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第二十八話「あの夜の真実と、生きていた男たち」


「あの夜のこと。お前たちも覚えているだろう」


 ギルドの隅のテーブルで俺は静かに語り始めた。

 リナメイファエルネの三人が神妙な顔で俺の言葉に耳を傾けている。

 あの合同討伐の夜。地下の広間でクライスが本性を現し、お前たちを罠にかけ殺そうとした。動けなくなっていたお前たちの前で、聖魔の魔法が放たれかけた。あの絶体絶命の瞬間。


「あの時俺が駆けつけた。それは知っているな」

「……ええ」


 リナが頷いた。あの夜リナたちの目の前で俺は変身し、クライスを一撃で撃ち砕いた。

 三人にとっては忘れがたい夜になっていることだろう。


「だが──あの後何が起きたかは、お前たちは知らない」


 俺は続けた。


「あの後俺は黒の影(シャドウ・フォール)の本拠地へ……ガルディウスの屋敷へ乗り込んだ」


 三人が息を呑む。


「そこで俺はガルディウスと戦った」


 俺は屋敷で読んだ手記のことをかいつまんで話した。

 ガルディウスがなぜ堕ちたのか。妻と娘を人質に取られ組織に従わざるを得なかったこと、その妻子すらも化け物に変えられていたこと。

 彼がどれほどの絶望の中で戦っていたのか。

 リナの表情が少しずつ変わっていく。


「……そんな事情が」

「ああ。だが当時の俺はそれを知らなかった。ただ強大な敵としてガルディウスと対峙した。そして──倒した」


 ぴくりと三人の肩が震えた。

 沈黙が落ちた。

 三人は何も言わなかった。ただ重い空気がテーブルを包んでいた。

 あの夜自分たちを殺しかけた男。憎んでも憎みきれない裏切り者の親玉。それらがもうこの世にいない。そう受け取ったのだろう。


「……そう」


 リナがぽつりと言った。その声には複雑な感情が滲んでいた。


「……それでシロガネ」


 リナが顔を上げた。


「あんたはなんでガルディウスの屋敷に出入りしてるの? 倒した相手の屋敷に……」

「ああそれはだな。今から屋敷に行けば分かる」

「……?」


 リナが首を傾げた。

 うむ。話すより見てもらった方が早い。俺は立ち上がった。


「行くぞ。ガルディウスの屋敷に。拠点の件もそこで相談できる」


 三人は釈然としない様子で俺の後に続いた。


───────


 ガルディウスの屋敷は街の北の外れにある。

 以前訪れた時は──まあ俺が壁をいくつかぶち抜いたせいで。なかなかの惨状だった。だが今は。


「……立派ね」


 リナが屋敷を見上げて呟いた。

 修理はすっかり終わっていた。崩れた壁も爆発で吹き飛んだ書斎も以前の姿を取り戻している。それどころか前よりも手入れが行き届いており、堂々とした佇まいだ。

 門の前に立つとすぐに扉が開いた。


「シロガネ様。お待ちしておりました」


 出迎えたのは執事服を着た初老の男だった。物腰は穏やかだが隙がない。


「夜分にすまん。世話になるな」

「いえいえ、旦那様はもう少しで来られます。部屋を用意しておりますので、案内いたします」


 俺が頷くと執事は恭しく頭を下げ、俺たちを中へと通した。

 外と同じく、屋敷の中もきれいに整えられていた。

 廊下にはメイド服の女性が数人。皆てきぱきと働いている。


「……ねえシロガネ」


 リナが小声で聞いてきた。


「あの執事とかメイドの人たち……なんかただ者じゃない気がするんだけど」


 ほう。さすが冒険者。気づいたか。


「ああ。あの者たちは全員白銀の影(シルバー・シャドウ)──組織のメンバーだ」

「組織……? そのメンバーがメイドや執事を……?」

「ああ。表向きは屋敷の使用人として働きながら。裏では街の平和を守っている」


 リナが目を丸くした。

 白銀の影(シルバー・シャドウ。もともとはガルディウスが悪に堕ちる前――昔、騎士団を率いていた時の信頼できる仲間たちだと聞いている。あの一件以来、ガルディウスとクライスが声をかけてメンバーを集め、今はこの街を陰から支えていると聞いている。屋敷はその拠点の一つというわけだ。


 俺たちは応接間へと通された。

 ふかふかのソファ。磨き上げられたテーブル。リナたちが緊張した面持ちで腰を下ろす。


「それでは、こちらでお待ちください」


 執事がそう言って退出した。

 ……さて。

 ガルディウスたちとリナたちを引き合わせるのは初めてだ。少しばかり緊張するな。

 しばらくして──応接間の扉が開いた。


「待たせたなシロガネ」


 入ってきたのは二人の男だった。

 一人は長い金髪を後ろで束ねた線の細い貴公子。整った顔立ちに理知的な瞳。どこか品のある佇まい。

 もう一人は茶色の髪をさらりと流した爽やかな青年。

 ……まあ見慣れた顔だ。俺にとっては。

 だが。


「えっ……誰?」


 リナが困惑している。それはそうだ。クライスの顔を知っているとはいえ、今のクライスは若々しくなっており、別人にしか見えないだろう。


「三人とも、この金髪の王子様っぽいヤツがガルディウス。それで、茶髪の男が――クライスだ」

「「「っ!?」」」


 三人が固まった。

 そして――疑念の目を俺に向けてくる。なんだ?


「ねぇシロガネ! 冗談も大概にしなさいよ!? どこがガルディウスとクライスなのよ! こんなに若くないでしょ!?」

「いや、ちょっと、本当なんだって!! 胸倉をつかんで揺さぶるな! バカになるだろ!?」 


 揺れる視界の中、クライスがこちらに近づいてくる。


「お久しぶりです。本物のクライスです……あの時、怖い思いをさせてしまって、本当に申し訳ございません」


 クライスが静かに頭を下げた。

 その言葉に、リナもメイファもエルネも信じられないという顔でクライスを見つめている。倒したと聞いていた男が目の前に生きて立っているのだ。無理もない。


 しかも──三人はあの夜のクライスの顔を覚えている。整ってはいたがどこか気苦労の滲んだ壮年の男。それが今は若々しい青年になっているのだ。


「な、な、なんで……シロガネ! あんたが倒したって……!」

「倒したぞ。間違いなく倒した」

「じゃあなんで生きてるのよ!? しかも……若くなってるじゃない!?」

「……あ」


 ……そういえば。肝心なことを言い忘れていた。


「すまん。言い忘れていた。──倒した後、生き返らせたんだよ」

「…………は?」


 リナの口がぽかんと開いた。


「生き返らせ……た?」

「そうだ。手記を読んでガルディウスの事情を知ってな。これは倒すべき相手ではなかったと思い直した。だから蘇生した。クライスも同じく、忠義によって行動していたから生き返らせた」

「い、生き返らせたって……死んだ人を!?」

「そうだが?」

「そうだが? じゃないわよ!! そんなことできるの!?」

「できたんだから、今生きてるんだろ?」


 リナが絶句した。メイファも口を両手で覆っている。


「あの~シロガネさん……? 死んだ人を生き返らせるなんて、それ伝説の聖女様くらいしか……っていうか聖女様でも一度きりの奇跡だったって……」

「ふむ。まあ俺は何度かやっているが」

「何度もですか~!?」


 メイファのおっとりとした悲鳴が応接間に響いた。


「……記録しないと」


 エルネがぼそりと呟いてどこからか紙とペンを取り出した。やめろ。


「おい待て。話はまだ終わっていない」


 俺は隣に立つ貴公子を手で示した。


「紹介しよう。こいつがガルディウスだ」

「「「は?」」」


 三人の声が見事に揃った。

 リナが貴公子と俺を交互に見る。


「……え? ガルディウスって……シロガネあんたガルディウスはその……筋骨隆々のおっさんだって……」

「ああ。そう言ったな」

「全然違うじゃない! 誰よこの美青年は!」

「いやこいつがガルディウスだ」

「嘘でしょ!?」

「……ふっ。確かに信じられぬのも無理はない」


 貴公子──ガルディウスが苦笑した。落ち着いた声。中身は確かにあのおっさんだ。


「我も未だに慣れぬ。鏡を見るたびに、誰だこれはと思う」

「ど、どういうこと!?」

「……これも俺がやった」


 俺は白状した。


「ガルディウスたちを蘇生したついでに……その家族に頼まれてな。若返らせた。ガルディウスもクライスも奥方も」

「若返らせ……!?」

「ああ。そうだ」

「年齢を巻き戻したっていうの!? そんなの聞いたことないわよ!!」

「いや厳密に言うと違うんだが――似たようなものか」

「……記録。これも記録」


 エルネのペンが猛烈な勢いで動いていた。紫紺の瞳が爛々と輝いている。


「シロガネ。あとで詳しく。蘇生の原理と若返りの術式。全部教えて」

「だから原理は俺にも分からんと──」

「分からないのにできる。それがまた興味深い」


 ……この少女は本当に止まらないな。

 リナはもはや頭を抱えていた。


「もう……、あんた規格外なのは知ってたけど、ここまでとは……」

「うむ。改めて見ると凄まじいな」


 ガルディウスがしみじみと頷いた。


「我も一度、この男に命を絶たれた身だ。そして生き返って若返り、こうして第二の生を得ている。正直いまだに、現実感がないがな……」


───────


 ひとしきり騒ぎが収まった頃。

 クライスがすっと前に出た。そしてリナたちの前で──深々と頭を下げた。


「……あの夜のこと。改めて謝罪させてください」


 応接間が静まり返る。


「私はあなたたちを罠にかけ殺そうとした。どんな事情があったとしても、あなたたちが味わった恐怖は──消えるものではありません」


 クライスの声は静かで、真摯に向き合っていることが分かる声音だった。


「許してほしいとは言いません。ただ──謝りたかった。本当に申し訳ありませんでした」


 頭を下げたままクライスは動かなかった。

 リナたちはしばらく何も言わなかった。

 ……無理もない。あの夜の恐怖は簡単に消えるものではないだろう。

 だが──やがて。

 リナが大きく息を吐いた。


「……顔を上げてよ」


 クライスがゆっくりと顔を上げる。


「正直まだあの夜のことを思い出すと怖い。それは本当よ。でも──事情は分かった。あんたはガルディウスさんに忠義を尽くしていただけ。主君が家族を人質に取られて逆らえなかった。あんたもそれに従うしかなかったんでしょ」

「……はい」

「それに。シロガネが信じて味方にした相手だもの。あたしたちがいつまでも恨んでたってしょうがないわ」


 リナはまっすぐにクライスを見た。


「だから──もういい。済んだことよ」


 クライスの目がわずかに見開かれた。


「メイファもエルネも、それでいい?」

「……はい〜。わたしももう大丈夫です〜」

「……同じく。済んだこと」


 クライスは再び深く頭を下げた。今度は感謝の礼だった。


「……ありがとうございます」


 ……いい仲間を持ったな。俺は。

 内心で少し誇らしい気分になった。


───────


「さて」


 空気が和らいだところで、ガルディウスが本題に入った。


「拠点を探していると聞いたが」

「ああ。パーティーで住める家を探していてな。お前ならいい物件を知っているかと思って」

「ふむ。なるほどな」


 ガルディウスは顎に手を当て少し考えてから頷いた。


「ちょうどいい物件がある。街の南の外れ。少し街からは離れているがその分静かで人目につきにくい。庭も広く井戸もある。お前たちの活動にはうってつけだろう」


 人目につきにくい。庭も広い。

 ……ほう。

 それは──いいな。実にいい。

 人目につかなければ多少派手なことをしても問題ない。庭が広ければ──そう温泉をこしらえる余地もある。

 俺の中である計画がむくむくと膨らんでいく。


「その物件ぜひ紹介してくれ」

「ああ。話を通しておこう。明日にでも案内させる。ああそれと、もちろん家賃はいらないからな」

「それは……いいのか? お前たちも生活があるだろう?」


 正直金がかからない拠点があるだけでかなりありがたいが、そういう訳にもいかないと思う。

 ガルディウス達だって生活があるだろう。

 そう問えば、ガルディウスはその整ったイケメン顔で、ウィンクした。


「大丈夫だ。表の事業を起こしてな。軌道に乗り始めたところだ。金なら当面は心配いらぬ。それに――

お前は我らの恩人でもあり、友だ。これくらいさせてくれ」

「ガルディウス……ありがとう。じゃあ、ありがたく使わせてもらうとしよう」


 拠点が手に入った。

 俺の悲願。あの湯気の立つ極上の温泉。それを実現する舞台が整いつつあった。


「……シロガネ。なんか嫌な予感がするんだけど」

「気のせいだ」

「絶対何か企んでるでしょ」


 リナの鋭い指摘を俺は軽く受け流した。

 ふふ。待っていろ。

 最高の拠点を。そして──最高の温泉を作ってやる。

 この時の俺は、来たるべき温泉づくりに胸を躍らせていた。

 それが、また騒動を巻き起こすことになるとは知らず──。

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