第12話 頑張りすぎる委員長を、少しだけ休ませたい
あれから数日が経った。
異世界に召喚された、なんていう現実離れした状況にも、人間というのは意外と慣れるものらしい。
朝になれば起きる。飯を食べる。みんなは訓練へ行き、俺は厨房へ向かう。
昼になればまた飯を作って、午後の仕込みをして、夕方になれば夕食の準備。
そんな生活が、少しずつ当たり前になり始めていた。
「黒江くん」
「ん?」
昼食の配膳を手伝っていた時、聞き慣れた声に振り返る。
「神代か」
「今日もありがとうございます。朝食も食べやすかったです」
「俺だけで作ってるわけじゃないって」
「それでも、黒江くんが色々考えてくれているんでしょう?」
「まあ、それは」
否定はできない。
ガルドさんからも、こっちの食材を使って俺たちが食べ慣れた味に近づけられないか、と色々任されるようになっていた。
気付いたら軽食を担当させられ、気付いたら食材まで自分で揃えろと言われ。
嬉しいような悲しいような、そんな感じだ。
「みんなも喜んでます」
「ならよかった。なにかあったら言ってくれ。俺に出来るのはこれぐらいだからな」
神代が微笑む、いつも通り。
「そうだ神代。今日なんだけど」
「神代さん」
後ろから声を掛けてきた女子の声に、俺の言葉はかき消される。
「ちょっといい?」
「あっ、いまは少し」
「いいよ神代。俺もまだ仕事中だから」
そう言ってその場を離れる。
「神代さん、午後の訓練のことで聞きたいんだけど」
「分かりました。そっちの席に行きましょうか」
神代が席に移動する、その一瞬。
目を閉じた。
普通の瞬きよりも長い、まるで疲れを休める様に。
深く息を吐いてから、いつもの顔に戻る。
「疲れてるのかな」
そう思ったところで。
「黒江! 料理冷めるぞ!」
「あ、はい。いま行きます」
仕事に戻る。
けど、神代の微かな違和感が、少しだけ引っかかった。
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そのあとも何度か神代を見かけた。
午後、食堂の横を通った時。
「委員長、部屋のことで相談したいんだけど」
「分かりました。あとで聞きますね」
夕方、厨房へ向かう途中。
「神代さん、王国の人が呼んでたよ」
「ありがとうございます。すぐ行きます」
そして夕食。神代は数人の女子と一緒に座っていた。
食事をしながら、何かを聞いている。
相槌を打って、時々質問して、手元の紙へ何かを書いている。
「ぜんぜん食べれてないな」
食事が嫌なのかと思ったけど、そうじゃない。
話が途切れたところで慌てて口に運んでいる。
その直後。
「ふぁ……」
小さく口元を押さえた。
欠伸。
神代を見ていた、俺と目が合う。
「あっ」
彼女の口がそう開き、気まずそうに目を逸らした。
やっぱり疲れてる。
「黒江、こっち足りねえ!」
「あっ、はい。すぐ行きます」
タイミングが悪い。
「後で話し、聞きにいければいいけど」
神代には助けられた。
彼女が疲れてるなら、俺は俺のできることをやるしかない。
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夕食後。片付けを終えてから、俺は厨房の隅を借りていた。
「坊主、また試作か? 今日は俺も暇だから手伝うぜ」
「すいません。今日は試作じゃなくて、個人用です」
「個人用だと? 誰のだ? 教えてみろ」
「神代のです」
「神代……。刀神の姉ちゃんか。訓練の合間に厨房まで来て坊主と話してた……。なるほどなるほど」
顎に手を当ててニヤニヤ笑みを浮かべるガルドさん。
「なんですか、その顔」
「別に? 頑張れや、坊主。俺は急に忙しくなったから行くぜ」
なぜか強めに背中を叩いた後、ガルドさんは厨房を後にした。
いつにもなく力が強い人だ。もう慣れたけど。
っと、いまはガルドさんの事を考えてる場合じゃない。
神代に何か作って持って行きたい。
もし月白の仮説が本当なら、俺だって役に立てるはず。
「神代、か」
考える。
今日の神代は明らかに疲れてた。ずっと誰かと話してた。欠伸もしていた。
でも、まだ何か予定がありそうだった。
「飲み物……。これかな」
最近知った茶葉を手に取る。爽やかな香りがする。味はそれほど強くない。
それとほんの少し、甘さを出す為に白い粉。
「……いや」
入れようとして止める。
多分、そんなに甘くしない方がいい。乳をほんの少しだけ入れればそれで十分だ。
でも、まだなにか足りない気がする。
月白の時と同じ。
神代のことを考えていると、なんとなく、これがいいと思える。
何をどれくらい使えばいいのか、頭の中で自然に決まっていく。
そういえばガルドさんがたまになにか舐めていたような……。
冷蔵庫から粘り気のある液体が入った瓶を取り出す。
こっそりスプーンを使い少し舐めると。
「はちみつに似てる。甘味はあんまないけど、今はこれがいいな」
少しだけ入れて、ゆっくりと混ぜる。
そして味見。
「……うん」
優しい味。温かくすればもっと美味しくなる。
蓋のついた小さな陶器のポットへ移して、俺は厨房を後にした。
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神代の部屋の前についてから気づいた。
「……女子の部屋じゃん」
今更か。別に変なことをしに来たわけじゃない。飲み物を渡して、少し話すだけ。
やましい事は何もない。
扉を叩く。
「神代、いるか?」
「……黒江くんですか?」
「 ああ」
中から声がして、少しして扉が開いた。
「やどうしたんですか?」
「急に悪いな。少しいいか?」
「えっ?」
神代が目を丸くする。
「今、ですか?」
「忙しいならまたにするけど」
「あ、いえ! 少しなら大丈夫です。このあと王国の方と報告というか、話し合いがあるので。本当に少しですけど」
王国との話し合い? そんなことまで神代はしてたのか。全く知らなかったぞ。
「悪い。ならまたと後でにするよ」
さすがに迷惑は掛けられない。
「ま、待ってください!」
引こうとしたところで、神代に手を掴まれた。
「少しだけなら、大丈夫ですので」
「そ、そうか? なら、お邪魔しようかな」
「はい!」
焦っているような、元気のような声。
部屋に入り、勧められた椅子へ腰を下ろすと、正面に神代が座る。
そこで改めて神代の姿を見た。
学校の制服でもなければ、訓練で着ている動きやすそうな服でもない。
薄手の長袖に、膝下まであるゆったりしたズボン。こっちの世界で用意してもらったらしい、簡素な部屋着だった。訓練着よりずっと軽そうで、身体を締め付けるところも少ない。髪もいつもより崩れている。
「部屋だとそういう服なんだな。ゆったりしてるっていうか」
「っ!」
神代が自分の服を見下ろした。
「な、なんですか急に!」
「いつもと違うなって」
「部屋なんですから当然です!」
「そういうのか?」
「そういうものです!」
神代が両腕を身体の前で軽く組んだ。
「そんなに見ないでください」
「見てないって」
「見てました」
「服が違うから気になっただけだよ」
「それでもです」
神代の頬が少し赤い。
「来るのがわかっていたら、もう少しちゃんとした格好にしていたのに」
「俺に会うだけだろ?」
「そういう問題じゃないんです!」
怒られた。
いやまあ、急に押しかけたのは悪かったよな、やっぱ。
とはいえ、なにかフォローしないと話を進めにくい。
「別に変じゃないぞ、部屋着。普通に似合ってるし。むしろいつもと違う神代が見れて、少し嬉しいっていうか。そんな感じだ」
自分でも下手くそなフォローだと思うが、俺にはそんな語彙力しかない。
それでも俺なりに伝えると、神代の動きが止まった。
「神代?」
「……いったんあっち向いておいてください」
「あっちって。他に見る場所ないぞ」
神代が窓を背に座ってるから、外も見れないし。
「いいから、いったん待っててください」
神代の耳が赤くなっている。
もしかして、本当に部屋着を見られるのが嫌だったんだろうか。
とりあえずいったん待つしかない。
ということで、俺は机に目を向けた。そこには何枚もの紙が重なっている。文字がびっしり書かれているものもあれば、箇条書きだけのものもあった。
「……凄い量だけど。なんの紙だ?」
「クラスのみんなから聞いたことをまとめている紙です」
「こんなにあるのか?」
「意外と色々あるんですよ。食事のこともそうでしたし。部屋のこと、訓練の内容、必要な物、体調のこと。……みんな、王国の方には直接言いづらいみたいですから」
「この量を? 神代ひとりが聞いてたのか?」
「はい」
いや、そりゃこっちに来て不安も不満もあるだろうけど、こりゃ大変だぞ。かなりの量がある。話を聞くだけでも、相当の時間が割かれていたはずだ。
「王国の方も、一人ずつ話を聞くのは難しいそうなので。私が伝えていました」
「代表みたいな?」
「そんな大袈裟なものでは」
「いや、ほとんどそうだろ」
クラスメイトの相談を聞く。まとめる。王国側へ伝える。返事を聞く。またクラスメイトへ説明する。それに加えて訓練や自分の生活もある。
「いつからやってるんだ?」
「最初の日から、ずっとです」
「マジかよ……」
神代が少し困ったように笑う。
「さすがに多すぎないか?」
「それは……。みんな不安なんだと思います。突然知らない世界に来て。戦ってくださいって言われて。強いクラスをもらったから大丈夫、なんて簡単には思えませんから」
神代が静かに続ける。
「家族のことを心配している人もいます。戦いたくないっていう人もいます。帰る方法もまだ分からない。だから、どうしたらいいのかって」
「それを神代が聞いてるのか?」
「はい。私にできることなんて、話を聞くくらいですけど」
「それが一番大変だろ。神代だって同じ状況なんだ。同じ不安抱えてるのに、相談されたって答えようがない。ストレスにしかならないだろ」
神代は、困ったように目を逸らす。
「解決できない相談をされるとしんどいっていうのが俺の思うところだけど。大丈夫なのか?」
「そう、ですね。大丈夫と言えば大丈夫ですが。……どうしていいのかわからない状態です」
どうしていいのかわからない。それでも、自分より不安な人がいるから、そっちの人の不安を解消しようとしている。だから、相手を突き放さない。
そんなところか。
「難しい問題だな。俺がスーパーマンか何かだったら解決してやれるのに」
「なんですか? それ。黒江くんらしくない冗談ですね」
「自分でもそう思う」
ただ、神代の気がまぎれればといいと思って、苦し紛れに出た冗談だ。
そんなつまらない冗談に、神代は微かに笑う。
その直後。
「ふぁ……」
神代が口元を押さえた。
欠伸だ。
目が合い、気まずそうに伏し目がちになる神代に、持ってきたポットを机へ置く。
「お疲れの神代に、俺からのプレゼントだ。中身は紅茶、みたいなやつ」
「みたいなやつ、ですか?」
「こっちの茶葉だからな。黒江オリジナルってやつだ」
カップへ注ぐ。 温かい湯気と一緒に、淡い香りが広がった。
「夕食のあとに作ってきた。神代、疲れてそうだったから」
「私のために?」
「神代のためじゃなきゃここまで持って来てない。感謝の気持ちだよ」
伝えながらカップを差し出すが、神代はこちらを見ない。
「……顔、赤くないか?」
「赤くないです」
「風邪か?」
「大丈夫です。少し疲れているだけなので」
「神代は疲れて顔が赤くなるタイプか。覚えておくよ」
「いえ、忘れてください」
「そ、そうなのか?」
覚えておいた方がいいと思うけど……。まあいいか。
「甘いもの作ろうかとも思ったんだけど。神代のことを考えたら、なんとなくこれがいい気がしてな」
「私のことを考えて?」
「ああ。神代の事を考えて、神代の事を想って作った紅茶だ」
月白の言葉を借りて伝える。
「わ、私の、どんなところを、想って……」
「ん?」
小さすぎる声に、聞き返すが。
「い、いえ。なんでもないです」
神代が両手でカップを受け取った。
少しだけ息を吹きかけてから、一口。
「……おいしいです。優しい味」
「ならよかった」
神代の表情が、少しずつ緩んでいく。
「なんだか、落ち着きます」
「それなら成功だな」
月白の時と同じなら、何か効果があるのかもしれない。
神代の肩から力が抜けていくのが分かった。
「神代?」
「……はい」
返事が少し遅い。
「眠いのか?」
「そんなこと……」
言いながら、目が閉じる。また開く。また閉じる。
「いや、眠いだろ」
「少しだけ……」
「もう寝るか?」
「駄目です。このあと、話し合いが」
「少しくらい寝てもいいだろ」
「時間が……。もう、あまり……」
そこで、言葉が途切れた。
「神代?」
返事がない。椅子に座ったまま、神代の頭がこくりと落ちている。
完全に寝てる。
「どんだけ疲れてたんだよ」
このまま椅子で寝かせるわけにもいかない。
「神代。ベッド行くぞ」
肩を軽くゆするが、目を開く気配はない。
だが、このまま寝たら椅子から滑り落ちて怪我をするかも知れない。
「ベッドまで運ぶからな? ……起きて怒るなよ??」
気合いを入れて、背中と膝裏に腕を入れ、持ち上げる。
「軽っ」
気合いを入れる必要なんてまるでなかった、思っていたよりずっと軽い。
「ちゃんと飯食ってんのか?」
今日だってほとんど食事中に話していた。
今度からそこも見といた方がいいかもしれない。
ベッドまで運び、ゆっくり寝かせる。
神代が小さく身じろぎした。
「んっ……」
「悪い。起こしたか?」
問うが、反応はない。寝たままの神代に、布団を掛ける。
いつもなら背筋を伸ばして、誰かに呼ばれればすぐ振り向いて、真面目な顔で話を聞いている神代が、今は完全に力を抜いて眠っている。
「頑張りすぎなんだよ。同級生だろ」
小さく呟く。今日くらい休んだって、誰も怒らないはずだ。
立ち上がって振り返ると、机の上の紙が目に入った。
さっき言っていた、クラスメイトからの相談。
見るつもりはなかった。でも、一番上の紙が開いたままになっている。
『朝食について――軽食継続希望』
「これはもう大丈夫そうだな」
その下。
『訓練着が動きづらい。女子数名から変更希望』
『部屋の鍵について』
『訓練中の怪我について。治療方法を確認』
『魔物との実戦訓練に不安あり』
「……多いな」
少しだけ紙をめくる。
『戦闘に参加したくない場合、どうなるのか』
『魔王討伐後、本当に元の世界へ帰れるのか』
『家族へ連絡する手段はないのか。再確認』
手が止まった。その横には、小さな字で神代のメモが書いてある。
『本人かなり不安そう。明日もう一度話を聞く』
『王国側へ再確認。曖昧な返答ならもう一度聞く』
『本人同士で意見が違う。双方からもう一度聞く』
頭が痛くなってくる。
「嘘だろ。一人一人、ちゃんと覚えてんのかよ」
相談を聞いて、まとめて、王国へ伝えて、返事を持って帰って。
それでも不安そうなら、また話を聞く。
「そりゃ疲れるだろ。むしろなんで今まで大丈夫そうにしてたんだ」
誰かに頼まれたからじゃない。たぶん神代は、自分がやるべきだと思っている。
だから全部やっている。
考えられない負担を背負ってる。
机の端、一枚だけ、他とは違う紙が置かれていた。
『本日夜――定例報告』
さっき言ってたやつだ。
「時間は……。もうすぐじゃん」
ベッドを見る、神代は起きない。というか、起こしたくない。
「どうすっかな」
このまますっぽかしたら、神代が起きた時に気にする。
だからといって起こしたら、休ませた意味がない。
「……よし」
事情だけ説明しに行こう。
今日は無理だから延期してほしい。それくらいなら俺でも言える。
もしもの時は……。ガルドさんにでも泣きつこうかな。
メモを元の位置へ戻す。
部屋を出る前に、もう一度ベッドに近付く。
目を閉じて、ゆっくりと呼吸を繰り返す神代。
「今日くらい休んどけよ」
軽く頭を撫でると、くすぐったそうに声を漏らした。
それだけ聞いて、俺は神代の部屋を出た。




