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第十四話「合同討伐の発表」


 ギルドは、いつもより騒がしかった。

 シロガネが扉を開けると、冒険者たちが掲示板の前に集まっていた。


 何か、新しい依頼が貼られたらしい。


 シロガネは、人混みの後ろから、掲示板を覗き込んだ。

 中央に、一際大きな依頼書が貼られていた。


黒の影(シャドウフォール)合同討伐


 指揮:王国騎士団 クライス・グラフィス団長

 Bランク以上の冒険者、十名募集

 報酬:金貨二十枚(参加者一律)

 作戦実行日:三日後』

 冒険者たちが、口々に話していた。


「金貨二十枚!? 破格だな!」

「Bランク以上か……俺は無理だな」

「大規模な作戦になるみてえだ」

「シルバー・フィスト様の活躍で、組織も追い詰められてるってことか」


 シロガネは、しばらく依頼書を見つめた。

 ——合同討伐。ついに騎士団とギルドが本格的に動くか。俺の動きが効いているのだろうか。だがBランク以上が対象か。リナたちは、まだ参加できないな。それでいい。危険な作戦にリナたちが直接行く必要はない。


 シロガネは、人混みから離れた。

 そして、いつものようにFランクの依頼を選び始めた。


 その時。


「シロガネ」


 声がかけられた。

 リナだった。


 メイファとエルネも、後ろにいた。

 リナの顔は、いつもより、少し真剣だった。


「ちょっと、話せる?」


 シロガネは、依頼書を持つ手を止めた。

 ——なんだ。また、シルバー・フィストの話か?


「ああ」

「外に、出ましょ」


 リナはシロガネを促した。

 シロガネはリナに従って、ギルドを出た。


 ギルドの裏手。人通りの少ない路地。

 リナはシロガネに向き直った。


「あたしたち、合同討伐に同行することになったの」


 シロガネは、少し驚いた。

 ——同行? リナたちは、Bランク以上ではない。参加できないはずだ。


「Bランク以上、と書いてあったが」

「ええ。直接の戦闘員としては、参加できないわ」


リナは、頷いた。


「でも、あたしたちは、誘拐組織の捜査依頼を受けてる。直接戦えないから、街中で噂を集めたり、酒場で情報を聞いたり、できることをやってきたわ」


 リナは続けた。


「その情報を、騎士団に提供する。その代わりに、合同討伐の作戦本部に情報提供者として同行することが認められたの」


 シロガネは、少し考えた。


「同行——どこまで行く?」

「作戦本部までよ。実戦には、参加しない」

「本部、か」

「ええ。クライス団長から直々に、許可をいただいたわ」


 リナの声には、誇りが滲んでいた。

 シロガネは、静かに頷いた。

 ——表向きは、安全な後方だ。だが、相手は組織だ。本当に、安全か?

 シロガネは、眉を寄せた。


「危険は、ないのか」

「え?」

「相手は、組織だ。何が起きるか、わからない」


 リナは少し驚いた顔をした。

 それから、ふっと笑った。


「あら、心配してくれてるの?」


 シロガネは、内心で身構えた。

 ——心配? いや、心配と言うか……。

 シロガネの内心は混乱していたが、慎重に言葉を選ぶことにした。


「……そうではない」

「ふうん」


 リナは、ふっと笑った。

 その笑みには、僅かに、揶揄いの色があった。


「心配してくれてるなら、嬉しいわ」

「……」


 シロガネは、答えなかった。

 リナは、それ以上は追及しなかった。

 ただ、シロガネを、じっと見ていた。


「廃村で、あたしは死にかけた」


 リナが、低い声で言った。


「あの時、シルバー・フィスト様が来てくれなかったら、あたしは奴隷商に売られて、人生は終わっていた」


 リナは、深く息を吐いた。


「だから、今のあたしは——シルバー・フィスト様のおかげで、生きてる」


 シロガネは、内心で揺れた。

 ——リナの命は確かに、俺が救った。あの時の選択は間違っていなかった。全部自分で蒔いた種だとしても、だ。マッチポンプもいいところだ。


「だから、今度は、あたしが、あの方に何かしたい」


 リナは、シロガネをまっすぐ見た。


「合同討伐は、あの方の力になる仕事よ。組織を潰すのに、少しでも力になりたい」


 シロガネはしばらく黙った。

 そして低い声で、静かに答えた。


「……気持ちは、分かる」

「ありがとう」


 リナは、ふっと笑った。


「あたしね、シロガネには、こういう話、できる気がするの」

「俺に?」

「ええ」


 リナの目が、少し柔らかくなった。


「あんたって、変な男だけど、信用できる気がするのよ。お婆さんに茶を出されて、長い話を聞いて、孤児院の子供たちにヒーローの話をして。そういう男って、悪人じゃないわ」


 シロガネは、答えに詰まった。

 ——信用、されている。リナに、信用されている。……心が痛い!


「……そうか」

「だから、ね」


 リナは、シロガネの目を見た。


「もし、何かあったら——」

 

 リナの声が、少し揺れた。


「あたしのこと、心配してくれる?」


 シロガネは、しばらく黙った。

 そして、低い声で、答えた。


「ああ」

「ありがとう」


 リナは、ふっと笑った。

 それから、踵を返した。


「じゃあ、また」


 リナは、メイファとエルネのところに戻っていった。


――――――――


 リナの背中を見送りながら、メイファが、おっとりとリナに耳打ちした。


「リナ様〜、シロガネさん、心配してくれましたねぇ〜」

「べ、別に!! 心配なんて、たいしたことじゃないわよ!!」


 リナの顔が、赤くなった。

 エルネは、何も言わなかった。


 ちらりとシロガネの方を振り返った。

 シロガネはまだ、路地に立ち尽くしていた。

 エルネの目に、何かが深く滲んでいた。


 ——シロガネの気配。あの時、ほんの少しだけ、魔力の質が、また、揺らいだ気がする。


 エルネは、首を振った。

 ——気のせい、かもしれない。

 エルネは、リナとメイファの後を追った。


――――――――


 シロガネは、しばらく路地に立ち尽くしていた。

 ——リナが、合同討伐に同行する。

 情報提供者として、安全な後方にいる、と言うが——

 相手は、組織だ。何が起きるか、わからない。


 シロガネは、深く、息を吐いた。

 そして、踵を返す前に——指先に魔力を集めた。


 ——念のため、だ。


 シロガネは、リナの方を、ちらりと見た。

 リナは、メイファとエルネと話している。

 シロガネは、誰にも気づかれないように、極小の魔力の糸を、リナに向けて飛ばした。


 危機に陥ったときや、対象の強い感情に反応して、シロガネに知らせる……一種の追跡魔法だった。


 リナの体に、僅かに触れる程度の魔力が、ふわりと付着した。


 ——リナに危害が加わった時、すぐに気づける。

 ——これで、念のため、だ。


 シロガネは、宿へ戻るために、歩き始めた。



 その夜。

 シロガネは、宿の窓から星空を見上げていた。


 リナが危険な作戦に同行する。


 シロガネは、静かに考えた。


 廃村で、あいつは俺のせいで死にかけた。あの時は、ただの「冒険者の女」だった。

 名前も、人柄も、知らなかった。それでも、ヒーローとして、当然のように助けた。


 だが、今は違う。

 あの時の「冒険者の女」が、今は「リナ」という、俺が知っている女になっている。


 シロガネは、自分の胸に手を置いた。


 ——だから、心配なのだ。


 シロガネは、深く、息を吐いた。


 三日後、合同討伐。

黒の影(シャドウ・フォール)』を、潰す。


 そして、もしリナに何かあれば、シルバー・フィストとして、駆けつける。


 ——それが、俺の仕事だろう。


 シロガネは、ベッドに横たわった。


 目を閉じた。


 明日からはまた、いつもの日常が続く。

 ジェナさんの庭の手入れ、ベルトル商会の荷物運び、孤児院でのヒーローの話。

 そして三日後——シルバー・フィストの仕事が、待っている。

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