第3話 【一ノ瀬 絆奈視点】幼馴染は、料理人の俺なら離れないと思っている
【一ノ瀬 絆奈視点】
広間の端。ひとり落ち込んでる律希に近付いて何かを話した後、神代さんが律希の手を握った。細い指を重ねて、逃がさないようにしっかりと、目をしっかりと見つめて。
それに対して律希は驚いたように大きく瞬きを繰り返してる。状況が理解できてない時の、いつもの表情。
距離が近い。背中を押せば唇が触れるほど。
それなのに、律希はなんで手を離さないのか?
そういえば律希がわたし以外の子と手を繋いでるところなんて見たことなかった。まさか、わたしの知らないところで、いつもああやって女の子と手を繋いでたの?
「一ノ瀬」
名前を呼ばれて振り返る。河井タクミくんが少し離れたところで手招きをしていた。その隣には相良くんと三浦くんがニヤニヤしながらこっちを見てる。
「どうかしたか?」
「うんうん。何でもないよ」
「ならいいけど。これから一緒に説明を受けるらしいから行こうか」
「うん。わかった」
河井くんの隣へ向かう。
剣神のわたしと、聖盾騎士の河井くん。
異世界の騎士たちから相性がいいと言われた組み合わせ。剣神が攻撃し、聖盾騎士が守る。わたしたちが一緒に戦えば、魔王の軍勢だって簡単に倒せるかも知れない。本当にこの世界の救世主になれるかも知れない。
普通の女子高生だったわたしが。
そう考えると、少しだけ胸が高鳴った。
わたしは選ばれた。この世界を救えるような特別な力に。
「一ノ瀬が俺達と一緒に行動してくれれば最高だな」
相良くんが楽しそうに笑う。
「聖盾騎士のタクミが相手の攻撃を受けて、双槍騎士の相良と剣神の一ノ瀬が攻撃。爆炎魔法使いの俺が後方援護。あとは回復役がいれば完璧じゃね?」
三浦くんも嬉しそうだった。
「わたしたちなら絶対にいけるよ、頑張ろうね!」
わたしも笑って答える。
「一ノ瀬がいるからな。たぶん一ノ瀬の剣神が一番の当たりだろうから、頼りにしてるよ」
河井くんが自然にそう言ってくれる。
律希はそんなことを言わなかった。すごいとは言ってくれたけれど、それだけ。
料理人の律希だったから、わたしの本当の重要性に気付けないんだと思う。
一緒に戦うことも、わたしを守ることもできない。料理しか作れないんだから。
だから、律希より河井くんたちと一緒にいた方がいい。
わたしたちは付き合っていない。それなのに、ずっと一緒にいるせいで、クラスのみんなからは恋人同士だと思われていた。日本にいた時はそれでもよかったけおd、この世界で同じ誤解をされたら困る。特に河井くんから変に思われたくない。
だから、わたしは間違っていない。もう話しかけないでと言った時、律希は少し傷ついた顔をしていた。でも、それはしょうがない。急に異世界へ連れてこられたんだから。
わたしだって、自分のことで精いっぱい。律希は安全な場所にいられるんだから、落ち着いた時、事情を説明すれば問題ないはず。
「一ノ瀬?」
「えっ?」
「また黒江のほう見てたみたいだけど、どうかしたか?」
河井くんに言われて、わたしは慌てて前を向いた。
「み、見てないよ~」
「そうか?」
「うん。ちょっと考え事してただけ」
誤魔化すように笑う。
その直前まで、河井くんの言う通り律希と神代さんを見てた。
律希にもう近づかないでと言ったのは、わたし。あいつが誰と話そうが、誰に慰めてもらおうが関係ない。
神代さんが律希の手を握っていたって。
律希がその手を振りほどかなかったって。
本当に、どうでもいい。わたしには関係ないんだから。
「救世主の皆様! お名前を呼ばれた方から、案内役の指示に従ってください!」
騎士の声が響き、それぞれのクラスを得た生徒たちが動き始める。戦闘職を得た生徒の多くは、訓練場へ案内されるらしい。
河井くんたちの名前が呼ばれる。
「一ノ瀬、行こうぜ」
「うん」
頷いた後、なぜかわたしは振り返ってしまった。
神代さんは律希から離れて、別の騎士のところへ歩いてる。
律希は、一人だった。ひとりでどこか遠くを見ながら座り込んでる。
その姿を見て、少しだけ胸が落ち着いた。
やっぱり、何でもないんだ。神代さんは委員長だから、落ち込んでいる律希を慰めていただけ。彼女とは、友達と言えるほど仲良くはないけど、小学校から高校までずっと同じ。
少しお堅くて近付きずらい雰囲気はあるけど、普段からみんなに気を回してる優しい子。だから、いつも通り、落ち込んでる子に声を掛けていただけ。
ただそれだけだ。
「絆奈」
今度は、女子の声に呼び止められた。
振り返ると、氷室冷夏が立っていた。
肩ほどまでの黒髪と、少し青みがかった瞳。腕を組んで冷静にこちらを見つめている姿は、教室で騒いでるわたしを落ち着かせて来る、こんなときでもいつもの姿と変わらない。
中学からの付き合いで、律希とも普通に話す友達。
「冷夏も呼ばれた?」
「ええ。でも、その前に確認したいことがあるの」
「確認?」
「黒江に何を言ったの?」
冷夏はいつも通り、落ち着いた声で尋ねてきた。
「何って?」
「とぼけなくていいから。黒江の顔を見れば、だいたいの状況は察せる」
さすがは冷夏。他の子より、わたしたちに関してはかなり鋭い。
「大したことじゃないよ」
「その判断をするのは絆奈じゃないでしょ? いいから教えて」
冷夏は淡々と言う。冷たく見えるけど、これが普段からの彼女。
けど、こうなった冷夏は誤魔化せない。ちゃんと教えるまでしつこく聞いて来る。
「別に……。もう近づかないでって言っただけ」
「黒江に? どうしてそんなことを」
「だって、河井くんとわたしの相性がいいみたいだから」
「それと黒江に近づかないよう求めることに、何の関係があるの?」
「わたし、律希と付き合ってるって思われてたじゃん?」
「そうね」
「でも、実際には付き合ってなかったでしょ? それなのに、これからもずっと一緒にいたら、河井くんたちに誤解されるじゃん?」
「付き合っていないと説明すればいいだけじゃない」
「そういう問題じゃないの」
「ならどういう問題なの? 私にはわからないわ」
冷夏は表情を変えずに聞いてくる。
「だって、律希、距離が近いんだもん。さっきだって勝手に手を握ってきたし」
「絆奈が先に黒江の袖を掴んでいたように見えたけど?」
「それは……。不安だったから」
「彼は絆奈を安心させようとしただけじゃないの?」
「それは、そうかもしれないけど……」
冷夏の言葉に、返事が詰まる。
「でも、ここは異世界で、律希は料理人だよ? ずっと近くにいられたら、何をされるか分からないじゃん」
「なに? それは、どういうこと?」
冷夏の瞳が、わずかに細くなった。
「絆奈、黒江になにかされたことあるの?」
「何かって?」
「嫌がっているのに触れられたり、無理に二人きりになろうとしたり、交友関係を制限したり」
「そんなわけないじゃん。律希がわたしになにかするなんてありえないよ」
冷夏は不思議そうに首を傾げる。
「なら、何をされるか分からないというのはどういうこと?」
「だから。ここは異世界で、律希だけ料理人なんだよ? なら、これからはどうなるかわからないでしょ?」
わたしの言葉に、冷夏は静かに首を横に振る。
「やられたこともない妄想で、黒江にそんなことを言ったの?」
冷夏の態度、言葉に、少し気持ちが高まる。
「なに? 冷夏は律希の味方なの?」
「あなたたち二人の友人として、事実を確認しているだけよ」
その言い方も少し気に入らなかった。
わたしだって、好きで律希を傷つけたわけではない。必要だったから距離を置いただけなのに。なんで冷夏はこんなにも突っかかって来るの?
「大丈夫だよ。律希だってわかってるから」
「なにをよ」
「わたしも混乱してるってこと。急にこんな世界に連れてこられて、剣神なんてものにされて、これから戦わなきゃいけないんだから。混乱もするでしょ? 律希なら今のわたしのこと、しっかりわかってくれてるから」
今までだってそうだった。わたしが何も言わなくても、律希はわたしの気持ちを汲み取りって、話しを聞いてくれたり、黙って隣で待っててくれたり、一緒に怒ったりしてくれただ。
だから今回だって。
「いまの黒江に、わかってもらうつもりなの?」
「それは……」
広間の端で座り込む、落ち込んで遠くを見ている律希の顔が頭に浮かぶ。
「だ、大丈夫だよ。長い付き合いだもん。冷夏よりわたしの方が律希と付き合いながいんだから。大丈夫って言ったら大丈夫なの!」
わたしの言葉に、冷夏はなにも言わなかった。
ただ、真っ直ぐに蒼い瞳をこちらに見据えている。
「大丈夫ったら! どうせ律希はわたしのこと嫌いになんてなれないから」
言ってから、胸の中が少し落ち着いた。
そう。律希は昔からわたしの近くにいた。喧嘩をしても、次の日には向こうから話しかけてきた。わたしが怒れば困ったような顔をして、最後には折れてくれる。
今回だって同じだ。今は少し傷ついているかもしれない。でも、時間が経てば戻ってくる。
「それならどうして黒江と神代さんが手を繋いでいるのを気にしていたの?」
「気にしてないけど」
「ずっと見ていたでしょう?」
「見てない」
「河井くんと話している間も、何度も振り返っていたわ」
見られていたらしい。それが恥ずかしくなり、静香から顔を逸らす。
「神代さんが変なことをしないか確認してただけ。律希、女の子に慣れてないから。勘違いするかもしれないでしょ?」
「絆奈は黒江に近付かないでって伝えたのだから、もう心配する必要はないと思うけど?」
「幼馴染なんだから心配くらいするよ」
「近づかないでほしいのに?」
「それとこれとは別でしょ」
「そうかしら」
冷夏が小さく息を吐く。
その反応が、馬鹿にされたようでムッとする。
「冷夏、さっきから何が言いたいの?」
「友人として伝えるけど。絆奈、黒江に謝った方がいいと思うわよ?」
「嫌だよそんなの」
すぐに答えた。
「いま謝ったら、わたしが悪かったみたいじゃん」
「私には絆奈が悪いように聞こえていたけど?」
「なんで? わたしだけが悪いわけじゃないよ。律希だって、もう少し空気を読めばよかったんだから」
「みんなが救世主ともてはやされる中、料理人になった直後の黒江に、剣神になったあなたの都合を察しろと言っているの?」
「そういう言い方しないでよ」
「ならどういう言い方なら理解してくれる?」
静香は本当に面倒な相手だ。
感情的にならないから、言い返しても全部そのまま返されてしまう。
このまま言い合っても時間の無駄だ。
「とにかく今は謝らない。河井くんたちとの話もあるし、これから訓練も始まるんだから。そんな余裕ないし」
「謝罪にはそれほど時間はかからないと思うけれど」
「余裕がないの! 律希なんて、後で謝っとけば大丈夫だって」
軽く手を振る。
「律希、わたしには甘いから。少し優しくしてあげればすぐ元に戻るよ」
静香はしばらく何も言わなかった。
蒼みがかった瞳で、ただわたしを見ている。
そして、不意に溜息を吐いた。
「手遅れになっても知らないからね」
「手遅れってなに?」
「そのままの意味よ」
「大げさだよ。大丈夫。だって相手は律希だもん」
思わず笑ってしまう。律希がわたしから離れるなんてあり得ない。わたしが剣神になったから、今は住む場所が少し違うだけ。落ち着いたら、また話せばいい。
数日もすれば、律希の方から声をかけてくるはずだ。その時には、今日のことを少しだけ謝ってあげよう。料理人だって悪くないと励ましてあげて、今まで通りに話してあげればいい。
律希はきっと、安心したように笑う。
「行こう、冷夏。みんな待ってるよ」
「そうね」
冷夏はそれ以上、何も言わなかった。
騎士たちの待つ訓練場へ向かう。
小走りで河井くんたちに合流して、わたしはもう一度だけ後ろを振り返った。
誰もいない廊下。そこに律希の姿はない。
胸の中に、僅かな引っかかりが残る。
けど、すぐに消える。
大丈夫。何も変わらない。律希は昔から、わたしの隣にいた。だからこれからも、わたしが望めば戻ってくる。
そう思ったのに。
神代さんと繋がれていた律希の手だけが、いつまでも頭から離れなかった。




