第10話 【月白詩音視点】大魔導士は、料理人のことをもっと知りたい
【月白詩音視点】
異世界に召喚された日、私たちは《クラス》について説明を受けた。
剣神。刀神。聖盾騎士。そして、私に与えられたのは大魔導士。
「大魔導士は極めて高い魔力と、あらゆる属性への適性を持つ希少なクラスです」
説明をしていた男はそう言った。
「成長すれば大規模魔法の行使も可能になるでしょう」
「成長すれば?」
「はい。クラスの力は使い手と共に成長すると言われています」
「どう成長するの?」
「経験を積むことで、より強力な魔法を扱えるようになる、と」
「新しい能力が増える可能性は? どういう条件で?」
「そ、それについては、個人差がありますので。なんとも言えませんが……」
曖昧、そう思った。嘘を言っているとは思わない。でも、詳しく知っている人の説明じゃない。知っている範囲をそれらしく説明しているだけ。
だからその日のうちに、私は王城の図書館へ向かった。
知りたいことがあるなら、自分で調べた方が早い。
「クラスについて書かれた本は?」
司書に聞く。案内された棚には、思っていたより多くの本があった。クラスの歴史。過去に確認された希少クラス。能力の成長について。クラスとスキルの関係。
私は片っ端から読むことにした。気になる部分だけを拾えば、それほど時間はかからない。読んでいくうちに、昼間の説明より詳しいことがいくつも分かった。
クラスは成長する。それは間違っていない。でも、単純に力が強くなるだけではない。突然、新しい技能が発現した例がある。同じ名称のクラスでも、使い手によって得意な能力が異なる場合がある。
特定の行動を繰り返したことで、それまで確認されていなかった能力が現れた記録もあった。
「全然違う」
昼間の説明では、そこまで教えられなかった。知らないのか、まだ説明する必要がないと思ったのか。どちらにしても、王国側がクラスの全てを理解しているわけではない。そう判断してよさそう。
自分の《大魔導士》についても調べる。
記録は多い。でも、書かれている内容にはばらつきがあった。
炎を得意とした大魔導士。氷ばかりを使った大魔導士。複数属性を同時に操ったという記録。魔法の威力より、魔力操作に秀でた人物。同じ大魔導士なのに、全員違う。
「なるほど」
面白い。もっと読みたい。
――ぐぅぅぅぅ。
……お腹が鳴った。
そこで初めて、かなり時間が経っていることに気づいた。
夕食を食べに行ったけど、出てきた料理はほとんど食べられなかった。
肉。脂。強い香草。匂いだけで食欲がなくなった。結局、ろくに食べないまま部屋へ戻って。空腹で寝れなくなって、泣く泣く食堂に向かう途中で、動けなくなった。
そこで黒江くんに会った。
彼が作ってくれた料理はおいしかった。
でも、それだけじゃなかった。
食べる前まで不安定だった魔力が、明らかに落ち着いた。
偶然。
そう考えることもできる。
でも、私は偶然という言葉があまり好きではない。
分からないなら、調べればいい。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
翌朝。
訓練場に集められた私たちは、それぞれのクラスについて改めて説明を受けた。
「月白様の大魔導士は、非常に強力な魔法職です」
担当になった宮廷魔術師は、興奮した様子で説明している。
「まずは基本となる四属性を確認しましょう。大魔導士であれば、どの属性でも問題なく扱えるはずです」
「どの属性でも同じ? 得意不得意はないの?」
「大魔導士ですので、全ての属性に高い適性があるかと」
本に書いてあった記述とは違う説明。
なら、自分で試した方が早い。
杖を向ける。まず炎。
魔力を流す。すぐさま火球が生まれた。
「おお!」
周囲から声が上がる。
「素晴らしいです! 初めてとは思えない!」
日本にいた時では考えられないことが目の前で起こってる。
正確には私が起こしてる。
それなのに、不思議と違和感がない。
これもクラスを与えられた影響?
疑問はあるけど、いまはそれ以上に試すべきことがある。
続けて水魔法、風、土。どれも問題ない。どれも使えはする。
「やはり全属性への適性があるようですな!」
興奮気味に言われる。
けど、違う。それぞれに癖がある。使いやすさが段違い。
特に土魔法は初級魔法でもかなりの魔力が無くなった。
適性があるとは思えない。
なら、この人達の言うことより、本の記録の方が正しい。
「次」
「つ、次ですか?」
「確認したい」
大魔導士として、彼等から聞いていない魔法を試す。
氷、雷、闇、光。拘束魔法や浮遊魔法。
簡単な初級魔法でいい。とにかく試す。
「そ、そんな。まさかこれほどの種類の魔法を使い熟せるとは……」
「適性があるのは属性魔法だけではなかったのですな」
使い熟す? 適性がある? これで? 確かに訓練すれば伸びるかもしれない。けど、明らかに苦手な種類の魔法がある。使えてるだけだ。
やっぱり、大魔導士のクラスの事を理解してない。
なら、この訓練は私には必要ない。もっと効率がいい訓練方法があるはず。
「わかった。もう行く」
「ま、まだ訓練は始まったばかりですが」
「自分でできる」
目の前の人の説明より、自分で試した方が早い。
「じゃ」
「ちょ、月白様!?」
訓練場を出る。止める声が聞こえたけど、戻る理由はなかった。
向かった先は図書館。昨日の続きを調べる。
そして、今日はもう一つ調べたいことがあった。
「料理人」
黒江くんのクラス。
棚を探す。料理に関する本じゃない。クラスについて書かれた資料。
生産職と呼ばれるクラスについてまとめられた資料も確認する。
鍛冶師。錬金術師。薬師。裁縫師。いくつか載っている。
「料理人がない」
索引にもない。
「……なんで?」
私の大魔導士は資料がたくさんあった。
一ノ瀬さんの剣神もある。
神代さんの刀神も、少ないながら記録があった。
桐生さんの夜王は、本が持ち出されていた。
でも料理人は見つからない。
珍しいのか。記録する価値がないと思われていたのか。
それとも、別の理由があるのか。
昨日のことを思い出す。
黒江くんの料理を食べたあと、私の魔力は明らかに安定した。料理に使われていた食材そのものに効果があった可能性もある。黒江くんの料理人に特殊な能力がある可能性もある。特定の調理方法が原因だった可能性もある。
まだ何も分からない。
「なら、試せばいい」
本を閉じる。
昼食を食べてから、私は厨房へ向かった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「黒江くん。実は私、お腹が空いてるの」
そう言うと、黒江くんは困った顔をした。
「昼飯食べたよな?」
「食べた」
「足りなかったのか?」
「いえ。お腹は良い感じに満たされてる」
「どっちだよ」
少し食べたい。それも本当。
実験もしたい。それも本当
「なにか作って」
「別にそれはいいけど。何が食べたいんだ?」
「内緒」
答えない。これは実験。黒江くんが自分で考えて料理を作ることの。
「無茶言うなよ。どうしたんだ急に」
黒江くんが私の顔を覗き込む。
顔が、近い。でも、別に嫌ではない。
「黒江くんが、私のことを想って作った料理が食べたいの」
正確には、私のことを考えた時に、彼の料理人がどう反応するか見たい。
でも、全部説明したら、黒江くんが余計なことを考えるかもしれない。
それは実験のノイズになる。だから言わない。
「……なんだよ、その言い方」
「変?」
「変じゃないけど」
黒江くんが少し目を逸らす。
耳が赤い。どうしてだろう?
「黒江くんが考えて。私のことをしっかり考えて」
念を押す。黒江くんは困った顔をしながら、私を見る。
じっと、かなり長く。
私も見返す。
黒江くんの目が、髪や目元、口元へ移っていく。
「どうしたの?」
首を傾げる。
すると、また黒江くんが目を逸らした。
「……なんでもない」
やっぱり耳が赤い。体調が悪いようには見えない。
よく分からない。でも、少しおもしろい。
そこから黒江くんは料理を始めた。
最初は普通だった。並べていた食材を確認する、匂いを嗅ぐ、味を見る。
でも途中から、明らかに動きが変わった。
迷わない。初めて使うと言っていた食材なのに、次に何をするか決まっているように動いている。
乳製品。甘味料。卵に似た食材。果汁。
「このくらい、だな」
量を測ってるわけじゃない。
なのに、迷いなく止める。
「まだ酸っぱい」
味を見て、少し加える。また止める。
「月白なら、たぶんこの方が食べやすい」
小さな声が聞こえる。私のことを考えている。頼んだ通り。
そして、その直後。
「変な感じだな」
黒江くん自身も違和感を持っている。
「どうしたの?」
「内緒だよ」
「っ!」
私の真似をした。少し腹が立つ。たぶん顔にも出た。
黒江くんが少し笑う。その笑顔にも、胸がイラっとする。
完成した料理がお皿に乗せられ差し出される。
「チーズケーキは好きか?」
「内緒」
「そこは内緒じゃなくてもいいだろ」
「さっきのお返し」
黒江くんの驚いている、予想外といった風の表情。
ふふっ。少しだけすっきりした。
子供っぽいことだと思いながらも、喜びは抑えられない。
そして、これからが本番。
一口食べる。
……おいしい。最初に思ったのは、それだった。
甘い。でも甘すぎない。乳製品の濃さはあるのに、重くない。少し残った酸味のおかげで、食後でも食べやすい。量も多くない。
甘いものが食べたいとは、一度も言っていない。食後だから軽いものがいいとも言っていない。酸味のある味が好きとも言っていない。
でも、きっと私はこれが食べたかった。今の私が一番欲しかったもの。
食べてから、そのことに気付かされる。
おもしろい。
「どう?」
黒江くんが聞いてくる。
答える前に、自分の身体へ意識を向ける。
魔力が変化している。昨日とは違う。乱れを整える感覚じゃない。減った魔力が普段より早く回復し始めてる。それだけじゃない。少し重かった頭が、軽くなっている。
うん、やっぱり。おもしろい。
もう一口食べる。
おいしい。
もう一口。
「月白?」
まだ食べたい。
「そんな急いで食べなくても俺は取らないぞ?」
分かってる。でも止める理由がない。気づいたら、全部食べ終わっていた。
空になった皿を見る。
実験は成功。それに、普通においしかった。
だから、最初に出た言葉はこれだった。
「おもしろい」
「おいしいとかじゃなくて?」
「おいしかった」
でも、それ以上におもしろい。
黒江くん自身が、自分の能力に気づいていない。
だから、昨日調べたことを説明する。
クラスは成長する。新しい能力が発現する。同じクラスでも個人差がある。
そして、料理人についての資料は見つからなかったこと。
「昨日、黒江くんはなにを考えて料理を作ったの?」
聞きながら、仮説を整理していく。
まだ材料は少ない。でも、もっと調べられる。もっと試せる。
「これからも料理を作って」
黒江くんは了承した。
よかった。なら、まだ調べられる。
私は図書館へ戻ることにした。
厨房を出る直前、ふと思う。
「黒江くん。今日の夜も料理する?」
「ああ。俺の夕食は厨房が収まったあとだからな」
「じゃあ、私の分も作って」
「夕食なら選べると思うぞ?」
それは知ってる。今日の昼食は食べやすかった。別に不満はない。
でも。
「黒江くんが作ったものがいい」
「効果を調べたいから?」
考える。
効果を調べたい。それは本当。
もっと《料理人》について知りたい。それも本当。
さっきのチーズケーキを思い出す。私が何も教えていないのに、私のことを考えて、私が食べたいと思っていたものを作った。
また食べたい。黒江くんが、私のために考えて作った料理を。
「それもある」
「それも?」
「今は内緒」
理由はまだ自分でも整理できていない。だから今は言わなくていい。
厨房を出る。図書館へ向かいながら考える。
料理人。
どの本にも載っていなかったクラス。効果の仕組みも分からない。
成長したら何が起きるのかも分からない。
そして、黒江律希という人も。
思っていたより、ずっと分からないことが多い。
でも、分からないものを調べるのは嫌いじゃない。
「おもしろい」
もう少し、彼のことを知りたいと思った。




