第13話 王女様は、料理人の俺の話を聞きたいらしい
神代の部屋を出た俺は、机に置かれていた紙に書かれていた場所を頼りに、王城の廊下を進む。
定例報告。
神代がこれから参加するはずだった、王国側との話し合いだ。
「事情を説明するだけ、事情を説明するだけ……」
そう自分に言い聞かせる。
別に神代の代役をするわけじゃない。
今日は疲れて寝てしまったので、話し合いを延期してほしい。
それだけ伝えれば俺の役目は終わりだ。
緊張する必要はない……。
そう自分に言い聞かせながら目的の部屋に付くと、脇に騎士が立っていた。
近付いただけでギロリと睨みつけられる。
「お疲れ様です。定例報告の件、神代の代わりに来たんですけど」
紙を見せながら挨拶する。
「あなたは確か、黒江律希様ですね。承知しました。中へどうぞ」
なにもお咎めはなし……。
騎士が扉を開いてくれる。
今のやり取りだけで、だいぶ精神的に疲れてしまうほどの緊張感。
神代は一人で何度もこういう場所に来てたんだ。
そう思うのと同時に、さっき見た大量のメモを思い出す。
「……頼りっぱなしだったんだな、俺達は」
改めて自分の不甲斐なさに呆れながら、部屋に入る。
「失礼します」
それほど広くない部屋だった。
中央に長方形の机が置かれ、その向こう側に三人の人間が座っている。
一人は年老いた神官。召喚された日に、俺たちのクラスを確認していた人だ。
もう一人は銀色の鎧を身につけた男。腰には剣を下げているものの、こちらを威圧するような雰囲気はない。
そして、その二人の中央。
金色の髪に、明らかに高そうな衣服。召喚された日、俺たちの前で説明をしていた王女らしき女性。
顔の前に、薄い白色の布が垂らされていた。ベール、というやつだろうか。向こう側に顔があることは分かるし、こちらを見ているのもなんとなく分かる。
ただ、目鼻立ちや表情までははっきり見えない。顔を完全に隠しているわけでもないのに、素顔だけが曖昧にぼやけて見える。
「あなたは……」
王女らしき女性が俺を見る。
「黒江律希です」
「ええ、覚えております。料理人の黒江様ですね」
料理人。召喚された日は、その言葉を聞くだけで胸の奥が重くなった。
でも今は違う。
「本日は神代様がいらっしゃる予定だったと思いますが」
「そのことで来ました」
俺は迷わず頭を下げる。
「すみません。神代、今日は来られません」
三人の視線が集まる。
「何かございましたか?」
「正直に言いますと……。神代はいま寝てます」
「寝ている、と?」
騎士が少し間の抜けた声を出す。
「かなり疲れてたみたいで、さっき部屋で寝ちゃったんです」
「体調を崩されたのでしょうか?」
「いえ。具合が悪いとかじゃなくて、疲労が溜まってたんだと思います」
さっき見た神代の机を思い出す。
「いきなりこっちの世界に召喚されて、彼女も俺達と同じ状況だったのに、みんなから相談を受けて、それをまとめて、一人一人の様子まで気にしてました。その上、訓練もして、あなた達とも話してたみたいで」
俺の言葉に、王女たちは静かに耳を傾けている。
「俺もさっき知ったんですけど、色んなことを一人で抱えてました。だから今日は休ませてやってください。話し合いはできればまた今度にしてもらえると助かります」
神代なら『そんな大袈裟なものじゃありません』とか言って、一人で抱え続けるんだろうけ。事情を知ってしまった以上、さすがにそれは見過ごせない。
本人が言えないなら、俺が言ってしまってもいいことだと思う。
「……そうでしたか」
女性が少しだけ頷き、静かな声を出す。
「我々も、神代様があまりに真摯な対応をしてくださるため、頼りすぎていたのかもしれませんね」
「殿下だけの責任ではありません」
騎士がすぐに口を開いた。
「報告の形式を決めたのは私です。代表者を一名に絞れば話がまとまりやすいと」
「しかし、それを承諾したのは私です。神代様への配慮が足りていませんでした」
王女はそう言って、俺を見る。
「黒江様。教えてくださり、ありがとうございます。神代様には明日にでもこちらからお話をさせていただきますので」
「お願いします」
よし、うまくいった。これで用事は終わりだ。
「じゃあ、俺はこれで」
「黒江様」
さっさと撤収しようとしたが、呼び止められる。
「もしお時間が許すのでしたら、少しだけお話を聞かせていただけませんか?」
「……俺のですか?」
「はい」
「でも俺は神代みたいに代表ってわけじゃないですよ」
「だからこそ、お聞きしたいのです」
その言葉に、俺は首を傾げる。
「神代様からは、皆様のご意見をまとめた形でお話を伺っております。ですが、一人の方が何を考え、何を感じているのか。その声を直接聞く機会はありませんでした。もし黒江様がいいというのであれば、聞いてみたいのです」
女王様に真っ直ぐに言われてしまうと、拒否する言葉が出てこない。
予定を狂わせた尻拭い、と思ってここは納得するしかないか。
「俺でよければ」
「ありがとうございます」
神代が座るはずだった椅子へ、俺が座る。
雰囲気は悪くない。むしろ騎士も神官も少し申し訳なさそうにしているほどだ。
それでも、緊張するもんはする。こういう場には慣れてない。
「まず、黒江様ご自身についてお聞きしてもよろしいでしょうか?」
ベール越しの視線が、俺へ向けられる。
「なんでもどうぞ」
「では。黒江様は料理人というクラスを授かったことを、今はどのように感じておられますか?」
いきなり答えづらい質問が来た。
「いま、ですか?」
「はい。召喚された日ではなく、数日をこちらで過ごされた、今のお気持ちを」
ここで本当の気持ちを誤魔化す必要はないか。逆に変な誤魔化し方をすると、あとあとこじれる可能性がある。正直な気持ちを伝えよう。
「正直、今でも戦える奴らが羨ましいって思う時はあります」
桐生に眷属の話をされた時、心が揺れた。
もし力を分けてもらえれば、俺も戦えるんじゃないか?
みんなと同じ場所に立てるんじゃないか?
そう思った。
「けどいまは、こっちに来た時ほど嫌じゃないです」
「それは、なぜでしょう?」
「料理人である俺を、必要だって言ってくれる人がいたんで」
月白。神代。ガルドさん。厨房の人たち。
「俺の料理を食べて、喜んでくれる人がいるんです。これからも作ってくれって言われたり、厨房でも少しずつ仕事を任せてもらえるようになったりして」
自然と自分の手を見てしまう。
「戦えなくても俺にできることはあるのかなって。だったら今の状況も、そんなに悪くないんじゃないかって。最近はそう思ってます」
「……なるほど」
王女の声は穏やかだった。
「では、私からも伝えさせて頂きます。黒江様は我々にとって、必要な存在です」
その言葉に、思わず身体が強張る。
「王女様から見て、俺がですか?」
「はい。料理長から報告を受けております。召喚された皆様の食事について、随分と尽力しておられるそうですね」
王女様まで知ってるのか。
それにしても王女様がただの料理人を必要だと言ってくれるなんで。ガルドさん、いったいどんな言い方をしたんだか。
「皆様方の食が進んでないと判断し、食事に選択肢を与えることを提案された。そして、料理長をはじめ厨房の方々と協力し、実際にそれを形にされたと」
「俺は提案してぐらいで、実際にやったのは厨房の皆さんですよ」
「もちろん承知しております。それでも」
王女は、ベールの奥からしっかりを、俺の瞳を見据える。
「皆様の様子を見て、適切な提案をした。悪い状況を打破したのは黒江様だったと、料理長は仰っておりました」
「……ガルドさん、そんなことまで報告してるんですか」
「大変、喜んでいましたよ」
「喜び過ぎて殿下に失礼をなほどでしたな」
その言葉を聞き、なんとなく居心地が悪くなる。
ガルドさんに褒められるのはまだいい。同じ厨房で働いてる人だから。
でも、話したこともない目上の人に、改めて褒められると、どう反応すればいいのか分からない。
「食とは生きること。つまり、我々にとっても皆様方にとっても、黒江様は必要な人材だという事ですな」
老神官がそう言うと、王女様が続ける。
「召喚された日。私は黒江様へ、前線に立つことだけがこの世界を救う道ではない、と申し上げました」
「覚えてます」
「ですが」
声が、少しだけ低くなった。
「正直に申し上げれば、あの時の私は料理人というクラスを、戦力にはなりにくいものだと考えておりました」
騎士が僅かに王女様を見る。
それでも王女様は構わず続けた。
「私たちはその時、強力なクラスばかりに目を奪われていました」
「普通はそうなると思います。魔物に襲われてる状況ですし」
それに、俺だってそうだった。
料理人だと分かった瞬間、ハズレだと思ったんだから。
「しかし、戦う方を支えること。慣れない世界での生活を豊かにすること。それらもまた、皆様に必要な事だったんです。それを、黒江様に気付かされました」
騎士と老神官が、同意するように頷く。
「前線に立つことだけがこの世界を救う道ではない、と。召喚された日に申し上げた言葉を今になって私自身が理解した気がいたします」
慰められたと思っていた言葉を、言った本人が今になって実感したらしい。
「俺も最近になって、王女様の言う事をちょっとだけ理解したところです。お互い様ですね」
「ふふっ。そう言ってくれるなら、嬉しい限りです」
王女様がベールの向こうで小さく笑う。
それを見た老神官が驚いたように口を開いた。
「黒江様は変わった方ですね」
「ど、どこがでしょうか?」
「王女殿下に『お互い様』と言う方は、あまりおりません」
その言葉に、騎士が苦笑した。
「あっ、すみません。気を付けます」
「いいえ、構いませんよ。そのままでいてください」
当の本人は怒ってはいないらしい。
でも、発言には気を付けるようにしよう。相手は王女様なんだから。
「では、もう一つよろしいでしょうか」
「なんでしょう」
「黒江様から見て、皆様はこちらでの生活をどのように感じておられると思いますか?」
皆様、というのはクラスメイトのことか。
「俺には分からないですね。それこそ俺は料理人で、訓練にも参加していませんし」
「承知の上です。その点を踏まえ、黒江様から見える範囲で教えて頂きたいのです」
「それなら」
俺は、神代の机にあったメモを思い浮かべた。
「不安がってる人は多いと思います。元の世界に帰れるのかとか。家族と連絡できないのかとか。戦いたくない場合はどうすればいいのかとか」
俺の発言に、三人の表情が少しだけ硬くなる。
「俺たち、昨日まで普通の高校生だったんです。動物すら殺したことがない。たぶん料理するためだって言っても、家畜を殺せる人は少ないと思います」
自分で言ってから、変な気持ちになる。たった数日前まで、学校に通って、授業を受けて、家に帰るつもりだったんだ。
「いきなり剣神とか大魔導士とか言われても、だから命懸けで戦えます、って簡単にはならないですよ」
「おっしゃる通りです」
王女が静かに答える。
「私たちは皆様へ大きな力が与えられたことで、必要以上に期待をしてしまったのかもしれません」
「……なら、一個、聞いていいですか?」
「もちろんです」
「戦いたくないって人がいたら、どうするんですか?」
空気が少し変わった。
騎士と神官が、王女を見る。
「強制するつもりはございません」
その言葉に迷いはない。
「皆様をお呼びしたのは私たちです。その上で、命まで差し出せと強要する権利が、私たちにあるとは考えておりません」
堂々とした宣言に、少し安心する。
「ただ、私たちが皆様のお力を必要としていることも事実です。魔物によって多くの民が命を落としております。このままでは国そのものが立ち行かなくなる可能性もある。ですから、できることなら皆様には力を貸していただきたい」
それは、そうだ。
いまこの状況で魔物が攻めてきたら、結局のところ戦うしかない。元の世界に帰れない以上、魔物が消えない限り、戦うことを避けるのは難しい状況ということ。
「無理やりはさせない。でも助けてほしい。そういうことでしょうか?」
「はい」
そこを綺麗事で隠さないだけ、ありがたい。
少なくともこの王女様は、話しが通じるし、こちらの気持ちを汲んでくれている。
「分かりました。神代にも伝えてやってください。そこも気にしてたと思うんで」
「必ず」
「あと、神代一人に全部やらせるの、変えちゃダメでしょうか?」
「全部やらせる、というのは」
「クラスメイトの相談を受けたり、それをまとめて皆さんに報告したりです。本人が勝手に抱えてる部分もあると思いますけど」
多分それはかなりある。止めろと言っても神代なら止めない可能性すらある。
でも、ここにいる人たちなら、それを止めてくれる。
これまでの対応を見た感じ、そんな気がした。
「王国側で相談を聞く人をつけるとか。何人かで代表をやるとか。神代じゃなくても伝えられるようにするとか。これはただの思い付きですけど」
今のままじゃまた同じことになる。もう神代だけに無理はさせられない。
「仮に神代が疲労で倒れたら意思疎通が出来なくなります。そうなる前に、何か手を打っておいた方がいいと思うんです」
俺は頭の中の言葉を必死にかき集めて、王女様に伝える。
「明日また神代に負担が全部いくなら、今日と同じことが起きるだけです」
「それは……。仰る通りですね」
王女は少し考えてから、側近たちを見る。
「相談を受けるための担当者をこちらで用意しましょう。それから定例報告についても、一名だけに負担が集中しない方法を改めて考えます」
「助かります」
「いえ、本来、私たちが先に気づくべきことでした」
「神代は神代で無理を貫くタイプだと思うんで、なかなか気づけないですよ」
「でも、黒江様は気づかれました」
「それは……。たまたまです」
「そうでしょうか?」
王女の声が、少しだけ柔らかくなる。
「食事に困っている皆様にも気づかれた。そして今日は、神代様がお疲れであることにも気づかれた」
「明らかに疲れていたので」
「それでも、他の方は気付いていなかった。或いは気付かぬ振りをしていた」
その言葉に、返事が遅れる。
「黒江様は、よく人をご覧になる方なのですね」
「……そんな、大したもんじゃないですよ」
否定はした。
ただ、月白との会話を思い出す。
食べる人のことを考える。その人を見て、何を欲しがっているのか考える。そうすることで料理人のスキルが発動しているかも知れない。
もしかしたら日常的に、料理人というクラスが俺になにか働きかけているのかも知れない。
「王女殿下。そろそろ」
「もうそんな時間ですか。……では黒江様。本日はありがとうございました」
「こちらこそ。神代の件、すいませんでした」
「ふふっ、いいですよ。こちらにも非がありますので」
俺は席を立つ。
思ったより長く話してしまった。
神代への説明だけして帰るつもりだったのに。
「黒江様」
「はい?」
「またこうしてお話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
ベールの奥。見えないはずの瞳が、しっかりとこちらを見据えている、気がした。
そこにどんな意図があるのか?
「……俺のでよければ」
「ええ。あなたのお話をまた聞いてみたいと思いました」
「愚痴が出て来るだけかも知れませんよ」
「それでもかまいません。人の愚痴を聞く機会など、久しくないものですから」
どこか楽しそうな声。
愚痴を聞きたいなんて、変わった人だ。
「それともう一つ。料理長が高く評価される、黒江様のお料理にも興味があります」
「俺の料理を? 王女様が?」
「おかしいでしょうか?」
「いや、おかしくはないですけど……」
異世界の料理。それも評判がいいとなれば興味も湧くか。
ただ、困る。
「王女様に出すような料理、俺は作ったことないですよ」
「それでも」
王女が静かに言った。
「あなたが私を考えて作った料理を、食べてみたいのです」
その言葉に、身体が微かに震えた。
俺が王女様を考えて作った料理。
それは俺と月白が調べている途中の、料理人が持つスキルの発動条件。
まさかこの人、料理人のスキルを知ってる?
じゃないとそんな言葉は出てこないはずだ。
でも、初日は料理人としての俺を評価してなかった。
であれば月白が喋った? いや、彼女の性格的にそんなことはない気がする。
図書館には料理人についての記述はなかったと月白が言っていたはずだ。
じゃあなんでそんなことを言った?
「ダメ、でしょうか?」
断られると思ったのか、少し残念な声。
思わず王女を見る。金色の髪。薄いベール。顔は、やっぱりよく見えない。
「黒江様?」
「いえ。王女様が食べたいとなれば、その時は作らせていただきます」
俺がそう言うと、薄いベールの向こうで、王女が微かに笑ったような気がした。




