第27話 料理人の俺は、戦ったみんなに飯を作る
村へ戻った頃には、日はかなり傾いていた。
森に入っていた時間そのものはそれほど長くなかったはずなのに、慣れない道を歩いたせいか、俺まで足が重い。実際に魔物と戦っていた連中なら、なおさらだ。
「では、皆様は夕食の時間まで休憩してください」
騎士の人がそう告げると、河井たちは村の広場に用意された椅子や木箱へ散っていく。
河井は大盾を地面に置くなり肩を回しているし、絆奈も座ったまま足首を動かしている。神代は平然としているように見えるが、森を出てから口数が少ない。月白に至っては、椅子へ座った瞬間からほとんど動いていなかった。
昨日の訓練場では、あんな疲れ方はしていなかった。
「……さて」
なら、ここからは俺の仕事だ。
騎士の人たちが用意してくれた簡易の調理場。
大きな鍋に、豆と根菜。保存用に処理された肉。あとは穀物も少し。昨日考えていた通り、基本は煮込みでいい。
一人一人に違う料理を作るのは現実的じゃないし、人数が多ければ余計に時間がかかる。だったら大元になる料理は一つにして、盛り付ける時に量や具材を変えればいい。
問題は、それだけで足りるかだ。
火を起こし、鍋へ水を入れる。まずは固い根菜から。
切りながら、さっき見た戦いを思い返した。
河井。魔物の突進を何度も盾で受けていた。腕と肩への負担が大きい。あいつには煮込みの具材を多く入れて、別に焼いた肉を付けよう。
絆奈はかなり走っていた。昔から脂の強い肉は好きじゃないから、煮込みのに入れる肉を多めに入れるのがいいか。河井に出す、脂身が多い肉は出さない方がいい。グレープフルーツとかレモンが好きだったから、果実を切り分けて出すことにしよう。
神代は難しい。身体が疲れていないわけじゃない。でも、河井や絆奈ほど目に見えて消耗してはいなかった。
むしろ、ずっと緊張していた。森の中でも周囲を何度も確認し、魔物が現れるたびに刀を握り直していた。身体より頭の方が疲れている気がする。なら、強い味より落ち着ける方がいい。
それと、持ってきたパン。これにガルドさん秘蔵の蜂蜜っぽい粘り気のある液体を塗ってから少し炙るのもありだ。程よい甘みには緊張を和らげる効果がある。
月白は、考えるまでもない。城から持ってきたチーズケーキもどきを出そう。
根菜を鍋へ入れる。火を調整し、豆を加える。次に保存肉。
煮込んでいる間にそれぞれに出す用の料理に取り掛かる。
肉は多めに焼いていい。余ったら騎士のみんなに食べてもらおう。
果実を欲しがるのは絆奈だけじゃないから、こちらも多めに。
パンを炙るのは出す寸前でいいか。砂糖とバターは先に混ぜる。
冷凍していたチーズケーキもどきを取り出して、追加の香りづけをするために瓶を手に取る。香りは大切だ。それだけで食べる人、今回で言う月白の気分は上がるはず。
冷凍してるからちょっと多めに入れてもいいか?
「……ん?」
不思議な感覚。城で料理をしている時にも何度か感じたことがある。
これでいい。この量がいい。そう直感的に分かるような感覚。
でも今日は、いつもよりはっきりしている気がする。
月白はこの量。
河井ならこっち。
絆奈はこのくらい。
神代はこの混ぜ具合。
食材を見ただけで、自然とそれぞれの顔が浮かぶ。
月白の仮説。
相手のことを知れば知るほど、料理人の効果が正確になる。
もしそれが本当なら、今日、俺は初めてみんなが実際に戦うところを近くで見た。
どう動くのか。どこに負担がかかるのか。どんな顔で戦っているのか。
昨日まで知らなかったことを、かなり知った。
「……だからか?」
答えは分からない。でも、試してみる価値はある。
煮込みの味を確認する。
全体の味付けは少し控えめにしておく。
ここから先は、一人ずつだ。
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「飯できたぞー」
声をかけると、休んでいたクラスメイトたちが集まってきた。
最初に来たのは河井だった。
「めちゃくちゃ腹減った」
「余裕だったんじゃないのか?」
「戦闘は余裕だったけど、腹は減るだろ」
「それはそうだな」
保存食で十分と言っていた男が真っ先に来たことには触れないでおいてやろう。
「河井はこれ」
大きめの器を渡す。他のものより肉と豆が多い。
さらに別で焼いた肉も皿へ乗せた。
「量、多くないか? 他の人にもこの量だすの?」
「いや、河井だけこの量と、この肉だ」
「なんでだよ? 嫌がらせか」
「そんなわけないだろ。河井は前線で一番身体使ってたからな。その割に元気はありそうだから。いっぱい食べられるだろ?」
河井が俺を見て、目を見開いた後、怪訝そうに細める。
「……別に」
「そうか。まあ、食べられなかったら残してくれよ」
俺が皿を渡すと、河井は何とも言えない顔をしながら受け取った。
「肉の味が薄かったらこの調味料をかけてみてくれ。ちょっと辛めだから、煮込みに入れるなよ?」
「ああ。わかったよ」
河井はどこか不貞腐れながら歩いて行く。
次に来たのは絆奈。
「律希、わたしのは?」
「ちょっと待っててくれ」
鍋の中から根菜を多めに選んで盛る。肉は脂の少ない部分。
全体量は河井ほどじゃないけど多め。
「結構あるね」
「今日かなり動いてただろ」
「うん、そうだね」
「肉は脂少ないやつにしてある。柔らかいし味は沁みてるから食べやすいと思うぞ」
絆奈が小皿と俺を交互に見る。
「……覚えてたんだ」
「何を?」
「わたしが脂っこい肉、あんまり好きじゃないの」
「そりゃ昔から見てるからな。それと」
別皿に乗せた、一口サイズの赤い果実。皿の端には甘い調味料が乗せられている。
「これ、食べたい気分だろ?」
絆奈が果実を見ながら驚いたように呟く。
「なんで……」
「料理人の感ってやつだよ」
これは嘘でも何でもない。絆奈にはこれって思ったから出したものだ。
「そっか」
絆奈が小さく笑う。
「ありがと」
「あいよ」
次に来たのは神代だ。
「神代はこれ」
「ありがとうございます」
量は普通。肉も野菜も偏らせない。ただ、神代の分だけ煮込みを取り分けた後、香りの柔らかい香草を少し追加してある。
「他の人と少し匂いが違いますね」
「神代はなんか身体より頭が疲れてそうだったから。これ、落ち着く匂いするだろ?」
神代が器へ顔を近づける。
「はい。いい香りです」
「もし薄かったら、こっちの調味料を少し入れてくれ」
「それと」
蜂蜜もどきをパンの表面に薄く塗った後、香りが甘く漂う程度に軽く炙る。表面に焦げ目がついたところで持ち上げて、皿に乗せてから神代に差し出す。
「神代にはこれだ」
「これは……。甘い香りがしますね」
「香りほど甘くないけどな。表面がサクサクで美味しいぞ。これは神代だけに提供する料理だ」
「わ、私だけ……」
神代がパンを見つめ。
「はいっ。ありがとうとうございます」
器を胸元へ抱えるようにして、少し離れたところへ移動していった。
そして月白。
「待ってた」
「知ってるよ」
ずっとこっちを見てたからな。
小さめの器を用意する。肉は少なめ。豆と柔らかく煮えた根菜を多め。
「これだけ? 甘いものは?」
「ふふふ。ないと思って聞いてきてるだろ?」
月白には、甘いものなんて遠征で出せないと伝えてきた。
後ろに置いてあるチーズケーキもどきを確認する。ゆっくりと自然解凍したそれは、完成品と変わりない香りと見た目をしていた。
「ほら、チーズケーキもどきだ」
「っ!」
見せた瞬間、月白が皿を受け取る。
「どういうこと?」
「城から持ってきた。ここで作ったわけじゃないけど。一応ここで手間は加えたから、効果があるかも知れないな」
「それもまた実験」
それだけ言って、月白はそそくさとその場を離れる。
できればチーズケーキもどきは食後に食べて欲しいところだが……。
そして、他のクラスメイトや騎士たちにも盛り付けをしていく。
全員分を用意し終わる頃には、辺りに煮込みの匂いが広がっていた。
みんな、雑談しながらご飯を食べている。
俺も自分の分を用意して、空いている木箱へ腰を下ろす。外で作る料理なんて初めてだったから少し不安だったけど、味自体は問題なさそうだ。
「これ普通に城で食うのよりうまく感じるな」
「腹減ってるからじゃない?」
「それもあるだろうけど」
嬉しい声が聞こえて来る。
見ると、河井が別皿で出した肉に調味料を付けて食べていた。
「悪くない。確かに煮物には入れない方がよさそうだ」
「脂っぽくない?」
隣で食べる絆奈が問いかけると。
「ぜんぜん気にならない。城で食べた時は重く感じたんだけど」
それを聞きながら、絆奈も煮込みを食べる。
「一ノ瀬さんはその量で足りる?」
「うん。中にお肉入ってるから、これぐらいがちょうどいいと思う」
「足りなかったら言って。俺の肉わけるから」
「脂身はちょっとキツイかもだから大丈夫だよ。煮込んであるやつがちょうどいい」
そう言って果実を口に放り込むと、美味しそうに目を細めた。
どうやらいい感じのご飯を提供できたようだな。
「黒江くん」
少し離れた位置から神代に呼ばれた。
「どう? 食べられてるか?」
「すごくおいしいです。それに……。なんでしょう。食べていると落ち着きます」
「香草の効果かな?」
「それだけでしょうか」
神代は自分の胸元へ手を当てる。
「森から戻ってからも、ずっと周囲が気になっていたんです。気を抜いたらすぐに魔物が出るんじゃないかって……。でも、さっきより考えなくなりました」
「疲れて考えられなくなっただけじゃないのか?」
「そうかもしれません。でも、それなら黒江くんの料理で休めているということですね」
「まあ、それなら作った意味はあるけど」
神代が嬉しそうにもう一口食べる。
「やっぱり」
気付いたら月白が神代の取りに座っていた。
いつの間に……。って感じだが、まあ月白ならそういうこともある。
「なにが?」
「身体の疲れが抜けてる。さっきまで立ちたくなかったけど、今は普通に歩けそう」
「じゃあ歩いてみれば?」
「食べ終わってから。食事中に歩くのはマナー違反」
「そもそもここまで歩きて来ただろうが」
ぼやくも、月白がそんなことを気にするはずもなく。
「他の人にも効果が出てるみたい。河井くんは腕と肩。一ノ瀬さんは脚。神代さんは精神的な疲労。わたしは全身の体力」
「なんでそんな把握してるんだよ」
「観察してたから」
「研究熱心なことで」
「今回のは、今までより効果がはっきり出てると思う」
月白が俺を見る。
「たぶん、黒江くんがわたしたちたちの戦いを見てたから。移動、戦闘、気の使い方、疲れ、態度。見てたでしょ?」
「まあ。後ろですることと言えばそれぐらいだしな」
「それで料理する時、わたしたちの状態を考え。違う?」
「考えたよ。煮物意外に渡した一品は特にそうだ」
「やっぱり」
月白が少し身を乗り出す。
「前に言った仮説。黒江くんが相手を知るほど、料理人の効果は正確になる。今日、それがまた確信に近付いた」
確かに。調理中に感じた、あの感覚。
河井にはこれ。絆奈ならこっち。神代にはあれ。月白はこう。
屋外という、限られた状況なのに、昨日までより迷いが少なかった。
「でもまだ断定できないだろ?」
「うん。だからもっと試さないと」
「嬉しそうに言うなよ」
「嬉しい」
月白が微かに鼻息を荒くして。
「それに、黒江くんのこと、また分かったから」
「俺じゃなくて料理人のことだろ?」
「どっちも同じ」
「違うと思うけど」
月白はもう俺の話を聞いていなかった。
何か考え込むように器を見つめている。
その顔は真剣で、どこか楽しそうで。
「ごちそうさまでした。黒江くん」
神代もそう笑ってくれる。
周りのみんなも、楽しく、美味しく食事をとれているようだ。
それならまあ、俺がここに来た意味もあったのかも知れないな。
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食事が終わる頃には、すっかり日が暮れていた。
騎士たちは交代で見張りを始め、戦闘に参加したクラスメイトたちは明日に備えて休むことになった。
そして、朝はあれだけ眠そうだった桐生が。
「はぁー! やっと調子出てきたわ!」
「うるさっ」
完全復活していた。
「なんでよ。夜はこれからでしょ?」
「俺たちはこれから寝るんだよ」
「貧弱ね、これだからよわよわ料理人は困るのよ」
「朝、馬車にもまともに乗れなかった奴に言われたくない」
「は?」
桐生の動きが止まる。
「なによそれ」
「覚えてないの? 俺が手貸して馬車乗せたじゃん」
「……知らない」
「そのあと俺の肩でずっと寝てたぞ」
「はぁ!?」
桐生の声が村に響いた。
「声でかい。みんな寝るんだぞ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あたしがあんたの肩で!?」
「寝てたよ。ぐっすり寝てた」
「嘘よ!」
「じゃあ月白に聞けよ。ブランケット取ってもらったから」
少し離れたところにいた月白がこちらを見る。
「桐生さん、黒江くんの肩で寝てた」
「そ、そんな。夜王であるこのあたしが……」
桐生が頭を抱える。どんだけ夜王にプライド持ってるんだ、こいつは。
「まあ気にすんなよ。夜王だから朝弱いんだろ?」
「気にするわよ! なんで黒江の肩なんかで……。あんた、変なことしてないでしょうね?」
「ブランケット掛けた」
「そうじゃなくて!」
「じゃあ何?」
「もういい!」
顔を真っ赤にした桐生がそっぽを向く。
何なんだ。
「あ、そうだ。桐生」
「なによ!」
「これ」
用意しておいた包みを差し出す。桐生が警戒するように見る。
「夜食、渡しておくよ」
「作ったの?」
「簡単なものだけどな。夜中、腹減るだろ?」
「べ、別に。頼んでないんだけど?」
「頼まれてなくても作ったんだよ。だから、夜は任せたぞ。寝てるところを襲われたら、たまったもんじゃないからな」
伝えると、桐生は夜食の入った入れ物を胸元へ抱え込む。
「まあ、そこまであんたが言うなら? たまたまお腹が空いた時に、たまたま気が向いたら、仕方なく食べてあげるかも知れないわね」
「はいはい。それでいいよ」
これで桐生の分も問題ない。
「じゃあ夜頼むぞ」
「誰に言ってるのよ。あたしは夜王よ? 頼まるまでもないんだから」
「朝よわよわだったぶん、これから挽回してくれよ」
「忘れなさいよ! あんましつこいと普通に殺すわよ!?」
桐生が影を伸ばしかけたところで、近くの騎士から。
「夜間ですので、お静かにお願いします」
と注意される。
「……はい」
さっきまでの勢いが消えた。
俺は笑いを堪えながら、自分たちに用意された寝床へ向かう。
初めての遠征。初めての野外での魔物との戦い。俺自身は一度も戦っていない。
それでも今日、みんなが戦うところを見たから分かったことがあった。
森の中でどう動くのか。何に疲れるのか。本人が大丈夫だと言っていても、身体はどうなっているのか。そして、その情報を使って料理を作ったら、今までよりも分かりやすい効果が出た。
黒江律希という人間が強くなったわけじゃない。
俺は相変わらず魔物を倒せない。
けれど、俺の料理を食べた奴らが少し楽になって、明日また戦えるなら。
「……来た意味はあったのかもな」
誰に言うでもなく呟く。
明日も魔物との戦闘がある。
だったら俺は、明日も飯を作ればいい。
今はそれで十分だと思った。




