第16話 委員長と、王都でデートみたいな一日を過ごす
昼食を食べる店を探しながら、神代と並んで王都の通りを歩く。
「黒江くん、あそこなんてどうですか?」
神代が指差したのは、大通りから一本入ったところにある店だった。
一階部分だけが大きく開け放たれていて、中には木製のテーブルがいくつも並んでる。豪華っていう感じじゃないけど、客はそこそこ入ってた。家族連れもいれば、仕事の途中らしい男たちもいるし、俺たちと同じくらいの年齢に見える男女も座っているようだ。
「おっ、いい感じだな。客も多いし。雰囲気もよさそうだ」
「では、あそこにしましょうか」
店の中へ入ると、窓際の席へ案内される。向かい合って座ってから、テーブルに置かれていたメニューを確認する。
この世界の文字は召喚された時から不思議と読める。
でも、知らない料理名まで理解できるわけじゃない。
「名前と料理が全く結びつかないな」
「そうですね。店員さんに聞いてみましょうか」
慣れた風に神代が店員を呼び止める。
さすがは委員長。手際の良さが俺とは段違いだ。
店員におすすめを聞いたところ、この辺りでは珍しく、豆を煮込んだ料理に力を入れているらしい。それに、パンと野菜のスープを合わせるのが人気だという。
「王都は肉料理が主でして。そんな中、当店ではヘルシーを売りにしてるんです」
「なら俺はそのお勧めセットを。神代は?」
「私もそれでお願いします」
二人とも同じものを頼み、料理の到着を待つ。
「豆料理か。城では聞きもしなかったな」
「はい。楽しみですね」
「でも、せっかくなら違う料理を頼んで半分ずつ食べてもよかったな」
「半分ずつ、ですか?」
「そうすれば二種類食べられるだろ?」
「そういう意味なのは分かりますけど」
なぜか神代は少しだけ頬を赤くすると、テーブルへ視線を落とす。
「そ、それじゃあ……。次に来た時は、そうしてもいいですね」
市場にはまだ見ていないものが山ほどあったし、新しい食材が入ることもある。たまにこうして王都を回って、神代と料理を研究するのも楽しそうだ。
「名案だな。じゃあ次に来た時は別のものを頼もう。そして、料理を半々にする」
「はい。ぜひそうしましょう」
神代が嬉しそうに頷く。
「楽しみができたな」
俺もそれは嬉しい限りだ。
料理が届くまでの間、窓の外を眺めながら他愛もない話をした。
訓練のこと、厨房のこと、今日見た市場のこと。
神代から聞いた話では、クラスのみんなもそれぞれ王都へ出掛けているらしい。何人かで買い物へ行った連中もいるし、逆に城から一歩も出ずに寝ている奴もいるという。
河井なんかは相良、三浦と王都に遊びに出かけてそうだ。
月白とか桐生なんかは、城で何かしらしてそうではある。
「私も最初は部屋で休むつもりだったんですけどね」
「そうだったのか? 休みの邪魔しちゃったかな」
「そ、そんなことありません!」
そう言って神代がこちらを見る。
「誘ってもらえて嬉しかったというか。そもそも、黒江くんに会いに厨房まで行ったというか……」
料理を作る音や、食事を楽しむ声で、神代の声が俺の耳まで届かない。
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ~」
ちょうど料理が運ばれてきたので、会話はそこで途切れた。
目の前に置かれた皿を見る。
鶏肉に似た白い肉と、大きめの豆を茶色いスープで煮込んだ料理。匂いを嗅いでみると、城でも使っている酸味がある香辛料が入ってそうだけど、厨房で出される料理よりかなり香りが弱い。
「いただきます」
一口食べてみる。
肉は柔らかい。豆にも味が染み込んでいるし、思ったより薄味だ。
「これ、美味いな。すごい食べやすい。城の料理とはぜんぜん違う」
「黒江くん、すごく真剣な顔してますよ。そんな真剣に美味しいっていってるひと見たことありません」
そんな顔をしてたのか、神代がくすりと笑う。
「いや、美味いは美味いんだけど城の料理と結構違うなって。使ってる香辛料は同じだと思うけど、量が少ないからかな? でも減らしただけじゃこんな味にならないはずなんだけど」
「本当に食事中まで料理のことを考えてるんですね」
「癖になってきたのかもな」
平たいパンをちぎって煮込みにつける。
「これも合う。でも食堂で出すならもうちょい野菜いれたい」
月白みたいに肉をあまり食べられない奴なら、豆を多めにしてもよさそうだ。
そこまで考えたところで、向かいからじっと見られていることに気づいた。
「……悪い。こんな解説されながらじゃ美味しく食べられないよな。高校生だってのに職業病みたいになってて困る。勘弁して欲しいもんだ」
いつからこんなのになっちゃったんだか。神代と一緒にいるんだし、食事ぐらい素直に楽しめよ、俺よ。
そんな悲しいことを考えていると。
「いえ、そんなことはないですよ」
神代が、こちらを見ながら優しく微笑む。
「むしろ、黒江くんの解説を聞きながら食べてると、新鮮で楽しいです」
「楽しいより美味しいのを楽しむのが食事だろ?」
「楽しい食事って、それだけで美味しい食事だと思いませんか?」
……なるほど、一理あるか? いや、よくわからん。
「神代は難しいこと言うな」
「そうでしょうか? とにかく、私は黒江くんと食事ができて楽しいですし、美味しく頂いていますよ?」
そう言って神代はパンをスープに付けて食べる。
「美味しいです」
眩しい笑顔を向けられながらそう言われる。
神代がそう言うなら、まあ、いいか……。
食事を終える頃には腹も満たされ、店を出た俺たちは再び王都を歩き始めた。
今度は市場へ戻るのではなく、神代の希望も聞きながら大通りを進む。
噴水のある広場、本を扱っている店、魔道具らしきものが並んだ店。
城の中にいたら知ることのなかった場所ばかりだ。
「これ、明かりらしいですよ」
魔道具屋で手のひらほどの透明な石を眺める。
「魔力を流すと光るそうです」
「懐中電灯みたいなもんか?」
「電池切れはなさそうですけどね」
神代が手をかざすと、透明な石が輝きを放つ。
「便利そうだな。俺には使えないけど」
俺は訓練に参加してない。
だから、自分の意志で魔力とやらのコントロール方法がわからない。
「黒江くんが必要な時に呼んでくれれば、代わりに私が使います」
「たかが明かりにそんな迷惑かけられないって」
「そうですか? 私は黒江くんが呼ぶならいつだって行きますけどね」
「そりゃどうも。じゃあ俺も神代が呼んだら絶対に行くようにするよ」
「絶対ですね?」
「都合が合えばな」
「なんですか? それ」
そんな、軽い冗談を交わしながら店を出る。
少し歩いたところで、神代がふとこちらを見た。
「こうして歩いていると、本当に普通の休日みたいですね」
「今日は普通の休日だろ?」
「そうじゃなくて」
神代が小さく笑う。
「元の世界にいた時みたいです。二人で街を歩いて、お店を見て、お昼を食べて」
「確かにな」
やっていること自体は日本にいた頃とそう変わらない。知らない街を友達と歩いて、気になった店に寄って、飯を食う。
「なんだか、デートみたいですね」
「そうだな」
何気なく返事をしたあと、足が止まった。
「……デート?」
横を見ると、神代の頬が少し赤い。
「い、いえ。こうして男女二人で出掛けて、ご飯まで食べていますから。傍から見れば、そう見えるのかなと」
「確かに、そう見えるかもな」
「否定しないんですか?」
「実際そう見えるんだろ? 男女二人で楽しんでるんだから」
「それは、そうですけど」
神代が少し困ったようにしながら、それでも嬉しそうに笑う。
「神代は嫌か?」
「嫌じゃありません」
返事はすぐに返ってきた。そのあと少しだけ声を落として、
「むしろ、嬉しい……。いえ、楽しいです」
と付け加える。
「そっか。だったらよかったよ」
俺も今日は普通に楽しい。いい息抜きになってる気がする。
午後になると、通りを歩く人の数がさらに増えてきた。
特に広場の近くは凄い。買い物客だけじゃなく、荷物を抱えた商人や子供まで入り混じっていて、油断するとすぐ人波に飲まれそうになる。
「すごい人だな」
「離れないようにした方がよさそうですね」
そう答えた直後、俺たちの間を大きな荷物を抱えた男が横切った。
俺は避けられたけど、神代は人の流れに押されて少し後ろへ下がる。
「神代」
反射的に手を伸ばし、掴んだのは神代の手だった。
そのままこちらへ引き寄せる。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
神代が自分の右手を見る。
俺の手と繋がっている。
「このまま行こう。はぐれたら面倒だし」
「このまま、ですか?」
「嫌ならまあ、しっかり付いてきてくれよ?」
「いえ、このまま行きましょう!」
やけに強い返事が返ってきた。
「わ、わかった。いったん人混みを抜けるか」
そのまま神代の手を握って歩く。前から来る人間を避けながら進んでいると、自然と神代との距離も近くなる。横を見ると、普段より近い位置に神代の顔がある。
なんとなく気まずくなって前へ視線を戻した。別に変なことをしてるわけじゃない。はぐれないように手を繋いでるだけだ。そう思うのに、意識した途端に手の感触まで気になってしまう。
絆奈ともよくこうして手を繋いで歩いたことはあった。
けど、不思議とこういう感覚にはならなかったな。
神代の手は小さくて、力を込めれば潰れてしまいそうになるほどだ。
こんなに細く、小さい手で、刀を振り、救世主と呼ばれている。
「優しく扱わないとな」
丁寧に、それでも放さないように力を込める。
「えっ?」
「いや、なんでもないよ」
ここで『神代は救世主だからな』なんて、デリカシーがないことは言わない。
やがて人混みを抜け、道幅の広い場所まで出る。
そこでようやく、まだ手を握ったままだったことに気づいた。
「もう大丈夫だったな」
手を離す。
神代は一度だけ自分の手を見たあと、少し残念そうにも見える表情を浮かべた。
「別に、私はこのままでもよかったですけど」
「それじゃあ動きにくいだろ?」
「そういう意味じゃないんですけど……」
「じゃあどういう意味だ?」
「なんでもありません」
神代がぷいっ、と顔を背ける。
理由はわからないけど、深く考えてもわからないそうだ。
機嫌が悪いわけじゃなさそうだし、それはそれでいいだろう。
それからも二人で街を歩き、夕方が近づいてきたところで城へ戻ることにした。
思った以上に長い時間外にいた。途中で買った食材もいくつかあるし、城では使っていない香辛料も手に入った。明日以降、厨房で試してみたいものばかりだ。
「今日は結構歩いたな。疲れてないか?」
「これぐらいぜんぜん平気です。楽しかったですしね」
「俺も。市場はちゃんと楽しめたし、飯も美味かった」
「結局、ほとんど食べ物の感想ですね」
「悪いな、神代とのデートだってのに。こんな感想で」
そんな冗談を言って、自分で笑ってしまう。
「いえ。私は全然。デートとして、楽しかったですし……」
神代に気を遣わせてしまったか、そんなことを言わせてしまう。
「まあ、だからってわけじゃないけど、これ」
持っていた荷物の中から、小さな包みを取り出して差し出した。
神代は何なのか分からない様子で受け取り、包みを開く。
中に入っているものを見た途端、その手が止まった。
「これ」
青い石のような飾りがついた、小さな髪飾り。市場で神代が見ていたものだ。
「さっき見てただろ」
「覚えてたんですか?」
「まあ。結構長く見てたからな」
「でも、いつ買ったんです?」
「神代が他の店見てる時に。すぐ近くだったし」
わざわざ言うほどのことでもないと思っていたから、その時は何も言わなかった。
神代は髪飾りを両手で持ったまま、しばらくじっと見つめている。
「欲しくなかったか?」
「そんなわけないです!」
勢いよく顔を上げる。
「欲しかったです。でも、今日は買い物をするつもりじゃなかったし、それに黒江くんと一緒に歩いているだけで十分楽しかったから」
「なら、もらってくれる?」
「本当に、もらっていいんですか?」
「もちろん。そのために買ったんだから」
それでも、神代はすぐには髪飾りをしまわなかった。
光にかざすように見たり、青い石の部分を指でそっと触ったりしている。
大事そうに扱っているのを見ると、買っておいてよかったと思う。
「つけてみたら?」
「今ですか?」
「せっかくだし」
神代が自分の髪へ手を伸ばす。
何度か位置を調整しているけど、鏡がないせいか上手くいかないようだ。
「貸して」
「えっ?」
髪飾りを受け取り、神代の横へ回る。
黒い髪を少しだけ持ち上げて、さっきより上の位置へ飾りを留める。思った以上に髪が柔らかい。変に引っ張らないよう気をつけながら位置を整え、手を離した。
「これでいいと思う」
正面へ回って確認する。
青い飾りが黒い髪によく映えていた。
「うん、やっぱ似合うな。神代はセンスがいい」
「っ!」
神代が急に顔を赤くした。
「どうした?」
「いえ。褒められて、嬉しいだけです……」
「俺は神代を褒めたいけどな。自分に似合ってるモノがわかってて羨ましいよ」
「そういう意味ではないのですが」
「そうなの?」
「そうですけど……。いったん、今はいいです。行きましょう」
そのまま二人で王城へ向かって歩く。
神代は時々、髪につけた青い飾りへ手を伸ばしていた。ちゃんとついているか確認しているだけかもしれないけど、そのたびに少し嬉しそうにしている。
「黒江くん。また、一緒に王都へ来てもいいですか?」
「もちろん。俺もまだ市場全部見れてないし。色んな料理も食べたいしな」
「そ、そうですか……。今度は食以外のところに行きましょう」
「ん? ああ。じゃあ次は神代の行きたいところ優先するか」
「約束ですよ?」
「ああ、もちろん。今日は俺の方に付き合ってもらった感じだから。次は神代の行きたいところにいっぱい行こう」
「はい。ぜひ、そうしましょう」
神代は小さく頷く。
今日の外出は、ガルドさんに厨房を追い出されたところから始まった。王都を見ることも、市場を歩くことも、神代と飯を食うことも、最初は予定になかったけど、たまにはこういう休日も悪くない。
「今日は、本当にありがとうございました」
隣を歩く神代が、こちらを見て笑う。
「俺も楽しかった。お互い様だよ」
「はい。ほんとうに、楽しかったです」
夕暮れの王都を歩きながら、神代は今日一番嬉しそうな笑顔を浮かべていた。




