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第8話 【一ノ瀬 絆奈視点】幼馴染は、料理人が自分を見なくなったことが気に入らない

【一ノ瀬 絆奈視点】


 昼休憩になり、わたしたちは食堂へ向かった。


 河井くんと、相良くん、三浦くん。それから冷夏。


 訓練初日ということもあって、午前中だけでも身体はかなり疲れた。


 知らない土地に来てまだ二日目なのに、少しスパルタ過ぎない? と思う。


「腹減ったー! 朝も肉だったし昼も肉かな?」


「そうじゃね。こっちの飯、結構好きなんだよな~」


 相良くんと三浦くんは元気そうだ。


 わたしは二人の後ろを歩きながら、小さい溜息を吐く。


 正直、ここの世界の料理は重い。昨日の夕食はお肉。今朝も朝から脂のたっぷりのったお肉だった。味が不味いわけじゃない。でも、毎食あれを食べるのはかなり辛い。特に朝からお肉が出て来た時には泣きそうになった。


「今日も朝みたいな料理だったら、わたしちょっと無理かも」


「同感ね」


 隣を歩く冷夏が淡々と答える。


「だ、だよね!」


「朝からあれだけ脂の多い料理を食べたのは初めてよ。二日続けでお肉料理を食べたことも初めてかも知れないのに」


 さすが冷夏、こういうところは話が合う。


 そんなことを話しながら食堂へ入ると、すぐに昨日との違いに気づいた。


「あれ?」


 料理を受け取る場所。そこにいくつか札のようなものが置かれている。


「本日より昼食はこちらの三種類から選んでいただけます。これまで通りの肉料理。肉と野菜を合わせた料理。そして、胃に負担の少ない軽食を用意しております」


「えっ、めっちゃ助かる!」


 思わず声が出た。


「わたし軽いやつにする! 冷夏は?」


「私もそうするわ。……よかった」


 冷夏も迷わず軽食を選ぶ。


 よほどきつかったのか、冷夏はホッと肩を撫でおろしている。


「女子は軟弱だなー。俺は肉一択」


「俺も。脂がないと午後から頑張れないぜ」


 相良くんと三浦くんは迷わず肉料理を選ぶ。


 河井くんは三種類の料理を見比べたあと、真ん中の料理を指差した。


「俺はこっちかな。午後も訓練あるし、肉は食いたいけど重すぎても動けないから」


「河井くん、ちゃんと考えてるんだね」


「食事はバランスが一番大切だからね」


 河井くんが笑う。


 その時だった。


「あ、料理人いるじゃん」


 相良くんが厨房の方を見ながら指をさす。


「料理人?」


「黒江だよ、黒江」


 反射的にそちらを見る。厨房の中、大勢の料理人に混ざって、律希がいた。


 白いエプロンを着けて、鍋の前を忙しそうに動き回っている。


「そっち、少し火を弱くしてください。灰汁はしっかりとってくださいね。……野菜足りなそうなら切っておいたんで、こっちの使ってください」


 誰かに指示を出したと思ったら、自分でも包丁を握る。他の料理している人の材料まで把握しているように立ち回ってる。


 少し離れた場所では大きな料理人――たしか料理長だったはず――が、そんな律希を見ながら笑っていた。


「忙しそうね、黒江くん」


「料理人にしては頑張ってるんじゃない?」


 河井くんが肩をすくめた。


「救世主なのに厨房で指示出してるって、地味だけどな」


「そもそもあいつは救世主じゃねえだろ」


 相良くんと三浦くんが笑う。


「俺らが魔物倒して帰ってきた時に、うまい飯作ってもらえれば十分だし」


「それな」


 わたしはもう一度だけ厨房を見る。


 額に汗を浮かべながら、律希は働いている。


 忙しそう。でも、まあ、そうだよね。


 律希は料理人なんだから、わたしたちみたいに戦えない。


 あれが律希の役割なんだから。


「一ノ瀬、行こう」


「あ、うん」


 河井くんに呼ばれて料理を受け取る。


 わたしと冷夏の皿には透き通ったスープと柔らかく煮込まれた麦。それから細かく刻まれた野菜が盛られ、別皿には一口サイズの果実が用意されていた。


 見た目は質素。昨日までの豪華な肉料理と比べると、物足りなく見える。


 けど、いまのわたしにはこれぐらいがちょうどいい。


 スープの香りをかいでから、一口たべる。


「おいしい!」


 口に入れた瞬間、声が出た。


 鳥の出汁らしい優しい味。柔らかい麦が流れる様に口に入る。


 油のしつこさが全くない。香辛料の匂いもない。疲れてても簡単に食べられる。


「なにこれ。めっちゃ食べやすい」


「ええ。まさに、私が求めていた昼食だわ」


 冷夏も一口ずつ噛み締めるように食べている。


「朝なんてお肉見ただけでお腹いっぱいになったし、また同じの出てきたらどうしようって思ってたけど、これなら安心かも」


「暫くはこれでお願いしたいぐらいね」


 これは助かる。本当に。口休めに添えられた果実も甘酸っぱくて美味しい。


 白い粉がかかってるけど、これは砂糖かな? たぶん果実が酸っぱくて、粉が甘い調味料だと思うけど。異世界でもこういうのあるんだ。


「やっとこの世界に来て普通にご飯食べられた気がする」


「でも、不思議ね。この味付け」


 冷夏が手を止めて、器の中をじっと見た。


「どういうこと?」


「かなり私たちに合わせているように感じるわ。果実まで添えられてるし、昨日までとは方向性が違いすぎるもの」


「じゃあ、こっちの料理人さんが頑張ってくれたんじゃない?」


「そうかもしれないわね」


 冷夏はそれだけで納得して、口元だけ緩めながら果実を食べる。


「お前ら、それで足りんの?」


 向かいに座る相良くんが、分厚い肉を頬張りながら笑う。


「午後も訓練あるんだぞ?」


「二人はよく朝から晩までお肉食べられるね」


「肉があるなら食べるだろ。脂を食べてこそ飯だ。違うか?」


「ぜんぜん意味わかんないから」


「一ノ瀬さんをお前らと一緒にするなって」


 黙々と食べていた河井くんがちくりと言葉を発する。


「なんだよそれ」


「お前らみたいに毎食肉食って喜んでる方が野蛮なんだよ」


「タクミまでひでえ! タクミだって肉食べてるだろ!」


「俺は中間だ。野菜もしっかり食べる」


 河井くんが自分の料理を示す。肉は入っているけど、野菜も多い。


「一ノ瀬さん、気にせずに食べやすいもの食べてね。こいつらの言うこと気にする必要ないから」


「うん。ありがと」


 言いながら、柔らかく微笑んでくる河井くん。


 優しい。河井くんは、こういうところをちゃんと気にしてくれる。


 その時、厨房の扉が開いた。


 出て来たのは律希だった。


「あ」


 思わず身体が反応した。


 律希はこちらへ向かって歩いてくる。


 ……やっぱり。


 少しだけ胸の奥が軽くなった。冷夏に謝った方がいいと言われたけど、こっちから何かする必要はない。どうせ律希から喋りかけて来るから。そうしたら少し優しくしてあげようと思ってた。


 昔からそう。喧嘩しても、律希の方から話しかけてきた。


 今回も同じ。律希が近づいてくる。わたしは何でもないふりをして、匙を置いた。


 そして。


「桐生」


「……えっ?」


 律希は、わたしたちの横を通り過ぎた。そのまま少し奥にある席へ向かう。


 そこに一人で座っていたのは、桐生紗夜だった。


「訓練には参加しないのに飯は食べに来るんだな」


「はあ? なにいきなり話しかけてきちゃってるわけ?」


 桐生さんが露骨に顔をしかめる。


「訓練と食事になんの関係があるの?」


「いや、別にないけど。元気そうだなと思って声かけただけだ」


「なにそれ。料理人のくせに生意気。っていうかそれだけ?」


「いや、眷属の件だけど」


「わー! わー! こんなところで言うんじゃないわよ!」


「ダメだったのか?」


「当たり前でしょ。あれは、あたしとあんただけの秘密なんだから」


「そうだったのか? もう神代に話しちゃったけど」


「はぁっ!? よりによって神代結衣奈に!? いちばん面倒な奴に……」


 桐生さんが溜息を吐きながら頭を抱えて。


 律希はそれを申し訳なさそうに見ている。


 普通に、楽しそうに、会話を続けている。


 なんで律希が桐生さんと? 今まで仲良くしてるところ、見たことなかったのに。


「一ノ瀬?」


「えっ?」


 河井くんに呼ばれ、慌てて顔を戻す。


「どうした?」


「な、なんでもないよ」


 笑って誤魔化す。


 でも……。律希はわたしに話しかけに来たんじゃなかった。


「絆奈」


 冷夏に呼ばれて。嫌な予感がした。


「昨日の件だけれど」


「冷夏!」


 少し強めに遮った。河井くんたちの前で、その話はしてほしくない。


「これ、ほんとおいしいね! 冷夏もそう思うでしょ?」


 冷夏はしばらくわたしを見つめてから。


「……そうね」


 それ以上は言わなかった。


 助かった。わたしはもう一口、スープを口に運ぶ。


 美味しい。それを感じて気持ちを落ち着ける。


「これ、本当に食べやすいね」


 少し離れた席から女子の声が聞こえてきた。


「こっちの人が気を遣ってくれたのかな? ありがたいよね」


 神代さんが数人の女子と座ってる。


 聞こうとしていたわけじゃない。ただ、距離が近いから自然と耳に入ってきた。


「いえ、これを作っているのは黒江くんですよ」


 匙が止まった。


「え?」


 友達の女子も驚いている。


「黒江が?」


「はい。食事を残す人が多かったでしょう? それで、まずは選べるようにしてはどうかと厨房の方に提案したそうです」


「へえ~。気が利くじゃん」


「それで、軽食は黒江くんが中心になって作っているみたいですね」


「なるほど。だから少し懐かしい味がしたんだ」


「懐かしいって、こっちに来てまだ二日目ですよ?」


「それはいいでしょ! もう、相変わらず結衣奈は変なところがかたいんだから」


 わたしは自分の器を見る。この料理を、律希が?


「でも、助かりました。何人かから食事について相談されていたので」


 神代さんが続ける。


「朝から脂の多い肉を食べるのは辛いとか、香辛料の酸味が苦手とか……。今日、時間があれば王国側に相談しに行こうと思っていたんですが」


「黒江がその前に気付いたんだ」


「ええ。私たちが食べやすいものを考えてくれたみたいです」


「ちゃんとやってるんだね、黒江。少し意外かも」


「意外じゃないですよ。黒江くんはいつもああいう風です」


 大げさに褒めているわけじゃない。ただ普通に律希のことを評価している。


 それが妙に耳に残った。


「黒江くん」


 厨房へ戻ろうとしていた律希を、神代さんが呼び止めた。


「どうかした?」


「いえ、ごちそうさまでした。おいしかったです」


「ならよかった。注文は多かったけど、残飯だらけだったらと思うとひやひやだったんだ」


 律希が笑う。


「黒江、これ夜も出してくれよ!」


 近くの男子が声を上げた。


「夜じゃなくて朝だろ! 毎朝だせるようにしてくれ!」


「俺に言われてもな。決めるのガルドさんだから」


「じゃあ黒江から頼んでくれよ。あ、選択制はそのままにしてくれよ。肉が食べたいときもあるから」


「だから、俺が決められることじゃないの。めちゃくちゃ手間かかるんだからな?」


「って言うかわたし甘いものがたべたいんだけど。黒江くん、作れないの?」


「俺プリン!」


「アイスが先でしょ」


 次々に声が飛ぶ。


「こっち来て二日目だぞ? 無茶いうなよ」


 律希が困ったように笑う。


「この世界の食材をまだ全然知らないんだから。似たようなのばっかりで、まったく同じのほとんどないんだからな?」


「じゃあ調べてくれよ。料理人だろ?」


「俺はお前らみたいに物凄い技が使えるようになったわけじゃないんだよ。料理人だぞ、料理人」


 律希の言葉に、笑い声が起きる。律希も同じように笑っていた。


 たくさんの人が律希を見てる。


 神代さんも、他の女子も、男子も。


 昨日まで律希を見てるのなんて、わたしぐらいだった。学校でも、登下校でも。何かあれば、いつも律希がいた。なのに今は、わたしがいなくても、普通に笑ってる。みんなと話している。


 律希が疲れた様に首を振りながら厨房へ戻ろうとする。


 その途中、目が合った。


「あ……」


 声が出かける。


 律希。そう呼ぼうとした。


 でも、律希は一瞬だけわたしを見て、すぐに目を逸らした。


 そのまま何も言わず、厨房へ戻っていく。


「……えっ?」


 何も言わないの?


「なんか黒江、人気者になってんじゃん」


 相良くんが面白くなさそうに呟く。


「飯作っただけだろ?」


 三浦くんも鼻で笑った。


「あれくらいで持ち上げすぎじゃね?」


「まあ、いいんじゃないか」


 河井くんは淡々と、食事を進めながら続ける。


「黒江が褒められるのは、ここくらいだろ」


「ここ?」


「城の中だよ」


 河井くんが笑う。


「俺たちはこれから魔物と戦う。活躍すれば王国中から認められるようになる」


「あー、確かに」


「料理作るのとじゃ規模が違うよな」


 相良くんと三浦くんが笑う。


 わたしも頷いた。


「そうだよね」


 そう。そうなんだ。


 律希は料理人。今は料理が珍しくて、少し褒められているだけ。


 別に大したことじゃない。


 ちょっと褒められたくらいで、なんか調子に乗っちゃって。


「絆奈」


 冷夏がわたしの名前を呼んだ。


 何を言われるのか、それだけでわかる。


「昨日のこと」


「冷夏」


 もう一口、スープを飲む。


「これ、本当においしいよ」


 冷夏は黙って、何も言わずにわたしから視線を逸らした。


 器を見る。柔らかい麦。優しい味のスープ。少し煮崩れた野菜。


 すごくおいしい。


 朝から何も食べたくなかったわたしでも、いくらでも食べられそうだった。


 さっきまでは。


 この料理を考えてくれた人に、凄い感謝していた。


 それなのに、律希が作ったと分かった途端、なぜか素直に喜べなくなった。


「……なんなのよ」


 小さく呟く。


 わたしが話しかけないでと言った。


 だから律希は、話しかけてこなかった。それだけ。当たり前のことだ。


 わたしがいなくても、律希が誰かと話すのだって当たり前。


 桐生さんと話していても。神代さんたちに囲まれていても。


 何もおかしくない。


 なのに。


 もう一口、スープを飲む。


 ……やっぱり、おいしい。


 それが余計に腹立たしい。


 胸の奥に溜まったもやもやだけが、どうしても消えてくれなかった。

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