第五話「ヒーローは絶妙なタイミングで現れる(意図的)」
街道で山賊二十人を片付けたのは、出発した日の夜だった。
シロガネは変身を解き、踵を返して夜道を歩き始めた。
夜風が頬を撫でる。星が、よく見えた。
予定通りだ。
このまま進めば、明日の昼には廃村に着く。
廃村は赤狼団の根城だ。シロガネより二日遅れて、リナたち三人組も向かってくる。
俺は先に着く。だが、攻め込まない。
隠れて待つ。
三人組が着いて、戦闘が始まって、追い詰められた、その瞬間に——
——颯爽と、現れる。
夜空を見上げた。
口元が、微かに笑った。
シロガネは歩き続けた。
翌日の昼。
シロガネは廃村の手前、森の中に潜んでいた。
廃村は予想通りだった。朽ちた家屋。焚き火の煙。見張りが二人。家屋の中にも気配がある。総勢で六十人前後はいるだろう。
——赤狼団。
シロガネは木陰から廃村全体を観察した。
赤狼団の動きを見ていると、どうやらそれぞれ役割があり、組織として整っているようだ。
頭目らしき大男が見えた。体中に傷跡。手には大斧。歩き方に隙がない。元傭兵というのは本当らしい。
あれが頭目か。
——ヴァルフ、と言ったか。
ギルドで聞いた名前を思い出した。
いい。
相手として、申し分ない。
シロガネは木陰に腰を下ろした。
リナたち三人組が出発するのは明日の朝だ。彼女たちの脚力なら、廃村に着くのは早くて翌日の昼。
——丸一日と少し、待つことになる。
いい。待てる。
シロガネは木の幹に背を預けた。
干し肉を齧った。水を飲んだ。それから、目を閉じた。
四十二年間夢見た構図が、今、組み上がろうとしている。
その瞬間まで、ただ静かに待つ。
それくらいのこと、夢の重さに比べれば塵だ。
それから、二日後の昼前。
廃村に向かう森の中の街道を、三人の女が歩いていた。
「もうそろそろよね、廃村」
リナが地図を確認しながら言った。
「あと半刻ほどで〜……到着するかと〜」
メイファが杖をついておっとり答える。
「……周囲に、複数の魔力反応があります」
エルネが魔導書から顔を上げて静かに言った。
「赤狼団の見張りでしょう。少なくとも前方に二人」
「了解。エルネ、距離を詰めたら隠形魔法で気配を消して。メイファは後衛で待機。あたしが先行して見張りを片付けるわ」
「は〜い〜」
「……かしこまりました」
リナは剣の柄に手を置いた。
歩きながら、自分自身に言い聞かせるように呟いた。
「大丈夫よ。あたしたちなら、できる」
メイファとエルネは答えなかった。
ただ、二人とも、リナの背中をじっと見つめていた。
リナが見張りに気づかれずに走り寄り、二人を昏倒させた時、シロガネは森の木陰でそれを見ていた。
——いい腕だ。
剣筋に無駄がない。育ちのよさが滲んでる。
シロガネは口元を緩めた。
そのまま視線を廃村全体に戻す。
どうやらリナたちは発見されたようで、廃村が騒がしくなってきた。
さて、ここからだ。
リナが剣を抜いた。
「赤狼団! 冒険者ギルドからの依頼を受けて来たわ! 神妙にしなさい!」
凛とした声が廃村に響き渡った。
山賊どもが次々と飛び出してきた。武器を手に、怒号を上げながら。
「は? なんだあの嬢ちゃんたち」
「冒険者だぁ? ハッ、新米じゃねえか!」
「三人ぽっちで来たのかよ!」
笑い声が廃村を満たした。
その奥から、ゆっくりと一人の男が現れた。
ヴァルフだ。
「——女三人で、この赤狼団を捕まえようってか?」
ヴァルフの声は低かった。怒りと侮りが、同時にそこにあった。
「舐めやがって。冒険者ギルドも落ちたもんだ。こんなガキを送り込んでくるとはな」
「アンタはあたしが倒す! 覚悟しなさい!」
リナは剣を構えた。
ヴァルフが、笑った。
「いい目だ。だが——」
ヴァルフが大斧を肩に担いだ。
「死ぬぞ、嬢ちゃん」
号令と共に、山賊どもが雪崩れ込んできた。
戦闘が、始まった。
最初の数分は、リナたちが優勢だった。
リナの剣は速かった。一人を斬り、二人を斬り、三人目が剣を振りかぶる前に懐に踏み込んで肘を顎に叩き込む。剣筋には貴族の正統な剣術の品格があった。だがその速度と判断は、新米の域を超えていた。
「《光よ、傷を癒せ》!」
メイファの杖から温かい光が放たれる。掠った傷を負ったリナの肩を包み、瞬時に塞いだ。おっとりした顔つきからは想像できない、的確な治癒判断だ。
「《風刃》!!」
エルネの魔導書から風の刃が放たれる。山賊たちの足を切り裂き、動きを止めていく。無駄のない呪文選択。
——強い。
シロガネは木陰で見ていた。
新米と言うが、これは——下手な中堅冒険者より上だな。
さすが貴族の三人組というわけか。
リナが五人目を斬った。
六人目を蹴り倒した。
七人目を——
その時。
ヴァルフが動いた。
「遊びは終わりだ」
低い声と共に、大斧が振り下ろされた。
リナは咄嗟に剣で受けた。
ガキィィン!!
衝撃が、リナの腕を駆け上がった。
「——っ!!」
リナの足が、地面に半歩めり込んだ。
――重い。
重すぎる。
剣を握る手が痺れていた。腕の感覚が鈍っていく。
「——お嬢様!!」
メイファが叫んだ。
エルネが詠唱を始めた。
ヴァルフが大斧を持ち上げた。再び振り下ろす構えに入る。リナは咄嗟に転がって避けた。
大斧が地面に叩きつけられた。地面が割れた。
リナはヴァルフの懐に潜り込もうとした。
だがヴァルフは速かった。あの巨体が想像以上の速度で動く。リナの剣を大斧の柄で払い、肘で胸を打った。
「——っ、ぐ!!」
リナが吹き飛んだ。
廃村の壁に背中から激突した。革鎧越しでも息が止まる衝撃。視界が一瞬白くなった。
「——リナ様!!」
メイファが駆け寄ろうとした。
その背後に、別の山賊が迫った。
「メイファ、後ろッ!!」
エルネが叫ぶ。詠唱が完成する前だった。
メイファが振り返った瞬間、山賊の剣が——
「《光の盾》——!!」
エルネが咄嗟に魔導書を翳した。光の盾がメイファの前に展開し、剣を弾き返した。
だがその一瞬で、エルネの周囲を別の山賊たちが囲んでいた。
「もらった、嬢ちゃん!!」
「——っ」
エルネの目が、見開かれた。
――――――――
数分後。
三人は廃村の中央に引きずり出されていた。
リナは膝をつかされ、両腕を背後で押さえられている。メイファとエルネも同じだ。武器は奪われ、地面に落ちている。
リナの口の端から血が垂れていた。革鎧は破れ、髪は乱れている。それでも目だけは死んでいなかった。ヴァルフを真っ直ぐに睨み上げている。
「やはり、いい目をしている」
ヴァルフが大斧を地面に突き立てた。
「だがな、嬢ちゃん。お前ら、貴族だろ」
リナの目が、僅かに揺れた。
「立ち振る舞いでわかる。装備の質、剣の使い方、そっちの侍女みたいな二人の動き方。新米冒険者を装ったお遊びか? いいご身分だな」
「——黙りなさい」
「金になるぜ、これは」
ヴァルフの口元が歪んだ。
「奴隷商に売り飛ばせばいい値がつく。貴族のお嬢様三人セットだ。買い手が殺到するだろうよ」
山賊たちが下卑た笑い声を上げた。
リナの体が、震えた。
怒りで、震えた。
「……あんたたち、絶対に、後悔するわよ」
「ハッ、後悔ねえ」
ヴァルフは部下たちを見回した。
「なあお前ら。奴隷商に売り飛ばす前にだ。商品の状態を、確かめておかなきゃならんよなあ?」
部下たちが、ニヤついた。
「お、いいねえ頭目!」
「貴族のお嬢様の味見ってか!」
「滅多にない機会だぜ!」
下卑た笑い声が、廃村を満たした。
数人の山賊が、武器を地面に置いた。
ニヤつきながら、三人に近づいてくる。
「やめなさい——!」
リナが叫んだ。腕を押さえる山賊を振り解こうとしたが、力が入らない。
メイファの目が、潤んだ。
「お嬢様……お嬢様……っ」
「……」
エルネは、目を逸らさなかった。ただ、唇を強く噛んでいた。
リナは奥歯を噛み締めた。
——巻き込んじゃった。メイファ、エルネ。これも全部、あたしが迂闊だったせいで……。こんなところで、こんな連中に……!
涙が、にじんだ。
絶望が、リナの胸を満たした。
山賊の手が、メイファの大きな胸に伸びる——
その時。
森の奥から、声がした。
「——変身ッッッ!!!!」
絶叫が、廃村を貫いた!
直後。
白い光が、昼間の森を塗り潰した。
メイファに伸びた山賊の手が、止まった。
ヴァルフが目を細めた。
部下たちが、光の方を見た。
光の中から、巨大な何かが歩いてくる。
鋼鉄の翼が広がる。地面が揺れる。
身長二メートル五十センチの、白銀の鎧。
仁王立ちのまま、鋼鉄の翼を広げ、白銀の騎士は廃村の中央に向かって、ゆっくりと一歩を踏み出した。
ヴァルフが、低く呟いた。
「——なんだ、貴様は」
白銀の騎士は答えた。
声が、低い! 腹に響く!
「俺は、悪を砕く、白銀の鉄槌!!」
一歩、踏み出した。地面がまた揺れた!
「機動鎧武者!!」
翼と兜の目が光る。
「シルバー・フィストッッッ!!!!」
リナの目が、見開かれた。
メイファたちに触れる寸前だった山賊の手は、まだ宙に止まっていた。




