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第2話 幼馴染に捨てられた日、委員長が俺の手を取った

 料理人と告げられた俺は広間の端へ移動した。


 誰も何も言わない。


 気まずそうな顔も、同情するような視線も、全部しんどかった。


 料理人だって、きっと何かの役には立つ。王女や神官もそう言ってくれた。けど、みんなが救世主として期待されている中で、俺だけがそこから外れたように感じてしまう。


「黒江」


 呼び止められた。


 振り向くと、河井タクミが立っていた。その後ろには、相良と三浦もいる。


「気にするなよ」


 河井は励ますように笑い、俺の肩を軽く叩いた。


「料理人だって必要な役割だろ」


「……そうだな」


「俺たちが命懸けで戦って城に帰ってきた時、温かい飯が食えるなら助かるからさ」


「タクミ、優しいな」


 相良が笑う。


「俺だったら耐えられないけど。みんなが戦ってる間、一人だけ安全な厨房だろ?」


「言い方」


 三浦が相良を小突いた。けれど、その顔も笑っている。


「でも、ある意味あたりじゃね? 戦わなくていいんだから」


「羨ましいよな。俺たちと違って死ぬ心配もないし」


「やめろって」


 河井が二人を止める。だけどそれは口だけだ。


 口元は二人と同じような笑みが浮かんでる。


「人には向き不向きがある。適材適所ってやつだよ」


「飯、期待してるからな。救世主様たちのために頑張ってくれよ、料理人」


「……ああ」


 それだけ答えた。河井たちは楽しそうに笑いながら去っていく。


「料理人も救世主に入るのか?」


「知らねえ。そんなことより強そうな奴等と固まろうぜ。一ノ瀬とか」


「そうだな。おーい、一ノ瀬~」


 遠ざかっていく彼等に、俺は何も言えなかった。言い返したところで、俺が料理人で、河井たちが強力な戦闘クラスなのは変わらない。


「律希」


 顔を上げると、絆奈が立っていた。


 河井たちと一緒にいたはずなのに、一人でこちらへ来たらしい。


 俺はなるべく普通に見えるように笑顔を浮かべる。


「すごいな、剣神だって。河井とも相性がいいらしいし」


「律希、ごめんね」


 軽い声に遮られた。


「何が?」


「河井くんとわたし、クラスの相性がすごくいいみたいだからさ。たぶん、これから同じチームになると思うんだ」


「ああ、よかったな」


 そう伝える。絆奈が強い仲間を見つけたなら、それは喜ぶべきことだ。


「それでさ」


 絆奈は髪を指先で触りながら、何でもないことのように続けた。


「律希とは、もう今までみたいに一緒にいられないかな」


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。


「ど、どういう意味だ?」


「そのままの意味だけど?」


 絆奈は少し面倒そうに溜息を吐く。


「わたしたち、付き合ってるって言われてたでしょ?」


「たまにな」


「でも、付き合ってないじゃん」


「ああ」


「だったら、もうそういうふうに見られるの困るかな~って思ってさ」


 絆奈は少し離れた場所にいる河井たちを横目で見る。


 河井は相良や三浦と話しながら、時折こちらの様子をうかがっているようだ。


「河井くんに変に思われたくないし」


「変な風って」


「だから! 律希と付き合ってるとか。そういう風に勘違いされたら迷惑だなって」


 絆奈は嬉しそうに口元を緩ませる。


「これから何があるか分からないじゃん? 剣神と聖盾騎士って、相性いいみたいだし」


「……そうか」


「さっき勝手にわたしの手を握ったでしょ」


 胸の奥がざわついた。


「あれは、夢じゃないか確かめただけだろ」


「わかってるけどさ」


 絆奈は、少しだけ眉を寄せる。


「昔から一緒だからって、そういうことを勝手にしてもいいと思ってるの、ちょっと怖いんだよね」


「怖いって」


「だって、これから同じ世界に帰れるかも分からないんだよ?」


 絆奈は困ったように笑った。


 まるで、俺を傷つけないよう気遣っているみたいな笑い方。


「ずっと近くにいられたら、何されるか分からないじゃん」


「俺が絆奈に何かすると思ってるのか?」


「そういうわけじゃないけど。この先、なにがあるかわからないって言ってるの」


 返す言葉がなかった。俺が絆奈に無理やり何かをしたことなんて、一度もない。さっき手を握った時だって、絆奈は嫌がっていなかった。


 それなのに。


「だから、もうわたしに話しかけないでね」


 絆奈は軽い調子のまま言った。


 広間のざわめきが遠くなった気がした。絆奈の声だけが耳に残る。


「律希は料理人なんでしょ? だから、そっちで頑張って」


「……ああ、わかった」


 なんとか声を絞り出す。


「河井と一緒に行動する方がいいっていうのはわかる。俺は戦えないし」


「うん。わかってくれてよかった」


 絆奈は安心したように笑う。


「じゃあね、律希」


 それだけ言い残して、俺に背を向ける。向かった先には、河井たちが待っていた。


「話、終わった?」


「うん。大丈夫」


 河井が絆奈へ顔を近づけて、何かを囁いた。相良と三浦が笑う。絆奈もつられるように笑い、それから一度だけこちらを振り返った。


 目が合う。気まずそうに目を逸らすこともない。絆奈は河井たちと顔を見合わせて、また笑う。


「……はは」


 自分の口から、乾いた笑いがこぼれた。


 こんな状況だ。強いクラスを与えられた者同士で固まりたい気持ちは分かる。河井と絆奈の相性がいいのなら、一緒に戦うのも当然のこと。そこまでは理解できる。


 けど、俺を何をするか分からない人だと思っていたとは、想像してなかった。


 さっきまで袖を掴み、不安そうに俺の名前を呼んでいた幼馴染。俺が知っていた一ノ瀬絆奈という幼馴染みは、もういないのかもしれない。


 そう考えると、胸の奥が冷たくなった。


「黒江くん」


 声をかけられた。


 振り向くと、神代結衣奈がいつものように背筋を伸ばし、落ち着いた顔でこちらを見ていた。その目だけは少し険しい。


 俺は反射的に笑顔を浮かべる。


「神代、刀神おめでとう。うちのクラス、だいぶ凄いんじゃないか? こっちの人達もかなり驚いてたみたいだし」


「……いま、それを言えるんですね」


「そりゃ本心だし。みんな凄いなって思ってるよ」


「無理、していませんか?」


 真っ直ぐ見つめられながら問われるその言葉に、喉が詰まる。


「一ノ瀬さんに、何か言われてたように見えましたが」


「……聞いてたのか?」


「少しだけ。聞こえてきてしまったので」


「別に大したことじゃないよ」


「黒江くん」


 静かな声。けど、逃がすつもりはないという声だった。


 俺は諦めて頭をかきながら答える。


「河井と絆奈は、クラスの相性がいいって話しだろ? これから同じチームになるかもしれないから、俺とはもう一緒にいられないって」


 口にすると、また胸が痛んだ。


「それだけですか?」


 神代が尋ねてくる。


 言う必要はないとわかりながらも、今の俺にはそれを誤魔化す気力がない。


「……俺が近くにいると何をするかわからないからって。もう話しかけないでって言われた」


 神代の表情が消える。


「黒江くんは、一ノ瀬さんに何かしたのですか?」


「してないよ。少なくとも俺はそう思ってる」


「なら、あまりにもひどい言い方じゃないですか?」


 神代の声が低くなる。


「なにをしてくるかわからないって……。河井くんと組むことと、黒江くんを危険人物のように扱うことには、何の関係もありません」


 その言葉に、俺は同意をしなかった。


「仲がいい幼馴染みだと思ってたのは……。たぶん、俺だけだったんだろうな」


 自嘲するような笑いが出て来る。


 今まで一緒に過ごしてきた日々が、嘘だったかのように思えた。今日の朝まで一緒に学校に投稿して、一緒にお昼を食べて、放課後には家で話題の映画を見ようと約束していた。


 それでも、仲がいいと思っていたのは、俺だけだったんだ。


「……冷たい彼女ですね」


 神代が低く呟く。


 俺は反射的に首を振る。


「彼女じゃないよ」


「え?」


 俺の否定に、神代が目を見開いた。


「一ノ瀬さんと黒江くんは、付き合っていないの?」


「付き合ってないけど」


 神代は、驚いているように俺を見つめていた。


「まあそういう風に思われることもあったけど。そこまで驚くことじゃないだろ?」


「いえ、驚きますよ。みんな二人は付き合っていると思っていますから」


「そんなにか?」


「はい。少なくとも私は付き合っていると思っていたので」


 神代はそう言った後、息を吐いた。呆れたようにも、安心したようにも聞こえる。


「違うよ。俺と一ノ瀬は、ただの幼馴染」


 言いながら、自分で少しだけ傷ついた。


 ただの幼馴染。その言葉は間違っていない。けど今は、やけに薄っぺらく感じる。


「まさか小学から一緒の神代にも勘違いされてるなんて」


 言葉の途中、神代が俺の手を取った。


「え?」


 暖かい感触が俺の手を包み、細い指が手の甲にそっと重なる。


「神代?」


「黒江くん」


 神代が俺を目を真っ直ぐ覗き込む。


「一ノ瀬さんが、あなたの隣にいるつもりがないのなら……。あなたたちが付き合っていないのなら」


 神代の指に、わずかに力がこもる。


「なら、私が――」


「救世主の皆様!」


 広間に騎士の声が響いた。


 神代の言葉が遮られる。


「これより各クラスごとの説明と、訓練場および宿舎へのご案内を行います! お名前を呼ばれた方から、係の者の指示に従ってください!」


 周囲が再び慌ただしく動き始める。


 それでも、神代は俺の手を離さなかった。


「神代?」


「……いえ。続きは後で伝えさせてください。今は呼ばれていますので」


 神代は静かに微笑んだ。それでも、細い指はまだ俺の手を強く握っている。


「でも、一つだけ先に言わせてください」


「どうしたんだ? 早く行かないと」


「私、ずっと勘違いしていたみたいです」


 神代の視線が、一瞬だけ俺の向こう側へ向いた。


 つられて振り返る。


 離れた場所に、一ノ瀬が立っていた。河井たちと楽しそうに話していたはずの幼馴染。その顔から笑みが消えている。


 一ノ瀬は、俺と神代の繋がれた手をじっと見ていた。


 神代もその視線に気づいているはずだ。それでも、手の力は緩まらない。むしろ、微かに強くなる。


「それじゃあ黒江くん。またあとで」


 神代は俺に気を遣うように、優しく微笑む。


 異世界に召喚され、クラスメイトが英雄になる中、俺だけが料理人だった。強いクラスを得た男子たちには笑われ、幼馴染にはもう話しかけないでと言われ。


 それだけでも、頭の中はめちゃくちゃだったのに、委員長である神代結衣奈は、俺の手を握ったまま静かに微笑んだ。


「一緒にこの危機を切り抜けましょうね」


 俺は何も答えられなかった。


 ただ、繋がれた手の温度だけが、やけにはっきりと残っていた。

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