は首を横に振った。


「黒江くんが作ったものがいい」


「効果を調べたいから?」


 問いに、少しだけ間が空いた。


「それもある」


「それも?」


「今は内緒」


「また内緒かよ」


「うん」


 月白は、それだけ言って厨房を出ていった。


「なんなんだ、あいつ」


 相変わらず、何を考えているのか分からない。


 空になった皿を見る。あれだけ綺麗に食べてもらえた。


「まあ、悪い気はしないけど」


 俺は小さく笑ってから、もう一度、作業台の調味料へ視線を戻した。


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