第十一話「白銀の鉄槌」
その日の昼下がり。
シロガネは、孤児院の庭にいた。
ベルトル商会主人を救った、その日の依頼。子守の塩漬け依頼を、いつものようにこなしていた。
ティムとレイ、そして他の子供たちが、シロガネを取り囲んでいた。
「シロガネおにいちゃん、今日もヒーローの話して!」
「いいぞ」
シロガネは、芝生に座った。
子供たちが、シロガネの周りに集まる。
シロガネは、ヒーローの話を、始めようとしたその時。
ティムが、ふと、声を低くした。
「ねえ、シロガネおにいちゃん」
「なんだ」
「最近さ……他の村や街で、子供がいなくなってるって、聞いたんだ」
シロガネの目が、僅かに細くなった。
「子供が?」
「うん。修道女さんたちが、夜にひそひそ話してるの聞いた。隣の街で何人か、その隣の街でも、子供がいなくなってるって」
「うんうん」
別の子供たちも、頷いた。
「俺も聞いた」
「あたしも」
「夜になると、外に出ちゃダメって、シスターが言うんだ」
レイが、シロガネの服の裾を、ぎゅっと、握った。
「シロガネ、にいちゃん」
「ああ」
「こわい」
シロガネは、レイの頭を、軽く撫でた。
そして、低い声で、答えた。
「お前たちに、手を出す悪が現れたら——」
シロガネは、ティムとレイを、まっすぐ、見た。
「俺が、その悪を、砕いてみせよう」
ティムが、目を、輝かせた。
「シロガネおにいちゃん、ヒーローみたい!」
「そうか」
シロガネは、それだけ、答えた。
レイが、シロガネの服の裾を、握ったまま、見上げた。
「噂になってる、けど。ほんとうに、シルバー・フィスト様って、いるの?」
シロガネは、しばらく、黙った。
そして、低い声で、答えた。
「いる」
「必ず、いる」
レイの目が、輝いた。
「あいたいなぁ」
「ああ」
シロガネは、レイの頭を、もう一度、撫でた。
子供たちは、その後、シルバー・フィストの話で盛り上がった。
シロガネは、いつものように、ヒーローの話を、始めた。
だが、内心では——
——子供の誘拐。ほかの村や街。
——そして、この街でも、いずれ。
シロガネの目が、細くなった。
――――――――
ティムから誘拐の話を聞いた、その夜。
シロガネは、宿の窓辺に立っていた。
街は、もう静かだった。月明かりが、屋根を青く照らしている。遠くの方で、犬の遠吠えが聞こえた。
——子供の誘拐。
隣の街、その隣の街。
そして、この街でも、いずれ。
——いや。
シロガネは目を細めた。
ティムの言い方からすると、既にこの街でも動きがあるのかもしれない。
修道女が夜にひそひそと話していた、ということは、孤児院でも何か感じ取っているということだ。
——なら、待つ理由はない。
シロガネは静かに身支度を始めた。
革のジャケット。ありふれた旅装。武器は持たない。
——シルバー・フィストの仕事だ。
宿の扉を、音もなく開けた。
夜の街道に出る。
シロガネの足は、街の外へ向かっていた。
――――――――
数日、街中と街道の調査を続けた末。
シロガネは街道沿いの森の枝の上に立っていた。
夜目は利く。十二年間、毎晩深夜にダンジョンに潜り続けた男だ。星明かりだけで、街道のすべてが見えた。
仮に周囲が真の暗闇に包まれていたとしても、規格外の強さを持つシロガネなら、目を瞑っていても周囲の様子は分かる。
昼間は塩漬け依頼をこなし、夜は街中で噂を集めて街道を見回る。日中の表情には何も出さない。寝不足の様子も、見せない。徹夜の数日など何ということもなかった。
そして、その夜。
街道の遠くから、馬車が一台、近づいてきた。
シロガネは枝の上で、目を細めた。
——来たか。
馬車は、御者を含めて五人の男が乗っていた。
御者の他に、剣を持った男が一人。そして馬車の周りを囲むように、武装した男が三人。全員、夜目を避けるように、フードを深く被っていた。
馬車自体は、普通の幌馬車に見える。
だが——
シロガネは、馬車の中からの気配を感じ取った。
いくつもの、小さな、震える気配。
——子供だ。
それも、複数。
シロガネは木から音もなく降りた。
街道の少し先、森の影が深くなる場所まで、足音を立てずに移動する。
シロガネは静かに足を止めた。
——ここでいい。
街道の真ん中。月明かりが、ぼんやりと地面を照らしている。
シロガネは、堂々と街道の中央に立った。
馬車が、近づいてきた。
御者が、シロガネに気づいた。
「——あ?」
御者が、馬を止めた。
護衛の男たちが、武器に手をかけた。
「おい、なんだお前」
「夜中に何してる」
「邪魔だ。退け」
シロガネは、答えなかった。
ただ、街道の真ん中に、堂々と立っていた。
長身。革のジャケット。腰には武器もない。
護衛の男たちが、互いに顔を見合わせた。
「おい、どうする」
「ただの旅人だろ。どかせろ!」
リーダー格らしい男が、剣を抜いた。
「おい、退け。退かないなら——」
「お前たち」
シロガネが、口を開いた。
低い声だった。
「子供を、運んでいるな」
男たちの動きが、止まった。
「……あぁ? なんのことだよ?」
「誤魔化すな。気配でわかる」
シロガネは、馬車をじっと見た。
布で覆われた荷台の中から、子供たちの怯えた気配が立ち上ってくる。
シロガネの目が、細くなった。
「そいつらは、お前たちが連れ去ったのか」
「……」
「答えろ」
シロガネの声に、冷たさが混じった。
「答えろ、と言っている」
リーダー格の男が、舌打ちをした。
「面倒な野郎だな」
剣を構えた。
「ガキは商品だ。奴隷商に売れば、いい金になるのは知ってんだろ」
男はにやりと笑った。
「お前、今なら見逃してやってもいいぜぇ? 逃げねぇってんなら……その首が飛んでるかもなぁ!」
その瞬間。
シロガネの中で、何かが、燃え上がった。
——子供を、商品だと?
金になるから、誘拐する。
ティムが言っていた、街でいなくなる子供たち。
隣の街、その隣の街、攫われた子供たち。
——全部、こいつらと、こいつらの組織のせいだ。
シロガネの拳が、震えた。
「許さん……」
低い声だった。
「何?」
「許さん、と言った」
シロガネは、ゆっくりと、右手を天に向けて掲げた。
「お前たちのような屑を——」
護衛の男たちが、武器を構えた。
「俺は、絶対に許さない」
そして——
「変身ッッッ!!!!」
絶叫が、月明かりの夜を貫いた!
光が、爆ぜる!
白い。白い。白い。月明かりの夜を、白銀の光が塗り潰した。
御者が目を庇った。護衛の四人が後退した。馬が嘶いた。
光の中から、巨大な何かが立ち上がった。
軋む音! 白銀の鎧! 広がる翼!
身長二メートル五十センチを超える、白銀の巨人がそこにいた!
背後で凄まじい爆発が巻き起こり、砂煙が舞う!
「は——!?」
「な——!!」
「な、なんだ、こいつ……?」
リーダー格の男が、剣を取り落とした。
シロガネは、ゆっくりと一歩、踏み出した。
地面が、揺れた。
「俺は」
シロガネの声が、低く、夜に響いた。
「悪を砕く、白銀の鉄槌!」
翼が、月明かりに照らされた。
「機動鎧武者!!」
拳を、握った。
「シルバー・フィストッッッ!!!!」
リーダー格の男が、震える手で剣を拾おうとした。
「く、くそ!! 噂の白騎士か!!」
遅い。
シロガネは一歩で間合いを詰めた。
「お前は、まだ使い道がある」
シロガネは男の襟首を掴んで、街道の脇に放り投げた。
「ぐぁ!!」
男は気を失って転がった。
——こいつは、生かしておく。
情報源として、必要だ。
——だが、他の四人は。
シロガネは、振り返った。
「に、逃げるぞ!! 勝てるわけねぇ!!」
護衛の二人が、悲鳴を上げて逃げ出す。
シロガネの目が、冷たく光った。
——子供を商品と呼んだ屑どもだ。爆散させてやる!
シロガネは、二人に向かって踏み込んだ。
最初の一人の横っ腹に、拳を打ち込んだ。
ドゴォォォォン!!!!
ただの一撃ではなかった。
——本気の、一撃。
男の体が——爆ぜた。
血しぶきが、月明かりの中で、霧のように散った。男だったものが、原型を留めずに、街道に散らばった。
二人目の男が、悲鳴を上げて逃げようとした。
シロガネは振り向きざまに、男の背中に拳を打ち込んだ。
ドゴォォォン!!!!
二人目も、爆ぜた。
御者が、震えながら馬車から飛び降りた。
逃げようとした。
シロガネは、翼で滑り込んで御者の前に立ち塞がった。
「ひ、ひぃっ——」
御者が尻餅をついた。
「お前も、子供を運んでいた共犯だな」
「ち、違っ——お、俺はただ、頼まれて——」
「同じだ」
シロガネは、御者の頭を掴み、そのまま地面に叩きつけた!
ズドン。
御者の頭蓋が砕け、血が街道に広がった。
最後の一人が、腰を抜かして尻餅をつきながら後ずさる。
「や、やめろ……! 助けて…助けてくれぇ!!」
「助けて、というのは——」
シロガネが、ゆっくりと近づいた。
「お前たちが、あの子供たちを連れ去る前に、その子供たちが叫んだ言葉だな」
男の顔が、青ざめた。
「お前たちは、その声を、無視した」
シロガネの声に、明確な殺意が宿った。
「だから——お前たちのその声は、届かない」
「く、くるな——!!」
そのまま——
男の胸に、拳を打ち込んだ。
ドゴォォォン!!!!
男が、爆ぜた。
街道に、転がる、肉片と血。
そして——
街道の脇で、気を失っている、リーダー格の男一人。
四人、爆散させた。
シロガネは、深く息を吐いた。
――よし。これがヒーローの本当の仕事だ。悪を爆散させるタイプのヒーローだからな。おっと、情報を聞き出さねば……。
シロガネは、リーダー格の男の前にしゃがんだ。
男の襟首を掴んで、強引に引き上げた。
頬を、軽く叩いた。
「起きろ」
「うっ——」
男が、目を覚ました。
そして、シルバー・フィストの光る兜の目と、目が合った。
「ひっ——!!」
男が、悲鳴を上げた。
周囲を見た。
仲間の、爆散した、肉片を見た。
男の体が、震え始めた。
「な、なんで……なんで、俺だけ……」
「お前は、まだ使い道がある」
シロガネは、低い声で言った。
「組織のことを、話してもらおう」
「そ、組織……?」
「お前たちは駒だろう。上にもっと大きな組織がある。違うとは言わせん」
シロガネは、男の襟首を強く掴んだ。
「全部包み隠さず話せ。一つでも嘘を言えば——」
シロガネは、爆散した男たちの肉片を、顎で示した。
「ああなると思え」
男の顔から、完全に血の気が引いた。
「は、話します! 話しますから、殺さないで——!」
シロガネは、男に色々と尋問した。
組織の名前。商品の流通経路。雇い主の特徴。
男は知っていることを、全部話した。
組織の名は——『黒の影』。
奴隷売買、誘拐、密輸、暗殺。あらゆる裏稼業を扱う、巨大組織だった。
この街道での誘拐は、組織のごく一部の動きに過ぎないという。
シロガネは、全てを聞き終えた。
そして、男を縛り上げて、街道の脇に転がした。
「明日の朝、騎士団の巡回が来る」
「あ、あの、俺は——」
「お前は、今、話したことを、騎士団にも全部話せ」
シロガネは、低い声で言った。
「話せば、お前は牢に入る。話さなければ——」
シロガネは、男の額に、軽く指を当てた。
「俺が、また来る」
男は、何度も頷いた。
そして指で男の額を弾き、意識を刈り取る。
シロガネは、踵を返した。
そして——馬車に向かって、歩き出した。
シロガネは、馬車の荷台に手をかけた。
布が、被されている。
布越しに、子供たちの気配が伝わってくる。
複数。多分、六人。
布をめくる前に、シロガネは深く息を吸った。
——子供たちは、怯えている。
急に巨人が現れたら、もっと怯える。
——慎重に、いこう。
シロガネはゆっくりと布をめくった。
馬車の荷台には、檻があった。
檻の中に子供たちがいた。
六人。全員、年の頃は六歳から十歳くらい。手を縛られ、口に布を噛まされていた。
子供たちが、震えながら、シロガネを見上げた。
——白銀の巨人。
子供たちの目が、見開かれた。
シロガネは、できるだけ低い姿勢を取った。
巨大な白銀の鎧が、月明かりの中で輝いた。
「もう、大丈夫だ」
シロガネは、低い声で言った。
「俺は、お前たちの味方だ」
子供たちが、お互いを見合った。
声は、出せない。口に布を噛まされている。
シロガネは、檻の鍵に手をかけた。
軽く、力を込めた。
ガキッ。
鍵が、簡単に砕けた。
シロガネは檻を開けて、子供たちの口の布を、一人ずつ、丁寧に外した。
そして、手の縄も、一本ずつ、外した。
最後の子供の縄を外し終えた時——
一番小さな女の子が、シロガネの兜を、まっすぐ見上げた。
「お、おにいちゃんは、だれ?」
シロガネは、子供の前に膝をついた。
巨大な兜を、子供の目線に近づけた。
そして、低い声で、答えた。
「俺は」
「悪を砕く、白銀の鉄槌」
「機動鎧武者」
「シルバー・フィストだ」
子供たちの目が、輝いた。
「シ、シルバー・フィスト……!?」
「ヒーローの……ヒーローの、シルバー・フィスト様!?」
「す、すげぇ……!!」
「本物だ……!!」
子供たちが、口々に叫んだ。
最初は震えていた声が、徐々に興奮の声に変わっていった。
シロガネは、内心でガッツポーズをした。
——最高だ。
シロガネは、立ち上がって子供たちに言った。
「夜の街道は危ない。途中まで、俺が送ろう」
子供たちが、頷いた。
シロガネは、子供たちを馬車の荷台に乗せて、御者台に座った。
縛られた誘拐犯のリーダーは、街道の脇にそのまま転がしておいた。
爆散した四人の死体は——朝になれば、騎士団が見つけるだろう。
馬車を走らせた。
街道を、慎重に走らせる。
子供たちが、馬車の中から、シロガネに話しかけた。
「シルバー・フィスト様! 俺、お父さんに話したいです!」
「あたし、お母さんにもいう! シルバー・フィスト様に助けられたって!」
「俺、シルバー・フィスト様みたいになりたい!」
シロガネは、馬車を走らせながら、答えた。
「お前たちも強くなれるさ」
「なれる!?」
「ああ。お前たちは、生きている。生きている限り、なんにでもなれる」
子供たちが、目を輝かせた。
街の入り口が、見えてきたところで——
シロガネは、馬車を止めた。
「ここで降りろ」
「はい!」
「あの、シルバー・フィスト様は……?」
「俺は、ここまでだ」
シロガネは、子供たちを馬車から降ろした。
街の入り口の門番が、夜中の馬車に気づいて、こちらに走ってくるのが見えた。
「あれが、街の門番だ。お前たちの名前と、家族の名前を言え。あとは、彼らがなんとかしてくれる」
「シルバー・フィスト様、ありがとうございました!!」
「ありがとう!!」
「シルバー・フィスト様!!」
子供たちが、口々にお礼を言った。
シロガネは、軽く右手を上げて応えた。
そして、踵を返した。
馬車を置いて、森の方へ歩き出した。
子供たちの声が、遠くで聞こえる。
「シルバー・フィスト様ーー!! ありがとうございましたーー!!」
シロガネは、振り返らなかった。
ただ、口元には、満面の笑みが浮かんでいた。
――――――――
森の中で、シロガネは変身を解いた。
長身の青年が、夜の森を歩いていた。
口元には、まだ、笑みが残っていた。
——最高だった。
ヒーローとして、子供たちを救った。
変身も、名乗りも、完璧に決まった。
だが、これで終わりではない。
シロガネの目が、細くなった。
——『黒の影』。
巨大な裏稼業の組織。
末端を爆散させただけでは、止まらない。
次々と、誘拐犯が現れる。
——大元を、叩く。
それが、シルバー・フィストの仕事だ。
シロガネは、静かに歩き続けた。
宿に戻った時には、まだ夜明け前だった。
ベッドに倒れ込んだ。
眠りに落ちる直前——
シロガネの顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
その夜の出来事は、翌朝、街中に広がった。
「聞いたか! シルバー・フィスト様が、また現れた!」
「子供を誘拐していた連中を、全部叩きのめしたって!」
「子供たちを、無事に救出したらしいぞ!」
「し、しかも今回は——四人、爆散させたって……!」
「爆散!?」
「ああ、街道に肉片と血しかなかったって、騎士団が言ってる!」
「シルバー・フィスト様……本気で動いたら、そんなにすげえのか……」
「悪に対しては容赦ない、ってわけだな」
「シルバー・フィスト様、ばんざーい!!」
街は、また、英雄の話で持ちきりだった。
ただ、今回は——畏怖の声も、混じっていた。
ギルドの食堂で、リナがその話を聞いていた。
リナは、エールを片手に、目を細めていた。
——今回は、殺した。
リナの胸の中で、何かが、強く、動いていた。
廃村では、生かして帰した。山賊たちも、街道で発見された二十人も、全員生きていた。
だが、今回は——四人、爆散させた。
——あの方は、悪を区別している。
殺さない悪と、殺す悪を、区別している。
そして、今回の誘拐犯は——殺すべき悪だと、判断した。
リナは、深く、息を吐いた。
「リナ様」
エルネが、静かに、リナの横顔を見た。
「……どうしますか」
リナは、しばらく黙った。
そして、エールを置いた。
「動くわ」
「動く、というのは」
「あたしたちも、誘拐組織の捜査依頼を受ける」
リナの目が、光った。
「シルバー・フィスト様の動きとは、別に。あたしたちは、あたしたちにできることをする」
「リナ様……」
「メイファ、エルネ」
リナは、二人を見た。
「協力してくれる?」
メイファが、おっとりと頷いた。
「もちろんですよ〜」
エルネも、静かに頷いた。
「……承知しました、リナ」
リナは、ふっと笑った。
そして、ギルドの掲示板に向かって、立ち上がった。




