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第57章:無音の雷鳴 (The Sound of Silence)

鉤爪のある手が、崖の淵を掴んだ。


動物が発するべきではない、石を削り合わせるような嫌な音と共に、カズチ(Kazuchi)はその巨体を再び固い地面へと引き上げた。ブルブルと毛並みから雨を振り払う。月光がその瞳を照らし、赤く燃え上がった。


それは広場を見渡した。タナカを見つけた。ナジョを見つけた。


希望は、わずか一秒で崩れ去った。


スネークは泥の中で意識を失い、タナカが組み立てた即席の装置の電球が弱々しく、不規則に点滅していた――心臓の鼓動とは呼べない、間違ったリズムで。タナカの『恩寵の反転グレース・インバージョン』も、怪物の生物的構造の前では無意味だった。ナジョは岩の柱に、崖への突撃にすべてを使い果たし、その腕はもう空っぽだった。


カズチが動いた。


テーブルの上のゴミを払いのけるように、怪物はナジョを弾き飛ばした。彼は茂みを抜け、深刻なダメージを物語る鈍い音と共に木に激突した。タナカが体勢を立て直すよりも早く、怪物は彼女の防御をすり抜け、その鉤爪の一つを即席の生命維持装置に引っ掛けた。一つの動作で、そのすべてがバラバラに引き裂かれた――金属が悲鳴を上げ、チューブが千切れ、脆い回路が完全に破壊される。


スネークの体が、完全に動かなくなった。


タナカは本能で走った。濡れた地面に足を取られて転倒し、次の瞬間、巨大な前足が彼女の胸にのしかかり、地面に平たく縫い留められた。怪物が彼女の上に身を乗り出す。ゆっくりと顎が開き、涎が滴り落ちた。怪物は鉤爪を彼女のベストに引っ掛け、持ち上げる。


広場の反対側で、ナジョは無理やり体を起こした。岩を投げる。泥を。樹皮を。彼の手が掴めるものなら何でも投げつけた。カズチは微動だにしない。


(……ダメだ)


暗闇の中で彼が失ったものを見つけるのを手伝おうとして、彼女が自分の手を火傷させたことを思い出した。彼女が命綱の電球をセットし、それが点滅するのを見つめ、どうか消えないでくれと祈っていた姿を思い出した。

彼女は今、誰一人として見捨てないと決めたがゆえに、怪物の爪にぶら下がっている。そして彼には、もう与えられるものが何も残っていない。


それでも、彼は試みた。


彼は目を閉じ、雷へと手を伸ばした。


――ジジッ。ジジッ。


その音だけで――あの鋭く、聞き慣れた破裂音だけで――十分だった。パニックがその背後から溢れ出し、源流にある力を締め上げる。彼の足がガクンと折れた。


(役立たず。弱虫。臆病者。偽物)


ニカの暗い部屋。闇の中で彼を見下ろすドープ(Dope)とガンゴ(Gango)。彼らがこれから何をするのかを説明している声。彼らが『ハチドリ(ハミングバード)』と呼んだ拷問技術と、それが奪っていくもの。


(弱虫。臆病者。偽物)


遠くから聞こえるような、モトの声。――『俺たちはライバルだろ』


すでに別の人生の出来事のように感じられる訓練場での、タナカの乾いた、的確な声。――『問題は「音」なのよ。もしあいつらがあなたの鼓膜を吹き飛ばしてくれていたら、手間が省けたのにね』


ナジョが目を開いた。


(問題が「音」なら)


彼は叫んだ。――雄叫びでも、反抗でもない。ただ、すべてを一度に吐き出すような叫び。そして、


――パァァンッ!!


両掌を、ありったけの力で自分の両耳に叩き込んだ。


圧力波が両耳の鼓膜を同時に打ち据える。破裂は、一瞬にして、そして完全に起こった。


静寂。


絶対的な。完全なる静寂。

雨はまだ降っていた――目には見える――だが、それは何の音も伴わずに到達した。怪物の咆哮も消えた。雷鳴も。広場に響く水しぶきの音も。そのすべてが。消え去った。


ナジョは、その静寂の中に立ち上がった。


青い稲妻が彼の手を這い回る。これまで彼が生み出したどんな雷よりも明るく、高密度な雷。アーク放電が彼の頭の周囲で弧を描き、耳から流れ出る血によって赤く染まった。

彼には、その音は一切聞こえなかった。ただ、それを『感じる』ことだけができた――骨を震わせるハミング、血管を駆け巡る奔流。巨大で、忍耐強く、そしてついに『恐怖』から解放された力。


恐怖は、消え去った。


彼は、動いた。


彼の肩がカズチの脇腹に激突し、青い光のコロナとなって広場中に衝撃が(音なき)波紋を広げた。怪物がよろめく。タナカの足が再び地面を捉え、彼女は息を呑んだ。


カズチの回復は早かった。盾ほどもある巨大な爪が、刃のように振るわれる。ナジョはそれをくぐり抜け、踵に雷を弾かせながら、怪物の肋骨に拳を叩き込んだ。さらにもう一撃。そしてもう一撃。一撃ごとに速度を増し、焦げた毛皮と肉の焼ける匂いだけを後に残していく。


カズチが後退る。


ナジョは足を踏みしめた。雷が腕を駆け上がり、拳に収束する。


彼は怪物の顎に強烈なアッパーカットを放った。


その衝撃は、空気を伝わらなくとも大地を通して音を響かせた。電撃がカズチの頭蓋骨を貫いて爆発する。獣は後方へたたらを踏み、前足で土を抉りながら必死に倒れまいと抗った。


タナカは広場の端からそれを見つめていた。彼女の脳はまだ数値を計算し続けていたが――もはや数値などどうでもよかった。

これは、巨大すぎる壁を前にして必死に足掻く『絶望』などではなかった。


これは『熟達マスタリー』だった。


カズチが体勢を立て直し、反撃の大きな斬撃を繰り出した。爪の一本がナジョの胸を捉え、木っ端と樹皮の爆発と共に彼を木の中へと吹き飛ばした。彼は激しく地面に叩きつけられる。


動かない。


稲妻が、閃いた。


彼は肩で息をしながら身を起こし、震える自分の両手を見つめた。その顔に浮かんでいたのは、苦痛ではなかった。


(よし)


彼は走った。


ありったけの力で怪物の腹部に突撃し、その巨体が自分の周りで「くの字」に折れ曲がるのを感じた。カズチがむせ返りながらよろめく。それだけで十分だった。彼は跳躍し、ブーツで怪物の背中を捉え、泥だらけの毛皮をかき分けてその肉を見つけ出した。


(ここだ)


カズチが暴れ回る。木々をなぎ倒し、自身の体を引っ掻き、背中の異物を振り落とそうと盲目的な狂乱状態に陥る。だがナジョはがっちりと固定されていた。彼は、打った。


一度。

二度。

もう一度。


雷が、怪物の脊椎へと真っ直ぐに撃ち込まれる。一撃ごとに彼の下にある肉体が痙攣し、森は青く、無音のフラッシュを明滅させ、雷鳴は大地の中にだけ存在した。彼はそれに乗り続けた。カズチの脚が折れ曲がり、その巨大な骨格が地面に倒れ伏して二度と立ち上がらなくなるまで、彼は打ち続けた。


彼はそこでも止まらなかった。


彼はやり続けた――何度も、何度も。彼の中に残されたすべての力を眼下の肉体へと注ぎ込み続け、やがて雷が途切れ途切れになり、筋肉が完全に限界を迎え、使い果たして前のめりに崩れ落ちるまで。


広場が静まり返った後、タナカが彼に駆け寄った。彼は死体の上に覆い被さるように倒れ、胸は微かに上下しているだけで、両耳からはとめどなく血が流れていた。


彼は笑っていた。

意識を失ってなお、その笑みは残っていた。


大地が揺れた。


広場の端――ブレイクが隠されている土のバンカー(壕)の近くで、土埃が舞い上がった。タナカが顔を上げると、ジェフリーが血まみれの拳でその覆いを引き裂いているところだった。彼はその開口部に立ち、震えながら、激怒と悲哀の狭間にあるような目をしていた。


足元では小さな茶色の犬が吠えている。


彼女は感情に立ち止まることなく、状況を評価アセスした。死にかけているスネーク。かろうじて意識を保っているかどうかのナジョ。モトとエイモンはまだ崖下のどこか。バンカーは暴かれ、ブレイクが無防備な状態。


自分がやるしかなかった。


彼女はスネークを背負い、その重みに呻きながら、残骸から安全な距離まで彼を運んだ。ナジョをカズチの死体に寄りかからせ、引き裂かれた紙片を彼の手のひらに押し込んだ。


『そこにいて。可能なら助けて。私がなんとかする』


彼女は近くでシクストゥスを見つけた。蛇は濡れた草の中を弱々しく動いていた。彼女はしゃがみ込み、囁いた。「ブレイクを見つけて。私が時間を稼ぐから、彼を逃がして」


シクストゥスは暗闇の中へ姿を消した。


タナカは立ち上がった。髪を整え、ベストを引き締める。一度、深呼吸。


そして、広場に死体が転がっていないかのような自然な足取りで、ジェフリーへと歩み寄った。


彼女は安全な距離で立ち止まった。口を開いた時、その声は柔らかかった――戸惑い、慎重で、生涯をかけて「人を読む」ことに費やしてきた人間特有の、計算し尽くされた精度を持った声。


「何が、起きてるの……」


彼女はゆっくりと小首を傾げた。


「……パパ?」


ジェフリーの拳が、空中でピタリと止まった。


彼は振り返った。


ほんの一瞬――ただの一瞬だけ――生々しく、耐え難いほどの悲痛な感情が彼の顔を横切った。


そして、夜が息を潜めた。

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