第二十五話「人を殺さぬ手加減はできる。魔獣は知らん」
冒険者ギルドの朝は騒がしい。
依頼の貼り出された掲示板の前に冒険者たちが群がっている。俺──シロガネは、その中の一枚を見上げていた。
『街道に出没するオークの群れ。討伐求む。報酬・大銀貨三枚』
オーク。
駆け出しの冒険者にはそれなりに手強い魔獣だ。豚のような顔をした人の背丈を超える巨躯。力が強く、群れを作る。だが俺にとってはどうということもない相手だ。
ダンジョンの五百層にはもっと厄介な連中が掃いて捨てるほどいたのだ。
「これにしましょ」
隣でリナが掲示板から依頼書を取りながら言う。
俺の正体を知ってから、リナはやたらと俺をパーティーの活動に巻き込むようになった。
曰く「あんたを見張るため」だそうだ。
「街道のオークなら、あたしたちでも問題ないし。シロガネの──」
言いかけて、リナは周りに聞こえないように声を潜めた。
「シロガネのその力を試すにも、ちょうどいいでしょ」
「俺の力を試す、か」
「そうよ。あんたが強いのは分かってるけど、どれくらい加減できるのか見ておきたいの。これからは仲間として連携するんだから」
なるほど。一理あるな。
「いいだろう。ならばこの依頼を──」
「あ、それと」
リナが俺の言葉を遮る。
どうしたのだろうかと思っていると、とんでもないことを言い出した。
「その喋り方、なんとかしなさいよ」
「喋り方だと?」
「『いいだろう』とか『〜だ』とか。なんか、いちいち偉そうっていうか、芝居がかってるのよ。街ではもっと普通に喋りなさい。目立つから」
「これは、俺の信念に基づいた──」
「はい却下。普通に喋る。いいわね?」
ぐっ、と言葉に詰まる。
この喋り方はヒーローとしての風格を出すために長年かけて確立した、俺の様式美なのだ。
それを「偉そう」の一言で却下されるとは。
まあ、いい。郷に入っては郷に従えとも言うしな……。
不本意だが!! 甚だ不本意だがな!!
「……善処する」
「うん。よろしい」
リナが満足げに頷いた。
その後ろで、メイファがおっとりと笑っていた。
「リナ様ったら、シロガネさんをすっかり手懐けてますね〜」
「て、手懐けてないわよ!」
エルネは何も言わず、ただ静かに魔導書を抱えていた。
その目がちらりと俺を見た気がした。
……相変わらず油断のならない目だ。
もう何も隠してないぞ。本当だって……。
そんなことがありつつも、こうして俺たちは街道のオーク討伐の依頼を受けることになった。
───────
街道を外れてしばらく歩いていると、独特の饐えた臭いが漂ってきた。
おそらくオークだろう。
「……いるわね」
リナが剣を抜いて準備をする。
「来ます〜」
メイファが、杖を構える。
「……三体。いや、四体」
エルネが魔導書を開いた。ページが淡く光る。
そして木々の間から、それは現れた。
オークだ。
豚のような顔。膨れ上がった筋肉。手には無骨な棍棒を握っている。
背丈は俺の肩ほど。四体がこちらを睨みつけ、低く唸っていた。
「ブモォォォッ!」
一体が雄叫びを上げて突進してくる。
「あたしが、前に出る!」
リナがオークに向かって瞬時に駆け出す。
「ほう……」
思わず俺から声が漏れる。
リナの動きが廃村で初めて会った頃とは見違えていたからだ。
リナはオークの棍棒を剣で受け流し、そのまま懐に踏み込んだ。
「はぁッ!」
剣がオークの脇腹を斬り裂く。
剣筋に迷いがない。かなり実力をつけていたようだ。
「ブモォッ!?」
リナの剣を受けてオークがよろめく。
すかさず後方からエルネの魔法が飛んできた。
「……風刃」
魔導書が光り、不可視の刃がオークの首を刎ねた。
一体撃破だ。
「リナ様、お怪我は〜?」
「平気よ! メイファはあたしのカバーを!」
「はい~」
連携が取れている。リナが前衛で斬り込み、エルネが魔法で援護し、メイファが回復と守りを固める。
半年でここまで来たのか。
すごいな。素直に感心した。俺がダンジョンに潜っていた時なんて、試行錯誤しながらだったから、ここまで安定して戦えるようになるのに時間がかかったのだ。
俺は腕を組んでその戦いぶりを見守っていた。
すると、
「ちょっと!」
リナから鋭い言葉が飛んできた。
オークと斬り結びながら叫んだのだ。
「シロガネ! 見てないで、手伝いなさいよ!」
「ああ、すまん」
そういえばそうだった。俺も戦わなければ。というか本題はこっちだろう。何やってんだろうな……。
残るオークは三体だ。そのうちの一体が俺に向かって棍棒を振り上げ、突進してきた。
ちょうどいいな。最初はコイツにするか。
「ブモォォォッ!」
……さて。
「どれくらい加減できるのか、見ておきたい」とのリナからのオーダーだったな。
今日はいつものように全力で叩き潰すわけにはいかない。
おそらくリナが見たいのは、仲間とどのように連携できるのかだろう。あと大事なものは、素材の残し方だ。オークの魔石や肉は買い取り対象のため、爆散させてはならないということ。
つまり、俺はかなり手加減して魔獣を倒さなければならないということだ。
加減。加減だ。優しく。優しく、倒すんだ。
俺は拳を握る。何故か力が入るのを感じるので、それもセーブするように努める。
そして突進してくるオークの顔面に軽く──そう、ごく軽く手加減をして拳を放つ。
込める気力と魔力はこれくらいでいいだろう。きれいに死骸が残るはずだ。――多分。
オークにその拳を振るう直前。俺の頭の『スイッチ』がはいる。
「おりゃあああああああ!!!!」
ドゴォォォォン。
オークが消し飛んだ。
ほぼほぼ全身が跡形もなく爆ぜて爆散した。
後に残ったのは、僅かな肉片と、もうもうと立ち上る土煙だけだ。
…………。
……あれ?
「ちょっとォォォッ!!」
リナの絶叫が森に響いた。
「なんで消し飛んでんのよ!! 手加減は!? 加減はどうしたのよ!!」
「……した! 手加減はしたんだって!!」
「どこがよ!! 跡形もないじゃない!! すごい掛け声してたし!!」
「それは……その……おかしいな」
俺は自分の拳を見下ろす。
確かに加減したはずだ。いつもの十分の一くらい……いや、百分の一ほどの力で打ったつもりだったのに……なんでだ!?
なんであんな正義の力のかけらも込めていない、ヘナチョコパンチで消し飛ぶんだ!?
「……魔石が」
エルネが爆心地を見てぽつりと言った。
どこか哀愁が漂っている。……心が痛い!!
「……魔石まで消えてる。買い取り部位が、何も残ってない」
「あんたねえ……!」
リナがこめかみを押さえた。
いやホントすまん。マジで。
「もしかして、前に話してた『たまに魔獣を倒して金を稼いでた』ってやつは……」
「……ああ。あれは、その、たまたま原形が残ったやつだけを、ギルドに持っていっていたんだ。なんか風圧を受けただけで頭だけ飛んで行ったやつとか……」
「ほとんど消し飛ばしてたってこと!?」
「…………まぁそうなる、かなぁ? ハハハ!」
「なに笑ってんのよ!! このバカぢから!」
リナが頭を抱えた。
……いや待ってほしい。これには並々ならぬ事情があるんだ。
俺はこの世界で十二年の間、ダンジョンに毎晩潜り続けていた。そこで戦った魔獣の数は数え切れない。そして、その全てを──俺は、全力で爆散させてきた。
なぜならダンジョンの魔獣は強かったからだ。手加減などしていたら、こちらが殺されてしまう。だから、出会った魔獣は先手必勝。即殺が正義だったんだ。だから、初手全力で消し飛ばすのが常套手段。それが十二年間の戦いで体の奥底まで染み付いてしまっている、対魔獣の俺の戦い方なのだ。
対人の手加減はできる。人を殺さずに気絶させる程度の加減は。
それは何度もやってきた。山賊の頭目も情報を吐かせるために生かしておいたくらいだしな。
だが――魔獣は。
魔獣に対してだけは、全力で殺すことしか知らないのだ。
「ば、ばかぢからだって!? だ、第一、お前は知らんだろうが俺は十二年間ずっとなぁ──」
「言い訳はいいから!」
それを言おうとしたのだが、ぴしゃりとリナに咎められる。
ええい、話を聞かない女だな! そりゃ俺が悪いけどさぁ!
「次は絶対素材残しなさいよ。優しく。ふんわ~り倒すの。いい?」
「ふんわ~り……?」
ふんわりってなんだ。
今での経験でここまで魔獣相手にやさしく接したことなんてないぞ……。
───────
その後、俺は必死で『手加減』することに全力を注いだ。
残る二体のオークに対し、俺はこれまでにない繊細さで拳を振るう。
まず一体目だ。緊張する……。くそっ、こんなことで手に汗握りたくない。悪を倒す時に手に汗握りたい!!
いかん。雑念が入る。
俺は拳に込める力を極限まで絞る。これでもかというほど優しくだ。
羽根に触れるように。そう念じて、オークの腹に拳を当てる。
「うらああああ!!!!」
ドゴォン。
上半身が消えた。
「気合を入れるなつってんでしょ!! まだ強いわよ!!」
「うぐっ……」
二体目。
今度こそ。今度こそ加減をするんだ。俺! 撫でるような気持ちで指先をオークに向けてやる。
指で軽く小突くだけだ。これならいけるだろ。
「ふん!!!!」
ぺちん。
オークの頭が弾けて消えた。
「指でもダメなの!?」
「な、なぜだ……!」
撫でるように小突いただけだ。それでも消し飛んでしまう。
俺の体はもはや「魔獣を前にすると全力を出す」という呪いにでもかかっているのか!?
「はぁ……もういいわ」
リナが力なく溜息をついた。
「素材はあたしたちが倒した分でなんとかするわ。あんたは……うん、そうね、群れの数を減らすのに専念して」
「……すまん」
俺はしょんぼりと肩を落とした。
今まで悪を砕く白銀の鉄槌として数多の敵を屠ってきたが、まさか、「優しく倒す」という、ただそれだけのことが高い壁となるとはな。
メイファがそんな俺を見てくすくすと笑っていた。
「シロガネさんってなんだか不器用なんですね〜」
「……否定できないな」
エルネは相変わらず何も言わなかった。
だが、その目が爆心地と俺を交互に見て何かを考え込んでいるようだ。
……マジでゴメンて。ほんとに。
今回の稼ぎは等分というわけにはいかないな……。
───────
さて、問題となったのはその後だ。
俺たちは討伐したオークの数を確認していた。
依頼では群れの討伐だったが、現れた数は四体。群れにしてはあきらかに少ない。
「……おかしい」
エルネが呟く。
「オークはもっと大きな群れを作る。これだけのはず、ない」
「じゃあまだどこかにいるってことね」
リナが警戒して周囲を見回す。
その時だった。
森の奥から──地響きのような、無数の足音と雄叫びが聞こえてきた。
「ブモォォォォォッ!!」
木々の向こうから現れたのは、凄まじい量のオークの群れだった。
四体どころではない。二十、いや、三十体。さらにその奥に、ひときわ巨大なオークの姿が見えた。あれはオークの上位種──オークロードじゃないか。
「う、嘘でしょ……!?」
リナの顔が強張った。
「こんなの、依頼の話と全然違う……!」
どうやら俺たちが倒した四体は、群れの斥候かはぐれ者だったらしい。本隊はこれなのだろう。
俺は、ふむ、と考えた。
簡単な話だ。俺が全力を出せば、この程度の群れは一瞬で殲滅できる。
だがそれでは、素材が一つも残らないだろう。三十体分の魔石が丸ごと消し飛ぶことになる。
リナにまた絶叫されるだろう。
かといって、リナたちだけでこの数を相手にするのは、危険かもな。
「……リナ」
「な、なに」
「素材は諦めるべきだと進言したい」
「え」
「この数だ。お前たちだけでは危なすぎる。俺がやる。だが、知っての通り加減はできん。──いいな?」
リナは押し寄せるオークの群れと俺とを交互に見る。
そして、観念したように頷いた。
「……分かった。やっちゃって」
「ああ」
俺は一歩前に出る。
オークの群れが雄叫びを上げて殺到してくる。三十体の巨躯が土煙を上げて迫ってくるその迫力は、映画さながらだ。
拳を握った。
久しぶりに──加減を考えなくていい。
そう考えると不思議と心地よかった。
───────
結論から言えば、殲滅には思いのほか時間がかかった。
いや、戦闘そのものは一瞬だ。問題はその後だ。
オークの群れを片付け終えた頃には──森の中に巨大なクレーターがいくつもできていた。
なぎ倒された木々。抉れた地面。立ち上る土煙。まるで戦争でもあったかのような惨状だった。
「……やりすぎ」
エルネがぼそりと言った。
「すまん。本当はここまでやる予定じゃなかったんだ……」
「依頼は街道のオーク討伐、だったわよねぇ……」
リナが変わり果てた森を見回しながら、呟いた。
「これじゃあ、オーク討伐じゃなくて『森』の討伐よ! 地形が変わってるじゃない! どうすんのよこれぇ!!」
反論できなかった。
そして気づけば、日が暮れかけていた。
オークロードを含む大群を相手取り、さらに、なぎ倒した木々を片付けていたのだ。
惨状を多少なりともましに整え(リナに「証拠隠滅して!」と言われたからだ)ていたら、すっかり、時間を食ってしまった。
見上げると、空が茜色から藍色へと変わりつつある。
「……今から街に戻るのは無理ね」
リナが空を見上げて言った。
「日が暮れるわ。森の中を夜に移動するのは危険よ」
「では、どうする?」
「野営するしかないわね……」
リナは溜息をついて、しかし、どこか慣れた様子で言った。
「はぁ……まさか、街道のオーク討伐で野営する羽目になるとはね。ある程度の準備はしてきたから大丈夫だけど……」
こうして俺たちの初めての共同依頼は──
大量の素材を消し飛ばし、森の地形を変え、挙句に野営するという。
なんとも締まらない結末を迎えたのだった。




