第十三話「黒影の騎士」
夜。
街の外れ、廃墟となった教会の地下。
黒の影の隠れ家だった。
石造りの広間に、複数の男たちが集まっていた。
全員、フードを被り、顔は見えない。だが、その身に纏う雰囲気は、ただの末端ではなかった。
中央の長机に、報告書が広げられていた。
「——四回目、です」
報告者の声が、低く響いた。
「四回目の、誘拐部隊壊滅。今夜、また一つ、街道の馬車が襲われました」
別の男が、舌打ちをした。
「シルバー・フィスト、か」
「はい」
「子供たちは、今回も全員救出された。誘拐犯は、全員死亡。ただ一人、御者だけが縛られた状態で発見されたとのこと」
長机の奥に座っていた男が、立ち上がった。
中堅幹部。
身長は高く、騎士の鎧を身に纏っている。フードを被ってはいないが、薄暗い灯りの中で顔は半分影に沈んでいた。
「クライス様」
報告者が、頭を下げた。
「ご指示を」
クライス・グラフィスは静かに報告書を見下ろした。
そして、低く言った。
「報告はガルディウス様にお伝えする」
「お一人で、ですか?」
「ああ。私が直接向かう」
クライスは、報告書を懐に仕舞った。
そして、隠れ家を出て——
夜の街道を、一人、歩き始めた。
ガルディウス・ヴェルナンドの邸宅は、街の外れにあった。
元騎士団長の名家として、王国から下賜された広大な屋敷。
クライスは、馬を駆って、邸宅の門をくぐった。
門番が、礼をした。
「クライス様、お疲れ様でございます」
「うむ」
クライスは、馬を降りた。
そして、邸宅の中へと入っていった。
長い廊下。深紅の絨毯。壁には、騎士団の歴代団長の肖像画が並んでいる。
その中の一枚に、若き日のガルディウス・ヴェルナンドの肖像があった。
威厳に満ちた表情。剣を携えた姿。輝かしい騎士団長時代の象徴だった。
クライスは、肖像画の前で、一瞬、足を止めた。
かつてのガルディウス騎士団長。
――あの頃のガルディウス様は、本当に輝いていた。
クライスは、深く息を吐いた。
そして、再び歩き出した。
書斎の扉を、ノックした。
「入れ」
低い、重みのある声。
クライスは、扉を開けた。
書斎は、暖炉の火が灯されていた。
部屋の奥に、男が一人、革張りの椅子に座っていた。
長身。整った顔立ち。年齢は四十代後半。だが、肌の色艶は、二十代のように若々しかった。
ただ——
顔の左半分には、白い聖痕のような紋様があった。
そして、顔の右半分には、黒い呪痕のような紋様があった。
光と闇が、一つの顔に共存していた。
それが、ガルディウス・ヴェルナンドだった。
聖魔人第十席。
黒影の騎士の名を持っている。
クライスは、片膝をついた。
「ガルディウス騎士団長、お話が」
「——元、だ」
ガルディウスは静かに訂正した。
「私はもう、騎士団長ではない」
「失礼しました、ガルディウス様」
クライスは言い直した。
「で、何の話だ?」
「シルバー・フィスト、と名乗る冒険者の動きが活発になっています」
ガルディウスが、眉を上げた。
「シルバー・フィスト……?」
「廃村で赤狼団を制圧した、白銀の鎧を纏う騎士です。ここ最近、黒の影の誘拐部隊を、立て続けに四つ、壊滅させております」
「四つ、か」
ガルディウスは、暖炉の火を見つめた。
「末端の駒だ。失われても、痛手ではない」
「しかし、街中で噂になっております。シルバー・フィストの名は、英雄として、街中の子供たちにまで広がっており——」
「英雄、か」
ガルディウスが、ふっと笑った。
その笑みは、冷たかった。
「英雄ごっこをする冒険者など、何度も見てきた。だが、皆、最後は——」
ガルディウスの目に、僅かな光が宿った。
「私の前に、跪いた」
クライスは、無言で頷いた。
「シルバー・フィストとやらも、同じだろう」
ガルディウスは、静かに続けた。
「身分卑しき冒険者が、いくら派手に動こうと、結局は屑だ。我ら聖魔人の前では、塵に等しい」
「はっ」
「クライス。騎士団内で動きはあるか?」
「はっ。シルバー・フィスト様の活躍を受けて、騎士団とギルドの合同で、黒の影摘発の動きが出ております」
「ほう」
ガルディウスが、ふっと笑った。
「丁度いい。お前が、その合同討伐の指揮官になれ」
「黒の影を、わざと逃がすのですか」
「それも、あるが——」
ガルディウスの目が、光った。
「シルバー・フィストとやらが、その作戦に介入してくる可能性は高い。お前は、近くで観察しろ。戦い方、動き、可能なら正体の手がかりを掴め」
「承知しました」
「正体さえ掴めれば——」
ガルディウスは暖炉の火を見つめた。
「あとは、いつでも始末できる」
クライスは深く頭を下げた。
「お任せください」
「下がれ」
クライスは立ち上がり、書斎を後にした。
クライスが書斎を出た後。
ガルディウスは、革張りの椅子に深く腰掛けたまま、暖炉の火を見つめていた。
——シルバー・フィスト。
身分卑しき、冒険者風情が。
英雄ごっこなど——
ガルディウスの右手が、無意識に、自分の顔の左半分の聖痕に触れた。
冷たい、神聖な感触。
そして、左手は、顔の右半分の呪痕に触れた。
熱い、邪悪な感触。
——これが、力だ。
勇者と魔王、両方の力を完全に扱う、聖魔人の証。
それが私だ。
——シルバー・フィストとやらが、私の前に立てば——
殺してやる。
跪かせ、そこらのゴミ屑と同じように、死なせてやる。
ガルディウスの目が、暖炉の火の中で、青と赤に二色に光った。
――――――――
翌朝。
街の冒険者ギルド。
「合同討伐の依頼、ですか」
サラがカウンターで、書類を受け取った。
書類を持ってきたのは、王国騎士団の制服を纏った騎士だった。
「はい。指揮官は、騎士団のクライス・グラフィス団長。Bランク以上の冒険者を、十名ほど招集していただきたい」
「黒の影の摘発、ですね」
「はい。シルバー・フィスト様の活躍で、組織の動きが弱まっています。今が好機です」
サラが頷いた。
「分かりました。ギルドマスターに伝えます」
ギルドの食堂のあたりで、その話をちょうどリナが聞いていた。
リナの目が光った。
「合同討伐」
リナは、エルネとメイファを見た。
「あたしたち、まだBランクじゃないけど——」
「リナ」
エルネが、静かに口を開いた。
「……あたしたちが直接参加するのは、難しいと思う」
「分かってる」
リナは、エールを置いた。
「でも情報は入ってくる。あたしたちは捜査依頼を受けてる。合同討伐の動きはしっかり押さえておきたいわ」
メイファが、おっとりと頷いた。
「リナ様〜、頑張りましょう〜」
リナは、ふっと笑った。
そして、目を細めて、扉の方を見た。
ちょうど、シロガネがギルドに入ってくるところだった。
リナの胸の中で、何かが、また少し、動いた。
――――――――
シロガネは、ギルドに来る前に、ジェナさん宅に立ち寄っていた。
「あらシロガネさん。また来てくれたのねえ」
ジェナさんが玄関で、いつものようににこにこと出迎えた。
「庭の手入れの依頼書をギルドで見てな」
「あらまあ、嬉しいこと」
ジェナさんはシロガネを家の中に招き入れた。
「お茶を、淹れるわね」
「いや、すぐ作業を——」
「お茶を、淹れるわね」
シロガネは諦めて椅子に座った。
ジェナさんが温かい茶を出してくれた。
「今日は、生姜を入れたのよ。寒くなってきたからねえ」
シロガネは茶を一口飲んだ。
ぴりっとした生姜の風味が、身体を温めた。
「……悪くない」
「あらまあ、嬉しいわ」
ジェナさんは、皺くちゃの顔で笑った。
シロガネは茶を飲みながら、ジェナさんの話を、黙って聞いた。
ジェナさんの息子の話。近所の犬の話。最近の天気の話。
シロガネは、それぞれに、頷いていた。
——平和だ。
——この街は、平和だ。
シロガネは、静かに思っていた。
——シルバー・フィストの仕事は、夜にある。
だが、ただの冒険者、シロガネとしての仕事は、こうして日常の中にある。
シロガネは茶を飲み終えた。
そして、庭に出て、丁寧に手入れを始めた。
シロガネは、知らなかった。
その夜、ガルディウス・ヴェルナンドの邸宅で、自分をおびき寄せるための作戦が動き始めていたことを。
クライス・グラフィスという騎士が、合同討伐の指揮官として、自分の戦いに介入してくる準備をしていたことを。
そして——
ガルディウスという、聖魔の力を持つ怪物が、自分との対決を待ち望んでいたことを。
シロガネは、ただ、ジェナさんの庭で、雑草を引き抜いていた。
平和な午後の日差しを浴びながら。




