↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
28/30

第28話 料理人の俺が、遠征に必要だった理由

 翌朝。


「……腰いったいな」


 目を覚まして最初に出た言葉が、それだった。


 俺は魔物と戦ってない。森の中を歩いただけだし、戦闘中も騎士の人たちと後ろから見ていただけ。それなのに、慣れない場所で寝たせいなのか、身体を起こした瞬間から背中と腰が重かった。


 寝床と言っても王城にあるベッドとは比べものにならない。野営用に敷いてもらった布と毛布だけだ。


「何もしてない俺がこんなこと言ってたら、みんなに怒られるよな」


 腰を伸ばしながら外へ出る。


 朝日はもう昇り始めていて、昨夜まで暗かった村の広場には騎士やクラスメイトが何人か集まっていた。今日も森へ入る予定らしく、それぞれ軽く身体を動かしながら準備をしている。


「黒江くん、おはようございます」


「おはよ、神代」


 先に気づいた神代が声をかけてくる。


 昨日は戦闘が終わったあと、身体よりも頭の方が疲れているように見えた。夜も気を張り過ぎて寝られないのでは? と少し心配だったが、表情は柔らかく、昨日の夕方ほど張り詰めた様子はない。


「調子どう?」


「かなりいいです。昨夜はよく眠れましたし、今朝起きた時も思っていたほど疲れが残っていませんでした」


 神代の真っ直ぐな笑顔が朝から眩しい。強がりを言ってるわけではないようだ。


「黒江くんは寝られましたか?」


「寝られはしたけど腰が痛い」


 おじいさんのように腰をさすると


「しょ、食材いっぱい持ってきてましたもんね! 調理器具も重そうでしたし」


「気を遣わないでくれ。むしろ悲しくなるから」


 ゆっくりとストレッチする俺を見て、神代が小さく笑う。


「寝床が合わなかったんじゃないですか?」


「たぶんな。日本にいた時は畳でも余裕で寝れたのに」


「ベッドは日本のものと変わらない寝心地ですもんね」


「むしろ俺んちのより高級だ。軟弱になっちまうよ」


 そんな話をしていると、今度は横から聞き覚えのある声が入ってきた。


「やっぱり」


 月白である。


 昨日はヘロヘロで倒れそうだったのに、今は普通に立っていた。多少眠そうではあるものの、少なくとも身体が重そうには見えない。


「身体が昨日より軽い」


「一晩寝たからだろ」


「昨日までの寝起きよりずっといい」


「なんでだよ。どう考えても寝床は悪いだろ」


「料理の効果かも。疲労回復。睡眠促進」


 月白は自分の手を握ったり開いたりしながら、身体の状態を確認する。


「寝起きとは思えない。清々しい朝日」


「まあ、調子いいならいいんじゃない?」


 適当に言うと、月白は納得していない顔をする。


 が、俺としては二人が昨日の疲れを引きずっていないならそれで十分だ。


 今日も戦闘がある。少なくとも疲れた身体で森へ入ることにはならなそうだ。


「お、マジで痛くねえ」


 少し離れたところから三浦の声が聞こえてきた。


 見ると、河井と話しながら身体を動かしている。


「俺も昨日あんだけ盾で受けてたのに。筋肉痛は覚悟してたんだけど」


「俺も絶対残ると思ってた」


「クラスのおかげじゃね? 聖盾騎士と双槍騎士なんて身体強そうだし」


 河井はかなり調子がいいらしい。昨日の夕方には何度も腕を振っていたし、肩も気にしていた。それが今朝は普通に大盾を持ち上げて感触を確かめている。


 神代や月白だけじゃなく、河井も同じか。


 ふと別の方を見ると、絆奈もちょうど剣を持って準備をしていた。


 目が合う。


「おはよ、律希」


「ああ、おはよ」


 それだけ言って、絆奈は軽く手を上げると、河井たちの方へ進む。


 歩き方を見る限り、昨日みたいに脚を気にしている様子はない。


「みんな元気だな」


 むしろ腰を押さえている俺だけがおかしいくらいだ。


「黒江くんが一番不健康。戦ってないのに」


「事実なんだけど。まさか月白にそんなこと言われるとはな」


 俺より華奢で病弱そうなのに。なんで俺だけこんなおじさんみたいになってんだ。


 そんなことを言っていると、村の端から何人かの人影がこちらへ歩いてきた。


 三人の騎士と、もう一人は見慣れた金色の髪。


「ふぁぁ……」


 大きな欠伸をしながら桐生が歩いてくる。


 ただ、昨日の朝みたいに足元がふらついているわけではない。


 むしろ、一晩働いた後とは思えないくらい普通に歩いていた。


「お疲れ桐生。ちゃんと働いてたか?」


 桐生がじろりと俺を見る。


「当たり前でしょ。あたしを誰だと思ってるのよ。夜王様よ!」


 なぜか堂々と胸を張られた。


 どうやら調子がいいらしい。


 昨日の、寝ぼけ眼で馬車に乗っていた桐生とは全然違う。


「夜食は食べたか?」


「ええ。たまたまお腹が空いて、たまたま置いてあったから、たまたま食べたわ」


「美味かった?」


 問いに、桐生が少しだけ顔を逸らす。


「まあ……。悪くなかったわ」


「ならよかったよ」


「ええ。よかったわよ」


 桐生はふん、と鼻を鳴らすと、眠気を思い出したようにもう一度欠伸をする。


「じゃ、あたし寝るから。あんたたちはこの日差しが強い中、精々頑張りなさい」


 歩き出す桐生の背中に。


「ああ、おやすみ」


 そう声を掛けると、足が止まる。


 数秒後、少しだけこちらに振り返り。


「……おやすみなさい」


 ボソッと小声でそう呟いて、用意された寝床の方へ歩いていった。


「まるで別人だな」


 小さくなる桐生を背中を見ながらそう呟いたのは、桐生と一緒に戻ってきた騎士。


「なにがですか?」


 問いかけると。


「あっ、いや。先ほどまで魔物を一方的に倒し続けていた桐生様を見た後、あのような女の子の一面を見せられると、別人のようで」


 ……桐生が?


「そんなに強いんですか? 桐生って」


「暗がりでは既に我々の力を超えております。桐生様がどれだけの魔物を倒したのか、もはやこちらでは把握できない程です」


 その言葉に他の騎士が、参ったな、と溜息を吐いた。


「我々が一緒に見張る必要があるのかと思ったほどです」


「そんなに強いんですね、あいつ」


 食堂で噂は聞いていたし、俺自身も桐生の影に捕まったことはある。でも、実際に戦っているところをまともに見たわけじゃない。


 普段は騒がしくてちょっとアホな奴だけど、ちゃんと強いらしい。


「さすがは救世主様だと、改めて思いました。あの強さは本物です」


「あの強さ……。救世主、ですか」


 なんとなしに繰り返した単語に。


「も、もちろん、黒江様もです!」


「え?」


 騎士の人が慌てたように言葉を続ける。


「気を遣わないでください。俺は何もできませんから」


「気を遣うだなんて。昨夜は黒江様の食事に助けられました」


 騎士は俺に向かって軽く頭を下げる。


「普段の遠征では我々は保存食だけで済ませることも珍しくありません」


「そうなんですか?」


「はい。温かい食事をいただけただけでもありがたかったですよ。それに」


 騎士が少し不思議そうに自分の手を見る。


「食事をいただく前は眠気があったのです。夕方に仮眠を頂きましたが、早朝から準備していたもので」


 騎士は少し不甲斐なさそうに笑う。


「ですが、黒江様の食事をいただいてしばらくすると、不思議と頭がすっきりしました。疲れそのものが消えたわけではありません。それでも眠気が引き、最後まで集中を切らさず見張ることができたんです」


「それはよかったですけど。でもそれ、俺のお陰なんですかね?」


「違うのですか?」


「正直わかってないんですよ。俺の料理人ってなんなんだか」


 なんとなく料理に特別な効果を付与できる、というのは月白との調査でわかっているが、未だわからないことが多い。だから、俺の効果で眠気が引いたとは一概には言えない。


「だから、俺のお陰じゃないかもですよ。騎士さんが目覚めただけだと思います」


 俺がそう言うと、騎士の人が少しおかしそうに笑った。


「黒江様は、ご自身のことについては随分控えめなのですね」


「控えめも何も、俺は料理しただけですよ」


「その料理のお陰で無事だったと、私は思います」


「それは大袈裟だと思いますけど」


「だとしても、です。お食事、美味しかったですよ。ありがとうございました」


 深く頭を下げられる。


 そこまでされるようなことはしてないんだけどな。


「じゃあこれから朝食ですので、もしお腹が空いてたら食べていってください」


「はい。ぜひ」


 騎士の人はもう一度だけ頭を下げ、仲間たちと休憩所に向かった。


 昨日から似たようなことを何度か言われている気がする。まあ、飯を作って喜んでもらえたなら料理人としては悪くない。みんなからの催促が来る前に、朝食の準備をするとしよう。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――


 朝食を終え、しばらくして全員が村の広場へ集められた。


「本日は昨日より少し森の奥まで進みます」


 騎士が簡単な地図を広げながら説明する。


「昨日確認された魔物はいずれも低級でした。しかし当初の報告より数が増えていることは事実です。そのため、本日は原因の確認も兼ねて、少し範囲を広げます」


 昨日より奥へ行く。


 その言葉に、何人かの表情が少し引き締まった。


「危険だと判断した場合はその場で訓練を中止します。我々もすぐに介入しますので、無理はなさらないように」


 全員が頷く。


「それでは、昨日と同様の編成で――」


「ちょっといいですか?」


 河井が手を上げた。


「昨日と同じという事は、今日も黒江を連れていくんですか?」


 俺が知りたかったことを、河井が質問してくれる。


 聞きにくいことだったから、地味にありがたい。


「はい。黒江様にも同行していただきます」


「でも、今日は昨日より奥に行くんですよね?」


「その予定です」


「だったら、昨日より危険になる可能性もある。黒江は村に残した方がいいんじゃないですか?」


「俺も、今日は残った方がいいと思います」


 河井に同意する。


 今は報告より魔物の数が多い上、不確定要素がある状況だ。


 であれば、足手まといが確定している俺を連れていく必要はない。


 俺としてもみんなの足は引っ張りたくない。


 そういう思いで発言したつもりだったが――河井がこちらを睨みつけた。


 普段、クールなイメージの河井からしたら、珍しい眼つきだ。


「お前は、毎回俺に同意するなよ!」


 いきなりの怒鳴りに、俺はそれを不思議に思いながら答える。


「そんなこと言われても。河井と同じ意見だからな。むしろありがたいし」


「はぁ? なんで俺が黒江のために意見してるみたいになってんだよ!」


「違うの?」


「違うに決まってるだろ!」


 違うの? じゃあなんで言ってるの?


「……ああ、そうか。俺のためじゃなくてみんなのためか、足手まといがいると危ないって。まあでも、それも含めて同意見だから」


「そうじゃなくって!」


 俺たちが話している間にも、騎士は冷静なままだった。


「黒江様には本日も同行していただきます。昨日、黒江様に同行していただいたことには十分な意味があったと我々は考えておりますので」


 冷静な声。だが、騎士の眼つきは本気だった。


 普段は優しい彼等からは考えられない圧を感じる。


 大人の圧だ。 


 それでも河井は納得していないようで、眉間に皺を寄せている。


「でも、護衛する人数が増えることには変わりないですよね」


「黒江様の護衛はこちらで行います。河井様たちは、ご自身の訓練だけに集中してください。不安であれば護衛の人数を増やしますが?」


「……分かりました。そこまで言うなら」


 不満は残ってそうだが、これ以上言っても変わらないと思ったか。


 河井は口を閉じる。


 ここまでの言い合いになったら、俺もさすがに引くわけにはいかない。ここで拒否したら、騎士に怒られそうだし……。


 せめてできるだけの事をしよう。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――


 昨日と同じ森へ入り、更に奥へと進んでいく。


 昨日より木々が密集し、地面にも起伏が増えていった。場所によっては足元が湿っていて、普通に歩くだけでも気を遣う。


 俺は昨日と同じように、騎士二人と後方を歩いていた。


 その前に河井たち。


 最初の魔物が現れたのは、森へ入ってからそれほど経たない頃だった。


「前方、グレイファング二体います。いけますか?」


 茂みから二体の魔物が姿を現す。


 騎士が魔物を牽制しながら後ろへ退く。


 河井が代わるように前に出て大盾を構えた。


 昨日と同じ。


 そう思ったけど、すぐに違いに気づいた。


 河井は飛び出してきた魔物だけを見ていない。構える前に足元を一度確認し、土の締まった場所へ踏み込んでから盾を正面へ向ける。


「来い!」


 グレイファングが突進を仕掛け――大盾と衝突する。


 思わず目を背けそうになる衝撃。


 だが、昨日のように河井の足は滑らなかった。


 地に着いた足、身体は全くブレていない。


「よし! 一ノ瀬さん!」


 盾で完全に受け止め、そのまま横へ弾く。


「うん!」


 絆奈が横から走り込んだ。昨日は木の根を避けるために一度速度を落としていたのに、今日は違う。木の根を踏み台にするように身体を浮かせ、方向を変えながら魔物の側面へ入った。


 一閃。


 グレイファングが倒れる。


「そこにいますね」


 神代が小さく呟いて刀の柄に手を掛けた瞬間、それだけで終わった。


 草むらに身を潜めていたもう一匹のグレイファングが音もなく倒れる。


「何やったかなにもわかんなかった。昨日と全然違うな」


 思わず呟く。


 初めて森へ入った昨日は、全員が足場や木々に振り回されていた。


 今日は逆だ。


 まだ完璧とは言えないんだろうけど、昨日邪魔だったものをどう避ければいいのか、もう分かり始めている。


「上」


 月白の声。少し離れた木の枝に、別の魔物がいた。


 月白が杖を向ける。昨日のような火球は出ない。代わりに現れた複数の氷の槍が木々の間を抜け、逃げようとした魔物へ次々突き刺さり、地面に叩き落される。


 昨日も十分凄かった。


「……たった一日でこんな変わるのか」


 やっぱりみんなのクラスは凄い。短い時間でこんなにも環境に対応できるのか。この世界の人達に、救世主って呼ばれるだけなこともある。


「お見事です」


 騎士が頷きながらみんなを褒める。


「昨日より格段に良くなっています。そのまま周囲への警戒を忘れず進みましょう」


「はい。……やっぱ慣れだな。昨日よりぜんぜん身体の軽さが違う」


 河井が大盾の感触を確かめながらそう言った。


「昨日一回経験しただけなのに、なんか周りが凄い見えてる気がする!」


 絆奈も剣を納めながら、それに同意した。


「一ノ瀬さん、凄い動き良かったね。完璧なタイミングだったと思うよ」


「河井くんも。昨日みたいに滑らなかったね」


「ちゃんと足元見てたからな」


 二人で戦い方を確認している。やっぱり相性がいいらしい。


 河井が正面を受け持って、絆奈が攻撃する。


 役割も分かりやすい。


「……ん?」


 その河井が一度こちらを見た。


 目が合う。


「どうした?」


「別に」


 すぐに目を逸らされた。


 なんだ? なにか言いたげにしてたけど……。 


 それからも森を進み、何度か魔物と遭遇した。


 昨日より戦闘の回数は多い。


 それでも、危険な場面はほとんどなかった。


 河井は前で攻撃を受け止め、絆奈と神代が仕留める。月白は全体を見渡しながら、魔法を使い分けて前線組が戦いやすいよう徹底していた。


 騎士の人たちが介入することはない。むしろ感心している。


 俺は後ろからそれを眺めながら、昨日との違いを考える。


 慣れ。経験。それだけで、こんなに変わるものなのか。


 強いクラスを持ってるだけじゃなく、みんながこの世界の戦いに慣れていっている。個人が強くなっているように感じる。


 ……対して俺は何か慣れてきたことあるか? 料理は毎日してるけど、魔物相手に慣れる日は来そうにない。それはまあ、料理人だから仕方ないけど。


「止まってください」


 前を歩いていた騎士が急に声を落とした。


 全員が足を止める。


「どうしました?」


 神代が尋ねる。


 騎士は答えず、地面へ視線を向けた。


 そこには何か大きなものが通ったような跡が残っている。


 周囲にも、昨日までより多くの足跡。


「少し数が多いですね。それに大物がいるようです」


 別の騎士が剣へ手を掛ける。森の奥から、低い唸り声が聞こえてきた。


 茂みが揺れ、次の瞬間。


 何体ものグレイファングが姿を現した。


「五、いや、六体!」


 さらに、その後ろ。


 木々の間から、ひと回り大きな魔物がゆっくりと姿を見せる。


 狼というより、熊に近い。昨日まで見た魔物より明らかに身体が大きかった。


「皆様、下がってください」


 騎士たちがすぐに前へ出る。


「数が多いです。我々が対応しても構いません」


 河井が大盾を握り直した。


 絆奈も剣を抜く。


 神代と月白も、それぞれ魔物の群れを見る。


 河井が一歩前へ出る。


「俺達でやります」


 騎士が河井を見る。


「昨日より身体も動くし、このくらいなら!」


 河井が大盾を構え、絆奈が隣へ並ぶ。


 神代も刀へ手を掛け、月白が杖を上げた。


「来るぞ!」


 河井の声が森に響く。


 その声に応えるように、魔物の群れが一斉に走り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。