第1話 クラス転移した俺に与えられたのは《料理人》だった
気づいた時、俺たちは見知らぬ広間にいた。
ついさっきまで教室でホームルームを受けていたはずだったのに、突然、床が光り始め、誰かの悲鳴が上がって、視界が真っ白に染まり。
次に目を開けた時には、白い石造りの広間だった。
足元には巨大な魔法陣。周囲にはローブ姿の神官と、銀色の鎧を着た騎士たち。奥には王女らしき金髪の女性が立っている。
どう見ても現代日本じゃない。
「救世主様方」
女性が混乱する俺たちに向かって深く頭を下げ、現状の説明を始める。
話しをまとめるとこういうことらしい。
ここは異世界で、魔王と魔物に脅かされている。俺たちは世界を救うために召喚され、一人ひとりに神から《クラス》という特別な力が与えられる。
勇者。剣士。魔導士。聖女。そういう、戦うための力が。
「律希」
すぐ近くから名前を呼ばれて、俺は振り向いた。
一ノ瀬絆奈が俺の制服の袖を掴んでいた。肩まで伸びた栗色の髪と大きめの瞳。運動部の女子みたいに、すらりと引き締まった身体つきの幼馴染。
「これ、夢じゃないよね?」
「たぶんな」
俺は絆奈の手を軽く握った。柔らかさと温かさが、はっきり伝わってくる。
「夢だったら、こんな感触ないだろ」
「律希……。うん、夢じゃないみたい」
絆奈は少しだけ安心したように笑う。
絆奈とは家が近く、物心がつく前から一緒にいた。登下校も一緒。休日に遊ぶことも多い。いわゆる幼馴染みだ。こういう時でも手放しに支え合える仲と言える。
「これより、皆様の《クラス》を確認いたします」
神官たちが水晶のような球体を運び、クラスの鑑定が始まった。
呼ばれた生徒が一人ずつ前へ出て、水晶に手を触れていく。
「月白詩音様――《大魔導士》」
銀色の長い髪を持つ、小柄な女子の鑑定結果が告げられた。
「全ての属性魔法を自在に操るクラス……」
「与えられたものは歴史に名を刻むことが約束されたクラスだ」
神官たちが驚きの声を上げる。
しかし、月白はほとんど表情を変えなかった。興味なさそうに端に移動する。
次に呼ばれた金髪の女子が水晶に触れると、黒い霧のような光が広間に広がった。
「桐生紗夜様――《夜王》」
「夜と影を統べる王位職だ……」
「敵に回せばその種族が滅ぶと言われるクラス。気を付けねなならない」
異世界の人たちが称賛するたび、クラスメイトたちも沸いた。
他にも《聖女》や《黄金騎士》、《魔剣士》といった、いかにも強そうなクラスが次々に告げられていく。
「河井タクミ様」
一人の男子が前へ出た。短く整えられた黒髪に、背の高い身体。クラスでも目立つ男子グループの中心にいる河井。
河井が水晶に手を触れる。
直後、広間を包み込むように、まばゆい白い光が広がった。
「河井タクミ様――《聖盾騎士》!」
騎士たちから大きなどよめきが上がる。
「聖なる盾によって、あらゆる攻撃から仲間を守る最高位の守護職です!」
「魔王の攻撃すら防いだと伝えられる、伝説のクラスではないか!」
河井は驚いたように自分の手を見たあと、すぐに口元を緩めた。
「仲間を守るクラスか。悪くないな」
「タクミ、げえじゃん!」
「やっぱお前、持ってるわ!」
河井のもとに、相良と三浦が駆け寄る。
相良は《双槍騎士》。
三浦は《爆炎魔法使い》。
二人とも、異世界の騎士たちから高く評価された強力なクラスを得ていた。
「俺たち三人で組めば、かなり強いんじゃね?」
「バランスもいいしな。タクミが守ってくれるなら最強だ」
「任せろよ」
三人は興奮した様子で話している。昨日まで普通の高校生だったはずなのに、もう自分たちが戦う姿を思い描いているらしい。
そして、次に名前を呼ばれたのは。
「神代結衣奈様」
黒く長い髪を背中に流した女子が、一歩前へ出る。
神代結衣奈。成績優秀で先生からの信頼も厚いクラス委員長。少し近寄りがたい雰囲気はあるが、困ってい人を放っておけない性格で、クラスでは自然と頼られる存在になっている。
彼女が静かに足を進め、鑑定晶に触れる。
水晶から、鋭い銀色の光が放たれた。
「神代結衣奈様――《刀神》」
広間が一瞬、静まり返る。
「刀神……。神域に至る斬撃の担い手か」
「伝承にしか名の残らぬクラス。私ですら見たことがない」
騎士たちの感嘆を受けても、神代は静かに頭を下げるだけだった。
「私に務まるかは分かりませんが、できることはします」
その声は落ち着いていた。淡々とした声音も、水晶の銀光を受けた凜とした横顔も、普段の神代と変わらない。
神代が振り返る。
微かに目が合った。すると神代は、なぜかふっと目を細めて笑った。
その笑みに疑問を抱く間もなく、次の名前が呼ばれる。
「一ノ瀬絆奈様」
隣にいた絆奈が、一歩前へ出た。
「……行ってくるからね」
「ああ」
俺が頷くと、絆奈は少しだけ不安そうにこちらを見た。
「変なのが出ても笑わないでよ」
「大丈夫だよ、絆奈なら」
背中を軽く叩く。
絆奈は小さく笑って、鑑定晶へ向かった。
昔からそうだった。絆奈は俺より少し前を歩く。明るくて、人に囲まれて、何をやっても器用で。俺はいつも、その少し後ろにいた。
だから今回もきっと、大丈夫だ。
水晶に絆奈の手が触れる。
その瞬間、広間全体を照らすような金色の光があふれ出した。
「一ノ瀬絆奈様――《剣神》!」
爆発するようなどよめきが広がった。
「剣神! 神の名を冠する剣の頂点だ!」
「まさかこの時代に現れるとは、王国は救われるぞ!」
異世界の騎士たちが、次々に膝をついた。
神官たちも感極まったように頭を下げる。
クラスメイトたちも一斉に沸いた。
「一ノ瀬、すげえ!」
「剣神って、完全に主人公じゃん!」
男子たちが絆奈の周りへ集まっていく。
絆奈は最初こそ戸惑っていた。けれど、称賛の声を浴びるうちに、不安そうだった顔が少しずつ誇らしげに変わっていった。
「一ノ瀬」
人の輪を分けるように、河井が絆奈の前へ進む。
「俺は聖盾騎士だった。仲間を守るクラスらしい」
「あ、うん。見てたよ。すごかったね、河井くん」
近くにいた騎士が、二人を見比べて声を上げた。
「剣神と聖盾騎士。これ以上ない組み合わせです」
「剣神様が攻撃に集中し、聖盾騎士様がその身を守る。お二人が並んで戦えば、魔物の軍勢など恐れる必要はないでしょう」
その言葉に、河井は満足そうに笑う。
「俺たち、相性がいいみたいだな」
「そうみたいだね」
絆奈も嬉しそうに頷く。
「一ノ瀬も俺たちと組もうぜ」
相良が声を上げる。
「剣神に聖盾騎士、双槍騎士、爆炎魔法使い。これ、もう最強パーティーだろ」
「王国の中心になるかもな」
三浦も笑っている。
その中心にいる絆奈は、さっきまで俺の袖を掴んでいた幼馴染とは別人のように見えた。
「律希!」
遠くから絆奈が俺を見た。
「わたし、剣神だって!」
「すごいな」
俺は素直にそう言った。
だからこそ、自分の番が怖くなった。
果たして自分はなにを与えられるのだろうか?
「黒江律希様」
名前を呼ばれ、ゆっくりと鑑定晶の前へ進む。
すごいものが欲しいわけじゃない。
勇者になりたいわけでも、魔王を倒したいわけでもない。
ただ、絆奈と同じ場所に立てないのは嫌だった。昔から少し前を歩いている絆奈に、今度こそ置いていかれてしまう気がした。河井のような聖盾騎士じゃなくても、せめて彼女と一緒に戦えるようなクラスを。
俺は鑑定晶に手を置く。水晶が光り、それは淡かった。白でも、金でも、銀でもない。火のような橙色。
老神官が水晶を覗き込み、数秒だけ沈黙する。
「黒江律希様」
老神官は、一度だけ言葉を詰まらせ。
「《料理人》」
広間の空気が止まった。
「料理人?」
誰かが呟いた。すぐに、戸惑いのざわめきが広がっていく。
「料理人って、あの料理人?」
「いや、どの料理人だよ。普通に飯つくるだけ?」
「さっきまで剣神とか聖盾騎士だったのに? そんなことあるの?」
笑い声じゃない。それでも、困惑と失望と憐れみが混ざった視線が俺に突き刺さる。それが、笑われるよりもずっと胸に突き刺さる。
老神官が慌てたように口を開く。
「け、決して無用なクラスではありません! 食は命の根幹です。戦う方々を支えることもまた重要な役目」
「黒江様には城の厨房にてその腕を振るっていただければ、きっと救世主様方の助けとなりましょう」
王女も気遣うような表情で俺を見る。
「黒江様。前線に立つだけがこの世界を救う道ではありません。どうか、あなたのお力をお貸しください」
優しい言葉だった。悪意なんて、どこにもない。
だからこそ、胸のモヤモヤをどうすることもできなかった。
『厨房で腕を振るう』
それはつまり、戦う側の立場じゃない。みんなが剣や魔法を持って魔王と戦う中で、俺だけが厨房に立つ。
「……はい。料理は得意なので」
なんとか笑った。自分でも分かるくらい情けない苦笑いだった。
鑑定晶から手を離し、広間の端へ向かう。料理人だって、きっと何かの役には立つ。そう自分に言い聞かせる。
けど、強い力を得て喜ぶクラスメイトたちを見ていると、どうしても思う。
俺だけが救世主の中から外れてしまったんだと。




