第19話 大魔導士の嘘は、料理人には通じなかったらしい
訓練場へ着くと、クラスメイトが訓練をしている。
剣を振る。盾を構える人。魔法を使う人。
俺にとっては馴染みのない場所だ。
月白が向かったのは、集団から少し離れた場所。周りには誰もいない。
「一人でやるのか?」
「試したいことがある時は一人の方がいい」
「先生みたいな人に見てもらわなくていいのか?」
「必要ない。分からないことがあれば聞く。それで十分」
月白らしいと言えば月白らしい。
指導役らしい魔導士も何人かいるけど、特に月白を呼び止める様子はなかった。普段からこういう形で訓練してる感じか。前に訓練は必要ないとか言ってたしな。
「じゃあ始める」
月白が訓練場の奥へ手を向ける。
今度は厨房で見せたような馬鹿みたいに大きな火球ではない。
小さな炎の弾が、正面に置かれた標的へ飛んでいく。
続けて二発目。三発目。無数に放たれる火球。
今度は氷の塊が目標を何度も叩きつけ、続けて稲妻が貫く。
魔法の種類を変えながら、ほとんど間を置かずに撃ち続けている。
「すごいな」
そんな単純な感想しか出てこない。
初めて魔法というもの間近で見たが、現実離れし過ぎている。
だから、魔力を抑えられているのかどうか、俺にはまったくわからなかった。
そんなことを考えていると、クラスメイトたちの声が聞こえた。
「月白、今日すげえ続いてない?」
「いつもあんな撃ってたっけ? すぐふらふらになってたと思うけど」
どうやら俺には分からない変化があるらしい。
月白はまだ止まらない。
魔法を撃つ。位置を変える。また撃つ。
威力が大きく落ちているようにも見えない。
その時、ローブを着た中年の男性がこちらへ近づいてきた。
「月白殿。今日は随分と調子がよろしいようですね」
月白が魔法を止める。
「そう?」
「ええ。普段でしたらこれほど連続して魔法を使用されれば、先に身体の方が疲れて休憩を挟まれます」
その言葉に、俺は思わず月白を見る。
「身体?」
魔導士が俺に気づいた。
「あなたは、確か黒江殿でしたね」
「はい。月白の様子を見に来たんですけど。普段、月白の魔法ってどんな感じなんですか?」
「月白殿は非常に優れた魔導士です。魔力量はもちろん、魔力操作についても、既に我々が細かく教える必要がほとんどありません」
「はい?」
魔力操作を教える必要がほとんどない? 聞き間違いか?
「魔力操作が上手いんですか? 魔力の制御とか」
「ええ。これほどの魔力量を持ちながら、魔法の規模を自在に調整できる方は珍しいでしょう。私どもも、そこについて教えることはほとんどございません」
「なるほど、そうなんですか」
「ええ。月白殿はものの数日で凄腕の大魔導士になられておりますゆえ」
俺は月白を見る。
月白もこちらを見上げた。
無表情。言葉は交わさない。ただ、彼女の淡い瞳が俺から逸れた気がした。
「惜しいのは身体の方でしょうな」
魔導士は月白の細い身体へ目を向ける。
「魔力には余裕があっても、長時間の訓練では肉体的な疲労が先に出る。こればかりは魔力量や制御とは別の問題です。本日はそれが改善されているように見えます」
「つまり、今までは魔法関係は問題なくて、体力的な問題があったと」
「はい。これは、黒江殿が訓練を見守るお陰ですかな? ふぉっふぉっふぉっ」
そんな暢気な事を言う魔導士は、変な笑い方をしながら他の生徒のところへ行く。
俺はもう一度月白を見る。
月白はまだ俺を見ている。
ただ、やっぱり瞳の奥ではこちらを見ていないような気がする。
「月白」
「何?」
「俺に言うべきことがあるんじゃないか?」
「実験結果の説明をする」
「先に言うことはないか?」
月白は暫く無言でこちらを見上げ続けた後。
「黒江くん。ごめん。さっき嘘ついた」
「やっぱりそうか」
思わず声が出た。
「魔力の制御、全然困ってないだろ?」
「うん。むしろ得意」
「厨房で見せたあれは?」
「わざと魔力をたくさん入れた。初歩魔法でも、魔力を入れれば威力は上がる」
「全く疑わなかったんだが?」
「大成功」
「嬉しそうに言うな」
顔は無表情だけど、たぶん本人としては満足している。
でも、なぜそんな嘘をついたのかはなんとなく分かってきた。
「まあ、実験のためなんだろ?」
「そう。前はわたしが食べたいものを黒江くんに教えなかった。それでも黒江くんはわたしの好みに合ったものを作った」
月白はそこで一度、自分の脚へ視線を落とした。
「今回は本当に必要なものとは違う情報を黒江くんに渡した。魔力を抑えたいって」
「それが嘘ってわけか」
「うん。本当の悩みは体力。魔力が残っていても、身体が先に疲れる。今までの訓練も、それで休むことが多かった」
さっきの魔導士の話と一致する。
「でも今日は?」
「身体が軽い。いつもならもう休んでるくらい魔法を使ったけど、まだ余裕がある」
「魔力の方には変化なし?」
「ない。制御もいつも通りできるし、魔力量も変わってない」
「つまり、俺は月白に言われた効果を完全に無視した料理を作ったってことか」
「半分正解。半分ハズレ」
月白はそう訂正する。
「黒江くんは、わたしが魔力を抑えたいって言ったことを信じた。でも料理を作る時、わたしの身体を見てた。違う?」
「それは見てたけど。どう考えても月白の場合、体力の方が困ってそうだからな」
「だから、料理はそっちを選んだ」
「料理が?」
「正確には黒江くんのクラス、料理人がって言った方がいいかも知れない」
月白が自分の胸元へ手を当てる。
「前の料理は食べたいものを言わなくても、わたしの好みに合ってた。今回は、本当とは違う注文をしても、わたしが実際に必要としていた効果が出た」
「なるほどな。まんまとしてやられたってわけだ」
さっき作った料理を思い出す。
魔力を抑えることを意識していたのに、選びたくなったのは肉や卵、穀物だった。
完全に身体を動かすための料理だ。
月白の言葉より、俺が見た月白の状態が優先された。
「じゃあ俺の料理って、食べる人が欲しがってるものじゃなくて、その人に必要なものを勝手に選んでる可能性があるってこと?」
「たぶん。少なくとも今回、黒江くんはわたしの嘘に騙されたけど、料理人は騙されなかった」
「なんか俺だけ負けたみたいで嫌なんだけど」
「黒江くんが騙されたから実験が成功した」
「慰めになってないんだけど。むしろ虚しくなるんだが?」
「そう? わたしとしては嬉しい結果」
月白は小さく首を傾げた。
本人に悪気がないのは分かる。
「でも、これで一つ分かった」
「まだ仮説だろ?」
「うん。だから、もっと調べる必要がある」
「また実験か?」
「もちろん」
予想通りだった。
月白は研究対象を見つけると止まらなくなるようだ。
「それと、もう一つ試したい」
「まだあるのか?」
「黒江くんが相手をどれくらい知っているかで、料理の精度が変わるかもしれない」
「というと?」
「わたしの好みや身体のことを、黒江くんが今よりもっと知ったら、もっと正確にわたしに必要な料理を作れるかもしれない」
なるほど、言いたいことは分かる。
俺が食べる相手を見て料理を作るなら、その人について知っている情報が多いほど、判断材料も増える。
「確かに、それはありそうだな」
「だから」
月白が俺を真っ直ぐ見る。
「黒江くんは、もっとわたしのことを知って」
顔をぐっと近付けて来る月白。
「圧が強いな。それは命令か?」
「実験に必要なこと」
「……はいはい。分かったよ」
俺の料理人について分かるなら、悪い話じゃない。
むしろ喜んで協力するべきなんだけど……。今日はそんな気分にはなれない。
理由は簡単。実験のためとはいえ、騙されたからだ。
「これからは一緒にいる時間を増やす」
「俺と月白が?」
「当たり前。食べ物の好みだけじゃなくて、普段どうしてるか、何が苦手か、何をすると疲れるか。知ってることが多い方がいい」
「月白はいいのか?」
「なにが?」
「俺と、その。そんなに一緒にいて。嫌とか思わないか?」
問いに、月白は不思議そうに首を傾げる。
「うん。黒江くんと一緒にいても嫌じゃない」
いつもの無表情。なんの問題もないように、月白は答える。
「黒江くんは嫌? わたしといるの」
「別に嫌とかはないけど」
「じゃあずっと一緒にいる」
そう言って、月白が一歩、距離を詰めて来る。
いや、まあ。月白は実験のためとしか思ってないんだろうけど。
ずっと一緒にいるってのも、なんだかなぁ……。
「まあお互いに仕事も調べ事もあるからな。一緒にいるというより、まずは理解を深める感じにするか」
「確かに、そっちの方が効果的。それじゃあ早速、図書館に行く。お互いのことを話し合う」
「いいや、俺は食堂に戻る。ご飯を作らないといけないからな」
「それは……。そう」
「そこは理解があるんだな」
「当たり前。わたしは人に理解がある」
「言い方が怪し過ぎるけど……。ま、理解があって助かるよ」
実験熱心だったり、それが理由で距離を詰めてきたり、かといって理解があったり。相変わらず月白のことはよくわからない。
ただ今回、一つだけ分かったことがある。
もしかすると料理人は俺が考えている以上に、俺が見た相手のことを料理へ反映しているのかもしれない。
そう考えると、少しだけ複雑だった。




