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第二十四話「なぁ俺の変身を見てくれ。コイツをどう思う?」


 町の外れは、もうほとんど人通りがなかった。

 夕日は沈みきり、空は群青に変わりつつある。


 街道の脇に広がる草原。遠くに街の灯りが瞬いているが、ここまで来れば人の目はないだろう。

 リナは俺を、ここまで連れてきたのだ。


「この辺なら、誰も来ないでしょ」


 そう言ってリナは振り返った。


 ……気を遣われているのだろう。


 込み入った話になると察して人目のない場所を選んでくれたのだ。

 中央通りで服の裾を掴んできた時の勢いとは裏腹に、こういうところはよく気が回る。


 俺は、観念していた。

 もうバレている。バレバレなのだ。それも完璧に。


 ここまできて、しらを切り通すのは無理だ。あの「悪の気配がするぅ!」は、我ながら、人生最大の汚点だった。思い出すだけで変身して空の彼方に飛んでいきたくなる……はぁ。


 ならば。


 もう、開き直るしかない。


「……分かった。話す」


 俺は腹を括って、目の前の少女に『全て』洗いざらい話すことを決めた。

 まぁ……一部嘘を交える予定だ。最初に出会った頃にピンチになるまで放っておいたなんて言ったら、それこそ殺されかねん!


「ぜんぶ、話そう」

「うん」


 リナがこくりと頷いた。その目はとても真剣だった。

 俺はゆっくりと、語り始めた。


「俺が、シルバー・フィストだ。お前の言う通りだ」

「やっぱり。でもどうしてあんな――なんていうか、良く分からない鎧を纏って戦う能力を持っているの……?」

「良く分からない鎧って……あれはだな……まぁいい。あれは、ある時神に祈っていたら……力を授かったんだ。変身する力をな」


 半分は本当でもう半分は嘘だ。

 本当はもっと込み入った経緯がある。

 前世のこと。事故のこと。白い空間でのやり取り。だがそれは話せないだろう。話したところで信じてもらえるとも思えないし、何より──俺が前世でただのヒーローオタクの中年男だったなどと、目の前の少女に知られたくはない。


 だから、そこは誤魔化させてくれ。それくらい、いいだろう?

 元おっさんだってカッコつけたいんだよ。


 それに、幸いなことにこの世界で神は実在するものとして扱われている。教会もあれば神託もある。「神に祈ったら力を授かった」という話は荒唐無稽ではない。むしろ、奇跡としてそれなりに通る話だ。


「神様から……?」


 案の定、リナはすんなりと受け止めた。だがわずかに眉を寄せて、


「……ほんとに、それだけ? なんか、隠してない?」


 ぎくり、とした。

 こいつはやはり勘がいい。


「……いや。それだけだ」

「ふうん」


 リナは、しばらく俺の顔を見ていたが、それ以上は追及してこなかった。

 助かった。危うく目がバタフライするところだった。


「それで」


 リナが話を続けた。


「あんた、なんで隠してたの。シルバー・フィストって、街じゃ英雄扱いよ。隠す必要なんて──」

「ある」


 俺は即答した。


「ヒーローは、正体を隠すものなんだ」

「……は?」

「考えてみろ。もし、シルバー・フィストの正体が街のしがない冒険者シロガネだと知れ渡ったら、どうなると思う? 俺の周りの人間が狙われるかもしれない。悪党が俺を脅すために、ジェナ婆さんやティムたちを人質に取るかもしれない。だから、正体は絶対に隠さねばならない。それが、ヒーローの鉄則なんだ」


 これは本当だ。建前ではない。俺が正体を隠す理由の半分は、これだ。


 もう半分は──単純に、その方がかっこいいからだが。

 それは、言わない。男の浪漫だ。


「……まあ、それは、分かるけど」


 リナは腕を組んだ。


「でもそれなら、なんであたしにはバレたのよ。正体隠す気が本当にあったの?」

「…………」


 痛いところを、突かれた。


「あったとも。俺には正体を隠す機能が……あるはずなんだ」

「機能?」

「変身した姿と素の姿が別人に見えるとかそういう力が俺の鎧にはある。神から授かった力の一部なんだがな」


 リナは眉を顰めた。


「……は? 別人に見える?」

「ああ」

「あたし、思いっきり、同一人物だって気づいたんだけど」


「…………」


 そうなのだ。

 そこなのだ。

 なんでだ?


「いや……おかしいんだ。本来なら、その機能でバレないはずなんだ」

「現にバレてるじゃない」

「…………それはそうなんだが!」

「ねえ、その機能、ほんとに効いてるの?」


 俺は答えられなかった。

 なぜなら──


「……検証をしたことがないな」

「は?」

「神がつけといたと言ったから……効いていると思っていた」


 リナが口をぽかんと開けた。

 そして額に手を当てて、深々と溜息をついた。

 おいなんだその反応は。


「うっわ……」

「な、なんだ」

「あのね、あんた、効くかどうかも確かめてない機能を信じきって使ってて、それで正体隠してたつもりだったの?」

「……そうなるな」

「うっっわ……」

「……可哀そうなものを見る目で俺を見ないでくれ……死にたくなる」


 リナのドン引きした声が夕暮れの草原に響いた。

 ぐうの音も出ない。


 言われてみれば、確かにおかしいのだ。神は「つけといたよ」と言っただけで、その機能がどれほどのものか俺は一度も確かめなかった。

 ただ漠然と、「強力な隠蔽機能なのだろう」と思い込んでいた。


 もしかしたら──あの機能は俺が思っているほど強力ではないのかもしれない。

 いや。もしかしなくても。

 現にリナに一発で見破られているわけで。


「……まあ、いいでしょ」


 リナが、気を取り直すように言った。


「とにかくあんたが正体を隠したいのは分かった。だから、あたしも、口外しないわ。約束する」

「……いいのか」

「いいわよ。あんたが街のために戦ってるのは知ってるもの」


 リナはあっさりとそう言ってみせる。

 ……こいつは。


 脅すでも暴くでもなく、ただ俺を信じて秘密を守ると言う。当たり前のように。

 調子が狂うな……。

 正体がバレたら面倒なことになると思っていたのに。

 リナはなんでこうもあっさりと、受け入れてくれるのだろうか。


「ところで」


 リナが、ふと、首を傾げた。


「さっきから気になってたんだけど。あんたが変身する時の爆発って何なの? 光もでるし」


 ……来た。

 俺の目が輝いた。


「よくぞ聞いてくれた!」

「え」

「あれは演出だ」

「……えんしゅつ?」

「そうだ」


 俺は胸を張った。


「ヒーローの登場には爆発が不可欠だ。光が弾け、煙が舞い、その中から燦然とヒーローが現れる。あの一瞬の視覚的な衝撃。あれこそが、ヒーローのヒーローたる所以でな──」

「いや待って。いきなりすごいしゃべるわね」


 リナが、手で、俺を制した。


「あの爆発って、誰がやってるのよ?」

「俺だ。俺以外に誰がいる」

「……は?」

「俺が魔法で起こしているんだよ」


 リナの表情が固まった。


「……自分で?」

「ああ。変身と同時に背後で爆発するように魔法を組んでいてな? タイミングは完璧だ。何度も何度も練習したからな。大変だったが、ここまで仕上げたんだ」

「練習……」

「それだけではない。名乗りを上げた瞬間に『バァアアアン!』という効果音を鳴らせることもできるんだが、あれは神から授かった効果音機能だ。オンとオフが、切り替えられる」

「効果音機能……」

「今まではオフにしていたんだ。涙ながらにな。隠密行動の邪魔にもなる。だが本来の変身シーンでは──」

「待って待って待って」


 リナが両手で頭を抱えた。


「まず……神様はなんでそんな機能つけたの……?」

「俺が頼んだからに決まっている」

「あんたが頼んだの!?」


 リナの声が裏返った。

 俺は深く頷いた。

 当然のことだ。ヒーローに効果音は欠かせない。

 あの「バァアアアン!」がなければ名乗りがこう……全体的に締まらないのだ。神に変身能力を求めた時、俺は迷わず効果音機能も頼んだ。


 ……まあ、その経緯はリナには言えないが。


「あんた……」


 リナが呆れ果てた顔で俺を見た。


「ほんっとうに、変な人なのね」

「ヒーローというのは、そういうものだ」

「そういうものじゃないでしょう。絶対」


 リナは額を押さえていた。だがその口元は、なぜか少しだけ笑っている。


 ……まあ、いい。


 呆れられようと、変人扱いされようと、俺の信念は揺るがない。

 ヒーローとは、かくあるべきなのだ。爆発も効果音も名乗りもすべて、必要なものだ。


 そう。俺は、間違っていない。

 ならば──いっそ。


「リナ」

「なに」

「見たいか」

「……は? 何を」

「完璧な変身を、だ」


 リナのぽかんとした表情が素晴らしい。

 感動しているのかもしれない。


「今までお前が見たのは、戦闘の中の慌ただしい変身か、あるいは爆発も効果音もオフにした不完全なものだ。だが本来の変身はまったく違うんだ。あんなもの簡略バージョンもいいところだ。全力は尽くしていたが、やはりすべての演出をフルで解放した完璧な変身。それに勝るものはない! いい機会だし見せてやろう」

「いや、別にいいわよ」

「遠慮するなって」

「遠慮じゃなくて」

「どうせもうバレているんだ。お前の前で隠す必要もない。ならば──俺の最高の変身を見せておきたい」


 これは、もう、止まらなかった。

 考えてみれば俺はこれまで一度も、人に「完璧な変身」を見せたことがなかった。

 山賊どもには見せたがあれは観客とは言えない。戦闘相手だ。


 だが、リナは違う。


 俺の正体を知りながら、俺を信じてくれた初めての観客。

 その観客に。

 俺の六十三年分の集大成を見せる。

 なんか興奮してきたな。


「……ちょっと待ちなさい。なんか嫌な予感が――」

「リナ」


 有無を言わせず、俺はリナから十歩ほど距離を取った。


 草原の中央に立つ。


 群青の空。遠くの街明かり。風が、草を、揺らしていた。


 ――舞台は、整った!!


「見ていろ」


 俺は、右腕を固く握りしめ、中腰でタメをつくる。

 ギリギリと拳を握る音がなる。


 効果音機能──オン。

 そしてもう一つ。

 俺は超速で魔法を組み上げていく。背後の爆発。それと連動して流れ出す音楽。


 そう。音楽だ。


 ヒーローにはテーマソングが欠かせない。登場の瞬間、高らかに鳴り響く勇ましい旋律。あれがあってこそ、ヒーローはヒーローたりうる。


 この曲は俺が作曲した。

 六十三年のヒーロー人生の中で、幾度も幾度も頭の中で鳴らし続けてきた、俺だけのテーマ。重厚な金管が高らかに吼え、力強い行進曲のリズムが心臓を叩く。一度聴けば、誰もが背筋を伸ばさずにはいられない。正義が今ここに降臨する。そう確信させる旋律だ。


 それを魔法で再現する。


 全身に、力を、込める。魔力を、練る。光の量は、最大。翼の展開角度は、四十五度。爆発のタイミングは、名乗りの瞬間。音楽は、変身の、完成と同時に。すべて、計算通り。すべて、理想通り。

 ああ。

 いい。

 完璧だ。


 ――準備、完了!!


 俺は握りしめた拳を高らかに天へと突きあげた!!


「──変身ッッッ!!!!」


 俺の絶叫が、夜を、引き裂いた。

 光が、爆ぜる。

 白い。白い。白い光が、全身から溢れ出して夜の闇を焼き尽くす。鋼鉄の鎧が軋みを上げながら肉体へと喰らいつく。肩が、胸が、腕が、脚が、白銀の装甲に覆われていく。兜が頭を包みこむ。


 そして兜の目が光り輝き──翼が開く。

 鋼鉄の翼が魔力の光を纏いながら、夜空へと大きく広がった。


 展開角度は四十五度。寸分の狂いもない完璧な仕上がり。


 先ほどの絶叫と同時に流れていたのは、勇ましい旋律。

 重厚な金管が高らかに吼え、力強い行進曲のリズムが大地を震わせる。

 正義の到来を告げるその旋律は、俺の魂が六十三年かけて磨き上げた究極のテーマだ。


 そして背後で爆発が起こった。


 ドゴォォォォォン、と。


 炎が燃え上がり煙が舞う。荘厳な音楽を背に。

 その炎の中から、白銀の巨人が燦然と姿を現した。


 そして──


 バァアアアン!!!!


 効果音がどこからともなく轟いた。

 完璧なタイミング。完璧な音量。爆発と効果音。そして鳴り響く勇壮なテーマ。


 すべてが重なり合って最高の変身シーンが完成した!!


 これだ。これこそがヒーローの登場だ。だがまだ終わりではない!!


 俺は、右手を高々と掲げたまま、腹の底から声を放つ。


「俺は悪を砕く、白銀の鉄槌!!」


 一歩、踏み出す。地面が揺れる。テーマソングは最高潮へと駆け上がっていく。


機動鎧武者ギア・アダマンタイト!!」


 翼と兜の目が、青く光り輝く。


「シルバー・フィストッッッ!!!!」


 名乗りが、旋律の頂点と完全に重なった。


 ……ああ。


 キマった!!


 完璧だ。


 光の量、爆発のタイミングに翼の角度、名乗りの間合いと効果音の轟き、そしてテーマソングの盛り上がり。それらすべてが寸分の狂いもなく噛み合った変身シーン。


 六十三年。六十三年の研鑽のすべてが、この一瞬に結晶した。


 俺は兜の下で恍惚としていた。


 これを。この光景を。誰かに、見てほしかった。ずっと、ずっと、見てほしかったのだ。

 俺は、ゆっくりと、観客の方を見た。


 俺の最高の変身を見届けてくれた、たった一人の観客。リナは──




 真顔だった。




「…………」


 完全に、真顔だった。


「…………」


 リナはしばらく無言で俺を見ていた。

 そして、ぼそりと言った。


「……曲まで、流れてるんだけど」

「気づいたか」

「気づくわよ!! なんかすっごい勇ましい曲が流れてたわよ!? 何あれ!?」

「俺が作曲した」

「あんたが作曲したの!?」


 リナの声が裏返った。


「あんたが作ったの!? あの曲を!?」

「ああ。六十三年……いや、長年頭の中で温め続けた、俺のテーマだ。魔法で再現している」

「なんで作曲までしてるのよ!!」

「ヒーローにはテーマソングが不可欠だからだ」

「不可欠じゃないでしょ!!」


 リナは頭を抱えて絶叫した。そして、はっと、我に返ったように声を潜めた。


「っていうか、目立つでしょ!! 爆発だけでも目立つのに、効果音と曲まで!? こんな街の近くで!! 目立つでしょうがッ!!」

「……町外れだから、大丈夫かと」

「大丈夫なわけないでしょ!! あんな爆発も曲も、街からだって丸わかりよ!!」


 ……あ。

 言われてみれば。

 俺はリナに見せることに夢中になっていて。


 完全に忘れていた。

 爆発も効果音も勇ましいテーマソングも──遠くまで響き渡るということを。


 そこに俺が気付いたその時。


「リナ様ーっ!!」


 草原の向こうから声がした。


 ……まずい。


 振り返ると、二つの影がこちらに向かって駆けてくるのが見えた。

 一人はおっとりとした足取りの金髪の少女。もう一人は静かだが素早い黒髪の少女。


 メイファとエルネだった。


「リナ様ー! 今の爆発なんですかー!? 大丈夫ですかー!?」


 メイファがおっとりとした声を上げながら必死に駆けてくる。


「……リナ。無事!?」


 エルネがメイファの後ろで油断なく周囲を警戒している。

 俺は、硬直した。


 ……見られる。

 いや、もう見られている。白銀の鎧を纏ったシルバー・フィストの姿を。

 まずい。まずいぞ。リナにバレるのはもういいだろう。だがメイファとエルネにまでバレるわけには──


「えっ」


 メイファがその銀色の鎧を見て足を止めた。


「シルバー・フィスト、様……?」


 その大きな瞳が、まんまるに見開かれる。


「なんでこんなところにシルバー・フィストが……?」


 エルネも足を止めた。だが、その目は、メイファとは違った。鋭く俺を観察しているようだ。

 何かを確かめるように。


 ……どうする。


 どうすれば。


 いや。考えろ。今俺がここで変身を解かなければ、まだ誤魔化せるかもしれない。シルバー・フィストとして何か理由をつけて立ち去れば──


「シロガネ」


 リナが呼んだ。

 ちくしょう! 全力で逃げればよかったか!?

 そう思うがもう後の祭りだ。


「もう、いいでしょ。観念しなさい」


 リナは呆れたように、しかしどこか優しく言った。


 俺は──

 はぁ、と、兜の下で息を吐いた。

 もう無理だ。


 この状況で誤魔化せるほど、俺は器用じゃないんだ。

 忌まわしき記憶になりつつある「悪の気配がする」がそれを証明してしまっている。


 諦めて俺は変身を解く。


 白銀の光が鎧を包み込み、霧のように霧散していく。翼が消え、兜が消える。身長二メートル五十センチの白銀の巨人が、見る見るうちにただの長身の男に戻っていく。


 そして──

 革のジャケットを着た、ただのシロガネがそこに立っていた。

 メイファの口がぽかんと開いた。


「…………え」

「…………ええ」

「……ええええええ!? シロガネさんが、シルバー・フィスト様だったんですかぁ!?」


 メイファのおっとりとした絶叫が、夜の草原に響き渡った。


「う、嘘ですよね!? だって、シロガネさんは、その、Fランクの、塩漬け依頼ばっかりやってる、地味な……あっ、すみません地味って言っちゃ……でもその、シルバー・フィスト様って、街の英雄で……ええ……ええええ……?」


 メイファは混乱の極みで、わたわたと両手を振り回していた。

 地味な塩漬け依頼ばかりやっていたのは事実だ。

 メイファの俺への評価は間違っていない。むしろ、そう見えるように工夫していたのだから。


「……やはり」


 その時。

 静かな声が聞こえた。

 エルネだった。

 エルネは腕を組み、じっと俺を見つめていた。その目には驚きよりも納得の色が濃かった。


「……やっぱり、そういうこと」

「エルネ?」


 リナが首を傾げる。


「……ずっと、引っかかっていた」


 エルネは静かに語り始めた。


「シロガネ。あなたの魔力。初めて会った時からおかしいと思っていた」


 ……っ。まさか、エルネは初めから俺のことを疑っていたのか!?


「Fランクの新米冒険者。塩漬け依頼を淡々とこなす地味な男。なのにあなたの魔力は……時々、ほんの一瞬だけ桁外れの深さを覗かせていた。その魔力が常人のものとは思えなかった。とても抑え込まれていた規格外の何か……くらいはあたりをつけていた」


 エルネの紫紺の瞳が、俺をまっすぐに射抜く。


「あの違和感の正体がずっと分からなかった。でも──今、分かった」


 エルネはふっと息を吐いた。


「シルバー・フィスト。あの規格外の魔力の持ち主。それがあなただったのなら……すべて辻褄が合う」


 ……敵わないな。

 俺は内心で舌を巻いた。


 チンピラを制圧した時、一瞬だけ漏らしてしまった魔力。

 あの時エルネが何かを感じ取っていたのは知っていた。

 だが、まさかここまではっきりと覚えていたとは。


 この少女の観察眼は侮れないな


「……エルネの言う通りだ。俺がシルバー・フィストだ。隠していて、すまなかった」


 メイファはまだわたわたしていた。エルネは静かに頷く。

 そしてリナが三人を見回して言った。


「えっと。じゃあ、改めて」


 リナはなぜか、少し誇らしげに胸を張った。


「この人がシルバー・フィスト。あたしたちが廃村で助けてもらった、あの英雄よ。そして──これからは、あたしたちがこの変な人を支えていくの」

「……支える?」


 俺は首を傾げた。

 聞いていないぞそんな話は。


「どういうことだ?」

「だって、放っておけないでしょ」


 リナは腰に手を当てて、俺をびしっと指差した。


「正体隠す機能が効いてるかも確かめない、人前で派手に変身して目立って、しかも自分で爆発まで起こす。あんた強いのかもしれないけど、危なっかしくて、見てられないわよ」

「……ぬぅ」


 反論できん。すべて全くその通りすぎて変な声が漏れてしまった。


「だからあたしたちが見張るの。あんたがヘマしないように。ね?」


 リナがメイファとエルネを見た。


「はいっ! わたし、シロガネさんのこと、お支えします〜!」


 メイファが混乱から立ち直り、にこにこと頷いた。

 なんだか立ち直りが早いな。メイファは実は強い女の子かもしれないな。


「……仕方ない。この人、一人にしておくと、何をしでかすか、分からない」


 エルネも静かに頷いたが、なぜか若干辛辣なのが気になる。

 そして俺は三人の少女を見回した。


 勝気で世話焼きなリナ。おっとりとして優しいメイファ。静かで鋭いエルネ。


 通算にして六十三年。精神年齢は人生経験を加味するとおそらくそんなに高くない――それに、最近は二十歳に近いこの体に精神が引っ張られているようで、昔より精神が若くなっている気がする。


 まぁそれは置いておいて――その六十三年だ。


 俺はずっと一人だった。前世でもこの世界でもヒーローを夢見て、ただ一人で鍛え続けてきた。

 仲間などいらないと思っていた。

 ヒーローは孤高であるべきだと。


 なのに。


 今、目の前に三人の騒がしい仲間がいる。

 ……まあ。悪くないか。


 不思議とそう思えた。


「……分かった」


 俺は小さく笑った。


「お前たちの、世話になろう」

「素直でよろしい。まずはその堅苦しい喋り方から直していくわよ!」

「なんだと!? これは俺が考えたヒーローの中でも屈指のだな――」


 リナがにっと笑っていた。

 夜風が草原を撫でていく。遠くで街の灯りが瞬いている。


 こうして俺の孤高のヒーロー生活はあっさりと終わりを告げ。

 騒がしくて賑やかで、少しだけ温かい――そんな新しい日々が始まった。


 ……ああ、そうだ。一つ、言い忘れていた。

 この後、街の方から「さっきの爆発は何だ!?」と衛兵がすっ飛んできて、俺たちは全力で草原を逃げ回る羽目になったのだが──

 それは、また、別の話だ。


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