表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/30

第十三話「黒影の騎士」


 夜。


 街の外れ、廃墟となった教会の地下。

 黒の影(シャドウフォール)の隠れ家だった。


 石造りの広間に、複数の男たちが集まっていた。

 全員、フードを被り、顔は見えない。だが、その身に纏う雰囲気は、ただの末端ではなかった。

 中央の長机に、報告書が広げられていた。


「——四回目、です」


 報告者の声が、低く響いた。


「四回目の、誘拐部隊壊滅。今夜、また一つ、街道の馬車が襲われました」


 別の男が、舌打ちをした。


「シルバー・フィスト、か」

「はい」

「子供たちは、今回も全員救出された。誘拐犯は、全員死亡。ただ一人、御者だけが縛られた状態で発見されたとのこと」


 長机の奥に座っていた男が、立ち上がった。

 中堅幹部。


 身長は高く、騎士の鎧を身に纏っている。フードを被ってはいないが、薄暗い灯りの中で顔は半分影に沈んでいた。


「クライス様」


 報告者が、頭を下げた。


「ご指示を」


 クライス・グラフィスは静かに報告書を見下ろした。

 そして、低く言った。


「報告はガルディウス様にお伝えする」

「お一人で、ですか?」

「ああ。私が直接向かう」


 クライスは、報告書を懐に仕舞った。

 そして、隠れ家を出て——

 夜の街道を、一人、歩き始めた。



 ガルディウス・ヴェルナンドの邸宅は、街の外れにあった。

 元騎士団長の名家として、王国から下賜された広大な屋敷。


 クライスは、馬を駆って、邸宅の門をくぐった。


 門番が、礼をした。


「クライス様、お疲れ様でございます」

「うむ」


 クライスは、馬を降りた。

 そして、邸宅の中へと入っていった。


 長い廊下。深紅の絨毯。壁には、騎士団の歴代団長の肖像画が並んでいる。

 その中の一枚に、若き日のガルディウス・ヴェルナンドの肖像があった。


 威厳に満ちた表情。剣を携えた姿。輝かしい騎士団長時代の象徴だった。


 クライスは、肖像画の前で、一瞬、足を止めた。


 かつてのガルディウス騎士団長。


 ――あの頃のガルディウス様は、本当に輝いていた。


 クライスは、深く息を吐いた。

 そして、再び歩き出した。


 書斎の扉を、ノックした。


「入れ」


 低い、重みのある声。

 クライスは、扉を開けた。


 書斎は、暖炉の火が灯されていた。


 部屋の奥に、男が一人、革張りの椅子に座っていた。


 長身。整った顔立ち。年齢は四十代後半。だが、肌の色艶は、二十代のように若々しかった。

 ただ——

 顔の左半分には、白い聖痕のような紋様があった。

 そして、顔の右半分には、黒い呪痕のような紋様があった。


 光と闇が、一つの顔に共存していた。


 それが、ガルディウス・ヴェルナンドだった。


 聖魔人ホーリーカース第十席。

 黒影の騎士(シャドウ・セイバー)の名を持っている。


 クライスは、片膝をついた。


「ガルディウス騎士団長、お話が」

「——元、だ」


 ガルディウスは静かに訂正した。


「私はもう、騎士団長ではない」

「失礼しました、ガルディウス様」


 クライスは言い直した。


「で、何の話だ?」

「シルバー・フィスト、と名乗る冒険者の動きが活発になっています」


 ガルディウスが、眉を上げた。


「シルバー・フィスト……?」

「廃村で赤狼団を制圧した、白銀の鎧を纏う騎士です。ここ最近、黒の影の誘拐部隊を、立て続けに四つ、壊滅させております」

「四つ、か」


 ガルディウスは、暖炉の火を見つめた。


「末端の駒だ。失われても、痛手ではない」

「しかし、街中で噂になっております。シルバー・フィストの名は、英雄として、街中の子供たちにまで広がっており——」

「英雄、か」


 ガルディウスが、ふっと笑った。

 その笑みは、冷たかった。


「英雄ごっこをする冒険者など、何度も見てきた。だが、皆、最後は——」


 ガルディウスの目に、僅かな光が宿った。


「私の前に、跪いた」


 クライスは、無言で頷いた。


「シルバー・フィストとやらも、同じだろう」


 ガルディウスは、静かに続けた。


「身分卑しき冒険者が、いくら派手に動こうと、結局は屑だ。我ら聖魔人の前では、塵に等しい」

「はっ」

「クライス。騎士団内で動きはあるか?」

「はっ。シルバー・フィスト様の活躍を受けて、騎士団とギルドの合同で、黒の影摘発の動きが出ております」

「ほう」


 ガルディウスが、ふっと笑った。


「丁度いい。お前が、その合同討伐の指揮官になれ」

「黒の影を、わざと逃がすのですか」

「それも、あるが——」


 ガルディウスの目が、光った。


「シルバー・フィストとやらが、その作戦に介入してくる可能性は高い。お前は、近くで観察しろ。戦い方、動き、可能なら正体の手がかりを掴め」

「承知しました」

「正体さえ掴めれば——」


 ガルディウスは暖炉の火を見つめた。


「あとは、いつでも始末できる」


 クライスは深く頭を下げた。


「お任せください」

「下がれ」


 クライスは立ち上がり、書斎を後にした。


 クライスが書斎を出た後。

 ガルディウスは、革張りの椅子に深く腰掛けたまま、暖炉の火を見つめていた。


 ——シルバー・フィスト。

 身分卑しき、冒険者風情が。

 英雄ごっこなど——


 ガルディウスの右手が、無意識に、自分の顔の左半分の聖痕に触れた。

 冷たい、神聖な感触。


 そして、左手は、顔の右半分の呪痕に触れた。

 熱い、邪悪な感触。


 ——これが、力だ。


 勇者と魔王、両方の力を完全に扱う、聖魔人の証。

 それが私だ。


 ——シルバー・フィストとやらが、私の前に立てば——


 殺してやる。


 跪かせ、そこらのゴミ屑と同じように、死なせてやる。

 ガルディウスの目が、暖炉の火の中で、青と赤に二色に光った。


――――――――


 翌朝。


 街の冒険者ギルド。


「合同討伐の依頼、ですか」


 サラがカウンターで、書類を受け取った。

 書類を持ってきたのは、王国騎士団の制服を纏った騎士だった。


「はい。指揮官は、騎士団のクライス・グラフィス団長。Bランク以上の冒険者を、十名ほど招集していただきたい」

「黒の影の摘発、ですね」

「はい。シルバー・フィスト様の活躍で、組織の動きが弱まっています。今が好機です」


 サラが頷いた。


「分かりました。ギルドマスターに伝えます」


 ギルドの食堂のあたりで、その話をちょうどリナが聞いていた。

 リナの目が光った。


「合同討伐」


リナは、エルネとメイファを見た。


「あたしたち、まだBランクじゃないけど——」

「リナ」


 エルネが、静かに口を開いた。


「……あたしたちが直接参加するのは、難しいと思う」

「分かってる」


 リナは、エールを置いた。


「でも情報は入ってくる。あたしたちは捜査依頼を受けてる。合同討伐の動きはしっかり押さえておきたいわ」


 メイファが、おっとりと頷いた。


「リナ様〜、頑張りましょう〜」


 リナは、ふっと笑った。

 そして、目を細めて、扉の方を見た。


 ちょうど、シロガネがギルドに入ってくるところだった。

 リナの胸の中で、何かが、また少し、動いた。


――――――――


 シロガネは、ギルドに来る前に、ジェナさん宅に立ち寄っていた。


「あらシロガネさん。また来てくれたのねえ」


 ジェナさんが玄関で、いつものようににこにこと出迎えた。


「庭の手入れの依頼書をギルドで見てな」

「あらまあ、嬉しいこと」


 ジェナさんはシロガネを家の中に招き入れた。


「お茶を、淹れるわね」

「いや、すぐ作業を——」

「お茶を、淹れるわね」


 シロガネは諦めて椅子に座った。

 ジェナさんが温かい茶を出してくれた。


「今日は、生姜を入れたのよ。寒くなってきたからねえ」


 シロガネは茶を一口飲んだ。

 ぴりっとした生姜の風味が、身体を温めた。


「……悪くない」

「あらまあ、嬉しいわ」


 ジェナさんは、皺くちゃの顔で笑った。

 シロガネは茶を飲みながら、ジェナさんの話を、黙って聞いた。

 ジェナさんの息子の話。近所の犬の話。最近の天気の話。

 シロガネは、それぞれに、頷いていた。


 ——平和だ。

 ——この街は、平和だ。


 シロガネは、静かに思っていた。

 ——シルバー・フィストの仕事は、夜にある。


 だが、ただの冒険者、シロガネとしての仕事は、こうして日常の中にある。


 シロガネは茶を飲み終えた。

 そして、庭に出て、丁寧に手入れを始めた。



 シロガネは、知らなかった。

 その夜、ガルディウス・ヴェルナンドの邸宅で、自分をおびき寄せるための作戦が動き始めていたことを。

 クライス・グラフィスという騎士が、合同討伐の指揮官として、自分の戦いに介入してくる準備をしていたことを。


 そして——

 ガルディウスという、聖魔の力を持つ怪物が、自分との対決を待ち望んでいたことを。

 シロガネは、ただ、ジェナさんの庭で、雑草を引き抜いていた。

 平和な午後の日差しを浴びながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ