第22話 【一ノ瀬 絆奈視点】幼馴染に謝ったのに、なぜか前とは違う
【一ノ瀬 絆奈視点】
冷夏に言われたことが、ここ数日ずっと頭の片隅に残っていた。
『黒江には、早めに謝った方がいいと思うわ』
正直、最初に言われた時は面倒だとしか思わなかった。
律希だって、最近は神代さんと王都に出掛けたり、月白さんと一緒に何かやっていたり、前とは随分違う。わたしばかりが悪いみたいに言われるのは、ちょっと納得できないところもある。
それでも、召喚されたばかりの時に言ったことについては、さすがに言いすぎたと思っていた。
『もう話しかけないでね』
あそこまで言う必要はなかった。
知らない世界に連れてこられて、剣神なんてクラスを与えられて、周りから一気に持ち上げられた。律希は律希で料理人になって落ち込んでいたし、わたしも自分のことで余裕がなかった。
だからって、何を言ってもいいわけじゃない。そこは謝った方がいい。
冷夏にも言われたし、いつまでもこのままなのも変だ。
それに律希なら、ちゃんと謝れば分かってくれる。
昔からそうだった。
喧嘩をしても、わたしが悪かったと認めれば律希はいつまでも怒っていない。次の日には向こうから話しかけてきて、気がつけばいつも通りになっていた。
今回だって、たぶん同じだ。
「……あ、いた」
廊下の先に律希を見つける。
厨房から出てきたところらしく、空になった木箱を抱えて歩いていた。
ちょうどいい。
わたしはそのまま近づいていく。
「律希、ちょっといい?」
呼びかけると、律希はすぐに足を止めた。
「ん? 絆奈?」
「いま時間ある?」
「少しなら。これ戻したら厨房に戻るけど」
「なら大丈夫。そんな長い話じゃないから」
わたしが近づいても、律希は特に嫌そうな顔をしなかった。
やっぱり、そんなに怒ってはいないんだと思う。
それなら話は早い。
「前のことなんだけど。ほら、召喚されたばっかりの時に、わたしが言ったこと」
「ああ」
律希もすぐに分かったらしい。
ここで変に言い訳をしても仕方がない。
「冷夏にも言われたんだけど、あの時はちょっと言いすぎたと思ってる。もう話しかけないでとか、あそこまで言う必要なかったし。だから、その……。ごめん」
口にしてみれば、それだけだった。
律希はすぐには答えず、少し考えている。
その間だけ、さすがに少し落ち着かなかったけれど、やがて律希はいつもと変わらない顔で頷いた。
「もういいよ。俺もあの時は落ち込んだけど、召喚されたばっかりだったし。いきなり知らない世界に飛ばされて、冷静でいられる方が無理だろ」
「怒って、ないの?」
「今はもう怒ってないよ。それに、俺も料理人になった時は自分のことでいっぱいだったし。お互い余裕なかったってことでいいんじゃないか?」
「そっか」
やっぱり、思った通りだった。
律希はこういうところで、いつまでも根に持ったりしない。
「じゃあ、これで――」
言いかけたところで、律希が抱えていた木箱を持ち直した。
「じゃ、そろそろ戻るわ。ガルドさんに頼まれてることもあるから」
「え?」
「話ってこれで終わりだよな?」
「うん。まあ、そうだけど」
「じゃあまたな、絆奈」
「うん。また」
律希は軽く手を上げ、そのまま厨房の方へ歩いていった。
その背中を見送りながら、少しだけ首を傾げる。
「あれ?」
何か引っかかった。でも、別におかしなところはない。
ちゃんと謝った。律希も許してくれた。
今は仕事の途中だったみたいだし、すぐ厨房に戻るのも当たり前。
「忙しかっただけか」
なら、また後で話せばいい。
わたしも午後から訓練がある。
律希は厨房。
前みたいに学校でずっと同じ場所にいるわけじゃないんだから、今すぐ何か変わるわけでもない。それでも謝ることはできた。
これでそのうち、また律希の方から普通に話しかけてくるはずだ。
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翌朝、食堂へ向かう途中で律希と会った。
「おはよう、絆奈」
「あ、おはよう律希」
律希は普通に笑って、そのまま厨房の方へ歩いていった。
わたしもそのまま食堂へ向かう。
……普通だった。昨日ちゃんと謝ったんだから、当然だ。
昼には訓練を終えて食堂へ向かう途中で律希を見かけた。
「午前の訓練終わったところか?」
「うん。午後もあるけどね。律希は?」
「昼の片付け。これから戻るところ」
「そっか。頑張って」
「絆奈もな。じゃあまた」
「うん」
律希が横を通り過ぎる。
思わず、わたしはその背中を目で追った。
「……また?」
普通に話した。律希の方から声も掛けてきた。
だから、おかしいところなんて何もない。
……でも、前ってこんな感じだったっけ?
学校にいた頃、律希はよくわたしのところに来てた。部活がある日は終わる時間を聞いてきたり、昼休みに会えば何を食べるのか聞いてきたり、どうでもいいことで声を掛けてきたり。
わたしが他の友達と話していても、その辺に律希がいるのは珍しくなかった。
もちろん、今は環境が違う。
律希には厨房の仕事があるし、わたしには訓練がある。
「……謝ったんだけどな」
呟いてから、自分でも何を言ってるんだろうと思った。
謝ったからといって、律希が暇になるわけじゃない。
ただ、今までなら、仲直りしたら律希の方からいつの間にか近づいてきていた。
だから、今回もそうなると思っていた。
なのに、律希は来ない。
わたしから話しかければ普通に話す。向こうから挨拶もする。
それなのに、用もないのにわたしのところへ来ることがなくなった。
「まあ、そのうちでしょ」
まだ謝ったばかりだ。
わたしだって別に、律希にずっと隣にいてほしいわけじゃない。むしろ前は、いつも近くにいるせいで付き合ってるなんて勘違いされて、それが嫌だったんだから。
今の距離の方がちょうどいい。そのはずだ。
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午後の訓練が終わったあと、律希に謝ったことを冷夏に伝えた。
「ちゃんと謝ったのね」
「うん。ちゃんと謝ったよ。律希も、もう気にしてないって」
「そう。ならよかったわ」
「やっぱり律希って、そういうところは昔から変わんないよね。怒ってても、ちゃんと謝れば許してくれるし」
「……そうね」
なぜか冷夏の返事に少し間があった。
「なに?」
「別に。黒江が許してくれたのなら、それでいいんじゃない?」
「うん。だからもう大丈夫」
そう答えながら、水を飲む。
これで冷夏からも、謝った方がいいなんて言われなくなる。
律希との変な空気も終わった。
全部元通り。
「……元通り、ではないのかな」
思わず口から漏れた。
「何が?」
冷夏がこちらを見る。
「律希、わたしが話しかけたら普通に話すし、向こうから挨拶もしてくる。別に怒ってる感じもないんだけど」
自分で話していても、何が問題なのかよく分からない。
冷夏も不思議そうにしている。
「何か気になることがあるの?」
「律希の方から来ないんだよね。前なら喧嘩しても仲直りしたら律希の方から普通に近づいてきてたじゃん。なのに今回は全然来ないの」
「なら、絆奈から話しかければいいんじゃない?」
「なんでわたしから?」
反射的にそう返してから、冷夏の眉が僅かに動いた。
「なに?」
「いえ。絆奈らしいと思っただけよ」
「どういう意味?」
「そのままの意味」
なんだか馬鹿にされた気がする。
「だって、もう謝ったんだよ? 律希も許してくれたんだから、前みたいに普通でいいじゃん」
「今も普通なのでしょう?」
「だから、その普通じゃなくて……」
言葉に詰まる。
何が違うんだろう。
律希は挨拶をする。話しかければ返してくれる。別に避けてもいない。
十分普通だ。なのに、わたしが思っていた普通とは少し違う。
「前はもっと、律希から勝手に話しかけてきたじゃん。冷夏も知ってるでしょ?」
「もちろん」
「だったら、なんで今回は来ないんだろって」
冷夏は少し考えるように、わたしを見る。
「黒江に聞けばいいんじゃないかしら」
「そんなこと聞くの?」
「気になるならね」
「……別に、そこまでじゃないけど」
わざわざ、『なんでわたしに話しかけに来ないの?』なんて聞くのは変だ。
そんなことを言ったら、まるでわたしが律希に構ってほしいみたいになる。
そういうわけじゃない。ただ、今までとは違うから気になるだけ。
「そのうちまた来るでしょ」
そう言って立ち上がる。休憩も終わりだ。
どうせ律希だって、今は厨房の仕事が楽しくてそっちに夢中になっているだけ。
神代さんと王都に行ったり、月白さんと何か調べたりしているのも、異世界に来て色々珍しいから。少し時間が経てば落ち着くはずだ。
それに、律希は昔からわたしには甘い。
何だかんだ言いながら、最後はいつも律希の方から近づいてきた。
今回だって、きっとそうなる。
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次の日の朝。
食堂に入るところで、ちょうど厨房から律希が出てきた。
「おはよう絆奈」
「おはよう、律希」
「今日も訓練か?」
「うん。一日やる予定」
「そっか。怪我すんなよ」
「分かってるって」
「じゃあ俺、仕込みあるから。またな」
律希はそう言って、すぐに厨房へ戻っていった。
「……うん」
閉じた扉を見つめる。
今の会話だって、何もおかしくない。むしろ律希の方から話しかけてきた。怪我をするなとも言った。昔と同じような言葉だ。
なのに、どうしてだろう。
前の律希なら、そのままもう少しどうでもいい話をしていた気がする。今日の訓練は何をするのかとか。昨日はどうだったとか。昼は何が食べたいとか。必要でもないことまで勝手に聞いてきた。
今は必要なことだけ話して、すぐに自分のやることへ戻っていく。
それは別に、冷たいわけじゃない。
きっとこれが――普通のクラスメイトなんだと思う。
「……なんで?」
小さく呟く。
わたしは謝った。律希も許した。だったら、これでいいはずなのに。どうして律希は、前みたいにわたしのところへ来ないんだろう。
その疑問だけが、昨日より少し大きくなっていた。




