第二十七話「未婚の男女が同じ屋根の下というのは」
俺たちは冒険者ギルドに戻ってきた。
オークの群れを討伐し──正確には、討伐対象も素材も森の地形もまとめて吹き飛ばした後、野営を経て、俺たちはようやく街に帰還した。
ギルドの受付で依頼の達成を報告する。
「えーと……街道のオーク討伐ですね。確かに討伐は確認できました。ただ……」
受付のサラさんが、報告書を見ながら、困ったように眉を下げた。
「討伐現場の……その……周辺の森が、その、なんと言いますか……更地になったという、報告がありますけど……」
「あー……もう知られてるのね……」
リナが小声で呟いて、気まずそうに目を逸らした。
「それはその~、オークが大量にいてね……ちょっと激しい戦闘になっちゃって……みたいな?」
「は、はあ。まあ、討伐は達成ですので報酬はお支払いしますが……」
サラさんが報酬の金貨を数えながら、続けた。
「ちなみに買い取りの素材はありますか?」
「……ほとんどない」
俺は正直に答えた。
「魔石も牙も消し飛んでしまってな……」
「消し飛んで……」
サラさんが、乾いた笑みを浮かべた。
「シロガネさんは、相変わらずですねえ……一体どうやって戦ってるんです? 詮索はしませんけど……」
……面目ない。
報酬は討伐分だけ。素材の買い取りはほぼゼロ。リナたちが個別に倒した数体分の魔石があっただけましだった。
俺たちは報酬を受け取り、ギルドの隅のテーブルに腰を下ろした。
ふう、とリナが息を吐く。
「はぁ……疲れた。まさかオーク討伐であんなことになるとはね」
「わたしもうくたくたです〜」
メイファがテーブルに突っ伏した。
「……素材が残らないのは痛い」
エルネがぽつりと言った。そして、ちらりと俺を見る。
「……でも、おかげでいいものを見れた」
「いいもの……?」
「あなたがどれくらい手加減できないかってこと」
「…………」
すまん。本当にすまん。
俺は運ばれてきたエールを口にしながら考えていた。
……それにしても。
パーティーを組んでからしばらく経つが、どうにも不便だ。
毎回、活動の前にはギルドや街の広場で待ち合わせる。だが俺は宿暮らし。リナたちは同じ宿に泊まっているようだが。連絡を取るのも集まるのも一苦労だ。
そんなことを考えていると。
リナが、ふと口を開いた。
「ねえ。あたしたち、そろそろ拠点持たない?」
「拠点?」
「そう。パーティーで一つ、家を借りるか買うかして、活動の拠点にするの。冒険者なら、わりと普通のことよ。荷物も置けるし、待ち合わせも楽になるし。怪我した時に休む場所にもなるし」
ほう。
言われてみれば、確かに合理的だ。
拠点があれば、いちいち集まる手間も省ける。荷物の管理も楽になる。それに──俺は、内心である考えがちらついた。
……その拠点に温泉が作れるのではないか?
野営の夜思い出して以来、ずっと頭から離れないのだ。あの湯に浸かる幸福。拠点があれば、そこに風呂を……いや、温泉をこしらえることができるかもしれない。
俺の中で、拠点を持つ案は急速に魅力を増していった。
「いいな。拠点……」
「あら、乗り気ね。じゃあ決まり! みんなで住む家を」
「待て」
俺はエールを置いた。
よく考えてみたら、『パーティ』の拠点だ。
もしかして寝泊りまで――? いかんいかん。よく聞いてみるか。
「みんなで住むといったか?」
「そうよ。拠点なんだから、住み込みが一番便利でしょ? 家賃も割り勘にできるし。宿代くらいは節約したいわよねー」
……ん?
いや。待て。待ってくれ。
みんなで、住む、ということは。
つまり、俺と──リナ、メイファ、エルネが。
同じ家、同じ屋根の下で暮らすということで……。
「……いや、それは」
俺は思わず、声を上ずらせた。
「な、何を言っているんだ。未婚の男女が同じ屋根の下で暮らすなど……そんなふしだらな……」
三人が、きょとん、とした。
「……ふしだら?」
リナが首を傾げた。
「何言ってるの。冒険者のパーティーが拠点を共有するのは、普通でしょ」
「ふ、普通なのか?」
「普通よ。男女混合のパーティーなんて、いくらでもいるわよ? 一つ屋根の下で寝起きしてるし」
「で、では、その……夜とか、どうするんだ?」
「夜? 部屋を分ければいいだけでしょ? 男部屋と女部屋。広い拠点だったら一人一部屋でもいいし。まぁ男はあんた一人だけだし、一人部屋ね。あたしたちは相部屋になるかも。それで何の問題があるのよ?」
……あ。
そうか。
部屋が別なら何も問題は──
いや。だが。しかし。同じ家に年頃の娘が三人も。それはその……。
「ちょっと、シロガネ。なんで、顔、赤くしてるのよ」
「あ、赤くなど、していない!」
「してるわよ。すっごく! ちょっと、やだ、なに想像してんの!?」
リナが心なしか赤い顔をしながら、半眼で俺を見た。
メイファがくすくすと笑う。
「きゃ~、シロガネさんったらもしかして、わたしたちを~///」
「違うぞ! 断じて違う!! そんなつもりはっ――!」
「違うってどういうことよ! それもそれで失礼じゃない!?」
はぁ!? 乙女心がわからんぞ!!
「だから――その――」
「……興味深い」
エルネが相変わらずの無表情で、俺を観察していた。
「街の悪を拳一つで砕く白銀の鉄槌。神の理を超えた、規格外の魔法の使い手。なのに……女と同じ家に住むだけで動揺する。……このギャップ。実に興味深い! 記録しておく」
「記録するな!」
くそう!! なぜこんなことで俺はうろたえているんだ!
俺は大人の男だぞ! なのに女の子と同じ家に住む、というだけでこんなに……。
いや、仕方ないだろう。前世でも俺はずっと独り身だったのだ。女っ気なんてまるでなかった。そんな男がいきなり年頃の娘三人と同じ屋根の下なんて――完全に事案ものだろ。
……そういえば。
俺はふと、野営の夜を思い出した。
あの時もそうだった。焚き火の傍で寝ることになって。リナが何気なく、「シロガネもその辺で適当に寝て」と言った。ただそれだけのことだったのに。俺のすぐ近くで女の子が寝息を立てているという、その状況に妙に意識して――。
結局、一睡もできなかったのだ。
……まあ、徹夜は平気だからよかったが。問題はそこではない!
「あのね、そ、そういうことがしたい気持ちがあるのには理解するけど、無理やりなんて、ダメなんだからね!?」
なぜかそれまで平気だったリナまで訳の分からないことを言い始めた。もうリナは顔が真っ赤になっている。
「そ、そんなことするわけないだろ!? 俺だって同意の上でした――何を言ってるんだ俺はァ!!」
リナと俺は向かい合って赤い顔をしている。
「「ぷっ……あはは」」
それを見ていたメイファとエルネが、吹き出した。
「お前たちなに笑ってんだ!」
「そうよ、二人だってこのシロガネに襲われるかもしれないのよ!?」
「だから、俺はそんなことしないって言ってんだろぉ!?」
「……私は、別にかまわないけど」
「わたしもかまいませんよ~? ハジメテなのでやさしくしてほしいです~」
「なっ――!?」
「ちょっとふたりとも!?」
……からかわれている。
完全に、からかわれている。
くそ。これが仲間というものか?
一人で孤高に戦っていた頃にはなかった感覚だ。
……まあ。
正直悪くはないのだが! なんかそういうと変態みたいでいやだな!!
とにかくだ。部屋さえ分かれていれば問題ないということは分かった!
俺の理性も倫理観もそれで保たれるし、何より拠点があれば温泉が作れる。
「あー、もう……分かった。拠点を持とう。住み込みで構わない。ただし部屋はきっちり分ける。いいな?」
「――あんたが襲わないならね!」
「いつまでそのネタをこするつもりだ!!」
リナが笑いながら頷いた。
「で、肝心の家だけど。どうやって探す? いい物件知ってる人いる?」
それはそうだよな。この世界の賃貸管理をしている商会を探すことになるんだろうが……そんな伝手など俺には……。
いや。待て。
一人いるじゃないか。
この街で、いや、この界隈で最も顔が広く、最も頼りになる男が。
「……あてがある」
「え?」
「ガルディウスだ」
リナの動きが止まった。
メイファも、エルネも、俺を見た。
……そうだった。
リナたちは、まだ詳しい事情を知らないのだ。
ガルディウス。そして──クライスのことを。
「シロガネ」
リナの表情が僅かに強張った。
「ガルディウスって……あの……」
「ああ」
「そういえばあの人と今、どういう関係なの? というか……」
リナが声を潜めた。
「あんた、あの屋敷でなにがあったの? 入ったり出てくるところを見たけど、具体的になにしてたのよ? ガルディウスを倒したんじゃないの?」
メイファの顔が強張る。エルネの目も鋭くなった。
そうだ。あのクライスがらみの事件で、この三人は怖い思いをしているのだ。死にかけたといってもいい。その感情を考えれば、その反応も納得だ。
しかし彼らは今、白銀の影として、街の平和を守る側にいる。
蘇生されて改心し、ガルディウスと共に俺の友となっている。
……これは。
ちゃんと話さねばなるまい。
俺はエールを飲み干し、姿勢を正した。
「あの夜、ガルディウスの屋敷で何があったのか。全部話す。長い話になるが……聞いてくれるか?」
リナたちは顔を見合わせてから、こくり、と頷いた。
こうして俺は語り始めた。
あの夜の真実を。
堕ちた英雄とその忠臣の物語を──。
二十九話でカクヨムに完全移行します。
よろしくお願いします。




