第6話 委員長は、俺に話しがあるらしい
包丁を握る。目の前には箱に入った大量の芋。厨房に戻れば俺の手が持つのは剣では杖でもなく、包丁だ。訓練場で見た絆奈や神代とは違う。俺は戦う側じゃない。
それは分かっている。分かっているのに、胸の中のモヤモヤが晴れない。
「おい坊主」
低い声に呼ばれて顔を上げる。そこにいたのは腕を組んでいるガルドさん。
何かを察したのか、俺の顔見るなり鼻を鳴らした。
「訓練場でなにかったか? しけた顔しやがって」
「そんなにしけてますかね?」
「ああ。救世主様たちに飯を残された奴等と同じ顔だ」
顎の先、厨房の中には今日の昼食をどうしようかと頭を悩ませている職人達。
朝食も昨日の夕飯同様、手つかずのものが多かったからだろう。
「どんしたもんか。俺以外みんなあんな感じだ。坊主も含めてな」
作ったのもが食べてもらえない、というのはそれほどショックなのか。厨房にいる人たちの顔を見れば、落ち込んでいるというのはわかるけど。
「今までこんなことはなかったら、正直お手上げ状態だ。この国、自慢の料理を出したつもりだったんだがよ」
お国柄なのか、或いはこちらの世界特有なのか、ここは主食並みに肉を出す。
朝食に出されたのも夕食と同じほどの、脂たっぷりの肉だった。そのうえ、特有の強い匂いを消す為に振りかけられる大量の香辛料とスープ。
健康な状態でも朝食に出されたら、なかなか喉を通らない。
「確認なんですけど、ここのご飯はいつもあんな感じなんですか?」
「あんな感じってのは?」
「脂たっぷりなお肉に香辛料をかける感じです。スープもあの味付けですか?」
「ああ。疲れた奴に喰わせるなら肉と塩分が一番だろ?」
ガルドさんは胸を張りながらそう答える。
確かにそれは間違って無いとは思うけど……。
ともかく、ここはお肉至上主義のようだ。まずはそれを変えないといけない。
「ふっ」
不意にガルドさんが不敵な笑みを浮かべた。
「どうしたんですか?」
「いや、なんでもねえよ。坊主、なにかいい案はねえか?」
問われ、改めて食問題について考える。
昨日も今朝も食べ残しは多かった。人によって数口たべただけで食事を終えた人もいる。月白なんかはひと口も食べなかったのかも知れない。
お肉を前に、無表情で肩を落とす。そんな彼女の姿が目に浮かぶ。
問題は明白。出される料理、お肉料理、脂身がとにかく重い。戸惑いが残る異世界という環境、いきなりの訓練、疲れた体に脂の強い肉料理や香草の効いた濃いスープ。
「……一番いいのは俺たちのいた世界の料理へ近づけることだと思いますけど。材料も調味料も違いますし、すぐに対応するのは無理だと思います」
「ああ。俺達はそっちの料理事情を少しも知らねえしな」
「だから、とりあえず選べるようにするのがいいと思います」
俺は大量に揃えられた食材を見た。
「今まで通りしっかり食べたい人向けの肉料理。それとは別に軽いもの。鳥の出汁を使ったスープとか、柔らかく煮た麦とか」
可能ならそうめんとかうどんとか、冷たくても食べられる料理がいいんだけど。俺もまだ食材を把握しきれていない。すぐに軽い主食を用意するのは無理だ。
「もう1つは?」
「中間です。肉もあるけど脂は控えめで、野菜と一緒に食べられるもの。訓練後でも食べやすい形にします」
日本食を再現するんじゃない、まずは選択肢を作ること。食べられない料理だけを並べるより、少しでも自分で食べたいと思うものを選択してもらう。
選べるというだけで心に余裕が出来るはずだ。食べたくないものを食べさせられている、という強迫観念が少しでもあれば、それを取り除いた方がいい。
そう説明すると、ガルドさんはしばらく黙った。
「面倒だな。人手もかかるし、食材の管理が難しくなる」
「わかってます」
「……だが、食われねえとわかってて、飯を出すよりはマシか」
ガルドさんは作業台を指で叩いた。
「聞いてたかお前、昼から試すぞ! 重い飯、軽い飯、その中間。まずは3種類!」
厨房に声が響くと、料理人たちから威勢のいい声が返って来る。すぐに幾つかのグループが出来上がり、何を作るかを話し始めた。厨房が一気に活気に満ちる。
「坊主。言い出した奴が一番働く、いいな?」
ガルドさんの大きい手が、俺の肩に置かれる。
「何をすればいいですか?」
「軽食を作るリーダーは坊主に任せる」
いきなりの仕事振りに、つい断りそうになるが。
「忙しい方が気はまぎれる。違うか?」
ガルドさんの、その言葉。
確かに食事情を考えてから、戦えないことに頭を悩ませることはなかった。食には食で問題はある。与えられたクラスに不満を抱いてウジウジしているよりも、そっちの問題に取り組んでいた方が、よっぽどいい。
「わかりました。やってみます」
「いい返事だ。成功したら覚悟しとけよ?」
「ど、どういうことですか?」
恐る恐る聞くと、ガルドさんは満面の笑みを浮かべ。
「仕事が出来る奴は必要とされる。もっと忙しくなってことだ!」
豪快に笑った。
その笑い声につられて、俺も少しだけ笑ってしまう。
桐生の言葉はまだ残ってる。それでも、目の前にはやることがある。
俺は早速、並べられた食材を見渡して、料理に取り掛かる。
鳥の出汁を取る。火加減を調整して灰汁を取り除きながら、澄んだスープを作る。柔らかく煮た麦に、細かく刻んだ野菜を混ぜる。この国でよく使われている酸味のある香辛料は省き、風味が出る程度の調味料を振りかけた。
これが日本食かと聞かれれば違う。でも、昨日よりは食べやすいはずだ。
スープを1口飲む。
薄い。少し物足りない。でも、疲れた時にはこれくらいでいいかもしれない。
選択肢の1つとして考えるなら、全然ありだ。
添え物として酸味のある果実を斬り、別皿に並べる。
「そっちはどうだ? 坊主」
「物足りなく感じる人もいると思いますけど、これぐらい食べやすい方が選択肢としてはありだと思います」
「そうか。ならいい」
ガルドさんはそう言って、皿を並べ始めた。
俺も手を動かす、その時だった。
「黒江くん」
厨房の入口から、聞き覚えのある声がした。
振り向くと、そこには神代が立っていた。訓練を終えたばかりなのか、訓練服は少し乱れていて、長い黒髪が汗で頬に張り付いている。
それでも背筋だけは、いつも通り真っ直ぐだ。
「訓練は?」
「休憩時間です。少し時間ができたので」
神代が、俺を見る。
「黒江くん。少し、話せますか?」
声はいつも通り落ち着いている。けれど、目は妙に真剣だ。
「話って?」
「それは……」
神代が何かを言いかける。
ただ、こっちは昼食の準備の真っ最中だ。
「悪い。今ちょっと手が離せなくて」
「坊主」
俺の言葉を遮ったのは、ガルドさんだった。
「五分くらいなら問題ない」
「え?」
「こっちは回してやるが、手短にな。忙しくした張本人が現場から逃げてちゃ示しがつかん」
そう言って、ガルドさんが食堂の方へ顎をしゃくる。
「行ってこい」
「……分かりました」
俺は手を洗い、エプロンを外す。
「神代、あっちでいいか?」
「はい」
神代が頷く。
はたして話しとは何なのか。神代の表情は、少しだけ強張っているように見える。
「嬢ちゃん」
食堂へ向かおうとした俺たちの背中に、ガルドさんの声が飛んできた。
「噂は聞いたぜ。ここで刃だけは抜いてくれるなよ」
「っ!」
「まだ死にたくねえんでな」
神代の頬が一瞬で赤くなった。
「き、気をつけます……」
気を付けなくても、そもそも刀は持ってきてないから大丈夫だと思うけど。
さて、何の話をされるのか。
少しだけ不安になりながら、俺は神代と一緒に厨房を出た。




