第25話 厨房には、なぜかみんな集まってくる
実地訓練への同行が決まった俺は、その足で厨房へ戻った。
明日の朝には王都を出るらしい。
一泊二日。
魔物との実戦訓練。
俺の役割は戦闘じゃなく、食事担当。
話を聞いた直後は本当に俺が必要なのかと思ったけど、行くことが決まった以上、やることは一つだ。
「ガルドさん」
厨房へ入ると、ガルドさんは大きな肉の塊を切り分けているところだった。
「明日の実地訓練の話、聞いてます?」
「とっくにな」
「俺より先に知ってるんですね」
「まあ、そういうこともある」
いや、どういうことですか? とは聞かない。
「本来ここは城内用の厨房で、遠征用は別にあるんだが……。一日ぐらいならここので充分だ。好きなのを持って行け」
「好きなモノって、なに持ってけばいいですかね?」
「それを考えんのも料理人の仕事だろ」
「俺、遠征で料理するの初めてなんですけど」
「俺だって最初は初めてだった」
……どうやらガルドさんは俺が思ってる以上に根性論者らしい。
「そうですよね。自分で選びます」
「冗談だよ! そんな悲しそうな顔すんな!」
ガルドさんが俺の肩を叩きながら豪快に笑う。
「荷馬車は出る。鍋も調理器具も積める。水も騎士どもが用意するし、火を起こす道具も持っていくそうだ」
「それなら思ったより普通に作れますね」
「だから準備は大切だ。忘れ物しても取りに戻れねえし、食材も持っていった分だけ。坊主の役割はなんだ?」
「料理をして戦ってる人に食べてもらう事です」
「そうだ。それができなきゃいる意味がねえ。だから、準備は念入りにしろ」
ガルドさんにそう言われ、俺は厨房と繋がっている食材庫へ向かった。明日の昼は移動になる可能性が高いから、簡単に食べられるものがいい。その方が、万が一食後に戦闘があっても動きやすい。
問題は夜だ。
明日戦闘があるのか? 或いは戦闘は明後日からなのか。それによる。
とは言え初の遠征。戦闘組は移動だけでも疲れるはずだ。
「豆は持っていけます?」
「問題ねえ」
「根菜も?」
「一日や二日ならな」
豆。根菜。保存の利く肉。それに穀物。みんなに受けのいい調味料。
煮込みなら一つの鍋で大量に作れるし、現地でも失敗しにくい。味付けに物足りないなら調味料を入れてもらえばいいし、具材の取り分けで食べる物も変えられる。
河井は盾役。
今日見ていた感じだと、魔物の攻撃を真正面から受け止めていた。身体への負担も相当ありそうだから、力が付くようなものを食べさせたい。サイドメニューで肉を焼き、必要な人にだけ提供するのもありか。
絆奈もかなり動く。
けど、昔から脂ののった肉料理は好きじゃない。メニューを作ってから軽食を選ぶことが多いから、煮込みの具材を多めに入れればそれで満足しそうだ。
月白は逆。
こってりしたものは得意じゃないし、量も食べない。煮込みでも喜びそうだけど、月白の問題は別。実験したいとか言いかねないこと。それはなんとか誤魔化すしかない。訓練中に、あいつの実験に付き合う余裕はないだろうからな。
神代は――。
「黒江くん?」
「うわっ」
すぐ後ろから声がして、飛び上がった。
振り返ると、そこには神代。
「び、びっくりした」
「すみません。何度か呼んだんですけど」
「全然聞こえてなかった」
「やっぱり。凄い集中していましたからね」
神代が小さく笑う。
「どうしたんだ? こんなところに」
「明日の準備を手伝おうと思って来ました」
「手伝い?」
「はい。黒江くん一人で、みんなの分を準備するんですよね?」
「ガルドさんたちも……」
言いかけたが、もう食材庫に姿はなかった。
自分の仕事が出来たのか、神代が来たからどこかへ行ったのか。
「いや、まあ。そうだな」
「なら、私が手伝いますよ」
「神代も明日行くんだから休んどいた方がいいだろ?」
「それを言ったら黒江くんだって明日行くじゃないですか」
「俺は戦わないから大丈夫だろ」
「私は料理をしないので大丈夫です」
そうか。神代は料理しないから、休んでおかなくて大丈夫か。
「……いや、どう考えても休んどいた方がいいだろ」
「いいんですよ! 余計な事を考えたくないんで、軽く仕事をしていたいんです!」
そう言われると、納得はできる。
さすがに身体を動かしていたら疲れがたまる。
ここで食材の分別だったりをしてもらうだけなら、そうでもない。
忙しい方が余計な事を考えないというのはその通りだ。
もしかしたら、不安で、部屋に戻っても身体が休まらないのかも知れないな。
「じゃあ、悪いけどそこの根菜をこっちの箱に移動してもらえる?」
「はい」
神代が袖を少し捲る。
言われた通りに食材を確認し、一つずつ丁寧に箱へ移していく。
その動きから、彼女が真面目で丁寧な性格をしているということが伝わって来る。
「明日は何を作る予定なんですか?」
「夜は煮込みにしようかなって。色んな具材を入れておけば、食べたいものも選べるだろ? あとは食べたい人にだけ肉を焼く予定だ」
「なるほど。多くの人に対応できるようにですね」
神代が感心したように頷く。
「神代は何か希望ある? 要望が通るかはわからないけど」
聞くと、神代が少し考える。
「……黒江くんが、私のために作ってくれるなら、それで十分です」
「それはまあ。みんなのことを考えて作るから当たり前なんだけど」
「みんなじゃなくて、私だけの事を考えて欲しいんですけど……」
「ん? なんだ?」
こちらに背を向けながら、ボソボソ喋る彼女の言葉が聞き取れない。
「いえ。とにかく、私の事を考えてくれるならそれでいいです」
「んー……。そっか。なら、神代の事を考えながら灰汁を取るとするよ」
それだけで料理人の効果が出たらもうけもんだしな。
「黒江くん」
神代のものじゃない、背後から声がした。
「月白か」
振り返る前に声だけでわかった。
「正解」
振り返ると、やっぱりそこに立っていたのは月白。
「なんで分かったの?」
「こんだけ話してりゃ声でわかるだろ。あと、背中に感じる謎の雰囲気からわかる」
「なにそれ?」
「詳しいことは俺にもわからん。だけど、月白特有の雰囲気があるんだよ」
自分でもよくわからいけど、月白が近付いて来ると、微かに空気が冷たくなる気がする。いや、周りが静かになる感じか? とにかくわからないけど、独特な奴だ。
「ふっ」
無表情を保ちながら、月白の口元が微かに緩む。
「おっ、珍しいな。月白が笑うなんて。何かいいことあったか?」
「黒江くんがわたしに詳しくなってる。つまり、実験が進んでるということ」
それは、まあ。確かにそうか?
その人の事を詳しく知れば知るほど料理人のスキルが適応される。という仮説。
「それで。明日はなに作るの? 甘いものある?」
「遠征だぞ。甘い調味料は持って行くだろうけど、料理は作らん」
「甘いものは疲労回復にいい。絶対に作った方がいい」
「コスパがあわない。却下だ」
断ると、月白が俺を見上げる。
「ちゃんとわたしのことを考えて作って」
「遠征でそんな贅沢なこと言うな。実験は帰って来てからだ」
「んー……」
不機嫌さをあからさまに出してくる月白。
だが、目を細めて睨みつけてくる彼女の顔が幼過ぎて、絶妙に可愛い。
「そんな顔してもダメだ。それより月白も神代を見習って仕分けの手伝いを」
「んー……」
お願いしたが、月白は目を細めたまま食材庫を出て厨房へ移動した。
どうやら手伝うつもりはないらしい。
「明日、外に出るって言うのに。余裕があるのね、アンタ達」
どこからともなく聞き覚えのある声が聞こえて来る。
厨房を見回すと、少し離れた作業台に座っている金髪の女子生徒。
「桐生か。いつからいたんだ?」
「最初からいたわよ。周りが見えてないんじゃない? よわよわ料理人」
「うるさい。桐生も暇なら手伝ってくれ……。って思ったけど、やっぱ桐生には手伝ってもらわなくていいや」
「なんで! なんであたしには手伝いを要求しないのよ!」
「だって桐生、仕分けとか苦手そうだし。仕事増えそう」
「あんたアタシをなんだと思ってるの! ちょっと扱い適当すぎない!」
「そもそも、何しに来たんだよ」
昼、訓練場に桐生はいなかった。夜行性だから寝てたんだろうけど。
「遠征訓練にあたしも行くからよ。それでごはんが無事か確認しにきたの」
「桐生も来るのか?」
「当たり前でしょ? あたしは夜王よ」
「夜王かどうかは知らないけど。訓練場にいなかっただろ」
桐生が呆れたように肩を竦める。
「必要な人間って言うのは、どこにいても必要とされるのよ」
どこか嬉し気にそういう桐生。
「まあでも、確かに。桐生がいれば夜は安心して休めそうだな」
全員のクラスを把握してるわけじゃないけど、桐生は夜王により夜行性になっている。それに、異質な強さを持ってることは、食堂に流れる噂で明らかだ。
俺も桐生の魔法をこの身を持って体験してるしな。
「一緒にいてもらうと助かる存在ではあるな」
素直に伝えると、桐生が顔を赤くして目を背けた。
「はっ! 当たり前でしょ! あたしは夜王なんだから!」
「その威張り方はよくわからないけどな」
桐生らしいっちゃ桐生らしいけど。
「まあでもともかく。手伝ってもらう……。にしては微妙そうだし、作業台の上にいられるのは邪魔だから、月白と仲良く椅子にでも座っててくれ」
「だから、なんであたしの手伝いが微妙なのよ!」
「嬢ちゃん」
威勢よく桐生が喋っている途中、ガルドさんが割って入った。
いかつい顔、見開いた眼が、桐生にゆっくりと迫り。
「作業台は、座っていい場所じゃねえ」
地を這うような声でそう言った。
桐生は両手を胸の前で組んで。
「は、はい……」
小さい声でそう言うと、とぼとぼ月白の隣の椅子にちょこんと座った。
……まあ、なんだ。ちょっと涙目になってる桐生が、なぜか可愛く見えた。
それに、無表情で座っている月白と、悲しそうに座っている桐生。
対照的な人形を見ているようで微笑ましい。
「黒江くん。これはこっちでいいですか?」
「ああ。ありがとう神代」
一人だけ本当にありがたい。
「神代がいてくれて本当に助かったよ」
「いえいえ。私は大丈夫ですから」
そんなやりとりをしていたところで。
「律希?」
厨房の入口から聞き慣れた声がした。
振り返ると、絆奈がひとりで立っている。
「珍しいな。どうしたんだ、こんなところに」
「明日のことでちょっと――」
絆奈が俺の方へ歩き出す、その瞬間だった。
俺の隣で作業していた神代が、一歩前に出た。
「一ノ瀬さん。どうしましたか?」
その問いに、絆奈が足を止める。
「神代さんじゃなくて、律希に用があるんだけど」
「黒江くんはいま明日の準備をしていますので。急ぎでしたら、私が聞きます」
「いや……」
神代はいつもの柔らかい笑顔で絆奈を見ている。
ただ、なぜかその笑顔が少しだけ硬く見えた。
対して絆奈は神代に戸惑っているようだ。
二人が近い距離で目を見合わせている。
どちらも声は普通、変なことはなにもない。
なのに、なんだろう。厨房が少しだけ涼しくなった気がする。
「神代。大丈夫だよ。俺に用事なら、俺が聞くから」
「ですがっ」
神代が何かを言いかけて、思い止まるように口を閉じた。
「……そうですね。黒江くんがそういうなら、ここは退きます」
神代はそう言って半歩横へ移動する。ただ、なぜか俺のすぐ隣には残っている。
暫くしてもそこから移動しないので、近いと思いつつも、絆奈を見る。
「それで。えっと、どうした?」
「あ、明日のことで少し聞こうと思っただけ。律希も来るんでしょ? 料理担当で」
「ああ。俺は料理人だからな」
「そう、なんだ」
絆奈の視線が厨房の中を動く。
神代。月白。桐生。
そして、俺。
「……みんな何してるの?」
「明日の準備だけど?」
「そうなの?」
絆奈が神代を見る。
「神代さんも?」
「お手伝いです」
「月白さんは?」
「待ってる」
「な、なにを?」
絆奈の問いに、月白はいつもの無表情で絆奈を見続け。
「き、桐生は?」
「あたしはたまたまいただけよ」
「明日の料理を見に来たって自分で言ってただろ」
「うるさいわね! あんたはちょっと黙ってなさいよ!」
絆奈が少しだけ目を丸くする。
「……そうなんだ」
「絆奈はなにか明日、どれぐらい食べられそうだ?」
そう聞くと、絆奈が俺を見る。
「わたし?」
「今日かなり動いてただろ。明日も同じくらい戦うとして。どれぐらい食べられるかなって思ってさ。材料を調整してるから」
「ああ……。なら、今日の夜は軽めにしようかなって思ってた」
「なるほど。なら煮物の肉でいいか。脂の肉は食べない感じ?」
絆奈の表情が少し明るくなる。
「うん。あれはちょっと――」
「黒江くん」
袖を引っ張られた。月白だ。
「どうした?」
「わたしは肉少なめ」
「知ってる。月白のには入れないよ」
「野菜多め」
「それも知ってる」
「味は薄めで量は少な目。デザートは甘いもの。でも甘すぎない程度に抑えて」
「もう全部わかってるよ。明日、デザートは出ないけどな。出しても月白が好きじゃない果実だ」
「あれはよくない」
月白が少し不満そうな顔をする。
ふと見ると、絆奈がこっちを見ていた。
「どうした?」
「……律希、月白さんの好み、詳しいんだね」
「何回も作ってるからな」
「何回も?」
「ああ。料理人のスキル……。いや、月白は偏食だから、たまに作ってるんだよ」
「ふーん」
絆奈の返事が少し短い。
「絆奈の量も確認できたし、作業に戻るか」
食材を分けていく。
「そういや桐生。夜食は必要?」
「……別に」
「いらない?」
「たまたまお腹が空いて、たまたまあんたが何か作ってたら、たまたま食べるかもしれないってだけ」
「このたまたまの頻度は作っておいた方がいいな。……俺も桐生に慣れてきたもんだ、悲しいことに」
「なにが悲しいのよ! 光栄に思いなさいよ! あたしは夜王よ!」
「はいはい。そうですね」
騒ぐ俺達を見た神代が、くすりと笑う。
「坊主」
少し離れたところからガルドさんに呼ばれた。
「なんですか?」
「楽しそうだな」
「そう見えます?」
「ああ」
俺は周りを見る。
楽しそうに手伝ってくれている神代。
ジーっと食材を見つめている月白。
退屈そうに暗くなってきた空を見上げている桐生。
そして、どこか不満そうにみんなを見ている絆奈。
「まあ、楽しくないとは言わないですけど」
誰に何を食わせるか。どれぐらい作ればいいのか。何が好きなのか。何なら食べやすいのか。考えることは増えていく。
でも、不思議と嫌じゃない。
むしろ、料理を作るようになってから、こういうことを考える時間が以前より楽しくなっている気がする。
明日は初めて王都の外へ出る。
魔物との実戦もある。
俺は戦えない。
今日、訓練場でみんなを見ていた時は、少し羨ましいと思った。
それでも、明日は俺にもやることがある。
食べる人の顔を見て、必要なものを考える。
ガルドさんに教えられた、料理人としての仕事だ。
「よし。とりあえず、この辺は持っていくか」
明日の食事がどうなるのか、まだ分からない。
でも、せっかく俺まで連れていくと言うんだ。
保存食で十分だったなんて言われないくらいのものは、作りたいよな。




