3頁目 買い物
少し肌寒い朝。
昨日の雨は、明け方には止んだようだ。
男は工房の前に着く。
いつもなら鍵を開けて入るが、今日は違う。
確認するように腕時計を見る。
「遅いな…」
すると遠くから
「相棒ーーーー!!」
朝の喧騒を突き破るように響く、大きな声。
いつものリュックに、小脇に紙袋を抱えて走ってきた。
「なんで行く前から荷物増えてるんだ。」
「パン屋寄りました。」
「まだ買い物始まってないんだぞ。」
「好きそうなのチョイスしてきました!」
相変わらずマイペースな返事。
今日は二人で工房の備品の買い出し。
普段使う資材や消耗品は業者に頼んで仕入れてはいるが、そうすると同じ物しか作れない。
定期的に自分の目で見て、探して、考えることにしている。
元々は男一人で出かけていたが、弟子が修行のために同行すると言い出したのだった。
「一人のほうがゆっくり考えられるんだが。」
「二人のほうがアイデア出ますって!」
半ば強引に予定が決まっていた。
コツコツと石畳を歩く音が二人分。
商店街に向かう道すがらでパンをかじる。
「こっち甘いので、相棒こっち食べてください。」
「…なんでだ。」
「そっちのほうが好きそうだったので。」
「決めつけるな。」
商店街をクリームパン片手に歩く男。
端から見たら、じゅうぶんシュールだろうな。と思いながら、受け取ったパンを食べる。
……そっちのハムチーズのバゲットのほうが美味そうなんだが。
少女は幸せそうな顔をしてパンをひとつ、またひとつと食べる。
途中で視線に気づいて、バゲットを半分に分けた。
「はいど〜ぞ。」
「なんだ。」
「目が欲しそうだったので。」
「ん。」
腹ごしらえは完了。
まずはいつもの資材屋から入る。
「おや、いらっしゃい。」
馴染みの店主が声をかける。
「面白いのが無いか見に来た。」
毎日変わらない街でも、商品はたまに新しいものが入ってくるものだ。
素材を見てインスピレーションを得る。
これをどう使うか、考えるだけでもワクワクするというものだ。
…売れるかは二の次として。
「相棒!こっちの生地、かわいいです!」
「いらん。」
間髪入れず止める。
そうしないと際限が無くなる。
それでも男には無いセンスが、工房の作品を売れるものにしてくれていることは確かである。
「あれも一メートルだけ買う…」
そういうと、やはり余計な物までけっきょく買ってしまっているのだった。
「じゃあ、これとこれと、あとこのワンちゃんも。」
「それはさすがにいらん!」
犬のキーホルダーは確実にお土産。それくらいはさすがに分かった。
「おや、奥さんもらったんかい?」
「違うわ」「違います!」
ほぼ同時だった。
圧倒された店主は、苦笑を浮かべながら、商品を紙袋に詰めていった。
「次はどこ行きます?」
目的のものは買った。
ある程度、めぼしい店も回った。
「昼飯でも食うか。」
「じゃあ、オススメのお店あるんですよ!」
朝はパンだったから、昼は麺がいいな。
そう思ったが、口には出さない。
こんなに眼を輝かせているのに、麺などと男臭いことを言った日には、たちまちボディブローが飛んできそうだ。
腹に少し力を入れつつ、歩く。
少女はふと、足を止めた。
「…相棒。」
「なんだ。」
通りの片隅。小さな雑貨屋のショーウインドウ。
そこに並ぶアクセサリーを、少女はじっと見つめていた。
「んー。何でもない。行きましょ。」
「そうか。それでメシの種類なんだがな。麺も良いと思っていてだな。」
静かな商店街に、鈍い音が一発響いた。
男は脇腹を押さえる。
「ただいまー!」
工房の風鈴の音が、二人を迎える。
「あーー重かった。」
男は大量に抱えた紙袋を降ろすと、腰を擦っていた。
「じゃあ戦利品、整理しますね。」
「ああ、頼む。紅茶でも入れるか。」
少女は紙袋から1つずつ、生地、金属板、金具、木材と、種類ごとに分けていった。
「あれ?」
「どうした。」
買った記憶にない小箱が、ころんと出てきた。
「…なんですかこれ。」
「知らん。」
「知らんって。」
中身を開けると、そこには雑貨屋で並んでいたイヤリングが入っていた。
「相棒。」
「なんだ。」
「これ。」
「店員が勝手に入れたんだろ。」
「そんなわけないじゃないですか。」
心当たりはあった。
パスタの店を出たあと、急にトイレに行った男。
少し長いな、とは思ったけれど。
お湯の沸く音。
紅茶の淹れる音。
「……ありがとうございます。」
「別に。」
3話までご拝読ありがとうございました!
まだまだページは続きます
二人の何気ない日常の記録を、これからもよろしくお願い致します。




