第4話 空腹の大魔導士に料理を出したら、なぜか期待された
クラスメイトたちは騎士や神官たちに連れられていった。
そして料理人の俺は、たった一人で王城の厨房へ案内される。
「お前が例の料理人か」
厨房に入った瞬間、低い声が飛んできた。
振り向くと、巨大な鍋の前に大男。白い料理服の袖を肘までまくり、太い腕で木べらを握っている。腰には包丁。背中はプロレスラーのように大きい。
「く、黒江律希です」
「ガルドだ。この城の料理長をやってる」
ガルドさんは俺をじろりと見下ろして、それから鼻を鳴らした。
「外れ職だのなんだの言われた顔をしてるな」
「……わかるんですか?」
「厨房に立って長いからな。料理を作りに来る奴の顔じゃねえ。言われてただ来てる奴の顔だ」
ガルドさんは俺から目を逸らすと、鍋をかき混ぜながら続けた。
「食を軽く見る奴は多い。剣を振る奴ほど、自分が偉いと思いがちだ」
「実際すごいですからね。剣神とか、刀神とか」
「間違ってはねえが。だからって料理人を軽く見るのは間違ってる」
はっきりとした声が続く。
「戦う奴は腹が減る。腹が減れば剣は鈍る。まずい飯が続けば士気は落ちる。空腹が入れば英雄も餓死する。つまりな、坊主」
ガルドさんは、木べらで鍋の縁を軽く叩いた。
「飯を軽視する奴は長生きしねえ。食うことは生きることだ。違うか?」
その言葉に、俺は頷いた。
この世界でも元いた世界でも、考えることは同じらしい。
『食うことは生きること』
どこかで耳にした言葉。
ぶっきらぼうな言葉遣いだけど、それを聞いて、少し胸が楽になった気がした。
それを察したのか、ガルドさんは鼻を鳴らして口を開く。
「とはいえ、いきなり鍋を任せるわけにはいかねえ。まずは野菜の下処理だ。料理をしたことは?」
「あります。包丁も使えるので、皮むきぐらいなら手伝えます」
「ならいい。サボるなよ」
そうして俺は、王城の厨房で働くことになった。
最初は芋洗い。次に野菜の皮むき。それから肉の筋取りと、香草の仕分け。厨房の料理人たちは最初こそ俺を珍しそうに見ていたが、黙々と作業を続けていると、少しずつ仕事を回してくれるようになった。
「坊主、これも刻めるか」
「はい」
「細かすぎる。煮込みならもう少し大きくていい」
「わかりました」
指摘されたことを次に生かす。そうすると、次の仕事がやって来る。
夕食時になると、食堂に集まったクラスメイトたちに料理が運ばれていった。大きな肉の焼き物。香草の強いスープ。硬めのパン。濃い味の煮込み。
料理自体は不味そうではなかった。
むしろ王城の料理だけあって素材もいいし、手間もかかっている。何人もの料理人が何時間と作り続けていたのだから、一級品と言えるはず。少なくとも学食で出ていた昼飯よりは豪華で贅沢な食事だ。
ただ、それが今のクラスメイトが求める食事とは限らない。
「いまこの量は食えないかも……」
「疲れたからもっと軽いものが食べたいよー」
「そうか? 疲れた時こそ肉だと思うけどな」
慣れない異世界で、いきなり訓練を受けて、疲れきった体に、香草と獣脂の強い料理。食べられる人は食べられるだろうけど、食が進まない人もいる。
実際、戻ってきた皿にはパンや肉が残っているものがいくつもあった。
「救世主様方はあまり食わんな」
ガルドさんが皿を見て、渋い顔をする。
「騎士の連中は喜んで食べ切るんだが」
残飯を難しそうに睨むガルドさんが、ちらりとこちらに目を向ける。
「お前から見てどうだ? 元いた世界と比べて、こっちの料理は不味いか?」
「いえ、そういうわけじゃないと思いますけど」
「なら何だ?」
俺は、手を付けられていない肉をひと切れ口に運ぶ。
掴んだ指に油が流れ、持ち上げただけで皿に垂れる。一口噛むと肉汁が溢れ、同時に酸味が強い香辛料の香りが鼻を突き抜けた。飲み込んだ後、口内に残るのはへばりつく油と、強い刺激だ。
「口に合わないんだと思います。俺たちの国の料理とは、だいぶ違うので。それと、疲れた身体には重く感じる人も多いかと」
「……なるほどな。食文化の違いってやつか。それは国によってもある」
ガルドさんは腕を組み、こちらをじっと見下ろした。
「坊主。明日からその辺の話しを詳しく聞かせろ」
「俺でよければ」
「あとな、料理人なら食う奴の顔を見ろ。作りたいもんじゃなく、食わせるべきもんを考える。本来ならひとりひとりに料理を作るのが一番だ。相手が多すぎて、ここじゃそれをできねえがな」
「……はい」
力の入っていない返事をして、俺は夜まで作業を続けた。
厨房の人たちが一人、また一人と持ち場を離れていく。最後に残った俺は片付けを終えてから、自分用の夕食を作ることにした。
余っていた魚の出汁。火にかけて炊き直した麦。刻んだ野菜と、火を通りやすくした肉。それらを小鍋に入れて、弱火でゆっくり温める。浮いてきた灰汁を取り除いて、味付けは控えめに。仕上げに卵もどきを落として火を止めた。
雑炊というには少し違う。豪勢な肉や魚は使ってない。 でも、心も体も参っている、俺がいま食べたいものだ。
「いただきます」
そう呟いて椅子に座ろうとした時だった。
――コトンっ!
食堂の外で何かが倒れるような音がした。
「誰かいるんですか?」
扉を開けて、恐る恐る覗き込む。
廊下は静かだった。窓から差し込む月明かりが石の床を白く照らしている。
その月明かりの中に、小さな影があった。
銀色の、肩ほどまでに切り揃えられた髪、その隙間から見える色白の肌。背丈は小さく、制服の袖から覗く手首も細い。
月白詩音。
普段から口数が少なく、必要なことだけを淡々と話す女子生徒。授業中は常に背筋を伸ばし、指示されたことには誰より早く取りかかる。中には彼女を『ロボットかなにかか?』とからかう人もいた。
その月白が、壁にもたれるように座り込んでいた。
挨拶ぐらいしかしたことないけど、このまま放っておくわけにもいかない。
「月白? どうしたんだ、こんなところで」
声をかけると、月白はゆっくりと顔を上げた。
表情はほとんど変わらない無表情。幼い顔立ちに備わる目が、少し虚ろだった。
「……お腹が、空いた」
「え?」
聞き返すが、月白の無表情は変わらない。
「お腹が空いて、動けない」
「そ、そうか」
返事はしたが、どうしたらいいものか。
そこで月白のお腹から『ぎゅるぎゅる』と音が鳴る。
気まずいと思ったが、それでも月白の表情は変わらない。
ただ、力の入らない身体でこちらを見上げていた。
「もしかして、夕食たべてないのか?」
「パンをひとかけらだけ」
「少なすぎるだろ。肉は? 麦は?」
「脂の匂いが強かったから。香草も苦手。口に合わなかったから食べられなかった」
なるほど。
月白の華奢な身体付き。食も当然、細そうだ。
異世界の濃い料理を、ほとんど食べられなかったに違いない。
それで今の状態になっている、と。
「なら、俺の夜食でも食べていくか?」
「いいの?」
「だいぶ質素な感じだけどな」
「それがいい」
月白が前のめりに身体を起こす。
「いまのわたしには、それぐらいが丁度いい」
眼前に近付く白い肌と、真っ直ぐに見つめられる淡い瞳と長いまつげ。
「あ、ああ。なら、行くか」
立ち上がれそうにない月白に手を差し出すと、彼女は迷わず手を握る。片手で包めるほどの小さい手を軽く引くだけで、ふわっと華奢な身体が持ち上がった。
あまりにも小さくて軽い女の子。
それでも彼女は大魔導士。きっと俺より強い。
月白を厨房に入れて、椅子に座らせる。
自分用に作った雑炊もどきを器によそい、木の匙を添えて出した。
「熱いから気をつけろよ」
「うん」
月白は匙を手に取り、少しだけ器の中を見つめていた。
それから、ゆっくりと一口食べる。
直後、月白の目が、わずかに見開かれた。
「どうした? 口に合わなかったか?」
月白は答えず、もう一口食べた。それから、さらにもう一口。
無表情のままのはずなのに、さっきより少しだけ頬が緩んでいるように見える。
「おいしい」
小さな声。でも、はっきり聞こえた。
「ならよかったよ」
「やさしい味」
「胃に重くないようにはした。俺も疲れたからな。ゆっくり食べられるような料理を作ったつもりだ」
「違う」
まさかの否定。
月白は匙を止め、器を見つめた。
そして、また一口食べる。
「魔力が落ち着く」
「魔力?」
「うん。体の中で暴れていた魔力が、少しずつ整ってる」
言いながら、月白の身体から力が抜けて行くのがわかる。微かに張っていた肩が、リラックスしたように下りる。
「それって大魔導士だからか?」
「たぶん。魔力が少ない人にはわからないかも」
月白は興味深そうに雑炊もどきも持ち上げて、口に運ぶ。
味を確かめるようによく噛んでから、そして飲み込む。
「黒江くんの料理。食べた人の体力と魔力を整える効果があるのかも」
「そんな大げさな」
「大げさじゃない」
月白は、俺を見た。
銀色の髪が、厨房の灯りを受けて淡く光る。普段は何を考えているのか分からない瞳が、今だけはまっすぐだった。
「わたしは感じてる。それに、たぶん伸びる」
「伸びる?」
「料理を作れば作るほど、スキルが上がる」
「スキルって?」
「この世界にはそういうものがあるみたい」
そんなことを急に言われても、実感は湧かなかった。
俺はただ料理の雑務をしていただけ。今日、厨房で覚えた知識を使って料理を作り、腹を空かせて倒れかけていた月白に、自分の夕食を出しただけだ。
「黒江くん。料理人、やめないで」
月白は真剣な顔でそう告げてきた。
「なんだよいきなり」
今までまともに話したこともない相手。
「あなたの料理は、わたしに必要」
彼女がどういう性格で、どういう考え方をしているのか、さっぱりわからない。現に今も、何を考えているかわからない状態だ。
「まさか慰めてくれてるのか?」
「慰めじゃない」
月白は首を横に振る。
「わたし、嘘は嫌いだから」
真っ直ぐこちらを見据える彼女が、何を考えているか。
やっぱり俺にはわからない。
「……そっか」
「うん」
ただ、それでも。料理人になったことが、少しだ楽になった気がした。
月白は器の中身を綺麗に食べ終えると、匙を置く。
そして、ほんの少しだけ目元を緩める。
「ごちそうさま。おいしかった。本当に」
その表情に、思わず言葉を失ってしまう。
月白が笑うところなんて、初めて見たから。彼いつも無表情の彼女に、笑みがこんなに似合うとは思っていなかったから。
「これからも、わたしに作って」
「え?」
「また食べたいと思えたから。期待してる、黒江律希くん」
そう言って、月白は椅子から降りた。
「もう大丈夫か?」
「うん。問題ない」
「部屋まで送ろうか?」
「平気。黒江くんより強いから」
「そりゃそうか」
月白は扉の前で一度だけ振り返った。
「黒江くん。美味しかった。次も食べさせてね。これ、本音だから」
それだけ言って、月白は廊下の向こうへ歩いていった。
俺はしばらく、その背中を見送っていた。
「……お世辞でも、嬉しいな」
小さく呟いて、厨房に戻る。月白の言葉を胸に抱えながら、自分用に残しておいた分を食べようと思った。
けど、鍋を覗いたところで首を傾げる。
「あれ?」
残しておいたはずの雑炊もどきが、綺麗になくなっていた。
月白が持っていったか? 全くそういう動きは見えなかったけど、ああ見えて大魔導士だ。なにが出来るか知らないが、そういう魔法か何かが使えてもおかしくないか。
「あの細い体で意外と食べるんだな」
そんなことを思いながら、俺は空になった鍋を洗った。
疲れていたせいか、それとも俺が作った料理を褒めてくれたのが嬉しかったのか。
深く考える気にはならなかった。
だからだろう。
厨房の外。月明かりの届かない廊下で、誰かが小さく舌なめずりをしたことに、俺は気づかなかった。




