表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/13

第二話「神様、俺に変身能力をくれ」

 気がつくと、白い空間にいた。

 上も下も右も左も、全部白い。足元に地面があるのかどうかすらわからない。ただ、立っていた。


 ――死んだか。


 白銀政宗(シロガネマサムネ)は呟いた。正確には声に出していない。体があるのかどうかもよくわからなかった。

 走馬灯は、既に終わっていた。

 四十二年の人生。両親の顔。学校。就職。退職。再就職。淡々とした人生だった。結婚はしなかった。恋人もいなかった。友人は数人いた。


 そして。


 幼い頃に見た、テレビの中のヒーロー。変身シーンのかっこよさに震えた記憶。自作コスプレに熱中した青春。変身ポーズを鏡の前で練習した夜。

 後悔は一つだけだった。

 しかし――何よりも重い後悔。


 ――俺は、ヒーローに、なれなかった。


「死んだよ」


 声がした。

 振り返ると、そこに人がいた。いや、人ではないかもしれない。姿は人間の男に見えるが、輪郭がぼんやりと光っている。年齢不詳。性別不詳。ただ、圧倒的な存在感があった。


「神様か」

「そうだよ」


神様は少し、居心地悪そうだった。


「……実はね。君には申し訳ないことをしてしまって」

「ほう」

「あのトラック、本来君に当たるはずじゃなかったんだよね」


 政宗は黙った。


「手違いで。本当に申し訳なくて。まだ寿命が十数年残ってたのに」

「……そうか」

「怒らないの?」

「怒っても死んだものは戻らん」


神様がほっとした顔をした。


「そうだね。だからお詫びに異世界に転生させようと思う。チート能力を一つ——」


「変身能力をくれ」


神様が固まった。


「……え、もう少し考えなくていい?」

「変身能力をくれ」


「いや、チート能力って魔法の才能とか、成長加速とか、アイテムボックスとか色々あってだね——」

「変身能力をくれ」


「……なんで変身能力なの」


政宗は一瞬だけ黙った。


 それから、口を開いた。


「——聞くか」

「うん」

「長くなるぞ」

「……どうぞ」


 政宗は息を吸った。


「俺が初めてヒーローを見たのは四歳の時だ。テレビの中で変身した瞬間、光が弾けて鎧が展開して、名乗りを上げた。あの瞬間、俺の中で何かが決定した。これだ、と。これが俺のなりたいものだ、と」


 神様が頷く。


「それから四十年近く、ずっとそれだけを考えて生きてきた。コスプレをした。変身ポーズを研究した。口上を考えた。鏡の前で何百回も練習した。だが現実には変身できない。ヒーローになれない。なぜなら俺がいた世界に、本物の悪を砕ける場所がなかったからだ」


「——本物の悪を砕ける場所?」


「そうだ」


 政宗の声に熱が入った。


「悪は砕かなければならない。それがヒーローだ。だが俺がいた世界で悪を砕こうとすれば、俺が捕まる。法律がある。だから四十年間、俺はただ夢を見るだけだった。鏡の前でポーズを練習して、口上を叫んで、それだけだった」

「……うん」

「変身能力が欲しいのは、力が欲しいからじゃない。鎧が欲しいからじゃない。変身という行為そのものが欲しいんだ。光が弾けて、鎧が展開して、翼が開いて、名乗りを上げる。その瞬間のために、俺は四十年生きてきた。それが——」


政宗は一度だけ、声を詰まらせた。


「それが、俺の人生で唯一の夢だ」


 白い空間に、沈黙が落ちた。

 神様はしばらく何も言わなかった。


「……普通に怖すぎるんだけど」


「何か言ったか」

「なんでもない」


神様は咳払いをした。それからもう一度、諦めたように溜息をついた。


「……わかった。変身能力をあげよう。ただし色々と機能に制限があるよ」


「聞こう」


「変身能力はさっきも言った通りチート能力じゃない。現在の強さに見合った鎧が顕現する。つまり弱ければ弱い鎧しか出てこない。強くなければ意味がない能力だよ。この仕様は変更できないんだ」

「わかった」


「……わかった、って。強くなる手段は自分で考えなきゃいけないんだよ?」

「強さは自分で身につけるものだ。それのどこに問題がある」


 神様が黙った。

 問題はない。問題はないのだが。

 この男は、本気でそう思っている。


 それが、怖かった。


「……それと——翼はつくか」


神様が止まった。


「……何?」


「白銀の鋼鉄の翼だ。魔力で浮遊する感じの。あれがないとヒーローとして締まらない」


「はぁ……つけるよ」


「正体隠蔽機能は」


「それもつけようか」


「名乗りを上げた時に効果音が鳴る機能は」


「……つけるよ」


「よし」


 政宗は深く頷いた。

 神様は疲れた顔をしていた。


(これあとで文句言われないよね…?一応聞いておこ)

「本当にそれだけでいいの?魔法の才能とか、成長加速とか——」


「いらん」

「そう……。他には?」


「言語習得はデフォルトでつくか」

「……一応つくよ」


「ダンジョンはあるか」

「……あるよ」


「よし。あとひとつ聞いていいか」

「なに」

「その世界、山賊は合法的に殺せるか」


 神様が止まった。


「……なんで山賊?」


「悪を砕くのがヒーローだ。砕いた後に俺が捕まっては意味がない」


「……ああ、なるほど」

 神様は少し考えた。

「大体の国では山賊は魔獣と同じ扱いになってるよ。見つけ次第討伐していい、という認識が一般的だね」


 政宗の口元が、弧を描いた。


「よし」


 神様は何か言いたそうだったが、結局何も言わなかった。

 この転生者に何を言っても無駄だと、既に悟っていた。


 神様が転生の準備を始めようとした、その時。


「――――俺はッッッ!!!!」


 突然の絶叫に、神様が飛び上がった。


「絶対にヒーローになってみせるッッッ!!!!!!」


 白い空間に、政宗の魂の叫びが響き渡った。

 神様は固まっていた。

 しばらくして、静かに呟いた。


「……やっぱり怖すぎる」


 白い空間が、ゆっくりと溶けていった。

 政宗の意識が、遠くなる。

 待ってろ異世界。


 俺は今度こそ――




 ――ヒーローになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ