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第一話「変身」


 風のない夜。周囲は暗闇で閉ざされている。

 その男は、普通の人間だったら明りをつけないと歩けないような夜道を平然とあるく。


 男の名はシロガネ。

 この物語における――おそらく、きっと、多分。主人公と言える存在だ。


 なぜこんなところを彼が歩いているのか。

 それは、まもなく明らかになる。


――――――――――


「貴様、何者だ」


 明りもつけずに夜の森を歩き、こちらへと進んできた怪しい男。

 グループをまとめているであろう山賊の頭目が剣を構えるのは当然のことだった。

 松明の炎が揺れ、その男の全身が露わとなった。


 背丈は二メートル。鍛えている冒険者でも、こんな大男は中々いない。

 黒髪、黒目。精悍な顔つきをしており、いまにも頭目を殺さんばかりに睨みつけていた。


 その異様な殺気を受け、頭目の仲間たちが包囲を縮める。数は二十。全員武装。普通の人間なら絶望する状況だろう。


 男――シロガネは答えなかった。


 頭目を睨みつけたまま、

 ゆっくりと『構え』をとる――。


「……おい、何してる」

「静かに」


 シロガネは頭目の言葉を短く制する。

 その異様なまでの迫力に、頭目はなにも言えずに剣を構えることしかできなかった。


 シロガネは続けて言う。


「今からいいものを見せてやる」


 シロガネが右腕を固く握りしめ、星空瞬く夜の闇に突き上げたその瞬間。



「――変身ッ!!!!!!!!!!!」



 その絶叫が夜を引き裂いた!!


 そして光が爆ぜる!!


 白い。白い。白い。白い光が男の全身から溢れ出して、周囲の闇を焼き尽くす!


 山賊たちが目を庇って後退する。


 熱くはない! だが、圧がある!! 見えない壁が! 空気そのものが! この男を中心に膨張していく!!


 骨が軋む音がした。

 いや、違う。あれは鎧だ!

 鋼鉄の鎧が光の中から産声を上げるように、軋みながら! 叫びながら! 男の肉体へと喰いつく!

 肩が、胸が、腕が、脚が、白銀の装甲に覆われていく!

 兜が頭を包んだ!!


 そして。


 翼が、開く。


 鋼鉄の翼が。

 重力を嘲笑うように魔力の光を纏いながら、夜空へ向かって大きく広がった!

 シロガネの背後で地面が爆発し、爆音が鳴り響く!


 もともと大きかったシロガネの背丈は2.5メートルほどになっていた。


 訪れる静寂。


 山賊たちは誰も動けなかった。動き方を忘れた。息の仕方すら忘れかけていた。


 白銀の騎士は、右手を掲げたまま、魂を吐き出すかの如く絶叫する!


「――俺は!!!!」


 低い。声が、低い。腹に響く。


「悪を砕く、白銀の鉄槌!!!!」


 一歩、踏み出した。地面がまた揺れた。


機動鎧武者(ギア・アダマンタイト)!!!!」


 翼と兜の目が光る。


「シルバー・フィストッッッ!!!!!!!!」



――――――――――



 仮面の下で、白銀の騎士――シロガネ、いや、シルバー・フィスト――は口角を限界まで吊り上げていた。


「う、うわああああ!! な、なんだあいつ!!」

 山賊の一人が叫んだ。それが合図だった。


「怯むな! 数は二十対一だぞ! かかれ!」


 頭目が吠える。

 山賊たちが雪崩れ込んできた。


 最初の一人が剣を振りかぶる。シルバー・フィストの目にはスローモーションに見えた。限界以上に鍛え続けている己の肉体に、自分の成長と共に同じく成長する、悪を払う白銀の鎧。

 この世界に生まれてから二十一年、悪を討滅せんがため、ただひたすら鍛え続けたのだ。


 この程度の攻撃は、シルバー・フィストにとって防御する必要すらなかった。

 右腕を、ただ前に出した。白銀の拳が、剣ごと山賊を捉えた。


 ドゴッ、とおよそ人体から繰り出された攻撃とは思えない破砕音がした。


 山賊が吹き飛んだ。文字通り吹き飛んだ。

 木に激突して、そのまま沈黙。


 一人。


 二人目が横から斬りかかる。避けずに兜で刃を受ける。甲高い音がして、刃の方が欠けていた。驚いた顔をした山賊に対して、シロガネはそのまま右肘を横に振った。


 二人目が地面に叩きつけられた。


 二人。


 三人目が正面から槍を突いてきた。シロガネは左手でその槍を掴んだ。折った。折れた槍の柄で、三人目の顎を打ち上げた。


 三人目が宙を舞った。


 三人。


 四人目、五人目が左右から同時に来た。シロガネは四人目の剣を右手で払い、そのまま四人目の胸ぐらを掴んで五人目に向けて投げた。


 二人まとめて沈んだ。


 五人。


「囲め!!囲んで一斉に!!」


 誰かが叫んだ。


 山賊どもが四方から殺到する。


 来い。


 シルバー・フィストは両腕を広げた。


 右から来た斧使いの手首を掴んだ。そのまま左から来た剣士に向けて振り回した。


 六人、七人。


 左後ろから槍が来た。振り向かずに左肘を後ろに突き出した。槍の穂先が白銀の肘に当たって真っ二つに折れた。槍使いが勢いのまま突っ込んできたところに、逆の手で頭を掴んで地面に叩きつけた。


 八人。


 九人目が剣を大振りした。シルバー・フィストはその腕を掴んで、背後の十人目、十一人目に向けて投げた。


 九、十、十一人。


 三人横並びで突撃してきたので、その真正面から一歩踏み出す。

 右拳で十二人目の鳩尾を打つ。左拳で十三人目の顎を打ち上げる。右足で十四人目の膝を払う。


 十四人。


 残り六人。


 全員が、止まっていた。

 突っ込んでくる勢いが、完全に死んでいた。

 足が震えている。武器を持つ手が震えている。一人が後退した。それが合図だった。


「に、逃げろ!!」


 六人が一斉に踵を返した。


「待て」


 シルバー・フィストの声は静かだった。


「逃すと思うのか?」


 翼が光る。地面を蹴る。白銀の巨体が、重力を無視して跳躍した。

 六人の前に降り立った。


「ふん!!!!」


 山賊の頭目を一人残して、五人を丁寧に沈めた。

 ここまで一分もかからなかった。


 地面に転がる山賊たち。全員生きている。

 頭目だけが、まだ立っていた。

 膝が笑っている。剣を持つ手が震えている。それでも立っていた。


「な、なぜだ……」


 掠れた声だった。


「なぜそんなに強い……お前は……いったい何者なんだ……」


 シルバー・フィストは、少し考えた。


「さっき言った」

「え」

「聞いてなかったのか」


 頭目が固まった。

 シルバー・フィストはもう一度、丁寧に、ゆっくりと言ってやった。


「俺は悪を砕く白銀の鉄槌!!!! 機動鎧武者ギア・アダマンタイト!!!! シルバー・フィストッッッ!!!!」


 二回言えた。最高だ。


 頭目の目が白目を剥いて、そのまま崩れ落ちた。


 夜風が吹いた。白銀の翼が、静かに揺れた。


 シロガネは仁王立ちのまま、星空を見上げた。



 ——これだ。



 これがやりたかったのだ。

 ありがとう異世界。ありがとう神様。今、俺はやっと、ヒーローになれた。

 兜の奥で、誰にも見えない場所で、白銀の騎士は泣いていた。


 白銀の翼が、ゆっくりと折り畳まれた。シロガネは静かに光を収めた。鎧が、翼が、粒子になって霧散していく。残ったのは、ごく普通の、長身の男だった。


 転がる山賊たちを一瞥する。全員生きている。

 こいつらにはシルバー・フィストがいることを喧伝してもらわなければならない。

 だから生かした。

 次に会ったら殺す。


 踵を返して、シロガネは夜道を歩き始めた。


 夜風が頬を撫でる。星が、よく見えた。


 ——この力がどこから来たのか。


 語るには、少し長い話になる。

 シロガネが死んで、この世界に転生した時から。

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