第17話 【氷室冷夏視点】氷術師は、幼馴染の機嫌が悪いことに気づく
【氷室冷夏視点】
休みというものは、思っていた以上に必要だったらしい。
「いやー、楽しかったな!」
「ほんとそれ。毎日訓練ばっかだったし、休み最高だわ!」
王城へ戻る廊下を歩きながら、相良くんと三浦くんが今日何度目か分からない感想を口にする。
気持ちは分からなくもない。この世界へ召喚されてから、私たちは朝から訓練、休憩を挟んでまた訓練という生活を続けてきた。
そんな中、今日は初めてと言っていい完全な休息日だったのだ。
私と絆奈、それから河井くん、相良くん、三浦くんの五人で王都を見て回り、服や露店を眺めたり、甘いものを食べたりした。最初から五人で行く予定だったわけではないけれど、たまにはこういう日も悪くない。
「次の休みも王都行こうぜ。まだ全然見切れてないし」
「また休みがあればな」
「河井、王国の人にもっと休ませてくれって言ってくれよ」
「俺にそんな権限ないって。それに、俺達は救世主なんだから。そんな休んでられないだろ?」
「なんだよ河井。ちょっと真面目すぎじゃね?」
「お前らが不真面目過ぎるだけだよ」
河井くんが笑ったところで、廊下の先からこちらへ歩いてくる人影が見えた。
両手に数枚の書類を抱えた、見慣れた黒髪。
「あれ、神代じゃん」
「皆さん、お帰りなさい」
「ただいま。神代は何してんの?」
「少し神官様のところへ。今日中に渡しておきたいものがありまして」
今日くらい完全に休めばいいのに、相変わらず真面目な子だ。
「神代、ありがとな」
相良くんが突然手を合わせる。
「なにがでしょうか?」
「今日の休みだよ。マジで助かった。神代が王国側に言ってくれたんだろ?」
「いえ、それは私ではありませんよ」
「えっ? 神代じゃなかったのか」
意外だった。てっきり私も神代さんが王国側に話しを通したものだと思っていた。
「きっかけになったのは、黒江くんだと思います」
黒江の名前を口にした神代さんの表情が、僅かに柔らかくなる。
昔から、こういうところは変わらない。
神代さんとは小学生の頃から一緒だ。絆奈、黒江ほど親しいわけではないけれど、黒江を見る時だけ少し態度が違うことには以前から気づいていた。
本人から聞いたわけではない。
ただ、たぶん黒江のことが好きなのだろうとは思っていた。
神代さんは絆奈と黒江が付き合っていると思っていたようだから、私もわざわざ二人が付き合っていないとは教えなかった。そこまで口を出すほどの仲でもないから。
それに、二人の関係に私が余計なことを言う必要もないと思っていた。
「昨日、私が少し無理をしてしまったんです。それで黒江くんが王女殿下たちに、私たちにも休息が必要なんじゃないかって話してくれたそうです」
「へえ~。あいつ、そんなことまでしてんのか」
「最近いろんなところで名前聞くよな。飯も黒江が提案したんだろ?」
「はい。みんなが過ごしやすくなるようにと、黒江くんが考えてくれています」
神代さんは、褒められた本人より嬉しそうに頷く。
隣を見ると、絆奈は黙っていた。
黒江の名前が出てから、明らかに口数が減っている。
「ってか神代、お前今日も仕事してんの?」
相良くんが書類を指差す。
「ずっとやっていたわけではありませんよ。私も王都へ出ていましたから」
「神代も? 誰と?」
聞かれた神代さんが少しだけ言葉に詰まり、頬を赤くする。
その反応だけで、私はなんとなく答えを予想した。
「黒江くんと、一緒に」
やっぱり。
私はそう思ったが、相良くんと三浦くんは違った。
「黒江と二人で!?」
「それデートじゃん!」
「ち、違います! 黒江くんが市場へ食材を見に行くと言うので、私が一緒に行っただけですから。一人で行くのは不安ですし……」
「飯は?」
「食べましたけど」
「じゃあデートだろ」
「そういう決め方なんですか?」
困ったように答えているけれど、本気で嫌がっているようには見えない。
むしろ口元が少し緩んでいる。
「黒江も意外とやるんだな。あいつ、そういうの興味ないと思ってた」
「黒江くんが誘ってくれたんです」
その一言だけは、少し誇らしそうだった。
神代さんから誘ったのではなく黒江の方から。私が思っていたより、二人の距離は近くなっているようだ。
そこまで考えたところで、別のことに気づいた。
「神代さん。その髪飾りも王都で買ってきたの?」
「これですか?」
神代さんが黒髪につけられた青い飾りへ手を伸ばす。
「ええ。こちらに来てから付けていたところは見なかったものだから」
「よく気づきましたね。これは黒江くんからもらったんです」
「えっ!?」
相良くんたちがまた反応する。
「マジでデートじゃん!」
「私が見ていたのを覚えていて、影でこっそり買ってくれていたんです」
「それ普通にプレゼントだろ!」
「そう、でしょうか?」
神代さんは髪飾りへ触れながら、恥ずかしそうに笑っている。
その顔を見れば十分だった。昔から抱いていた予想は、ほとんど確信に変わる。やっぱり神代さんは、黒江が好きなのだろう。いつからなのか、どれほどなのかまでは知らないし、本人に確認するつもりもない。
ただ、それくらいは分かる。
そして隣を見ると、絆奈も青い髪飾りを見つめていた。
「似合ってるじゃん」
「ありがとうございます。黒江くんにも似合うと言ってもらえました」
「黒江やるな~」
「別に、それくらい普通じゃない?」
誰に聞かれたわけでもないのに、絆奈が口を開く。
「律希って昔からそういうところあるし。欲しそうにしてる人がいたら、適当に買ったりするタイプだから」
「そうなのか?」
「うん。幼馴染だし、それくらい知ってるよ」
軽い口調だったけれど、声が硬い。
私も黒江とは長い付き合いだから、絆奈ほどじゃないけど、黒江のことは知っている。だからこそ、その説明には少し引っかかった。
黒江は人をよく見ている。でも、女の子が欲しそうにしていたからといって、適当にプレゼントするような性格をしていない。現に、私だって黒江からそんなプレゼントをもらったことはない。
「そうなんですね。でも、私は嬉しかったです」
神代さんは気にした様子もなく笑う。
その言葉に、絆奈は「ふーん」とだけ返した。
「では、私はこれを届けてきますね。皆さんも今日はゆっくり休んでください」
「神代もな、あんま無茶すんなよ!」
「はい。これを渡したらもう休みます」
神代さんが歩き去っていく。
夕方の光を受けて青い髪飾りが輝き、絆奈の目は最後までそれを追っていた。
「じゃあ俺らも部屋に戻るわ。また夕飯でな」
しばらくして河井くんたち三人とも別れ、私と絆奈だけで廊下を歩き始める。
神代さんと会う前まで普通に楽しそうだった絆奈は、明らかに口数が減っていた。
理由はなんとなく想像できる。でも今それを指摘しても否定するだけだろう。
それより、改めて確認したかったことがある。
「そういえば絆奈。黒江にはもう謝ったの?」
尋ねると、絆奈が少し気まずそうに視線を逸らした。
「まだだけど。今さら謝りに行くのも変じゃない?」
やっぱり。だいたい予想は付いていたけど。
「時間が経つほど行きづらくなると思うわ。あの時の言い方はよくなかったって、絆奈も分かってるでしょう?」
「分かってるよ」
否定はしない。
あの日、絆奈はみんなの前で黒江にもう話しかけないでと言った。黒江が何か悪いことをしたわけでもない以上、あの言い方は公平ではなかったと思う。
「あれから黒江、絆奈に話しかけてこないでしょう?」
「私が話しかけないでって言ったからじゃん。律希は言われた通りにしてるだけでしょ」
「だから、一度きちんと話した方がいいと思うけど」
絆奈の歩く速度が少し落ちる。
「別に、前みたいに戻りたいとか、私は思ってないし」
「そこまでは言ってないわ。謝ることと、昔と同じ関係に戻ることは別でしょう?」
しばらく考え込んでから、絆奈は小さく息を吐いた。
「分かったよ、近いうちに話すから。でもタイミングくらいはわたしに決めさせて」
「もちろんよ」
それ以上は言わない。
無理に謝らせても意味はないし、本人が話す気になったのなら十分だろう。
しばらく歩いていると、今度は絆奈の方から口を開いた。
「それにしても、律希がああいうの買うって、ちょっと意外だったな。昔はアクセサリーなんて全然興味なかったんだよ? 店に入っても暇そうにしてたし」
「二人で買い物へ行くことも多かったものね」
「そりゃ幼馴染だしね。でも、わたしにはああいうの買ったことなかったなって思っただけ。別に欲しかったわけじゃないけど」
そこまで言ってから、自分でも何か引っかかったのか眉を寄せる。
『律希って昔からそういうところあるし。欲しそうにしてる人がいたら、適当に買ったりするタイプだから』
さっき言ったことともう矛盾してる。これ以上、私から突くつもりはないけど。
「少し前まで、律希ってもっと私のこと気にしてたじゃん。それなのに、急に神代と二人で王都に行って、髪飾りまで買ってるから、なんか変な感じがしただけ」
「黒江も少しずつこの世界で自分の生活を作っているんじゃない?」
「料理人として?」
「それもあるでしょうし、人間関係も」
そう答えると、絆奈の表情が僅かに曇った。
黒江は最近、神代さんだけでなく、月白さんや桐生さんと話すことも増えている。彼女達と黒江は、特別仲が良かったわけじゃない。こっちの世界に来てから仲を深めている。
以前は絆奈の隣にいることが多かった黒江が、自分の居場所を別の場所にも作り始めた。
「別に、律希が誰と仲良くしようが自由だけど。神代と出掛けるのだって自由だし、何か買ってあげるのも好きにすればいいよ」
「ええ。その通りだと思うわ」
私はそれだけ答えた。
絆奈が何を感じているのかまで、私が言葉にしてあげる必要はない。
「神代さんって、あんなに嬉しそうな顔するんだね」
「それは少し意外だったわね。でも、昔から黒江のことは気にしているように見えたから」
「そうなの?」
絆奈がすぐにこちらを見る。
「本人から聞いたわけじゃないから、私の勘違いかもしれないけれど」
「ふーん」
前へ向き直ったものの、さっきより黙っている時間が長くなった。
やがて絆奈は何かを振り払うように肩をすくめる。
「まあいいや。律希も神代さんと遊びに行けて、ちょっと浮かれてただけでしょ」
自分を納得させるような言い方だった。
私はそれを否定もしなければ、肯定もしなかった。
今日の黒江が本当に浮かれていたのかは、見ていないから分からない。
ただ、絆奈が思っていた以上に黒江のことを気にしている。
それだけは十分に分かった。
まずは黒江に謝ること。
そのあと何を感じ、どうするのかは絆奈自身が考えればいい。
そう考えながら、私は隣を歩く幼馴染と一緒に寮へ向かった。




