第18話 大魔導士は、料理人の俺に嘘をつくらしい
朝食の時間が終わり、みんなは訓練場へ向かっていった。
昨日はガルドさんに半ば強制的に厨房から追い出されたけど、今日はいつも通りだ。食器を片付け、作業台を拭きながら、昨日王都の市場で買ってきた食材をどう使うか考える。
知らない食材をいくつか買ってきたし、試したい組み合わせもある。
昼までの空いた時間に、少しくらい試作できないかと思っていたところで。
「黒江くん」
振り返る。
肩まで伸びた銀髪に、小柄な身体。
月白がいつもの無表情でこちらを見ていた。
「どうした? 忘れ物でもしたか? なにも預かってないけど」
「違う。黒江くんに料理を作ってほしい」
「実験か?」
「うん」
実験。
以前、月白から何を食べたいのか教えてもらわないまま、本人のことだけを考えて料理を作ったことがある。
その時、なぜか月白の好みに合った甘味が出来上がり、魔力だけでなく頭の疲れまで軽くなった。俺としては偶然だと思っているけど、月白は真剣に俺の料理人を調べているようだ。
「今回は何を試すんだ?」
「前はわたしが食べたいものを黒江くんに教えなかった。それでも黒江くんはわたしが食べたかったものを作った」
「たまたまかも知れないやつな」
「そう。だからもう一度試す」
相変わらず研究熱心な奴だ。俺も自分のクラスについて分からないことばかりだから、調べてもらえるのは助かるけどさ。
「それで、今回はどんなのがいいんだ?」
「魔力を抑える効果の料理」
「抑える?」
「わたし、魔力が多すぎるから。魔法を使う時に出力を抑えるのが難しい」
「なるほど……。なら、抑えるって言うより制御しやすくしたいって感じ?」
「うん。魔力を制御できなきゃ効率が落ちる。弱い魔法でもかなり魔力を使う。だから、魔力を抑えて、制御できるようにしたい」
「なるほど、そういうもんか」
そう言われれば分からなくもない。
量があっても制御ができなきゃ意味がないってことだ。
ただ、俺は改めて月白を見る。
白い肌、細い腕、小さな身体。顔色が悪いわけではないけど、健康的な体型とは言いにくい。たぶん、腋に手を入れて力を入れれば、簡単に持ち上げられる。
「疑うつもりはないんだけど、本当に魔力を抑える方が困ってるのか?」
問いに、月白が僅かに首を傾げる。
「どういうこと?」
「俺には魔法のことなんて分からないけど。月白の場合、魔力より体力の方が大変そうだなって」
以前、倒れそうになっていたところを見つけたこともある。あれは食事が合わず、まともに食べていなかったことが原因だったけど。月白自身、体力がないとは認めていた。
「身体が先に疲れたりしないの?」
「体力はない」
「だよな。月白って体力ないよな?」
「そこまで黒江くんにハッキリ言われる筋合いないけど」
「わ、悪い……」
言い当てた、と思ってちょっと嬉しくなっちゃった。気を付けないとな。
「でも、今の問題は体力より魔力の制御。これが出来ないとどうにもならない」
月白は淡々と答える。
嘘をついているようには見えない。そもそも俺には、月白の魔力制御が上手いのか下手なのか判断する材料がないけどさ。
「ちょっと見せてもらっていい?」
「ここで?」
「窓の外に向けて、危なくない簡単な魔法でいいから。制御できないってどんな感じなのか見てみたい」
「うん、わかった」
月白と窓際へ移動する。
窓の向こうには中庭があり、上には何もない青空が広がっている。
「人に当たらないようにしてくれよ」
「大丈夫。初歩の魔法にする」
月白が右手を上げる。指先の前に小さな赤い光が生まれた。
最初は拳ほどの大きさ。
「それくらいなら普通に見えるけど」
「今はまだ」
次の瞬間だった。
赤い光が一気に膨れ上がる。
「え?」
拳ほどだった火球が人の頭ほどになり、さらに大きくなる。
「ちょ、ちょっと月白? 大丈夫?」
「抑えてる。正確には、抑えようとしてる」
「それで!? ちょっとまずいんじゃない!?」
月白が手を前へ向ける。
巨大な火球が窓の外へ飛び出した。轟音とともに赤い光が中庭の上空を突き抜け、そのまま遥か上まで飛んでいく。かなり離れたはずなのに、しばらく炎の尾が見えていた。
やがて光が消える。
厨房の中が静まり返った。料理人たちまで手を止めて窓の外を見ている。
「初歩魔法で、あれなの?」
「うん。こんな感じで制御できない」
月白は何事もなかったような顔をしている。
「そ、そりゃ大変だ。なんとかしないと話にならんな」
月白よ、疑って悪かった。
あれはどう見ても制御できていない状態。あんな初期魔法あってたまるか。
「絶対、人に向けるなよ?」
「わかってる」
「王城も壊すなよ?」
「壊さない」
「大丈夫? 実はもう間違って人殺したりしてない?」
「今のところは」
「怖いこと言うな」
「聞いてきたのは黒江くん。そうなる前に解決したい」
「そりゃそうだな」
思った以上に深刻な問題だった。
「わかった。じゃあ魔力を抑える料理、考えてみるよ」
「お願い」
厨房に入り、月白が近くの椅子へ座る。
さて、魔力を抑える料理。
言葉にすると簡単だけど、そんなものを作った経験なんて当然ない。
「月白。魔力を抑える食材とか知ってる?」
「知らない」
「そこは知らないんだよな」
「黒江くんに任せる」
「俺も知らないんだよなぁ」
それでも、前回は月白を見ながら考えているうちに、自然と料理が決まった。
今回も同じようにやってみる。
椅子に座っている月白を見る。細い腕。小さな肩。華奢な身体。
朝食を食べた直後だからか、顔色は悪くない。
魔力が多すぎて困っている。本人はそう言った。
それなのに、月白を観察していると、どうしても別の部分が気になった。
やっぱり体力の方が問題に見える。
「黒江くん?」
「気にしないでくれ。料理を作る前の準備みたいなもんだ」
「そう? ならいいけど」
月白が首を傾げるが、じっくり月白を観察する。
俺には魔法が分からない。月白本人が魔力の制御に困っていると言っていて、さっき実際に見せてもらった魔法も、とんでもない威力だった。
なら、本人の言うことを信じるしかない。
魔力を抑える。
そう考えながら、魔力に作用しそうな食材へ手を伸ばす。
「……違うな」
なぜか手が止まった。
これじゃない。そんな感覚がある。
代わりに目についたのは、昨日市場で買ってきた穀物。
鳥肉。卵に近い食材。少量の野菜。滋養強壮に良いと言われる、魔物の臓器。
「魔力を抑える料理を作るんだよな?」
どう考えても、身体を動かすための食事になりそうだ。
もっと魔力に作用しそうなものを選んだ方がいい。
そう頭では思うのに、月白のことを考えれば考えるほど、こっちの方が正しいような気がする。
月白は一度にたくさん食べられない。なら量は少なく。
でも身体を動かすための栄養は欲しい。
鳥肉を使って、卵も。穀物は食べやすい形にする。
魔物の臓器は磨り潰したあと、匂いを消す為に火にかけて、酒を少量垂らす。
出来あったのは薄く焼いた生地に鳥肉と卵、細かくした野菜を挟んだ軽食。
見た目だけなら、サンドイッチに近い。
「できたぞ」
「早い」
「簡単な料理だからな」
皿へ二つ並べて月白の前へ置く。
「月白のことを考えて作った。でも、魔力を抑える料理になってる自信はない」
「食べれば分かる。結果が全て」
「そういうもんか?」
「そういうもの」
月白が皿を見る。
その瞬間、珍しく動きが止まった。
皿を見る。自分のお腹を見る。もう一度、皿を見る。
僅かに眉が下がった。
「どうした?」
「別に」
そう答えながらも、すぐには手を伸ばさない。
「……そういや月白、さっき朝飯食ってなかった?」
月白の視線がこちらへ向く。少しだけ気まずそうに見えた。
「食べた」
「だよな。普通に食べてたよな?」
「いま思い出した」
「自分が朝飯食ったこと忘れる?」
「実験のこと考えてたから」
どうやら本当に忘れていたらしい。
普段は妙に頭が切れるのに、こういうところは少し抜けている。
「あとで作ればよかったな」
「大丈夫。これぐらい食べられる……。と、思う」
「無理しなくてもいいぞ」
「黒江くんがわたしのために作ったから食べる」
「実験のためだろ?」
「それもある」
「それもってなんだよ」
少し気になったけど、月白はもう料理を手に取っていた。
小さく一口食べ、ゆっくり咀嚼する。普段より明らかに食べる速度が遅い。
やっぱり腹いっぱいらしい。
「無理するなよ」
「大丈夫。おいしいから」
「ならいいけど」
「それに、小さいし」
「俺には月白の胃袋の方が小さく見えるが」
言うと、珍しく月白が鋭い目つきでこちらを睨みつけてきた。
「黒江くん。余計なこと言わないで」
「りょ、了解……」
どうやら余程、腹がいっぱいらしい。
結局、一つだけ食べ終え、もう一つは残した。
「効果どうだ?」
「まだ。魔法を使ってみないとわからない」
「間違ってもここで使うなよ? 死人が出るから」
「わかってる。だから、訓練場に行く」
そう言って、月白が立ち上がり歩き出す。
「あいよ。じゃ、行ってらっしゃい」
「違う」
戻ってきた。
何かと思ったら、俺の手を引く。
「黒江くん来て。結果を一緒に確認する」
確かに、効果を確認するなら作った本人もいた方がいいか。
ガルドさんへ事情を説明し、俺も月白について訓練場へ向かった。




