第十九話「白銀制裁」
ガルディウスが地面を蹴った瞬間、シロガネは内心で密かに高揚していた。
シーズンラスト相当のボス戦が、ついに始まる。堕天の祭壇の幹部、聖魔人第十席。元王国騎士団長。元英雄。これ以上ないラスボスだ。四十二年間、無数の特撮作品を見てきた俺だ。シーズン最終話に相応しい戦いを、俺は知っている。
いきなり全力で叩き潰しては興醒めだ。ヒーローというものはピンチからの逆転が王道。互角の戦いを演じてこそ、観客は熱くなる。見たところ、ガルディウスの実力はダンジョン百層程度の魔獣レベル。一割の力で十分だ。
舞台は完璧だ。月明かりの下の中庭。元英雄との一騎打ち。決戦の絵面に、これ以上のものはない。
そして、鎧の強度も演出用に弱めておく。普段の最大強度では、ガルディウスの剣が当たっても傷一つつかない。それでは互角の演出が作れない。これくらいなら、ガルディウスの攻撃でちゃんと火花が散るし、衝撃でよろめく演出もできる。完璧だ。
すまないがガルディウス。俺のヒーロー活動の最高の糧となってくれ。
シロガネは深く息を吸い、両拳を構えた。
――――――――
ガルディウスは月明かりの下、二本の大剣を交差させて構えた。聖剣と魔剣が左右に振るわれ、白と黒の輝きが夜空に弧を描いた。
「来い、シルバー・フィスト」
「行く」
シロガネが地面を蹴ったのと、ガルディウスが踏み込んだのは、ほぼ同時だった。
聖剣が右から、魔剣が左から、白銀の巨人めがけて閃いた。シロガネは両腕を交差させて受け止めた。剣の刃と鋼鉄の籠手がぶつかり合い、高い金属音が中庭を貫いて、無数の火花が月光に散った。
ガルディウスは即座に剣を引き、続けざまに連撃を放ってきた。聖剣と魔剣が交互に振るわれ、シロガネの胸、肩、腰を狙って閃く。神速の二刀流は、元騎士団長が長年磨き上げた剣の極致だった。
シロガネは籠手で受け、翼で逸らし、半歩下がって避けた。剣戟の音が、夜の中庭に絶え間なく響き続けた。
ガルディウスの聖剣が、シロガネの胸甲を浅く斬り裂いた。
白銀の鎧に、一筋の傷が走る。
「ほう」
ガルディウスの口の端が、僅かに上がった。
「我が剣が、お前の鎧を斬ったか」
シロガネは答えなかった。代わりに左の拳を、ガルディウスの腹めがけて突き出した。
ガルディウスは魔剣の腹で受け止めようとした。
だが、間に合わなかった。
シロガネの拳が、ガルディウスの脇腹に突き刺さった。
鈍い音が中庭に走った。ガルディウスの体が、く、と折れ曲がる。そのままガルディウスは後方に大きく吹き飛ばされた。
ガルディウスの体が芝生を転がり、中庭の中央にあった噴水に激突した。石造りの噴水が大きく崩れ、水が四方に噴き出して月明かりに散る。
「ぐ……っ」
ガルディウスは呻きながら、ゆっくりと立ち上がった。口の端から血が滴っている。それを乱暴に拭いながら、ガルディウスは魔剣を構え直した。
「重い拳だ」
ガルディウスは低く呟いた。
「だが、まだ、終わらん」
ガルディウスは即座に地面を蹴った。
聖剣が、頭上から振り下ろされる。
シロガネは右の翼を盾のように展開して受け止めた。聖剣の刃が翼の表面を滑り、火花が散る。
そして、不意に。
「シャイン・ライトニング!」
ガルディウスは聖剣を引きながら、刀身から白い雷光を放った。
詠唱なしの不意打ちだった。雷の光が、月明かりの中庭を斬り裂いて、シロガネの胸めがけて飛んできた。
シロガネは翼を畳む間もなく、両腕で雷光を受け止めた。
雷光が籠手の表面で爆ぜて霧散したが、その衝撃で、シロガネは後方に大きく滑った。靴の底が芝生を抉り、土が深く捲れる。背中が中庭の石塀に当たり、石塀に亀裂が走った。
「ふっ……」
ガルディウスは魔剣を構え直した。
「翼で防げなかったか」
ガルディウスは続けて魔剣を頭上に掲げた。
「ダーク・ボール!」
魔剣の刀身から、黒い闇の球が次々と射出された。数は十発以上。闇の球がシロガネを四方から包囲するように飛んでくる。
シロガネは石塀から離れて空に跳んだ。
翼を大きく広げて、夜空に舞う。
闇の球が追ってくる。シロガネは空中で身を翻し、翼の刃で闇の球を薙ぎ払った。一発、二発、三発——殆どの闇の球が叩き落とされたが、最後の三発が翼の隙間を抜けて、シロガネの肩、腰、脇腹に着弾した。
闇の力が爆ぜ、白銀の鎧の表面に黒い亀裂が走った。
「ぐっ」
シロガネは空中で姿勢を崩した。
ガルディウスはその隙を逃さなかった。地面を蹴って、シロガネを追って空に跳ぶ。
二人が、月を背景に、空中で激突した。
聖剣と魔剣が、シロガネを上下左右から襲う。シロガネは籠手と翼で全てを捌いた。空中での剣戟は、月明かりの中で銀と聖魔の光を交錯させた。
ガルディウスの聖剣が、シロガネの肩当てを斬った。鎧の表面に深い斬り傷が走る。
魔剣が、シロガネの脛当てを叩いた。鈍い音と共に、脛当ての一部が陥没する。
シロガネは空中で身を翻し、両足でガルディウスの胸を蹴った。
ガルディウスの体が、空から地上へと叩き落とされた。芝生に深く激突し、地面にクレーターを作る。
土と芝生が舞い上がり、月明かりの中で散った。
「ぐぁ……っ!」
ガルディウスは呻いた。だがすぐに転がって立ち上がる。
シロガネも翼を畳んで地上に降り立った。
二人は、中庭の中央で再び対峙した。
ガルディウスの装備は、所々が破損していた。胸の鎧に大きな凹みができ、肩当ての一部が砕けている。口の端からは絶えず血が滴り、額にも擦り傷ができていた。
シロガネの白銀の鎧も、各所に傷が走っていた。胸甲には聖剣の斬り傷、肩当てには深い亀裂、脛当てには陥没。翼の羽根の数枚が、闇の球の直撃で歪んでいた。
まさに――死闘。
「シルバー・フィスト」
ガルディウスは魔剣を構え直しながら、低く言った。
「お前と話していると、俺の昔の姿を見ているようだ」
シロガネは答えずに、両拳を構えたまま、ガルディウスを見ていた。
「俺もかつては、お前のように戦っていた。悪を罰し、人を救うため。誰よりも先に立ち、誰よりも強く、誰よりも正しくあろうとした」
ガルディウスは聖剣をゆっくりと持ち直した。
「だが、俺は気づいた。それは、ただの傲慢だったと」
「傲慢、だと」
シロガネは初めて言葉を返した。
「ああ」
ガルディウスは両手に大剣を構え直した。
「人を救うなどと、誰が決めた。誰が、それを許した」
ガルディウスの目に、激情が宿り始めた。
「正義の名のもとに、人を裁く。それは、神の領域だ」
シロガネは低く答えた。
「俺は、神ではない。だから、悪を砕くだけだ」
「砕く、か」
ガルディウスはふっと笑った。
「お前は、俺を悪と呼んだ。だが、お前は俺の何を知っている」
シロガネは答えなかった。
「お前は、俺の絶望を知らない。お前は、俺が何を失ったかを知らない!!」
ガルディウスの剣戟が、再び始まった。これまで以上に激しく、感情が乗っていた。
シロガネは籠手と翼で全てを捌きながら、低く告げた。
「知る必要はない」
「何だと!」
「悪は、悪だ。理由があろうとなかろうと、子供を攫う者は、悪だ!!」
シロガネは一歩踏み込んで、ガルディウスの剣を弾き返した。ガルディウスがよろめいた。
「お前は、子供を攫う組織の頭だ。それが、全てだ!」
「シルバー・フィストッ……!」
ガルディウスは奥歯を噛みしめた。そして頭上で二本の大剣を交差させた。
聖剣の白い光と、魔剣の黒い闇が、刀身で混ざり合う。二本の刀身が、白と黒の螺旋を描き始めた。
「聖魔合一……!」
ガルディウスは叫んだ。
「これが、俺の本気だ!」
ガルディウスの剣が、白と黒の交じり合った光を放った。光の柱が月明かりの中庭を貫いて、夜空にまで届いた。
「二度と口を開けぬようにしてやる! シルバー・フィスト、覚悟せよ!」
ガルディウスは地面を蹴った。聖魔合一の剣が、シロガネの胸めがけて閃いた。
「――!!!!」
シロガネは両腕を交差させて受け止めた。
凄まじい衝撃が、中庭を揺らした。剣の白黒の光が、籠手の表面で爆ぜて散る。シロガネの足元の芝生が深く抉れ、円形のクレーターができた。
両足が芝生に深く沈み、徐々に後方へ滑っていく。籠手の表面に大きな亀裂が走り、鎧の各所が白黒の光に染まった。
「ぐっ……!!」
シロガネは呻いた。
ガルディウスはさらに力を込めた。聖魔合一の刃が、シロガネの籠手をさらに押し込んでいく。
「砕けろ、シルバー・フィスト!」
ガルディウスは雄叫びを上げた。そして――シルバー・フィストが吹き飛ばされる。
シロガネの背中が、中庭の石壁にぶつかった。石壁に深い亀裂が走り、いくつかの石塊が崩れ落ちた。
それでもシロガネは、立っていた。
両足で踏ん張り、両腕で剣を受け止めたまま。
ガルディウスの目が、見開かれた。
「貴様……これでも……!」
「やるな、ガルディウス……!!」
シロガネは低く答えた。
シロガネは右の翼を、ガルディウスの背後めがけて伸ばした。翼の刃が、ガルディウスの背を狙って閃く。
ガルディウスは咄嗟に剣を引き、後方に飛んだ。翼の刃が空を斬る。
シロガネは石壁から離れ、ゆっくりと前に踏み出した。そしてガルディウスに突進し、右手で聖剣の刃を掴んだ。
白銀の籠手で剣の腹を握る。
そして——
握り潰した。
ガラスが砕けるような音と共に、聖剣の刀身が砕け散った。白銀の刃が、月明かりの下で粉々に飛び散る。
「我が、聖剣が……!」
ガルディウスの声が、震えた。
シロガネは砕けた聖剣の破片を、地面に落とした。そして低く告げた。
「ガルディウス。お前の剣は、もう一本だな」
ガルディウスは残った魔剣を握りしめた。
呼吸が荒い。額に汗が浮かんでいる。聖剣を失い、魔剣のみ。一本の剣だけで、シロガネに対峙していた。
「シルバー・フィスト……!」
ガルディウスは魔剣を構えた。
「俺は、まだ、終わらん!!」
ガルディウスは地面を蹴った。
魔剣が振るわれる。シロガネは籠手で受け止めた。
剣戟の音が、また響き始めた。
聖剣を失い二刀流の利点を失ったが、なおそれでもガルディウスは止まらない。
「シルバー・フィスト……!」
ガルディウスの声が、激情を帯びていく。
「お前のような男が、最も腹立たしい!」
魔剣がシロガネの胸を狙って振るわれる。
「正義の名のもとに、人を裁こうとする!」
シロガネが受け止める。
「自分の信じるものを、絶対と思っている!」
剣戟が続く。
「だが、お前は知らないのだ」
ガルディウスの声が、震え始めた。
「正義が、何も救えないことを」
魔剣が、激しく振るわれる。
「俺は、正義を信じて剣を振るった! 俺は、誰よりも強く、誰よりも正しく、誰よりも先に立った!! だが——」
ガルディウスの目に、抑えきれなかった深いものが浮かび上がる。
「正義は、家族を救えなかった!」
シロガネの動きが、僅かに止まった。
「正義は、悪を止められなかった!」
ガルディウスは剣を振るい続けた。
「正義は、無力だった……!」
ガルディウスの目から、深い感情――それが形となった涙が頬を伝って流れ落ちた。
「俺は、その無力な正義を、捨てたのだ」
シロガネは魔剣を受け止めながら、ガルディウスの目を見ていた。
ガルディウスの言葉には、激情と、それ以上の何かがあった。
哀しみだった。絶望だった。
だが、シロガネの胸の奥で、別の感情が燃え上がった。
こいつは、何を言っている。子供を攫いながら、正義を否定するのか!!
正義が無力だった、だと。お前が無力だっただけだ!!
そして、お前は自分の絶望を、子供たちに押し付けているだけだ。お前と同じ絶望を、お前が攫った子供の親に味わわせている!!
それを、正当化するのか!! それを、悲しい過去だと、語るのか!!
これは、悪だ!! 本物の悪だ!!
正義を語る悪。過去を盾にする悪。
最も、許せない種類の悪だ。
シロガネの中で、先ほどまでのヒーローだとか演出だとかの考えは完全に消え去った。
残ったのは――純然たる怒り。
「ガルディウス」
ガルディウスは魔剣を振るう手を止めた。
「お前の言葉は、聞いた。だが、俺は同情しない」
「シルバー・フィスト……」
「お前が攫った子供たちの親も、お前と同じ絶望を味わっている。お前は、自分の絶望を盾にして、他人に同じ絶望を押し付けているだけだ」
シロガネはじわじわと、籠手で受けていた魔剣を、押し返した。ガルディウスがよろめく。
「お前は、悪だ。本物の悪だ」
シロガネは——抑え込んでいた魔力を、解放した。
中庭の空気が、震えた。
シロガネの周囲に、膨大な魔力が渦巻き始める。ダンジョン五百層を踏破した男の、規格外の魔力。普段は常人と同じレベルにまで抑え込んでいた力が、解き放たれていく。
魔力の渦が地面の芝生を逆立てた。中庭の木々がシロガネを中心にざわざわと揺れる。月明かりがシロガネの白銀の鎧に集まり始めた。
そして、シロガネの鎧の各所に走っていた亀裂と傷が、月光に包まれて、一気に消えていった。
胸甲の傷が消える。肩当ての斬り傷が消える。脛当ての打撃痕が消える。籠手の亀裂が、聖魔合一を受けた深い傷が、全て消滅する。翼の歪んだ羽根も、瞬時に元の鋭利な形に戻った。
白銀の鎧は、変身した直後の、最も完璧な姿に戻っていた。
ガルディウスの目が、限界まで見開かれた。
「な……」
ガルディウスは戦慄していた。
「な、なんだ……この、魔力は……!? 鎧が、元通りに……! 我は、聖魔人だぞ……! それ以上の魔力などと……あり得るわけがない!!!!」
ガルディウスは、魔剣を構えたまま、後ずさろうとした。
だが——
ガルディウスの足は、止まった。
ガルディウスは目を閉じ、深く息を吐いた。そして再び目を開けた時、その瞳には、戦慄ではなく、別の光が宿っていた。
決意だった。
「シルバー・フィスト」
ガルディウスは魔剣を構え直した。
「受けてみよ、我が全力を――!!」
ガルディウスは砕けた聖剣の破片に、左手をかざした。
破片が、月明かりの中で浮かび上がる。そしてその破片が、ガルディウスの周囲に集まり、白銀の光となって渦巻き始めた。
ガルディウスは魔剣を頭上に掲げた。
魔剣の刀身に、聖剣の白銀の光が集まっていく。魔剣の漆黒と、集められた白銀の光が、激しく混ざり合った。
「俺は、堕ちた英雄だ」
ガルディウスの声には、誇りが宿っていた。
「だが——堕ちた英雄にも、意地はある」
ガルディウスは魔剣を、両手で握りしめた。
「来い、シルバー・フィスト!」
ガルディウスは雄叫びを上げた。
「堕ちた英雄の、最後の意地、見せてやる!」
魔剣の刀身が、白銀と漆黒の螺旋を、夜空にまで届くほどに伸ばした。聖魔合一の最大出力。元英雄が、最後の力を振り絞った、究極の一撃。
シロガネは、ガルディウスを見据えた。
そして、低く告げた。
「来い、ガルディウス」
シロガネは深く息を吸った。そして――詠唱を始めた。
「――白き鋼に意志を乗せ」
シロガネの拳に、白銀の光が宿った。月明かりがシロガネを包み込むように、集まっていく。
「猛き正義が悪を穿つ」
光が、強くなった。中庭の空気が、震え続けていた。
「穢れを知らぬ白銀よ、其の眩く拳で悪を殲滅せよ」
シロガネの拳に、凄まじい力が、収束していく。光は月明かりすら飲み込んで、シロガネの拳に集まっていった。
ガルディウスは魔剣を、最大出力で振りかぶった。
「シルバー・フィストぉぉおおお!」
ガルディウスは地面を蹴った。
「――受けよ、我が信念を」
シロガネも、地面を蹴った。
二人が、中庭の中央で激突する。
「――正義、執行」
シロガネの拳が、ガルディウスの聖魔合一の最大出力に、ぶつかった。
凄まじい衝撃が、夜の中庭を貫く!!
ガルディウスの聖魔合一が、シロガネの拳と激突した瞬間、白と黒と白銀の光が混ざり合って爆ぜた。月明かりの中庭が、一瞬、昼のように明るくなる。
そして——
シロガネの拳が、聖魔合一を、粉砕した。
ガルディウスの魔剣が、根元から砕け散る。白銀と漆黒の光が、霧のように散っていった。
そのまま、シロガネの拳は、ガルディウスの胸に突き刺さった。
ガルディウスの体が、後方に吹き飛ばされた。
凄まじい速度で、邸宅の壁を、突き破る。
ガルディウスは、書斎へと、突き刺さるように、飛び込んだ。
吹き飛ばされながら、ガルディウスは目を閉じた。
戦いの記憶が、走馬灯のように、流れていく。
若き日。騎士団長として、悪を砕いていた頃。妻と出会った日。子が生まれた日。
そして、家族が攫われた日。
絶望の日々。
組織に入った日。
長い、長い、贖罪の日々。
ガルディウスの目から、涙が、流れ落ちた。
そして——
低く、呟いた。
「マリー……アリス……」
声は、震えていた。
「すまない……」
ガルディウスの体が、書斎に突き刺さった瞬間。
爆ぜた。
凄まじい爆発が、書斎を、丸ごと吹き飛ばした。火と煙と、粉砕された家具と、無数の紙片が、夜空に舞い上がった。
聖と魔の光が、最後に、混じり合いながら、霧散していった。
「――『白銀制裁』。……これが俺の、全力だ」
シロガネは、爆音が轟いた中庭の中央に立っていた。
拳を突き出したまま。
息一つ、乱していない。
シロガネはゆっくりと、拳を、降ろした。
そして、深く息を吐いた。
「悪は、砕いた」
シロガネは低く呟いた。
その時。
書斎の方から、無数の紙が、夜空に舞っていた。爆風に乗って、紙片が月明かりの中をひらひらと舞っている。
その中から、一冊。
革の表紙の、古びた手記が、ゆっくりと弧を描いて、夜空を、横切った。
そして——
ぱさり。
シロガネの足元に、落ちた。
シロガネは、手記を、見下ろした。月明かりが、表紙を、青く照らしていた。
表紙には、こう書かれていた。
『ガルディウス・ヴェルナンド』
シロガネの目が、僅かに、細くなった。
シロガネはゆっくりと、しゃがんだ。
そして、手記を、拾い上げた。




