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第11話 【桐生紗夜視点】夜王は、料理人なんか別に気にしていない

【桐生紗夜視点】


 夜。王城の訓練場には、昼間とは違う静けさがある。


 騎士もいない。クラスメイトもいない。


 いるのは、あたし一人だけ。


「ふっ!」


 足元から影を伸ばす。


 黒い影は地面を這い、離れたところに置かれた木人の足元へ到達する。


「そこで止まれ」


 影が木人へ絡みつく。ぎしっ、と鈍い音がした。


 次、右手を振る。


 足元の影が膨らんで、黒い霧へ変わる。それを人の形にまとめる。作り上げたのはあたしと同じくらいの背格好をした、黒い人影。


 昼間、神代の攻撃を避けた時にも使ったやつ。


 集中して、それを二体、三体、四体……。


「五体目は無理かも」


 さらに影を伸ばす。


 が、途中で形が崩れた。


「四体目まではギリいけるけど、この先は無理そ~。ってか作っても制御できんし」


 霧になった影が地面へ落ちる。


 昼なら一体でも維持するのが面倒だった。でも、日が沈んでからは違う。


 身体が軽い。影の動きもよく分かる。魔力も昼間よりずっと扱いやすい。


 これが夜王。名前通り、夜になれば力が増すクラスらしい。


 だから昼間の訓練には参加していない。


 別にサボっているわけじゃない。


 昼間に無理して練習するより、こうして夜に試した方が効率がいい。


「まあ、あいつらには分かんないでしょうけど」


 どうせ昼間の訓練場しか見ていない連中からすれば、あたしは何もしていないように見えるだろうけど。


 そんなの別にどうでもいい。


 ちゃんと使えるようになれば、それでいい。


 あたしがあたしを守れるだけの力さえあれば、なんの問題もないんだから。


「もう一回」


 影を伸ばしかけて、止めた。


 月明かりの下で、身体の中の魔力が僅かに揺らぐ。


 夜空に浮かんでるのが月かどうかは知らないけど。


 めんどうだから、少し休むことにする。


 訓練場の端へ座り、壁に背中を預ける。


 ……静か。


 昼間はあんなに騒がしいのに。


 剣がぶつかる音。魔法が飛ぶ音。誰かを褒める声。くだらない笑い声。


 夜になれば全部消える。


「こっちの方が楽」


 誰にも邪魔されない。好きなように試せる。それでいい。


 それなのに、ふと昼間のことを思い出した。


 食堂。軽食を食べていた時。


『桐生』


 いきなり名前を呼ばれた。


「……なによあいつ、なれなれしい」


 黒江律希。料理人。


 ほとんど話したこともなかった男子。


 なのに、普通に話しかけてきた。


 しかも。


『訓練には参加しないのに飯は食べに来るんだな』


「は?」


 思い出しただけで腹が立ってきた。


「普通、もうちょっと言い方あるでしょ」


 あたしは夜王。この世界じゃ珍しいクラス。


 王国の連中も、少し腫れ物みたいに扱ってくる。


 クラスメイトだって、能力を見せたあとは妙に距離を取る奴が増えた。


 ……まあ、クラスメイトがあたしを避けてたのは、元々かもだけど。


 なのに黒江は普通に名前を呼んで、普通にからかってきた。


「料理人のくせに生意気ね」


 本当に生意気。なのに、少しだけ口元が緩んでいることに気づく。


「キモッ!」


 自分の頬をつねった。


「別に、話しかけられたくらいでなんとも思ってないし」


 ただのクラスメイトなんだからそれくらい普通。


 そう、普通のこと。


 そもそも、最初に黒江を気にしたのだって大した理由じゃない。


 召喚された日、みんながクラスを与えられた。


 剣神、刀神、大魔導士。


 強そうな名前が次々と出て、最後に黒江だけが料理人だった。


 笑われていた、河井たちに。他の何人かにも、ひそひそ陰口を言われてた。


 そのあと、一ノ瀬にも何か酷いことを言われた。


 遠くからだったから全部は聞こえなかったけど、黒江が一人になったことだけは分かった。


『……かわいそ』


 あの時、そう思った。


 料理人じゃ戦えない。


 強いクラスをもらった連中からは笑われる。幼馴染には置いていかれる。


 しかも翌日、みんなが訓練しているのを、一人だけ遠くから見ていた。


『また一人じゃん』


 見ていて、なんとなく気になった。


 だから、影を伸ばして、捕まえた。


 それだけ。別に、深い意味なんてない。


 ただ、一人で可哀想だったから、あたしの眷属にしてあげればいいと思った。


 夜王は眷属に力を分けられるらしい。


 なら、黒江も戦えるようになるかもしれない。


 そうすれば、みんなに置いていかれることもなくなる。


 それに眷属なら……。あたしの近くにいるのも、おかしくない。


 一瞬、変なことを考えた気がした。


「バカじゃない」


 違う。眷属なんだから主の近くにいるのは当然。それだけだ。


「こっちが面倒見てやるって言ってるんだから、ありがたく受ければいいのに」


 なのに黒江は悩んでいた。


 まあ、即答されるよりはいい。少なくとも嫌だとは言われなかった。


「……ふふ」


 少しだけ笑いが漏れる。


「意外と、その気あるじゃん」


 何の気なのかは知らないけど。


 それから、もう一つ、黒江のことを気にした理由があった。


 あれは昨日の夜。、影の中を移動する感覚を確かめて厨房の近くを通った時、いい匂いがした。


 別に盗み食いするつもりはなかった。ただ、鍋の中に少しだけ料理が残ってただけ。食堂の方では黒江と月白がご飯を食べてる。鍋の料理は冷め始めてる。


 これが残りなら、そのまま捨てられる可能性もある。


「もったいないじゃん」


 だから一口だけ味見した。


 おいしかった。


 優しい味。こっちに来てから食べた、脂と香草ばっかりの料理とは全然違った。


 気づいたら、鍋が空になっていた。


 仕方ない。量が少なかったのが悪い。あたしは悪くない。


 そして今日。


 食堂に出ていた軽食。昨日食べた料理と似た感じがした。それも全部食べた。たぶん黒江が作ったんでしょうけど、まあまあだったわね。


 ……いや、普通においしかったけど。でも、それを本人に言う必要はない。


 そこで思い出す。


『もう神代に話しちゃったけど』


 食堂で黒江にそう言われた。あいつ、眷属のことを神代に喋ってたんだ。


「なんでよりによって神代なのよ!」


 夜の訓練場に声が響いた。


「あれだけ秘密っぽい雰囲気出したのに!」


 いや、秘密とは言ってなかったかもしれない。


 でも普通分かるでしょ? 眷属契約なんて。


 しかも相手は神代だ。彼女とは中学から一緒で、ずっと同じクラスだった。仲がいいわけじゃない。ただ、一人でいると気を遣ったように話しかけて来る。


 もういいと何度も断ったが、それでもしつこく喋りかけてきた唯一の相手。


 あたしにとっては厄介な存在。


 それにあいつは、昼間にあたしへ攻撃飛ばしてきた。


「絶対めんどくさいことになる……」


 たぶん黒江にちょっかいかけたからだ。


 っていうかなに? あいつ、黒江のことでも狙ってるの? 知らんけど。でもたぶん、眷属の話しが神代の耳に入ったってことは、これからもっと目を付けられる。


 ため息が出た。


 そもそも、あたし自身、眷属について詳しく理解しているわけじゃない。


 夜王なら力を分けられる。それくらいしか知らない。


「……ちゃんと調べとかないと」


 黒江に説明できない。


 それに、もし変な条件があったら困る。


 訓練を切り上げ、自分の部屋へ戻る。


 机の上には一冊の分厚い本。図書館から持ってきたものだ。


 表紙には夜王についてと書かれている。


「えーっと……。眷属、眷属」


 椅子に座り、ページをめくる。


 夜王の能力。夜間の強化。影を利用した技能。


 眷属契約。


「あった」


 指で文字を追う。


「自ら認めた者と契約を交わし、己の力の一部を分け与えることができる……」


 ここまでは知ってる。


「契約者は夜王の魔力の一部を使用可能。夜王と眷属の間には魔力的な繋がりが形成され、一定の距離内であれば互いの存在を強く感じることができる。……なにこれ」


 思っていたより、かなり強い繋がりができそうだ。


「これ、ほとんど首輪じゃん」


 黒江に言ったら絶対嫌がりそう。


 それに、互いの位置が分かる。黒江がどこにいるのか、離れていても分かる。


 ……悪くない。


「は?」


 自分で考えてから、眉を寄せる。


「なにが悪くないのよ。意味わかんない」


 黒江がどこにいるか分かって何になる。別に知りたくないし。


 むしろ邪魔だし。


「でもまあ、眷属なんだから管理するのは当然か」


 そう。それだけ。勝手にどっかへ行かれたら困る。


 主として当然の責務と言える。


 さらに読み進める。


「契約には服従の証明として、夜王の手の甲に唇を触れさせる」


 そこまで読んで、あたしはすぐさま本を閉じた。


 ……無理。無理、無理、無理、無理! 絶対に無理!


「なんであたしが黒江にキスされなきゃいけないのよ!」


 意味わかんない! まさか眷属契約にこんなのがあるなんて思ってなかった!


「取り消し取り消し!」


 もう黒江との眷属契約の話しはなかったことにしよう。


 どうせあいつも乗り気じゃなかったし、ちょうどいい。


 話題に出さなきゃ問題ないでしょ。


 誰も聞いていないのに言い訳する。


 今日はもういい。夜の訓練もした。昼間よりずっと力を使った。


 さすがに疲れた。


 そのままベッドへ倒れ込む。


 目を閉じる。


 すると。


『桐生』


 また思い出した。黒江が普通に名前を呼んできた。


「なんなのよ、当たり前に声かけてきちゃってさ」


 頭から離れない。


 明日も黒江は厨房にいるんだろうか?


 ……別にどうでもいい。料理人なんだから、いるに決まってる。


 どうせ昼になれば食堂へ行く。食事は必要だから。


 明日も今日と同じくらいの時間に食堂へ行けばいい。


 それだけ。


「別に、あいつに会いたいわけじゃないし」


 誰もいない部屋で、あたしはそんな言い訳をした。

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