第一話「変身」
悪である赤狼団の根城まで、あと一日の距離だった。
「貴様、何者だ」
グループをまとめているであろう山賊の頭目が剣を構えた。松明の炎が揺れる。仲間たちが包囲を縮める。数は二十。全員武装。普通の人間なら絶望する状況だ。
シロガネは答えなかった。
ゆっくりと『構え』をとる――。
シロガネは思う。
大丈夫。『前世』で何度も練習した。
鏡の前で、最高のポーズ、掲げる腕の角度を研究し尽くし、口上もしっかりと考えた。
俺は――ヒーローになれる。
「……おい、何してる」
「静かに」
短く制する。頭目が眉をひそめた。
シロガネの口元が、弧を描いた。
そして続けて言う。
「今からいいものを見せてやる」
シロガネが右腕を固く握りしめ、星空瞬く夜の闇に突き上げたその瞬間。
「――変身ッ!!!!!!!!!!!」
絶叫が夜を引き裂いた。
爆ぜた! 光が。
白い。白い。白い。白い光が男の全身から溢れ出して、周囲の闇を焼き尽くす!
山賊たちが目を庇って後退する。
熱くはない! だが、圧がある!! 見えない壁が! 空気そのものが! この男を中心に膨張していく!!
骨が軋む音がした。
いや、違う。あれは鎧だ!
鋼鉄の鎧が光の中から産声を上げるように、軋みながら! 叫びながら! 男の肉体へと喰いつく!
肩が、胸が、腕が、脚が、白銀の装甲に覆われていく!
兜が頭を包んだ!!
そして。
翼が、開く。
鋼鉄の翼が。
重力を嘲笑うように魔力の光を纏いながら、夜空へ向かって大きく広がった!
シロガネの背後で地面が爆発し、爆音が鳴り響く!
もともと大きかったシロガネの背丈は2.5メートルほどになっていた。
訪れる静寂。
山賊たちは誰も動けなかった。動き方を忘れた。息の仕方すら忘れかけていた。
白銀の騎士は、右手を掲げたまま、魂を吐き出すかの如く絶叫する!
「――俺は!!!!」
低い。声が、低い。腹に響く。
「悪を砕く、白銀の鉄槌!!!!」
一歩、踏み出した。地面がまた揺れた。
「機動鎧武者!!!!」
翼と兜の目が光る。
「シルバー・フィストッッッ!!!!!!!!」
頭目の剣が、震えた。
――――――――――
決まった!!
完璧に決まった!!
名乗りまで完璧に決まったぁああ!!
四十二年だぞ四十二年。俺はずっとこれがやりたかったんだ。前の世界じゃ絶対できなかった。コスプレして「シルバー・フィスト!!」って叫んだら確実に通報されてた。でもここは違う。異世界は合法だ。全部合法だ。名乗りも変身も悪を爆散させるのも全部合法!! 神様ありがとう!! 転生させてくれてありがとう!!
――――――――――
仮面の下で、白銀の騎士は口角を限界まで吊り上げていた。
「う、うわああああ!! な、なんだあいつ!!」
山賊の一人が叫んだ。それが合図だった。
「怯むな! 数は二十対一だぞ! かかれ!」
頭目が吠える。
山賊たちが雪崩れ込んできた。
よし来た。
最初の一人が剣を振りかぶる。シロガネの目にはスローモーションに見えた。世界最強の肉体に、世界最強の鎧。この世界に生まれてから二十一年、ただひたすら鍛え続けた。
受ける必要すらない。
右腕を、ただ前に出した。白銀の拳が、剣ごと山賊を捉えた。
ドゴッ。
吹き飛んだ。文字通り吹き飛んだ。木に激突して、そのまま沈黙した。
一人。
二人目が横から斬りかかる。避けずに兜で刃を受ける。甲高い音がして、刃の方が欠けていた。驚いた顔をした山賊に対して、シロガネはそのまま右肘を横に振った。
二人目が地面に叩きつけられた。
二人。
三人目が正面から槍を突いてきた。シロガネは左手でその槍を掴んだ。折った。折れた槍の柄で、三人目の顎を打ち上げた。
三人目が宙を舞った。
三人。
四人目、五人目が左右から同時に来た。シロガネは四人目の剣を右手で払い、そのまま四人目の胸ぐらを掴んで五人目に向けて投げた。
二人まとめて沈んだ。
五人。
「囲め!!囲んで一斉に!!」
誰かが叫んだ。
山賊どもが四方から殺到する。
来い。
シロガネは両腕を広げた。
右から来た斧使いの手首を掴んだ。そのまま左から来た剣士に向けて振り回した。
六人、七人。
左後ろから槍が来た。振り向かずに左肘を後ろに突き出した。槍の穂先が白銀の肘に当たって真っ二つに折れた。槍使いが勢いのまま突っ込んできたところに、逆の手で頭を掴んで地面に叩きつけた。
八人。
九人目が剣を大振りした。シロガネはその腕を掴んで、背後の十人目、十一人目に向けて投げた。
九、十、十一人。
三人横並びで突撃してきた。
シロガネは正面から一歩踏み出した。
右拳で十二人目の鳩尾を打つ。左拳で十三人目の顎を打ち上げる。右足で十四人目の膝を払う。
ドン。ガッ。バキッ。
十四人。
残り六人。
全員が、止まっていた。
突っ込んでくる勢いが、完全に死んでいた。
足が震えている。武器を持つ手が震えている。一人が後退した。それが合図だった。
「に、逃げろ!!」
六人が一斉に踵を返した。
「待て」
シロガネの声は静かだった。
「逃すと思うのか?」
翼が光る。地面を蹴る。白銀の巨体が、重力を無視して跳躍した。
六人の前に降り立った。
山賊の頭目を一人残して、五人を丁寧に沈めた。
ここまで一分もかからなかった。
地面に転がる山賊たち。全員生きている。
頭目だけが、まだ立っていた。
膝が笑っている。剣を持つ手が震えている。それでも立っていた。
「な、なぜだ……」
掠れた声だった。
「なぜそんなに強い……お前は……いったい何者なんだ……」
シロガネは、少し考えた。
「さっき言った」
「え」
「聞いてなかったのか」
頭目が固まった。
シロガネはもう一度、丁寧に、ゆっくりと言ってやった。
「俺は悪を砕く白銀の鉄槌!!!! 機動鎧武者!!!! シルバー・フィストッッッ!!!!」
二回言えた。最高だ。
頭目の目が白目を剥いて、そのまま崩れ落ちた。
夜風が吹いた。白銀の翼が、静かに揺れた。
シロガネは仁王立ちのまま、星空を見上げた。
——これだ。
これがやりたかったのだ。
ありがとう異世界。ありがとう神様。今、俺はやっと、ヒーローになれた。
兜の奥で、誰にも見えない場所で、白銀の騎士は泣いていた。
白銀の翼が、ゆっくりと折り畳まれた。シロガネは静かに光を収めた。鎧が、翼が、粒子になって霧散していく。残ったのは、ごく普通の、長身の男だった。
転がる山賊たちを一瞥する。全員生きている。
こいつらにはシルバー・フィストがいることを喧伝してもらわなければならない。
だから生かした。
次に会ったら殺す。
踵を返して、シロガネは夜道を歩き始めた。
夜風が頬を撫でる。星が、よく見えた。
——この力がどこから来たのか。
語るには、少し長い話になる。
俺が死んで、この世界に転生した時から。




