5頁目 整理
5話目です
よろしくお願いします!
その日の工房は、朝から静かだった。
珍しく、男がずっと作業台に向かっている。
紙の上には何枚ものラフ図。
木材を削っては止まり、また考える。
コーヒーだけがどんどん減っていく。
少女は少し離れた机で、その様子を眺めていた。
「……煮詰まってますね。」
返事は無い。
集中している時は、だいたい聞こえていない。
少女は小さく肩をすくめると、新しくコーヒーを淹れ始めた。
ぽこぽことお湯が鳴る。
静かな工房に、時計の音だけが響いていた。
出来上がったカップを、作業の邪魔にならない位置へそっと置く。
男は視線も向けずに、
「ああ。」
とだけ言った。
ちゃんと気づいてはいるらしい。
少女は少しだけ笑うと、自分に出来ることを探し始めた。
散らかった書類をまとめる。
請求書を分ける。
出納帳を開いて、数字を書き込んでいく。
「……うわ。」
棚の奥から古いノートが落ちてきた。
分厚いスケッチブック。
端が擦り切れている。
「懐かし。」
ぱらぱらとページをめくる。
今よりずっと拙い字。
雑な設計図。
意味不明なメモ。
『かわいい感じにする』
雑すぎる。
「それ、まだ残ってたのか。」
いつの間にか男が後ろに立っていた。
「作業は。」
「飽きた。」
よくない職人である。
少女はスケッチブックを開いたまま笑う。
「うわ、これ最初の頃のですね。」
「見せるな。」
「なんでです?」
「下手だから。」
「今もそんな変わりませんよ。」
「ケンカ売ってるのか?」
少女はけらけら笑う。
ページをめくる。
「あ。」
そこには『師匠へ』と書かれたメモが挟まっていた。
男が露骨に嫌そうな顔をする。
「懐かしいですね、師匠。」
「やめろ。」
「最初めっちゃ嫌がってましたよね。」
「師匠ってガラじゃねえ。」
少女は机に頬杖をつく。
「でも最初、なんて呼べばいいか分かんなかったんですよ。」
「普通でいいだろ。」
「だから——最初、敬語だったじゃないですか。」
「……ああ。」
たしかに最初の頃は、今よりずっと、距離があった。
少女は勝手に工房へ来て、
勝手に質問して、
勝手に居着いた。
「相棒って呼び始めたら、なんか相棒の機嫌良くなりましたよね。」
「機嫌っていうか、落ち着かなかったんだよ。」
「師匠?」
「それ。」
「じゃあ先生。」
「もっと嫌だ。」
「めんどくさ。」
男は苦い顔でコーヒーを飲む。
「お前、最初ほんと住み着いた猫みたいだったよな。」
「追い出されなかったので。」
「追い出す前に工具棚占領しただろ。」
「馴染む努力です。」
「図々しいとも言う。」
少女はまたページをめくる。
そこから、古い写真が一枚落ちた。
「……。」
男が固まる。
「え。」
「返せ。」
「若。」
「返せ。」
「髪短っ。」
「返せって。」
少女は写真をひらりとかわす。
「え、誰ですこれ。」
「俺だ。」
「ウソだ。」
「本当だ。」
今より少し幼い男が、不機嫌そうな顔で写っている。
しかも作業着じゃない、仕立ての良いシャツを第一ボタンまで留めた、妙にきっちりした格好だった。
少女は肩を震わせる。
「……ぷっ。」
「笑うな。」
「いや、だって。」
「返せ。」
「なんですかその顔。」
「昔のだ。」
「今より愛想悪い。」
「うるさい。」
男はスケッチブックごと取り上げると、そのまま作業台へ逃げていった。
「ちょっとー!まだ見てません!」
工房に、久しぶりに賑やかな声が響いた。




