第15話 委員長と、二人で王都へ行くことになった
朝食の時間が終わり、厨房の片付けも一段落した。
「よし」
最後に作業台を拭き終えて腰を伸ばす。
今日は訓練が休みらしい。朝食はいつもより食堂が騒がしかったし、何人かは王都へ出掛けるなんて話もしていた。
だが、俺にはあまり関係ない。
訓練に参加しているわけでもないし、そもそも厨房に休みはない。王城にいるのは俺達だけじゃないってことだ。
「昼まで少し時間あるな」
朝食の片付けが終わり、昼食の仕込みが始まるまでは、まだ余裕がある。
なら、新しい料理でも考えよう。
最近は軽い料理を増やしたことで、みんなも前よりご飯を食べてくれるようになった。ただ、毎日同じようなものばかりでは飽きるだろうし、作れる料理は多いに越したことはない。
使える食材も少しずつ覚えてきたし、新たな挑戦をしてみるか。
ということで、俺は保存庫へ向かおうとする。
「坊主、何してんだ?」
背後から声を掛けられて振り返ると、腕を組んだガルドさんが立っていた。
「新しい料理でも考えようかなって。昼まで少し時間ありますし」
「却下だ」
ガルドさんがいかつい顔を近付いて来る。
「な、なんですかいきなり。新メニューは増やしていかないと」
「今日はお前も休め」
「いや、俺は訓練してないんで休む必要なんて」
「そういう話じゃねえ。ここ数日ずっと朝から晩まで厨房にいるだろうが。飯の時間以外も試作だなんだって残ってやがるじゃねえか」
「それはまあ。俺にできるのはこれだけですし」
「知るか。とにかく今日は休め」
「でも」
「いいから休め」
有無を言わせない圧。知り合いじゃなかったら謝ってすぐさま退散するほどだ。
「俺の言うことが聞けねえってえのか?」
「いや、まあ。ガルドさんがそう言うなら……。でも少しぐらい」
「いいからさっさと行きやがれ!」
俺の肩を掴まれ、そのまま厨房の出口へ押し出される。
「ちょ、ちょっと! 本当に追い出すんですか!?」
「若い奴がそんな真面目に働いたら、こっちまで休みにくくなるだろうが」
「それが本音ですか?」
「半分な」
半分もあるのか。別に俺の事なんて気にしなくていいのに。
抵抗もむなしく、そのまま肩を掴まれ食堂まで放り出された。
「暇なら王都でも見てこい。市場に行きゃ、城に入ってこねえ食材も山ほどあるぞ」
市場? 食材? 城に入って来ない? それは少し気になるかも……。
「この城で使ってる食材だけが全部じゃねえ。地方から持ってきたもんもあるし、庶民向けの安い食材だってある。料理を考えるなら見といて損はねえぞ」
「なるほど、それはいいかもですね。最初からそう言ってくださいよ」
「俺は坊主に休めって言ってんだ。食材探しは仕事だろ? 本当は料理と全く別な所で息抜きして欲しいんだが……。どうやら聞かねえみたいだからな」
それは、まあ。他にやることないし。
「とにかく今日は厨房に来るな。わかったな?」
「わかりましたよ。……ガルドさんがそこまで言うなら」
「よし。じゃあさっさと行け」
「じゃあ市場で食材の勉強してきますから」
「好きにしろ。ほら、受け取れ」
放り投げられた子袋を受け取る。
「給料だ。好きに使え」
「いいんですか?」
「国からだ。ただ、無駄遣いはお勧めしねえがな」
そう言うと、ガルドさんは厨房の奥へと戻って行った。
子袋の中には銀貨や金貨が数枚はいっている。
そもそもお金の価値もわからないんだけど、まあいいか、せっかくだ。
市場だけじゃなく、王都そのものも見てみよう。
こんな機会がなきゃ、なかなかこの世界を見て回れないだろうしな。
そんなことを考えながら食堂を出ると。
「ん?」
ちょうど扉に手をかけていた人とばったり出くわす。
「って、神代か。どうしたんだ? こんなところで」
「く、黒江くん!」
慌ててこちらを見上げる神代。
今日は訓練がないからか、いつもの訓練着ではなく、こっちの世界で用意してもらったらしい普段着を着ている。昨日の部屋着ほどゆったりしてはいないけど、それでもいつもより軽い格好だ。
「おはよう。体調どう?」
「大丈夫です。昨日はよく眠れましたから」
「ならよかった」
顔色は悪くない。昨日よりずっと元気そうだ。
「そういえば神代」
「黒江くん!」
いきなり大きな声を出した後、神代は勢いよく頭を下げた。
「昨日は本当にすみませんでした!」
「昨日?」
「私、途中で寝てしまって。しかもベッドまで運んでいただいたみたいで」
「別にいいよ。神代、軽かったしな。簡単に持ち上げられて驚いたぞ。ちゃんとご飯食べてるか?」
「っ!」
神代の顔が一気に赤くなり、目を逸らされた。
まずい、女子に体重の話しはデリカシーなさ過ぎたか。
「悪い。余計なこと言ったな」
「い、いえ……。そ、それと! 定例報告の件も、黒江くんに対応してもらっちゃったみたいで。王女殿下から聞きました。私の負担を減らすように話してくださったことも」
「それはまあ、話しの流れみたいなもんで――」
「本当にありがとうございました。それと、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
「い、いや、そんなに言ってくれなくてもいいから」
お礼と謝罪が同時に飛んでくるせいで、止めるタイミングがない。
「謝らなくていいって。昨日のは俺が勝手にやっただけなんだし」
「でも」
「神代」
名前を呼ぶと、顔を逸らしつつも、瞳だけがこちらに向けられる。
「は、はい」
返事はあるが、申し訳なさそうな顔だ。
「別に俺はなんとも思ってない。疲れてたなら寝ればいいし、定例報告も、俺は事情を説明しに行っただけだから」
「でも、その後のことまで話してくれたって。私に負担がかからないようにと」
「そりゃ神代ばっかりが負担を背負う必要はないだろ? 今日みたいに元気になっても、また全部抱え込んだら同じことの繰り返しなんだから」
「それは……」
「だから当たり前のことを伝えただけ。むしろ今まで神代に頼り過ぎてたんだよ。もっと早く気付いてあげられてたらよかったんだけど」
なんなら、神代に励まされてた側なんだよな、情けない。
「そ、そんなことないです! 今回は黒江くんに助けて頂きましたし、それに……。心配してくれて、私のためにそこまでしてくれて、嬉しかったので」
その言葉に、返答が出てこなくなる。
大したことをしたわけじゃない。
けど、そこまで感謝されると、なんて返していいかわからなくなる。
「だから、ちゃんとお礼を言いたかったんです」
「……そっか。なら、お礼は受け取るよ。でも、謝罪はいらない」
神代は、少しだけ困ったように笑い。
「わかりました。では、昨日はありがとうございました」
「どういたしまして」
「紅茶も、とても美味しかったです」
「それもよかったよ」
これで終わりかと思ったところで、神代は少しだけ視線を落とした。
「あと、私の知らないところで、私のことを考えてくれていたのが、すごく嬉しかったです」
「あ、ああ。それもわかったから。もういいよ」
これ以上はムズ痒くなるから、お礼も勘弁して欲しい。
「神代には俺も助けてもらったからな。お互い様ってことでいいだろ」
「お互い様、ですか」
「そう。だからもう昨日のことはもうなしだ」
「なしにはしません」
「なんでだよ」
「なんでもです」
いや、なんでだよ。
と思うが、神代が笑ってるならそれでいいか。
昨日は疲れていて見られなかった、いつもの神代らしい笑顔だ。
これならもう大丈夫そうだ。
「そういえば今日って訓練休みなんだろ? 神代はなにかするのか?」
聞いた瞬間、神代の表情が少しだけ固まったように見えた。
「特に予定はありません。黒江くんは?」
「俺はガルドさんに厨房から追い出されたからな」
「なんですか、それ?」
神代が可笑しそうに笑う。
「みんなが休んでるんだから、お前も休めって。今日は厨房出禁だとよ」
「ふふっ。ガルドさんらしいですね」
「酷い話だよ、新しいメニュー作りたかったのに……」
「優しさだと思いますけど?」
「まあ、わかってるけどさ。それで暇になったから、王都の市場でも見てこようと思ってる。城にない食材も色々あるらしいし」
「王都へ?」
「ああ」
そこで、ふと思う。
神代は予定がない。
俺は市場の場所すら知らないし、一人で知らない街を歩くのは少し不安だ。
「よかったら神代も一緒に行く?」
何気なく聞いただけだった。
でも、神代は目を丸くして、こちらを見たまま一瞬言葉を失った。
「私、ですか?」
「よければだけど。せっかくの休みなんだし、一人で城にいるよりいいかなって」
「行きます」
前の目に顔を寄せてくる神代。
「ぜひ、一緒に行きたいです!」
「そ、そんな気合い入れて行くようなところじゃないんだけど」
「いいんです。私も王都には行ってみたかったので」
さっきまで申し訳なさそうだった表情が嘘みたいに明るくなっている。
そこまで王都に興味があったんだろうか?
神代がいてくれれば俺も心強いし、そう言ってくれるならありがたい。
「じゃあ行こうか」
「はい」
こうして俺たちは、二人で王城を出ることになった。
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城門を抜けた途端、目の前の景色が一気に変わった。
石造りの建物が通りの両脇に並び、その間を馬車や大勢の人が行き交っている。屋台から漂ってくる焼いた肉の匂いに、聞いたことのない呼び込みの声。武器を持った冒険者らしい人もいれば、大きな籠を抱えて歩いている人もいる。
城の中にいるだけでは実感しにくかったけど、ここまで来るとさすがに思う。
「本当に異世界なんだな」
「今更ですか?」
「厨房にいるとそこまで感じないんだよ。道具とか材料は違うけど、やってることは料理だからな。景色も毎日、同じだし」
「言われてみれば、黒江くんは私たちより城の中で生活が完結していますね」
「ああ。部屋と厨房を行ったり来たり。これじゃ会社員と変わらないよ」
とはいえ、神代も王都へ出るのは初めてらしく、歩きながら何度も周囲へ目を向けている。建物は日本と作りが違うし、行き交う人の見た目も服装も違う。
市場へ到着して、目に入った食材も、日本で見れないものばかりだ。
「なんだこれ?」
最初に気になったのは、赤紫色をした丸い実だった。
大きさはリンゴくらい。でも表面は柔らかく、触ってみると弾力がある。
「これって生で食べられるんですか?」
「ああ。皮剥きゃそのままいけるぞ。酸味があってやみつきになる味だ。煮込めば甘味が強くなるから食材としても使える」
「なるほど。煮込んだとき弾力はどうなるんですか?」
「固くはならずに弾力は残る。煮込み過ぎると溶けるがな」
なるほど、それならカレーとかシチューを作る時に使えるかもしれない。酸味があるならソースにしてもいい。
いくつか買って試してみようかと考えながら隣を見ると、今度は黄色く細長い野菜が積まれている。
「こっちは?」
「そいつは焼くのが一番だな、苦味が抜けて柔らかくなる。生だと苦いし硬いぞ、それがいいって奴もいるがな」
「ということは、細かく刻めば薬味になるかも知れないな」
面白い。
少し先の店には、大きな豆のような食材がある。その向こうには見たことのない葉物、そのさらに先には香辛料らしき粉が並んでいた。
気づけば俺は、店主に調理法を聞いたり、匂いを嗅いだり、試食できるものは口へ入れてみたりしながら市場を進んでいた。
「黒江くん」
名前を呼ばれて振り返る。
神代が少し離れたところで、どこか楽しそうにこちらを見ていた。
「どうした?」
「いえ。黒江くん、すごく楽しそうだなと思って」
「そう?」
「はい。市場へ来てから、ずっと食材ばかり見ています」
言われて周囲を見る。確かに、いつの間にか結構な距離を歩いていた。最初は王都そのものを見て回るつもりだったのに、目に入っているのは食材ばかりだ。
「気づかなかった」
「それくらい夢中だったんじゃないですか?」
「まあ、今は料理人だからな」
自分で言ってから、少しだけ妙な感じがした。
召喚された日なら、自分からそんな言い方はしなかったと思う。
料理人。あの時は、外れを引いた証拠みたいに感じていた言葉だった。でも今は、知らない食材を見れば味を知りたくなるし、どう料理できるのかも考えてしまう。
「不思議なもんで、最近は知らない食材を見ると興味が湧くんだよ。どうやって食べるのかとか、何と合わせれば美味くなるのかとか、考えてると止まらなくなる」
「それなら、いいことだと思います」
「そうか?」
「はい。夢中になれるものがあるのは、素敵なことですよ」
神代が言う。
その言葉は、思ったより素直に胸へ入ってきた。
「そっか……。ありがとな」
そう言ってもらえて、悪い気はしなかった。
「いえ。私は思ったことを言っただけですから」
神代がそう言って笑う。
「っていうか悪いな。俺ばっかり楽しんでて。神代もなにか見たいものがあったら言ってくれよ」
「私は十分楽しんでますよ?」
「食材見てるだけで?」
「食材を見るというより、黒江くんが楽しそうにしているのを見るのが、です」
そう言われると、さすがに返事に困った。
「俺を見て楽しいって……。神代って変わってるんだな」
「黒江くんにだけは言われたくありません」
少し不満そうに言われて、二人で笑う。
それからは俺も意識して食材以外の店を見るようにした。
服、革製品、装飾品、武器屋、焼き菓子を売る露店。
その中で、神代が足を止めた店があった。
小さな装飾品を並べた露店だ。耳飾りや腕輪なんかに混じって、髪を留めるための飾りもいくつか置かれている。
「こういうの好きなのか?」
「え?」
声を掛けると、神代は少し慌てたようにこちらを向いた。
「見てたから」
「好きというほどではないですけど。少しだけ興味を引かれまして」
神代が視線を戻す。
見ていたのは、青い石のようなものがあしらわれた小さな髪飾りだった。派手ではないけど、光が当たると深い青色が僅かに透けて見える。
「綺麗ですね」
「買っていくか? まだなにも買ってないみたいだし」
「いえ。今日は買い物をするつもりで来たわけではありませんし、荷物になるので」
そう言って、神代はすぐに店から離れた。
「いいのか?」
「はい。見られただけで十分です」
神代はそう言って先へ歩いていく。
俺もその後を追いながら、一度だけ露店を振り返った。
青い髪飾り。神代の黒い髪なら、結構似合いそうだと思った。
そんなことを繰り返しているうちに、気づけば朝食からかなり時間が経っていた。
「腹減ったな」
「もうお昼ですからね」
周囲を見れば、食事を出している店が何軒か見えた。どうせなら屋台で簡単に済ませるより、王都の人が普段どんなものを食べているのか知っておきたい。
「せっかくだし、どっかで昼飯食っていかないか?」
神代は少し驚いたように目を瞬かせたあと、嬉しそうに頷く。
「はい。行きましょう」
「じゃあ店探すか」
俺たちは並んで歩き出す。
知らない街で、知らない料理を食べる。
ガルドさんに言われたから王都に出たつもりだったけど、楽しいもんだ。
神代も楽しそうにいろんなものを見てるし。
あとでガルドさんにお礼を言わないといけないな。




